スマイルの傷がすっかり完治したある日、ユーリはなんとなく彼の部屋を訪れた。
「…スマイル、居るか?入るぞ」
 彼は、スマイルの返事を待たずにドアを開ける。
 すると、そこには鏡の前で悪戦苦闘する彼の姿があった。
 スマイルの手には、細長く、白い布―包帯―が握られていて、その端は自分の顔に巻かれていた。
「…何をしている?」
「あ、ユーリ。見ての通りだけど?」
「そうではない。何故包帯を頭に巻いているのかと聞いているのだ」
 彼は、作業する手を止め、ユーリの方を向いた。
「…だって、やっぱり左眼見られんのって、嫌なんだ。あの日の事を思い出すから…」
 恐らく『あの日』とは、彼が村を追い出された日の事だろう。
 そして彼は、再び鏡に顔を向け、手を動かし始めた。しかし、
「…あ、あれれ?」
 シュル、と小さな音を立てて包帯が解けてしまった。
 どうやら一人では上手く巻けないらしい。
 そう言えば、彼を助けた時も、腕等はちゃんと巻けていたが、ただ顔の包帯だけは解けかかっていたな、とユーリは思い出す。
「…それを貸せ。私が巻いてやる」
「え?う、うん…」
 スマイルはユーリに包帯を渡すと、近くにあった椅子に腰掛け、ユーリも彼の前に立った。
 そして、前髪を上げ、包帯を当てると、なるべく髪の毛を挟まない様に巻いていく。
「ん…くすぐったい…」
「少し我慢しろ。もう直ぐだから…」
 そう言いながら、彼はどんどん包帯を顔に巻き付けていった。
 最後の一巻きが終わると、彼は包帯の先を、それの重なった所に挟み、ポンと彼の肩を叩く。
「出来たぞ」
 スマイルは、早速包帯に巻かれた所に触れてみた。
 撫でる様に触ったが、それはまったくずれず、且つ、きつ過ぎず緩過ぎず、しっかりと彼の顔を包んでいる。
「これで良いか?」
「うん。ありがと」
 と言って彼は立ち上がった。
 そして、あっ、と思い出したかのように口が開く。
「そう言えば、ボクに何か用?」
「いや、ただ姿が見えないから、探してただけだ」
「え、何で?」
 首を傾げて、彼は訊ねる。
「この城は広いからな、迷子になっていないかと思ってな」
「む・・・あんまり、子供扱いしないでよね。これでもボク、20歳過ぎてるんだから」
 上目遣いで睨みながら彼は不満そうに言った。
 もしこの場に第三者が居れば、彼の実年齢に驚く事だろう。
 16歳と思っていた彼は、実際は20代なのだ。
 しかし、相手は不老長寿の吸血鬼。
「やっぱり子供だな。私はその10倍は生きている」
 200年生きているユーリにとっては、その年齢は子供同然だった。
「10倍って……200歳!?」
「ああ、これでも吸血鬼としてはまだ若い方だ」
「そう…なんだ…」
 あっけにとられた様な口調で、スマイルは呟いた。
「そこまで驚く事も無いだろう?、吸血鬼も透明人間も然程寿命は変わらん」
「え?そうだったの?」
「知らなかったのか?」
「だって、ボクの周りで透明人間って言ったら、兄ちゃんしかいなかったから…」
 普通の人間と同じと思ってた、と、彼は口の中で小さく呟いた。
 その時、ユーリはふと思った。
 こいつは自分(透明人間)についてどれだけ知っているのか、
「おい、お前はどれだけ透明人間の事を知っている?」
「え?」
 いきなりの質問に、彼は一瞬戸惑ったが、直ぐに答えを出した。
「…あまり知らない。ただ、身体を消す事ができるのは知ってるけど…」
 やっぱり、と思ってユーリは溜息を吐いた。
 自分の寿命も知らなかったのだ。多分、その事以外は何も教えてられていなかったのだろう。
 恐らく、同年齢の人と比べて体が幼いのも、ただ自分がそう言う体質だと思っているのであろう。
 ユーリは、いきなりスマイルの腕を掴んだ。
「来い」
「へ?…ちょっと、何!?」
「お前は何も知らなさ過ぎる。私が教えてやろう」
 そう言って彼は、そのままスマイルを図書室へと連れ込んだ。




 一通り話し込んだ後、ユーリはふと思った。
 自分はこんなに他人と話す人だっただろうかと。
 以前までは孤独を好んでいたが、今は違う。
 今は、こんなにも傍にスマイルが居て、自分はそれを楽しいと思っている。
 今まで人と接する事が少なかった所為か、その分不思議な満足感があった。



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