嘘も、我が儘も

「もう!いい加減にしてください!」

白く細い手で、薄い腹に回した手を振り払われた。
華奢なその手は、結構骨ばっている為になかなか痛い。

「全く!毎日毎日、どれだけ仕事の邪魔をすれば気が済むんですか!?」

ふんわりと広がるスカートの裾を揺らして、俺の膝の上から飛び降りてくるりと振り返ると、手に持ったままだった長い箒の柄をカツンと床に叩き付けた。

「だから、坊ちゃんの部屋の掃除は嫌ですって、メイド長に言ったのに!」

「‘坊ちゃん’は止めてくれって言ったさあ…」

「大体いつまでこんな格好させるつもりですか!?嫌がらせですか?嫌がらせなんですね!?」

俺の訴えは完璧スルーで、捲くし立てている。
‘坊ちゃん’呼ばわりすることの方が、嫌がらせなんじゃないんか?

「こんな格好、って…」

黒地に白いレースがふんだんに付いた、ゴスロリ調の、所謂メイド服は華奢な身体にぴったりと似合っていて、ついつい俺の頬も緩んでしまうほど可愛いんだけど?
ニヤニヤしている俺に、目の前の可愛い子は精一杯『怒ってます』って言う顔をして睨んでくる。
一応、これ以上機嫌を損ねないように顔を引き締めてはみるけれど、辛い。
だってマジで可愛すぎるんだって!
そんな怒った顔もさ。

「第一、僕がここに来たのは、執事見習いとして学ぶ為に来たんであって、坊ちゃんのお守りをする為じゃない筈です!」

「お守り…って…ア〜レ〜ン〜〜〜」

そう。
俺の目の前で、可愛らしい顔を精一杯膨らませて文句を募らせているのは、自分を示す一人称からも推測できるように、れっきとした男の子だ。

「こんな格好、僕なんかよりよっぽど似合う本物のメイドさんたちがいるじゃないですか!?それこそ胸の大きな美人さんから、可愛らしい人まで選り取り見取りだって言うのに!やっぱり、嫌がらせですか?そういえば、嫌がらせでしたよね!?」

「嫌がらせなんかじゃねえって!」

「だったら何なんですか!?もうそろそろ約束の期限が迫ってきているってのに、全っ然、執事として学べてないような気がするんですが!?」

約束の期限。
そのアレンの言葉に、俺の胸がちくりと痛む。

「帰りたい?」

「は?何か言―――、っ!?」










実はアレンは、リー家の、いや、正確にはリナリーと言う少女の執事兼ボディーガードだった。



俺がアレンと出会ったのは、約半年前。

俺の通うこの学校は、お坊ちゃんやお嬢様が通う、所謂、名門私立校。
例に漏れず俺も、ジジイが一代で築き上げた会社のおかげで、一応お坊ちゃんだ。
最初は何の刺激も楽しみもないこんな学校、つまんなくてあんまり好きになれなかったけれど、新学期が始まって退屈な俺の生活に小さな変化が起きた。
リー家の娘であるリナリーがこの学校の新入生として、やってきたことが全ての始まりだった。
この学校は先にも説明したとおり、お坊ちゃんやお嬢様ばかりが通っている為、送り迎え時は、まるで財を競い、見せびらかすかのような高級車がずらりと並ぶ。
そんな中、 リー家はこの付近でも知らないものはいないであろう程の、名家であるにも拘らず、リナリーはいつも、他のお嬢様たちと違って、車での送り迎えではなく歩いて帰る。
決してそれはリナリーが、家から大事にされていないというわけではない。
寧ろリー家の長男であるコムイは、超がつくほどのブラコンだ。
それこそ、たくさんの会社を手がけている為、休む暇もないくらいなのに「自分で迎えに行く」と言いかねないくらいのブラコンなのだが、リナリー本人たっての希望だったから。
なんでも本人曰く。

「歩いて通えない距離でもないんだし、勿体無いじゃない?」

だそうだ。
勿論、すんなり希望が通った訳じゃないらしく、最初は屈強なボディガードを5人はつけると言い張ってたらしい。
リナリーはコムイが過剰に心配するほど可愛らしく、女の子らしい華奢な体だが、実は幼い頃から護身術プラス空手をマスターしているので、きっとそこらの男5人が束になってかかったところで、勝てないとは思うんだけどな。

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