少年が目を覚ましたのは、翌朝の事だった。
「……ン…」
目を開けると、そこは知らない場所。
何故自分が此処に居るのか、疑問に思ったが、頭がボーっとしてうまく考えがまとまらない。
ただ、解かる事と言えば、全身の包帯は解かれていて、腕などに巻かれている事と、熱がある事ぐらいだ。
腕を額に乗せると、薬草の匂いが鼻を突く。
誰かが、手当てをしてくれたのだろうか?
もしそうならば、誰が手当てをしたのだろう?
その疑問は、直ぐに解けた。
「目が覚めたか?」
と、頭上から声がした。
「ッ!?」
「っと、警戒するな。私は別に怪しい者ではない」
そう言って彼は椅子をベッドの横に引き寄せ、座った。
「貴方は誰?此処は何処?何でボク、此処にいるの?」
それでも警戒心を解かない少年は、幾つかの質問を彼に投げかけた。
「ここは私の城で、私はこの城の主だ。散歩の途中で、お前が森の中で倒れていたから連れてきた。それだけだ」
「…じゃあ、この薬の匂いがする包帯は……」
「ああ、勝手ながら手当てさせてもらった」
それを聞いて、やっと彼が害の無い人間と信じ、「ありがとう…」と小さく礼を言った。
「熱はどうだ?」
ユーリは、そう言って少年の額に手を乗せ、顔を覗き込もうとした。その時、
「…ッ、見るな!!」
彼はユーリの手を払い除け、ガバッと布団を被った。
それに驚いたのはユーリである。
「おい、どうしたんだ?」
「…だって、眼が…ッ!」
「眼?眼がどうかしたのか?」
「だって・・・ボクの眼は……」
「…それは、お前の両方の眼の色が違う事を言っているのか?」
「ッ!」
ビクッと、布団が跳ねる。
少年の眼は、右は鮮やかな赤だったが、左は不気味な金であった。
「別にそんなに怯える事は無いだろう?オッドアイはそう珍しい物でも無かろう?」
「でもっ、ボクの眼は不幸を招くって……」
「ほう?」
少し、ユーリの眉が寄った。
「誰がそんな事を言ったのだ?」
「……村の人が、皆…」
「それは、お前のその怪我と何か関係があるのか?」
「……」
少年は、右目だけで布団の隙間からユーリを見た。
「お前の傷は、擦り傷の他に打ち身や打撲、切り傷に銃弾の跡もあった」
「……」
「私は別に目の色が金であろうと銀であろうと非難はしない。話してくれないか?」
「……うん…」
彼は、恐る恐る布団から顔を出し、身を起こした。
「ボクは、ある村に住んでたんだけど、この前、その村で大火事があって、それの原因が皆、ボクのこの左眼って言ったんだ」
「何だそれは?お前の眼は火を噴くとでも言うのか?」
「ううん。昔から、災害とか災難が起きたら、それは全部金の眼の所為だって・・・。だからボクは小さい頃からずっと魔物を見るような眼で見られてたんだ」
それを聞いて、ユーリは顔を顰めた。
恐らくそれは、誰かが出鱈目にでっち上げた、民間信仰だろう。
世の中には、金の眼を持つ者など、五萬と居ると言うのに。
全く、民間信仰にはいい加減な物が多い、とユーリは思う。
「それで、その火事で沢山の人が死んで……だから皆、その元凶であるボクを殺そうとしたんだ」
「酷い話だな。それが、その時に出来た傷だな?」
少年は、黙ってコクリと頷く。
「そうか…お前、親や保護者はいるのか?」
「…親は…いない。会った事も無い。……でも…」
「でも?」
「でも、お兄ちゃんが居た。ボクがある程度大きくなるまでは、お兄ちゃんに育てられたんだ」
「では、その兄は今何処に?」
「……知らない。三ヶ月前に旅に出たまま会ってない」
親も無く、親の変わりに育ててくれた兄も今は居ない。
つまり、彼は孤独な身である事を思い知らされた。
そして、少年はそれから黙り込んでしまった。
暫く沈黙が続き、ふいにユーリが部屋を出た。
そして更に時間が経ち、再び彼が部屋に戻って来た時には、彼の手には粥の入ったトレーとマグカップが握られていた。
「食え」
「…食欲無い…」
「だが何か食べた方が良いだろう?」
そう言って、ユーリは彼にトレーを差し出した。
少年は、渋々スプーンを握り、黙々とそれを口に運ぶ。
しかし、少なくても「すごく美味しい」と言う顔ではない。
無理も無い。ユーリは殆ど料理経験が無いのだから(今までは使い魔にやらせていた)。
やがて、粥を食べ終わると、今度はマグカップを差し出す。
その中には、薄緑の液体が入っていた。
「…何コレ?」
「薬湯だ。それを飲めば、多少は楽になるだろう」
「…ボク、苦いの苦手なんだけど……」
「子供だな」
と言って、ユーリはふっと笑った。
それが癪だったのか、少年はムッとした表情をし、薬湯を一気に飲み干した。
なるべく味を感じないように、息を止めて。
カップから口を離すと、彼はその余りにもの苦味に、口を押さえて顔を顰めた。
「ッ……苦い…」
「良薬口に苦し、だ。熱冷ましには、これが一番効くんだ」
ユーリは、まだ口を押さえたままの少年から、カップを受け取る。
そして、小さく欠伸をすると、立ち上がって伸びをした。
「私は寝る。お前ももう暫く寝てろ。どうせその身体では起き上がれないだろう?」
「え?あ、あの…」
「何だ?」
少年は、何か言いかけたが、首を横に振り、身を横たえた。
「……ユーリ」
「え?」
「私の名前だ。お前は?」
「………スマイル」
少年でも聞こえるかどうかの声で言ったのだが、ユーリは、ちゃんとそれを聞き取った。
「似合わない名だな」
「……」
癇に障ったらしく、スマイルはプイとユーリに背を向ける。
「気に障ったのなら謝る。お休み」
そう言って、ユーリは部屋を出た。
スマイルは、少しドアの方を見ると、再び仰向けになった。
薬が効いてきたのか、だんだんと体が楽になっていく。
それと同時に、軽く睡魔に襲われた。
彼はそれに身を委ねるように眼を閉じた。
夕方頃、ユーリは再びスマイルの部屋を訪ねた。
彼は、ベッドの上で規則正しい寝息をたてている。
彼の額に手を置き、熱が下がった事を確認すると、ユーリはほっと溜息を吐いた。
「…ん……」
額に当てられている手の感触に気付いたのか、スマイルはうっすらと眼を開いた。
「…あ、ユーリさん」
「すまない、起こしたか?」
「ううん、大丈夫」
軽く首を振って、彼は上半身を起こした。
「具合はどうだ?」
「大分良くなったよ。ありがとう」
「そうか。それは良かった」
ユーリは、朝腰掛けたのと同じ椅子に座った。
「あの、ユーリさんはこの城に一人で住んでるの?」
「…そうだな。今は一人だ」
「今?」
「ああ、最近まで使い魔がいたんだが、この前死んだ」
「そ、そうだったんだ…」
彼は、聞いてはいけない事を聞いてしまった様な気がし、顔を伏せた。
「気にするな。寿命だったし、仕方の無いことだ」
それから、私のことはユーリでいい、と、彼は付け加えた。
「それより、お前、これから行く当てはあるのか?」
「え?…それは…」
スマイルは、困ったような顔で言葉を詰まらせた。
どうやら無いらしい。まぁ、良く考えれば当然かもしれないが。
「…無いのなら、暫くここにいないか?」
「ええっ!本当!?」
突然の言葉にスマイルは驚きの声を上げた。
「ああ。私も、この広い城で一人暮らすのは少々退屈でな。多少条件はあるが、どうだ?」
「うん!ありがとう!!」
と、彼はこれ以上無いぐらいの笑顔で礼を言った。
こうして、二人の同居が始まった。
〜Next〜
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