■ T h e o l d d a y s ■




 メルヘン王国の北部の広い森の中に古びた城がひっそりと建っている。
 そこには、一人の吸血鬼が住んでいた。
 彼は吸血鬼の中でも特に優れた、孤高の存在だ。
 だが、彼は四六時中寝てばかりいた。
 起きていても何もする事が無いからだ。
 そして、その城の主―ユーリ―は、長き眠りに就く為の準備をしていた。
 刺激の無い現代は、彼には興味が無かったから。
 まだ見えぬ未来に刺激を求めて……



 ある日、ユーリはダルそうにベッドから身を起こした。
 そして、眠い目を擦りながら窓の外を眺める。
 早朝なのか夕方なのか、外は薄暗い。
 徐々に暗くなっていくので、直ぐに夕方だと言う事が解かった。
「一週間、いや、二週間と言った所か…」
 恐らく、今眠っていた時間の事を言っているのだろう。
 だんだんと、起きている時間が短くなっていく。
 原因は、平穏過ぎる日常だった。
 何も無い生活は、彼を退屈させる。
 その結果、彼は眠る事以外の楽しみが無くなってしまった。
 どうせ起きていても何も無い。だから、彼は眠る事にしたのだ。
 数百年も眠れば、少しは世界も変わっているだろう。
 彼は、今夜にでもその長き眠りに就こうとしていた。



 ユーリが長い眠りに就く準備は、全て整った。
 彼は最後に、城を出て森の中を飛び回った。
 もしかしたら、次に目覚めた時にはこの森は無くなっているかも知れない。
 だから、少しでもこの森を記憶に刻んでおきたかった。
 そして彼は、城より少し西にある小さな泉の近くに降りた。
 本当に小さな泉なのだが、水は澄んでおり、月光を反射してキラキラと煌いていた。
 幻想的、と言う言葉が似合う。
 しかもその場所に来るのはその吸血鬼と野生の小動物だけなので彼のお気に入りの場所だった。
「…相変わらずここは静かだな……」
 時間が夜なので、小声で呟いたにも関わらず、やけに声が響く。
 暫く風に髪をなびかせていたが、そろそろ冷えてきたので城へ戻ろうと羽を広げた。
「……?」
 その時、視界のに妙な物が移った。
 最初は小動物かと思ったが、少し違うらしい。
 ガサガサと動くそれは、やがてドサッと倒れるような音をたてて動かなくなった。
 それが、人だと解かるのに然程時間は掛からなかった。
「お、おい!?」
 ユーリは、慌ててそのぐったりとしている彼の所へと駆け寄った。
 良く見ると、それは16歳ぐらいの子供。
 肌や髪は青く、顔の半分以外はほぼ包帯で覆われていて、その小柄な身体には合わない程の大きなコートを着ていた。
 そして、その身体には無数の傷があり、中には刀傷のような物まである。
「おい、大丈夫か!?」
 彼は少年を抱き起こし、仰向けにさせる。
 熱があるのか、その身体は少し熱い。
 そして、軽く少年の身体を揺さぶると、微かに少年の唇が動いた。
―…み…ず……―
 声は発せられていなかったが、ユーリはしっかりとその言葉を読み取った。
 一旦少年を土の上に寝かせ、泉の水を掬う。
 汲む物なんて持って来て無かったので、手で。
 そして、再び少年の所へ戻り、空いている片手で彼の身体を支えながら水を飲ませた。
 やはり手では飲ませ難く、少年の口の端から顎にかけて、つぅ、と水が流れる。
 しかし、それでも彼の喉からコクと音がし、ユーリは安堵の溜息を漏らす。
 2、3回程それを繰り返した後、コト、と少年の手が土の上に落ちた。
 どうやら、完全に意識を失ったようだ。
 これ以上水を与えると、咽てしまう可能性があるので止めた。
 問題はこれからだ。
 この少年を、このまま放置する訳にも行かない。
 それに、傷の手当てもしなければならない。
 ユーリは、仕方なく彼を自分の城へ連れて行こうと、彼を横抱きに抱えた。
 すると、彼の手を覆っていた包帯がはらりと解け、顔と同じ色の指が露になった。
「……ん?」
 見ると、その手は透けており、指先は完全に色が無かった。
「…透明人間の子供か……」
 そう呟いて、彼は急いで城へと戻った。



 どうやら眠りに就くのは、まだ先になりそうだ。





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