ユーリとスマイルが出会ってから、ニ、三年程月日が流れた。
 ユーリが教えてくれる知識は豊富で、ある程度理解するのにそれぐらい時間がかかった。
 しかし、何故かスマイルは自分から城の外に出ようとは思わなかった。




 よく晴れたある夜、スマイルは部屋で本を読んでいた。
 その途中で、コンコンとドアがノックされる。
 彼の返事を待たず、ユーリは彼の部屋に入ってきた。
「何?」
「…空が綺麗だから、散歩に行こうと思ってな」
「ふーん、いってらっしゃい」
 と言ってスマイルは再び顔を本に戻した。
「何を言っている。お前も行くんだ」
「えー!何で!?」
 それを聞いたスマイルは、露骨に嫌な顔をする。
 その表情を見て、ユーリも眉を寄せた。
「お前は城に篭り過ぎだ。偶には外の空気も吸わんと体を壊すぞ」
「い、いいよ別に。ユーリだけで行きなよ!」
「行くぞ!」
「嫌だ!」
 両者とも、一歩も譲らない。
 そして、痺れを切らしたユーリは、いきなりスマイルを抱くと、窓から飛び出した。
「ッ!?ちょ、ちょっと!!」
「黙らないと舌を噛むぞ」
 バサッと本が落ちる音がしたが、それを気にせず、ユーリはぐんぐん上昇していく。
「ひっ!と、飛んでる…」
「この翼は飾りではないからな」
「っでも、高過ぎ!!ちょ、下ろして!!」
 空中であるにも関わらず、ジタバタと暴れだした。
「うわっ!お、おい!大人しくしないと本当に落ちるぞ!!」
「嫌だ嫌だ!離して!!」
 どうやら彼は、地面に足が付かない事でパニック状態に陥っているようだ。
 そう判断したユーリは、チッと舌打ちをすると翼を動かすのを止めた。
 途端に失速し、とてつもない落下感がスマイルを襲う。
「ーーーッッ!!!」
 スマイルは声にはならない悲鳴を上げたが、4、5m落ちたところで、ユーリは再び翼を広げた。
 それだけで、さっきまで暴れていた腕の中の彼は、嘘みたいに大人しくなる。
 否、寧ろ放心状態であった。



 しばらく飛行して、彼等は森の抜けた所に降り立った。
 街に近い所為か、ちらほらと人の影が見える。
 ユーリは、ゆっくりとスマイルを下に降ろしたが、彼は立つことすらままならず、そのままヘタリと座り込んでしまった。
「どうした?腰を抜かしているようなら、散歩は出来んぞ」
「…ば、バカー!!」
 と、スマイルは震える声で叫んだ。
 涙目で睨んでくる所が子供っぽく見え、ユーリはフッと笑いを零すと、彼の背中をあやす様にポンポンと叩く。
「すまない、謝るから泣くな」
「な、泣いてない!!子供扱いしないでよ!!」
 と言って、彼はグシグシと涙を拭いた。

 そして二人は、どちらからと言わず、その場に寝転んだ。
 暫くはスマイルの機嫌が直らず、ユーリが何を話しかけても答えなかったが、ユーリも黙り始めた頃、ふいに彼は口を開く。
「……で、ボクをこんな所に連れて来てどうしるつもりなのさ?」
「別に。ただ、お前を城の外に連れ出したかっただけだ」
「はあ?何それ!それだったら別に森の中でもいいじゃんか!わざわざこんな人の居るところに来なくても……」
「いや、人の居る所だから良いのだ」
「?」
 頭の上に疑問符を浮かべ、スマイルはユーリを見た。
「お前は極度に人を嫌うからな」
「…もしかして、嫌がらせ?」
 彼は昔、人間に殺されかけた一件から、極度に人を嫌うようになったのだ。
 だから、彼がそう思うのも無理は無い。
 しかし、ユーリが彼を連れ出したのは、全く反対の理由だった。
「違う。少しでも人間嫌いを克服すればと思ってな」
「え…?」
 スマイルは、驚いた表情でユーリを見た。
「三年位前、私はお前に透明人間の寿命が長いという話をしたな」
「…うん」
「永遠とも思える時間、お前はずっと私の城の中にいるつもりか?」
「……」
「いくら私の城が広くても、読み切れない程の本があっても、それには限界がある。お前もそろそろ、この生活に飽きてきただろう?」
「……」
「お前はまだ若い。若い内に見聞を広める事は大切な事だと私は思う。だが、人を嫌っている様では、たとえ城の外に出ても、中にいる事と一緒だ。何も解からない」
「……あのさぁ、そう言うユーリだって、城に篭ってばっかじゃん。人の事言える訳?」
「私も昔は良く城の外に出ていた。世界中を旅していた時もあった。だが、私はそれすらも飽きてしまったのだ。昔いた仲間は、皆死んでしまった。お前が来る前まで居た使い魔が、最後の仲間だった」
「……」
 スマイルは、気まずくなって口を閉じた。
「私は、現在(いま)を知り過ぎた。そうなると、何もする気が起きなくてな。だから私は長い眠りにつこうとしたのだ。私のまだ知らぬ、知識を求めてな」
「…で、その眠りにつこうとした日に、ボクを拾ったんだね」
 そうだ、とユーリは小さく呟くように言った。
「ユーリが起きてるって事は、少しは退屈しのぎにはなっているって事だよね?」
「ああ、久し振りの話し相手だからな」
 そう言うと、彼はゆっくりと起き上がった。
「話は少々ずれたがスマイル、やはり人嫌いは克服した方が良い。人には良い者もいれば、悪い者もいる。それは仕方の無い事だ」
「…うん」
「少しずつでいいから、人と接していったらどうだ?」
「…まぁ、努力は…してみるよ」
 そう言い、彼もよいしょ、と身を起こした。
「そろそろ帰るか?」
「……また飛んで?」
「ああ。歩けば明日の朝になるぞ」
「…」
「安心しろ。もう急降下はしない」
「…絶対だよ?」
 ユーリは、しっかりとスマイルを掴むと、翼を広げ、再び上昇した。

 その日から、スマイルは少しずつ城の外に出るようになった。
 最初は、言われなければ外に出ようとはしなかったが、数年もすれば自分から外に出ようと言うようになった。
 そして、やはりすこしずつだが、ユーリ以外の人と話すようにもなった。
 しかし、それはユーリにとって嬉しい事であり、同時に寂しい事でもあった。
 何故なら……



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