自分から求めないということは、他人から何も与えられないということなのだろうか
5th day
「あれ…。いない。」
もはや日課になりつつある屋上での昼寝、もといサボリに来た私はそこにいるはずの存在が見つけられず、ポツリとつぶやいた。
珍しいこともあるものだ。仁王がいないなんて。
ちょうど日陰になる場所にごろんと寝ころび、つらつらと考える。
飽きたのだろうか。それとも、たかが賭けなのにあんな怪我をしてしまったから、怖くなって賭けが嫌になったとか?
後者はなさそうだ。あいつが怪我ぐらいで怯えるとは思えないし…
一番なり得そうなのは飽きて面倒になったという選択肢だろう。
「あり得そう…」
自分の想像にいささかゲンナリして首を振る。
「まぁ、別にアイツがいようといまいと、関係ないけどね。」
賭けですら、死にゆくまでの暇つぶしで、楽に死ぬための手段なのだから。
楽に勝てるならそれに越したことはない。
なのになんだろう。この不快感。
胸やけのようなジリジリした感触。
「ムカつく…?いや、違うな。なんだろう。」
屋上で寝転がって空を見上げる。
今日も厭味なほどの青空が広がっている。
でも前ほどの疎外感は感じない。
どうしてだろう。と引っかかりを感じたけど、考えてもわかりそうにないから早々とその疑問をため息に変えて放り出した。
そのうち来るかと思ってしばらく待ってみたものの、やはり今日は来ないようだ。
「そのうち来る…?私、待ってたの…?」
自分に驚く。あいつは、たかが4日間、しかも数時間程度一緒にいただけじゃないか。
一緒にいるときだって、何をしたわけでもなく、何をされたわけでもない。
ただたんに、一緒にいただけ。
じゃあこのムカムカするような、チリチリするような感じは…
「寂しい…?」
ばからしい。一瞬浮かんだその言葉をすぐに打ち消す。
そんな感情とっくに捨てた。生きていくのに邪魔だったから。
私の中にあり得るはずのない感情だ。
それに…結局仁王もほかのやつと同じなのだ。もう考えるのはやめよう。
私はガバリと起き上がって、浮かんできそうになった感情に無理やり栓を閉めた。
「帰ろうっと。」
ぽつりと呟かれた言葉の中の孤独は、だれにも拾われることなく空気に染み込んで消えた。
家の鍵を取り出し、扉を開けて静かに中に入る。
耳が痛くなるほどの静けさを保ったこの家は、人を受け入れることを拒んでいるように感じられる。
挨拶をするわけでもなく、息をひそめて部屋に続く階段を上がる。
「あら。なんであなたがいるの?学校は?」
見つかりませんように。という、私の願いはあっけなく神様に却下されたようだ。
私は目の前にいる母の顔を見ながら少しの間逡巡して一番良い回答を模索する。
「……今日は、体調が悪くて。」
「そう。どうでもいいけれど、恥をかくようなことだけはしないでね。そうでなくても…」
「わかっています。ご迷惑になるようなことはいたしません」
「ならいいの。早く行きなさい」
早く目の前から消えなさい。という合図で、目礼だけしてさっさと階段を上がり、部屋にはいった。
慣れていることとはいえ、あの人を前にすると緊張する。
はぁっと息を吐いてこわばっていた全身の筋肉を弛緩させる。
「今日は機嫌がよくて良かった…」
機嫌が悪いと小言とともに手まで飛んでくることがある。
あの人は難しい。にこにことしているかと思えば急に怒り狂うのだから。
いつからだろう。親を親と思えなくなったのは。
あの人と、他人のように感じるようになったのは。
小さい頃は今よりましだったような気がするのだが。
どうも私は母の不倫の末出来た子供のようで、夫婦関係は冷え込んでいる。
父はひどく世間体を気にする人間で、母とは離婚しようとはしない。
体裁が悪いからということで、高校を出るまでは面倒を見てもらうことになっている。
それでも私は年を経るごとに本当の父に似てきているようで、母から向けられる憎しみのこもった視線は徐々に殺意にも似たものになってきている。
お前が原因なのだ。お前なんか産まなければよかった。などという言葉はもう聞き飽きているけれど。
殺されないだけ、幸せなのかもしれない。
最近は親が子を殺し、子が親を殺すというニュースをよく目にする。
狂っているとしか思えない。
それを考えれば、まだ、幸せなのだ。
精神的にぐったりと疲れた私はベットに横たわるとそのまま引きずり込まれるように眠りへと落ちた。
今日の静けさが、嵐の前の静けさだということも知らずに…
幸せの形は人の数だけあるけれど、その幸せは本当の幸せなのだろうか
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