死してなお、私を縛るは貴方の狂気。私を求めてやまなかった貴方の躯(からだ)…――――――
そして私は壊れていく
私は躯が餓えているのを感じていた。今は亡き夫によって毎晩慣らされた躯は、与えられる快楽を求めてやまなかった。
あんなに憎いと思っていたのに、私の躯はあの人の熱を求める…。
あんなに嫌だったのに、私はあの人から与えられる快楽を求めてしまう…。
私は貴方の呪縛からは逃れられないの?
私は熱を持った躯をもてあましながらぼんやりと外を見つめた。
「さん、どないしたん?ぼーっとして。あっ、風呂空いたで〜。お先に」
侑士君は寝巻きのボタンを留めに開け(はだけ)させ、まだ濡れている髪をタオルで拭いていた。しっとりと濡れた肌が匂い立つような色香を醸し出していた。
「侑士君。…なんでもないのよ。………それじゃ、入ってくるわ。ありがとう」
躯が熱くなるのを感じて私は少しだけ侑士君から目を逸らし、逃げるように洗面所に入るとそのままずるずるとドアにもたれて座り込んだ。私は自分の愚かさを呪った。
「侑士君に欲情するなんて…」
そう、確かに私は侑士君に欲情した。その瑞々(みずみず)しい躯に…。少しだけ、でも確実にあの人に似ている侑士君に、…欲情したのだ。
私はあの人の呪縛から逃れられない…。もうあの人が憎かったのかもわからない。あの人から与えられる快楽が恋しいのか、死んでしまったあの人が恋しいのか…。
「私は…どうすればいいの?」
私はお風呂に入っている間中、ずっとそのことだけを考えていた。
わかっていることは唯一つ…私は決して侑士君の躯を求めてはいけないの…―――――
風呂場から出てリビングに行くと、侑士君は本を読んでいた。少しだけうつむいて真剣に目で文字を追っている。私にはわからないような難しい本を読んでいるのだろう。
確か、テニスをしているといっていた。その鍛え上げられた侑士君の体のラインに私はまた躯がうずくのを感じていた。私が入り口で立ち止まってじっとしていると、私の目線を感じたのか侑士君は本から目線をはずして私のほうを見た。
「またぼーっとして。さん、今日はおかしいで?」
そういって優しく微笑みながらも心配そうにこちらを見てくる侑士君に、私は罪悪感を覚えた。これほどまでに優しい侑士君とあの人を重ねて、しかも私は……邪(よこしま)な感情を抱いているのだ。私は、救いようもないくらい愚かな人間…。
「少し、考え事をしていたの…。心配させてしまったのね?ごめんなさい…」
「謝ることなんてあらへん。家族を心配するんは当たり前やろ?」
呆れたようにいった侑士君は、本をソファにおいて私の傍まで来ると、私の頬に手を当てた。
「遠慮なんてしなくてもええねんで?さんは、俺の大切な人や。」
「はい…」
「不満があったら言ってくれてええねんで?」
「不満など…!……不満など感じる筈もありません。侑士君がこんなに優しくしてくれるから」
私がそういって微笑むと、侑士君は私につられたように微笑んだ。でも私は見てしまった。侑士君が一瞬苦しそうな表情をしたのを…。
私は侑士君は私といるのがつらいの?貴方のさっきの目は、あの人が私を見る目と良く似ていた…。切なくて苦しい目…。私はここに来てはいけなかったのかもしれない。
私はいたたまれなくなって、感づかれないように侑士君から目線をはずし、自室に行くための口実を述べた。
「眠いからもう寝るわね。おやすみなさい、侑士君。」
「眠かったからぼーっとしとったんか。引止めて堪忍な。おやすみ、さん。」
私は一度侑士君にお辞儀した後、自室へと入っていった。
侑士君が近くに寄ってくるだけで反応してしまうほど餓えている私の躯。今日で行為をしなくなって何日目だろう…。私の躯はもう限界に近いほど乾ききっていた。
「……うんっ…はぁっ。………っ!」
餓えすぎている私の躯を少しでもごまかすために、私はこの日、初めて自慰行為をした…―――――――。
一人ぶんのぬくもりしかないベッドの中で、私は自分で自分を慰めた。自分がしている行為が恥ずかしいものであるとわかっていても、私の躯はもう限界だと悲鳴を上げていた。
「はっ……んっ…。ゆぅ…しく…っ!!」
自慰行為によって果てるその瞬間、私は無意識に侑士君の名前を呼んだことに気付かなかった。
壊れていく…私は砂浜に作った城が風で浸食されていくようにゆっくりと壊れていた。すべてが壊れるのも時間の問題…。
なんでもない態度をとろうとする
だけど現実はゆっくりと正気をなくしていく
笑顔の仮面の下で心はだんだん爛(ただ)れていく
誰か私を壊してください
誰か私を壊してください
何も感じることがなくなるほどに…
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