貴方と私を繋ぐのは細くて脆い一本の糸だった……。でもそれももう、跡形もなく崩れ去ってしまった―――――
世界が崩れた日
「私は…、ここにいても良いのでしょうか…。義子(息子)である侑士君に欲情して、あんなことをしてしまっているのに……」
私はもうすぐ学校から帰ってくるであろう侑士君に夕ご飯を作りながら自分の罪深さを思っていた。自分が自慰行為のときに侑士君の名前を呼んでいることに気付いたのはちょうど一週間前…。
「死ぬべき者は、私だったのかもしれない…」
侑士君も最近私と眼が合うとすぐにその目を逸らしてしまう…。侑士君は私の醜さに気付いてしまったのかもしれない。侑士君はとても鋭い子だから。私は野菜を切る手を止め包丁を見つめながらそう思った。
侑士君は優しいから、いつもと同じように話しかけてくれる…。ただ、目を合わせてくれないだけで…――――――
それでも時々熱い視線を感じる気がするのは、私の気のせい…?
「そんなこと、あるはずがないわ…。侑士君は、私を親として見ているのよ?」
私は自分の愚かさに自嘲の笑みを浮かべて休めていた手を動かし始めた……――――――
ガチャ
「さん。ただいま〜。」
物思いに沈んでいた私は突然聞こえてきた声に驚いて振り返った。
「お、お帰りなさい、侑士君」
私はさっきまで侑士君のことを考えていたなど侑士君にばれる筈はないと分かってはいたのだけれど、声が自然と裏返ってしまった。侑士君はリビングに入ってきて制服のネクタイを無造作に外し、私のいるキッチンを覗き込んできた。
「今日のご飯は何かなぁ?おっ!ひょっとしておでん?なんや久しぶりな気がするわ〜。」
侑士君は私の声が裏返っていたことを追求せずに優しく微笑んでこちらを見た。私は久しぶりに侑士君と目線を合わせた気がして、嬉しくて涙が滲んで来そうになるのを必死に抑えて微笑み返した。
「そうですよ。最近寒いですから暖かいものがいいかと思って…。」
そういった私の表情を見た侑士君は一瞬眼を見開いて私の顔を凝視し、すぐに目を逸らしてしまった。
……私は貴方に嫌われているのですか?私は、ここにいないほうがいいのですか…?
私は自分の中で常に考えてきたことを侑士君に聞きたい気持ちになった。でもそれを聞いてしまってYesと答えられた時、泣いて迷惑をかけてしまうことは分かっていたからその問いかけは自分の中だけに押し留めた。
「ほな、そこでテレビ見とるからなんか手伝うことあったらいつでも呼んでな?」
「ふふ。材料さえ切れば後は簡単ですから大丈夫ですよ?ありがとう。」
親切にそういってくれた侑士君に自分の心の内を悟らせないように軽く返事をして、私はむこうに行く侑士君の背中を見つめた。
……行かないで。侑士君。私を、嫌いにならないでください…―――――
「えっ?」
私は自分の考えたことに驚き思わず小さく声を上げ、その動揺で材料を切ろうとしていた包丁で誤って手を切ってしまった。
「痛……っ。」
思ったより深く切ってしまったようで、傷口からは真っ赤な血が流れ、その血がポトポトと音を立てて床に落ちた。
私の血は、まだ赤かったのですね…こんなに汚れてしまっている私の血でも、こんなに赤い…――――――――――
そんなことを考えながらぼんやりと傷口を見ていると、突然横から腕を強く引かれ、ふらついた。
「さん!大丈夫か?!」
「…………侑士、くん?」
「ああもうっ!ぼーっとしとらんと!!」
反応の鈍い私に痺れを切らした侑士君は私を抱き上げ、歩き始めた。私は侑士君の突然の行動に驚き、恥ずかしさで真っ赤になりながら抵抗した。
「ゆ、侑士君っ!…私は大丈夫ですから。自分で歩けます…!!」
「ちょっと黙っとき。」
「…………。」
私は侑士君がかなり怒っていることに気付いて抵抗するのをやめた。侑士君がこんなに怒っているのを見るのは初めてで、怖くて何もいえなかった。
なぜ、そんなに怒っているのですか…?私が、嫌いなのではないのですか?
私をソファに座らせ、手際よく手当てしてくれる侑士君を見つめながら私はまたそんなことを考えていた。
「ほんま、気ぃつけてや。心臓が止まるかと思ったやん…。」
侑士君は包帯を巻き終えた私の手を握ったまま私の膝に顔をうずめて私に話しかけてきた。私は侑士君のそのセリフに自分がためていたものの一部が溶け出るのを感じた。
「なぜ…?」
ポトリ
「なぜそんなに優しいのですか…?」
ポトッ…ポトッ…
侑士君は私の言葉と私の手を握っていた手に落ちた涙に驚いたように顔を上げ、苦しそうに顔をゆがめると私を抱きしめてきた。
なぜ…?侑士君は私を抱きしめているの?
私が侑士君のぬくもりを目をつぶって感じていると、侑士君は切なそうな、覚悟を決めたような声でささやいて来た。
「さんを……愛しとるからや…!!!もう限界なんや…我慢できへん。ごめんな。さん」
「え…?……ちょっ…待ってくだ……んっ!!……ぅんっ―――――――」
その口付けで私達を繋ぎとめていた糸は簡単に崩れ去った…―――――――――
薄いつながりを保っていける訳もなく
私達は罪を犯した
私達の世界が壊れる瞬間を
神様はきっと見ている
罪を犯したニンゲンを涙を流しながら…
それでも私達はもう元には戻れない……――――――――
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