01
体がだるい。瞼は重く、思考は鈍い。
起き上がろうとしたが、ジルベールは枕に頬をすりつけて動きを止めた。四肢が上手く動かない。
とにかく眠いのだ。
「まだ寝ていなさい」
静かな声がまどろむ頭に響いてくる。
同時に、一気に目が覚めた。
天蓋つきのベッドに、全裸で横たわっている。天蓋はベルベット、シーツや枕は肌にしっとりと張りつくシルク。すぐさま理解した。ここがどこか、自分がどういう状況にいるのか。
ジルベールは体を起こし、声の主の姿を探した。
朝の白々とした陽光に包まれた室内には、華美ではないが、一目で高級だと分かる調度品が並んでいる。その中に溶けこむ紳士然とした壮年の男もまた、一目で高貴な身分だと分かる雰囲気をまとっていた。
身支度を整えていた彼はカフスを留めると、ジルベールに顔を向ける。
そうしながら目を細め、口元にシワを寄せて微笑した。その様は知的でやさしげだ。しかし細めた目の深い碧色は鋭く厳しい。どんな時でも、人の内面を吟味しているように見えた。
「図書館へ戻る日に、無理をさせてしまったな。発つのは午後にしよう」
ここは王都の彼――サヴィア・アボット伯爵の屋敷、彼の寝室。
午後にここを発てば、向こうに着くのは夜になってしまう。
「い、え……大丈夫です」
慌てて発した声は、ひどくかすれている。
「ひどい声だな」
すかさず指摘され、思わずジルベールはうつむいた。
居たたまれない。サヴィアに抱かれた後は、いつも自己嫌悪に陥る。特に昨夜は久しぶりに寝室に呼ばれたのだ。かすかな愛撫にも我慢できず、我を忘れてしまった。
呆れられただろうか。サヴィアにとってジルベールの痴態など、慣れたものかもしれない。それでも不安が胸を締めつける。男娼のようだと、思われたのではないか。
「ジルベール」
不意に近くで名前を呼ばれ、気づけばいつの間にかサヴィアが側に立っていた。彼はベッドの脇のサイドテーブルに置かれた水差しを手に取り、グラスに水を注ぎはじめる。
恥じ入っている場合ではない。
「サヴィア様、私が自分で……」
止めようとしたが髪に指を絡められ、言葉の続きは呑みこんだ。
サヴィアがグラスの水を口に含み、顔を近づけてくる。唇を重ね、舌で唇を割ると、口の中に水を流しこんできた。
生ぬるい液体が喉に落ちていき、渇きを癒す。唇の端からこぼれた水滴を舐めとられると、背筋が甘く震える。
サヴィアにどれだけ触れられても、いやらしさを感じない。それはベッドの中でも変わらない、彼の上品な物腰のせいだろう。決して急くことはなく、理性を保ち続ける。
唇を甘噛みされて漏れた吐息を、舐めとるようにキスをされる。それすら優雅に感じる。
だからこそ、自分ばかりが盛っているようで恥ずかしい。
その羞恥がさらに欲情をあおる。
「う……んっ」
堪え切れずに濡れた声をこぼしたのと同時に、ベッドにやさしく押し倒された。
「いいのか?」
乱れて頬にかかっている髪をそっと払い除けてくれながら、サヴィアはあくまで静かに、艶っぽい声で問う。見つめてくる彼に、ジルベールは視線を真っ直ぐに返した。
いいも、悪いもない。彼が望むなら、いつでも抱かれる。
サヴィアは伯爵であり、著名な魔術学者でもある。
身分にこだわらず、才能ある若い人材の育成に力を注ぐ彼を慕う者は多い。国家機関である魔道図書館の管理を任され、そこで様々な研究を行い、成果も挙げている。
華やかな肩書きと、それに見合う才能と人望を持つカリスマだ。
数年前、その彼に道端で拾われた読み書きもろくにできない男が、ジルベールだった。
拾われてから文字は覚えたが、頭が切れるわけでも、特別な才能があるわけでもない。図書館でサヴィアの元で働いていても、与えられている仕事は誰にでもできるものばかりだ。
それなのにサヴィアは目をかけてくれる。
だから彼が望むことで、自分に叶えられることならなんでもしたい。
「まったく、お前は従順すぎる。少しは自分の体を労わって抵抗しなさい」
体に触れられるのを待っていると、サヴィアが口元をほころばせる。彼はジルベールの頬をひと撫でしてから立ち上がり、ジルベールを開放した。
戯れだったのか、それともジルベールの忠誠心を試したのか。
ジルベールも体を起こし、寝室を出て行こうとサヴィアを目で追った。
「出発は午後にする。カディには伝えておこう」
不意にサヴィアの口から、図書館で共に働く友人の名前が出る。
「カディが、来てるんですか?」
彼はジルベール達が王都に来る随分前に、図書館を発っていた。
「調査に時間がかかると思ったが、早かったな。昨夜、屋敷に入った。何をしに寄ったか知らないが、彼も向こうに戻るだろう。馬車に乗せてやろう」
サヴィアはジルベールの問いかけに足を止めて続ける。
「しかし知らないとは珍しいな。すでに顔を合わせているものだと思っていた」
確かにそうだ。
サヴィアの命で外を出歩くことが多いカディは、戻ればすぐに自分の帰還をジルベールに伝えにくる。
昨夜、同じ屋敷の中にいながら会いに来なかったのは、カディが来るより先に、ジルベールがサヴィアの寝室を訪ねたからだろう。入れ違いになったのだ。
「また、色々と言うんだろうな。あいつは……」
サヴィアが寝室を出ていく。
姿が扉に消えたのを確認してから、ジルベールは顔をしかめた。
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