新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ


第5部



第93話 アスカの過去と現在

「…ですから、アスカのことを守って欲しいんです。」 「何を根拠にそう言うんだね?」 カールの問いに、リョウジは順を追って説明した。 事の発端は、3月13日だった。突如としてSLBMがネルフに向かってきたため、最初 はゼーレの仕業だと思っていたのだが、調査の結果ゼーレではないと判明したのだ。 また、迎撃したシンジが、変なことを口走ったのだ。『よくもアスカを殺そうとしたな。 許せない、絶対に許せない。』と。 それを聞いたアスカが、幼い頃から自分が何度も死にかけたことがあるのを思い出した。 何故かアスカの周りでは、異常なほどに多くの事故が起き、異常なほどに多くの事件に巻 き込まれた。その度に何度も死にかけたのというのだ。 それで、アスカはリョウジに自分の過去の記録を調べるように依頼したのだが、断片的な 記録しか発見出来なかった。だが、その断片的な記録からでも、アスカが何らかの理由で 正体不明の組織から命を狙われていたことが推測された。 その記録を残したのがカールであり、報告書には奇妙な記載があった。アスカの命を狙う 組織は、碇シンジという少年と葛城ミサトという女性に対しては、危害を加えるつもりは ないようだと。 その後は何の動きも無かったので忘れかけていたのだが、今回起きたテロの手口が、その 組織が行ったテロの手口と共通点が多いことが、ひょんなことから判明したのだ。 それで再度調査したところ、SLBMの迎撃に失敗した場合でも、シンジとミサトは助か る位置にいたことが判明した。逆に、アスカは即死していた可能性が高い位置にいた。 もし、仮に一連の事件が同一組織によるものならば、今回のテロはアスカを狙うためのテ ストで、次こそはアスカを狙ってくる可能性が高いというのがリョウジの考えだった。 リョウジの話が終わると、カールはゆっくりと口を開いた。 「そうか、確かに可能性はあるな。だが、あくまで可能性でしかない。アスカがそこまで して命を狙われる理由はなんだと思う?」 「それは、俺にも分かりません。ですが、あなたなら何か知っている。違いますか。」 「さあ、それはどうかな。」 そこでアスカがたまらず体を乗り出した。 「お願いします、おじさま。何か知っているんでしょ?アタシに教えてください。今回の テロで死んだ娘は、アタシと同じ歳なんです。しかも、フェイっていう子は、4人の妹達 がいたんです。妹さん達はみんな、泣いていました。大好きなお姉さんが、エヴァのパイ ロットとして戦って死んだのではなくて、卑劣なテロによって殺されたんです。みんな、 悔しくて悔しくて泣いていました。あんな思いをするような子は、もうつくりたくないん です。おじさまが協力してくれなければ、アタシはこの身を囮にして敵をおびき出すしか 方法はないんです。」 すると、カールはたちまち慌て出した。 「おっと、待ってくれアスカ。分かった、降参だよ。アスカの頼みじゃ断れないな。だが、 条件がある。」 カールはリョウジを見つめた。 「はい、何ですか。」 だが、答えたのはアスカだった。カールはそれでもリョウジを見た。 「私とアスカの二人で話をしたい。全てはそれからだ。」 カールが真剣な表情をすると、アスカは笑った。 「ふふふっ、心配性ね、おじさまは。分かったわ。ミサト、リツコ、加持さんにシンジ。 悪いけど、しばらくの間席を外してちょうだい。」 「ええ、分かったわ。思いっきり甘えなさい。」 「シンジ君が妬くわよ。」 「じゃあな、アスカ。」 「早くしてよね。」 思い思いのことを言いながら、シンジ達は部屋を出た。するとカールは、声を発せずに口 を動かした。 『アスカ、お前はネルフに脅かされているのか?彼らは本当に信頼出来るのか。本当のこ とを言ってくれ。』 これにアスカも声を発せずに応じた。 『大丈夫よ。さっき言ったことは全部本当よ。』 『ゲンドウの息子、あいつはアスカの監視役なのか。』 『いいえ違うわ。シンジは本当にアタシのことを好きだから一緒にいるの。シンジはね、 例え世界中がアタシの敵になってもアタシの味方になってくれる、そういう奴なのよ。』 『口先だけの男は多いぞ、アスカ。騙されているんじゃないのか。』 『いいえ、シンジに限ってそんなことはないわ。バカで、スケベで、意気地無しで、優柔 不断で、騙されやすくて、根性無しで、流されやすくて、力も弱いし、すぐ泣くし、料理 が得意で優しいだけが取り柄のような奴だけど、それでもアタシを守るためなら命を賭け てくれる、そういう奴なのよ。ま、エヴァに乗ってなければ直ぐにやられちゃうような弱 っちい奴だから、頼りにはならなくて、アタシが守ってやらなきゃならないけどね。』 『そうか。で、他の3人はどうだ。』 『ミサトはね、自分の身を危険に晒してシンジを命がけで守ったことがあるの。ここぞと いう時には信用出来るわ。加持さんは、ドイツでアタシのガードをしていて、とても頼れ る人だったわ。リツコはね、外見は冷たそうだけど、仲良くなれば意外に優しいのよ。そ して、人を裏切るような人じゃないわ。アタシの家族っていうのも、本当よ。』 『間違いないな。』 『ええ、大丈夫。アタシが保証するわ。アタシを信じて。』 『では、ここに盗聴器があるかどうか分かるか?』 『無いわ。今、アタシはMAGIの管理責任者なの。だから、万一アタシに内緒で盗聴器 を仕掛けることは出来ても、MAGIの探知網をかいくぐって盗聴を実行することは不可 能なのよ。だから、あったとしても無力だわ。』 カールもMAGIのことは知っていたため、少しほっとしたようだ。ようやく声を出した。 「分かった。アスカがそこまで言うなら信じよう。声を出さないで会話をするのも疲れる しな。」 「ありがとう、おじさま。」 「で、本題に入る前に聞いておきたいことがある。」 「何ですか、おじさま。」 「ゼーレを壊滅させたあの作戦だが、やはり葛城ミサトの作戦なのか?」 「いいえ、違います。ミサトは、サードインパクトの後に記憶喪失になったんです。最近 は一部の記憶を取り戻していますけど、ゼーレを倒した時は単なる飾りだったんです。」 「それは本当か。では、誰が作戦の指揮をとったんだ?ジャッジマンか?それともゲンド ウか?」 「いいえ、違います。アタシです。信じられないかもしれませんが、今のネルフの作戦は、 殆どがアタシの立案によるものなんです。当然、おじさま達と戦った時もそうでした。」 「そうだったのか。確かにあの時、アスカが回線に割り込んできたな。あんな芸当は、一 介の広報部職員には不可能だろう。」 「可能だったとしても、普通はただじゃ済みません。作戦の全権をアタシが握っているの と、MAGIの管理責任者だったから出来たことなんです。」 「そうだな、確かにその通りだ。もっとも、アスカの言うことなら太陽が西から昇るって 言われても信じるよ。」 カールはそう言いながら笑ったが、アスカは頬を少し膨らませた。 「まあ、おじさまったら。一体、どういう意味かしら。」 「さてな。でも、アスカ。私の前では地を出してもいいんだよ。いつもはそんな話し方を してないだろう。私の前では、いつものアスカでいてほしいんだよ。」 「えへっ、やっぱりわかります。」 「そうだ。それに、声を出していない時は、思いっきり地を出していただろう。」 「あれっ、そうだったかしら。うん、分かったわ、おじさま。おじさまの前ではカッコつ けないで、いつものアタシでいるわ。でもね、レディーになったねって言って欲しかった のよ。」 「なんだ、そんなことか。大丈夫、アスカは立派なレディーになったよ。私が保証する。」 「ありがと、おじさま。相変わらずお上手ね。で、本題に移ってほしいんだけど。さっき の質問の意味はなんなの?」 「おっ、やっと地が出てきたな。それでいいんだ。でも、もう少し私の質問に答えてから だ。アスカ、お前は今もエヴァのパイロットなのか?」 「いいえ、違うわ。一応予備役にはなっているけれど、エヴァには乗れないのよ。」 「エヴァを動かせるのか?」 「今は無理ね。でも、いつかは動かせるようになるはずよ。もっとも、いつになるのか分 からないけどね。」 「そうか。では、アスカはいつからエヴァのパイロットになったんだ。」 「おじさまも知ってると思っていたけど、違ったのかしら。2005年からよ。」 「公式情報では、アスカは広報部のチーフになっているが、それは嘘か。」 「いいえ、本当よ。でも、それ以外の仕事もしているわ。」 「何をやっている。」 「総務部では、殉職者遺族の支援と研修生の担当をしてるわ。 作戦部では、通信・情報分析とパイロットの研修を担当して、予備役パイロットもしてるわ。 技術部では、MAGIの運用管理、EVAの運用管理、新兵器等の開発、パイロットの研修 を担当しているわ。 諜報部では、諜報戦担当と傭兵部隊の事実上の統括をしてるわ。」 「本当か?」 アスカの担当業務の多さに、カールは目を丸くした。 「ええ、本当よ。」 カールの驚きぶりに、アスカもにっこり笑う。 「では、いつからパイロットを辞めたんだ。公式情報では、エヴァのパイロットの最終選 抜に落ちたことになっている。だが、裏世界の定説では、重傷を負ったセカンドの代わり に使徒戦の最後の方に出撃し、その際にアスカも重傷を負ったことになっている。一方で、 アスカがセカンドではないかとの噂もある。その点はどうなんだ。本当のことを知りたい。」 「アタシは、使徒戦が終わるまではセカンドだったわ。でもね、サードインパクトの後は アタシがセカンドだったっていう記憶が抜け落ちている人が殆どだったの。それで、冬月 副司令の発案で、アタシが悪い奴らに利用されないように、アタシがパイロットだったっ ていう記録を書き換えることにしたのよ。」 「なるほどな。ではやはり、使徒と戦ったセカンドはアスカか。では、パイロットリーダ ーというのは誰なんだ。」 「えっと、それもアタシよ。ていうか、パイロットリーダーっていうのは、架空の人よ。」 「そ、そんなバカな。アスカは、サードインパクトの前日までは、意識不明の重態だった はずだ。目撃者や証拠写真もある。それなのに、あんな動きが出来るはずがない。」 「でも、できちゃったんだもん。アタシにも訳が分からないんだけど、病み上がりのはず のアタシに、あんな芸当が出来ちゃったのよ。」 「ううむ、信じ難い。だが、アスカが言うなら信じよう。しかし、パイロットリーダーが アスカだったとはな。あの記者会見は私も見たが、またアスカだと分からなかったという 訳か。面目無い。」 「そうね、幼稚園の卒業式の時も、おじさまはアタシのことが分からなかったのよね。」 そう言って、アスカは遠い目をした。 「あの時は悪かったな。」 あの時のことを思うと、カールの胸は今も痛む。だが、アスカは首を振った。 「いいえ、とんでもない。あの時おじさまが来てくれたから、アタシがこうやってここに いられるのよ。とても感謝してるわ。」 「そうか。おっと、話を戻そう。では、アスカはセカンドだったと。そして白いエヴァと 戦ったと。その後、アスカはパイロットリーダーとして記者会見に臨んだと。こんな感じ でいいか。」 「ええ、そうよ。」 「では、何でエヴァを動かせなくなったんだ。」 「今のエヴァはね、疑似人格にアタシのデータを使っているのよ。だから、最初はアタシ も簡単にエヴァを動かせると思ったんだけど、大きな誤りだったのよ。」 「と、言うと。」 「技術的なことを言っても分からないと思うから、結論を言うわ。アタシが乗ったら、同 じ人格が干渉を起こして、アタシは死ぬか発狂するのよ。それじゃあ、恐ろしくて乗れな いでしょ。」 「じゃあ、別の人間の人格を使えばいいのか。」 「ええ、そうよ。でもね、その人のデータで上手くいくかどうかは分からないし、データ をとった人が発狂する可能性もあるわ。だから、あえて危険をおかしたりはしないつもり なの。」 「なるほど、分かった。実は私も迷いがあったんだが、今の話を聞いて決心がついた。ア スカには全てを話そう。」 こうして、カールはアスカに全てを話すことにした。 (第93.5話へ)

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―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき  カールは、アスカがネルフのナンバー3であることを知りません。だから、最初はゲン ドウに脅されているのではないかと心配して、声を出さずに会話をしたのです。 2004.7.13  written by red-x



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