新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ



(今日も惣流さんが元気でいられますように。惣流さんが遠くへ行きませんように…。)

私は,朝一番に毎日欠かさずお祈りしている。私の大好きな惣流さんのことを思って。

夜は夜で,惣流さんが元気で一日を過ごせたことに感謝のお祈りをするのだが。

 私はお祈りを終えると,顔を洗い,歯を磨き,朝食の準備をする。こうして私の一日

が始まる…。


外伝その1 祈り



 私の名前は森川雪。第三新東京市立第壱中学校の2年生だ。父と妹そして弟の4人で貧

しいながらもそこそこ幸せに暮らしていた。

 ところがある日,私の運命を大きく変える事件が起きた。父の勤めていた会社が倒産し,

社長は夜逃げ。専務だった父は,債権者に追い回され続けた挙げ句,ノイロ−ゼになって

首を吊った。学校から帰ってきた私は,父の変わり果てた姿を見て呆然とした。

 残された私達きょうだいは,その日のうちに債権者達に家を追われ,家財道具一切合切

を奪われ,着のみ着のままで追い出されたのだった。

 
「お姉ちゃん,お腹空いたよう。」

妹が悲しそうに言う。何か買ってあげたいが,あいにく,1円もお金を持っていない。

「ごめんね。我慢して。」

私はそう言うのがやっとだった。

 
 私は,大人しい性格が災いして,親友と呼べる友達はいない。だから,友人の家に泊め

てもらうこともできない。親族と呼べる者もいない私達にとって,頼れるものはいなかっ

た。市役所にも行ってみたが,私達みたいな天涯孤独の者が入れるような施設は満員で入

れないとのこと。『私達には今日泊まるところもないんです。』そう言って涙を流したが,

係の人は俯いて『ごめんなさい。』と言うだけだった。

 
 私は妹と弟にこれからどうしようかと尋ねたら,二人とも父と会いたいと泣きだした。

私は疲れ果ていたためだろうか,絶望感に襲われ,最悪の決断をしていた。

「そうね。お父さんとお母さんの所へ行こう。」

私は妹達を連れて,湖へと向かった。

(お父さん,お母さん,雪を許して。)

心の中で,そう呟いていた。
 

 湖に着くと,もうすぐ日が沈む所だった。妹と弟は水辺できゃあきゃあ言って遊びだし

た。そんな二人を見て,私は涙を流さずにはいられなかった。これが最後の思い出になる

だろう。私は水辺でたたずんでいた。

 
 そんな私に一人の青年が声をかけてきた。私は,最初無視していたが,しつこく声をか

けてくるので,止むなく相手をすることにした。

 
「やあ,君は市立第壱中学校の生徒かい。ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」

「私には答えることはありません。どこかに行ってください。迷惑です。」
 
「まあ,そう言わずに。何か奢るから,話を聞いてよ。」
 
「私のお腹は空いていません。」

そう格好良く答えたが,あろうことか,急にその時,腹の虫が大きな音を立てて鳴ってし

まった。私の顔は真っ赤になってしまった。
 
「悪いようにはしないからさ。ちょっと話だけでも聞かせてよ。何でも奢るよ。」
 
私は少し考えたが,死ぬ前にお腹を一杯にしておくのも悪くないなと考え直し,誘いに乗

ることにした。彼に,妹達も一緒だけど良いか聞いた所,全然構わないとのこと。そこで

私は,妹達を大声で呼んだ

 
 私達が入ったのは,割と有名なファミレスだった。妹達は遊んでお腹が空いていたらし

く,大はしゃぎだった。私は,彼に3人ともハンバ−グにしたいと言ったが,今日はお金

があるからと言って,彼はステ−キを8人前注文してしまった。

 食事が来たら,妹も弟もおいしいおいしいと言って,喜んで食べた。彼はそれを見てに

こにこ笑い,ステ−キを頼みすぎたからもっと食べてと言った。妹達は目を輝かせていた。

結局,4人とも2人前ずつステ−キを食べた。

 驚いたことに,彼は勝手にアイスとジュ−スを4人前ずつ頼んでしまった。断りたかっ

たが,妹達が『アイスだアイスだ。』と言って喜ぶ様を見て,断念した。私は,急に彼の

ことが恐ろしくなった。何か裏があり,変なことをされるのではと真剣に心配した。

 だが,良く考えれば,これから死のうという人間にとって,恐ろしいことは何もない。

それにようやく気付くと,ちょっと安心した。アイスとジュ−スが運ばれて,妹達が喜び

ながら食べだすと,彼はようやく話しはじめた。

 
 彼は,最近隣のクラスにやってきた転校生,惣流さんのことを聞いてきた。隣のクラス

とはいえ,全校の男子に大人気の惣流さんのことだ。周りの男子達がいつも噂をしていた

ため,この私でも,彼女に関する知識は相当あった。

 惣流さんが明朗快活,頭脳明晰,容姿端麗,スポ−ツ万能等々普通の人からかけ離れた

存在であること,毎日たくさんのラブレタ−を貰うこと,いつもにぎやかなこと,そんな

とりとめのないことを話した。

 彼は,私の話を興味深く聞いていた。頼んだアイスに口もつけず,いつのまにか妹達に

あげてしまっていた。30分程話した頃,妹達がじれ始めた。私は,もう帰りますと言っ

て立とうとしたが,彼は,また話が聞きたいと言って,私の連絡先を聞いてきた。

 
「ごめんなさい。私,連絡先はないの。」

私がそう言うと,彼は私が教えるが嫌だからと勘違いし,お願いと頭を下げた。私は,少

し迷ったが,本当のことを話した。父が死んだこと。家を無くしたこと。当然ながら連絡

先など無いこと。話が終わると,彼は驚いて固まっていた。

 
「そういうことだから,もう2度と会えないわ。それじゃあ,ごちそうさま。」

私がそう言って席を立とうとしたが,彼は私の腕をつかんで聞いた。

「これからどうするんだい。当てはあるのかい。」

私は首を横に振った。すると彼は,信じられない位都合のいい話を持ちかけてきた。惣流

さんの毎日の様子を彼に伝えるだけで,住居から生活費まで一切合切を用意してくれると

いうのだ。おいしい話には裏があるかもしれないが,私はこの時妹達のために生き抜くこ

とを決意した。私には選り好みできる立場になかった。

 
 こうして私は,惣流さんを遠くから眺めることが日課になった。私と違い明るく元気な

惣流さんを見ていると,私も楽しい気持ちになった。彼女はとてもよく笑い,表情も豊か

だ。いつのまにか,私も元気になったような気がした。そんな惣流さんを見続けているう

ちに,惣流さんのファンになってしまったようだ。彼女のことを大好きになるのに時間は

そうかからなかった。


 惣流さんが何らかの理由でいなくなってしまえば,私達の生活が破綻するかもしれない

し,私の元気が力を失う恐れがあった。だが,こればかりは私の力でどうなることでもな

い。私は,いつしか惣流さんの無事を毎朝祈るようになっていた。私に出来ることはこれ

位しかなかったから…。
 
 
 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 2001.9.16  written by red-x