私の根底にあるものは…底の見えない闇
4th day
久しぶりに、呼びだしなるものを食らった。
教師からなんてものじゃない。
生徒からの呼び出しだ。
手紙だったから無視して帰ろうと思っていたのにご丁寧に教室まで来て引っ張っていかれた。
教師に言えばいいのにって?目があったとたん、目をそらすような教師に何かできるとは思わないし、期待もしない。
樹齢何年だといいたくなるような大木達に囲まれた、今は使われていない体育倉庫裏。
木々のおかげで、さんさんと降り注いでいるはずの太陽の光はほとんどといってもいいぐらい当たっていない。
屋上はそこにいるだけでも汗がにじむぐらいなのに、ここは少し肌寒い。
よくもまぁ、この場所を見つけたものだ。
「あんたなんでまだこの学校にいるのよ」
「………」
爪に丁寧にネイルして、キツイ化粧の匂いを撒き散らしている女達に目を向ける。
学校という場所を、勘違いしているのではないか。と思わずにはいられない。
何でまだいるのかなどと聞かれても、ここが一番近い学校だし、転校も面倒だし、どうせもうすぐ死ぬし。
そんな言葉が次々と頭に浮かんでは消えるけど、その言葉は音になって吐き出されることはない。
口答えすると余計に酷くなることは目に見えている。
「あんたがいると気が滅入るのよね。」
「こんなに嫌われてるのに、よくぬけぬけとこの学校にいられるわね」
「私だったらぁ、つらくてこの学校にいられなぁい」
意味をなさない非生産的な言葉を次々と投げかけてくる少女たち。
日常生活の中では決して見せないような醜い顔をしている。
きっとジェイソンも真っ青だ。
もちろん本人たちは気づいていないのだろうけど。知らないとは幸せなことだ。
「何とか言いなさいよ!目ざわりなのよ!」
何の反応も示さない私に、腹が立ったのだろうか。
その言葉と同時に頬に衝撃を感じる。頬を叩かれたようだ。
じんわりとした痛みが徐々に鋭い痛みに変わってきた。
思いっきり叩いてくれたようだ。これは腫れるな。と他人事のように分析する。
殴られるのにはもう慣れたし、この言葉も、もう聞きあきるほどに浴びせられた。
「ちょっと!聞いてるのっ!?」
「聞こえてますよ。」
そんな大きな声で叫ばれたら。と言いそうになるのを我慢する。余計なことは言わないほうがいい。
「あんたの顔を見てるだけでイライラするの!目ざわりなのよ!」
その言葉に思わず溜息が出る。これだから嫌なのだ。群れることでしか何かを出来ないニンゲン。
面倒くさい。そう思った瞬間、いつもなら言わないような言葉が、口からこぼれ落ちた。
「貴女達が私を見てどう思うかなんてどうでもいいけど、目障りならわざわざ呼び出して私を視界に入れなくてもいいんじゃないの?」
私がその言葉を吐き出した瞬間、周りの空気が張り詰めた。
まずい。やっちゃった。と思ったときにはすでに手遅れだ。
我を忘れた少女たちの耳障りな甲高い声が脳髄まで響いてくる。
同時に私の体のいたるところに衝撃と痛みが走った。
痛いのは嫌いなのに…。と、思わず眉をしかめる。
火に油を注いでしまったのは私だ。今度は自分の迂闊さに溜息をついた。
それがまた相手の気に障ったらしい。
「何よその顔。…いいわ。そんな顔、二度と出来ないようにしてあげるっ!!」
両手を解放されて蹲る私の視界の端に映る鈍い光。
あぁ。不味い。今日に限って相手が刃物を持っているなんて。
手加減なんてしそうにないその少女の般若の表情に、流石に死の危険を感じる。
死ぬかもなぁ。痛いの、嫌だったんだけど…。
こんな状況に置かれても、恐怖を感じない。やはり自分はどこかおかしいのだ。
そういえば。と私は考える。ここで死んだ場合、賭けはどうなるのだろう。
賭けの対象である私が他人に殺されるのだから、引き分け、だろうか。
振り下ろされるカッターの刃がやけにスローで近づいてきて鈍く光る切っ先が、わけもなく奇麗で神聖に見えた。
数秒後に私の血に染まってしまうのが、私の血で穢れてしまうのがもったいないと思った。
ぶつり
肉が切れる音がやけにリアルに響く。おかしい。切れたにしては痛くない。
だけど、切れた音はした。何故…?
私は伏せていた瞼を持ち上げ、二度と見ることがないと思っていた世界を、再び視界に入れた。
赤、紅、あか。
私の目の前に滴り落ちる血。
地面に落ちた血は土に吸い込まれて赤黒く変色した。
「どう…して…?」
そう呟く少女の声が聞こえる。
その言葉は私の中で意味をなさず、私は目から与えられる情報を脳内で処理するのでいっぱいいっぱいだった。
私の顔の数センチ上で握られているカッター。
そのカッターの刃を握る手からは、とめどなく血が流れている。
その手の持ち主は…誰?
「お前ら。何しとんのじゃ。」
ぞくり。と背中に何かが這い上がるような声。
底冷えするような視線。
その視線にさらされている少女達は、震えて言葉を紡ぐことすらできない。
「何をしとるんじゃと、聞いとるんだが?」
「ぁ…」
二度目の問いかけで正気に戻った少女達は自分したことに気づき、真っ青になりながら謝る。
「ご、ごめんなさ…」
「これはその…」
言い訳をしようとした少女に仁王の視線が向けられる。
ヒッと喉を鳴らして言葉を詰まらせた少女。
「お前らが一番、目障りじゃ。二度と俺の前に現れるな。」
刃物を持っていないはずの仁王の言葉。少女達はその言葉にビクリと反応し、我先にと走って逃げていく。
残ったのは、私と仁王。
「なん…で」
何でここにいるの。とか、なんで助けたの。とかいろいろな言葉が私の中を駆け巡り、うまく声に出来ない。
混乱しきっている私に対して、冷静な様子の仁王は怪我をしたほうの手の状態を確かめ、私の声に視線を向けた。
「さぁ、なんでじゃろうな。」
安心させるように怪我をしていないほうの手を私の頭に置く。
どうしてそんなに冷静なのだろうか。まだ血が流れているというのに、痛くないのだろうか。
「痛く…ないの?」
「痛い。」
「大丈夫なの…?」
「利き手とは逆じゃ。」
でも、と続けようとする私の言葉を遮る。
「とりあえず、手当てしてくれんかのぅ。」
その言葉に正気に返った私は、怪我をしていないほうの仁王の腕を引っ張って保健室まで連れて行った。
嫌そうに顔をしかめながら手当てをする私を見つめながら、仁王が口を開いた。
「前からあったんか?」
「は?」
唐突な問いかけに一瞬何のことかわからず、間の抜けた返事を返す。
「いじめじゃ。」
あまり他人に言うようなことではないと思うが、仁王は一応命の恩人だ。
私を庇って怪我をした以上、知る権利はあるだろう。
「仕方ないんじゃない?人間は自分より下の者を見つけて安心するものだから。」
下とか上とか、本当は存在しないのにね。という言葉は呑み込む。
「親は、このことを知っとるんか?」
「親?」
ハッと鼻で笑う。
私の親は、親であって親ではないようなものだ。それでも私の親であることには変わりないのだが。
「知っていたとしても、何も思わないでしょ。私は彼等にとって邪魔ものだし。」
「そうか。」
そう言って視線を下げたっきり、何も聞かなくなった仁王。
可哀相に。とでも思っているのかもしれない。そう思われているのなら、とんだ思い違いだ。
「同情とか、いらないからね。私は自分を可哀相だと思ったことはないんだから。」
「そうじゃな。」
手当てが終わって、念のためと病院までついていこうとしたけれど、もう遅いから帰れといわれて、仕方なく家に帰った。
結局、何故庇われたのかも、何故あれ以上聞いてこなかったのかも、わからなかった。
約束の日まであと3日
今日の出来事は、吉と出るか、凶と出るか
それを知る者は、まだいない――――――――――
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