君と同盟



Night resistance, Mean nothing


解散!
エイプリルのよく通る声がそう響いた後、貯蔵庫に向かう通路でふと見た時計の針は午前2時36分をさしていた。
ミッションを終えて落ち着きを見せ始めたレジスタンス軍基地内は、夜番以外の人影は消え始めていた。
エイプリルに市民を労働キャンプから脱出させるのを手伝ってくれと言われ、ミーティングを始めたのが午後6時頃。長い一日だった。
冷えたビールがラファエロを呼んでいた。

目当てのものを手に入れて上機嫌のラファエロはボロソファにどかっと腰をかけた。傷んだスプリングが悲鳴をあげた。
両腕に抱き込んでいたビール瓶の束を打ちっぱなしの床の上にずらりと並べ、そのひとつを手に取った。
「欲しいならやるぜ?」
一応横の先客に声をかけてみたが、「いや、いい」と返ってきたきり、また黙りこくったまま、また眉間に皺を寄せて一点をじっと見つめているようだった。
「そーかよ」
それ以上勧めるでも気にかける風でもなく、ラファエロは持っていたポケットナイフで王冠を弾いた。小気味よい音が響く。ぐいっと一息に呷ると炭酸がはじけて喉を打った。
「ずいぶんと機嫌がよさそうだな」
ずっと貝のように押し黙ったままかと思っていた隣から声がかかって、ラファエロは怪訝な顔を向けた。
「あ?そりゃ、一仕事終えた後の酒ってのは気持ちよく飲むもんだろ」
空になった瓶を床に転がしてまたもう一本の瓶を空けた。
「それはミッションが成功した後に言うんだな」
「失敗だとでも言いたいのか?」
「成功したとも言えないな」
硬質なレオナルドの声が室内に響く。
「救えたのは何人だ?何人が生き残った?」
「4人だな」
「最初に脱出させる予定だった人数は?」
「10人」
「これでミッション成功だなんて言えるのか?『全員』の脱出と安全が目標だったはずだ」
今更こいつは何を言ってるんだ、とラファエロは思った。精錬された兵、最新鋭のテクノロジーを持った今や軍隊と呼ぶべき集団を相手にして、犠牲を出さずに渡り合うのは無理というものだ。4人救えただけでも御の字だった。それをレオナルドも身に染みてわかっているはずだ。
「少なくとも4人は救ったじゃねーか」
「それで何が変わる?」
「じゃあ何か?無駄だったって言いてぇのか!?」
レオナルドの表情が一層険しくなる。口にしたビールはなぜかもはや美味いものではなくなっていた。せっかくいい気分だったのに、レオナルドの隣で飲んだ自分が馬鹿だったのだと、いつもより早く酔いの回り始めた頭で考えた。
「…そうじゃない」
「じゃあなんだってんだ!」
レオナルドからの答えはなかった。口にするのを躊躇っているようだった。躊躇うくらいなら話に出さなければいいものを。ラファエロは瓶を逆さにして勢いよくビールを呷った。空になった瓶を放り出し、口の端から零れた液体を手の甲で乱暴に拭うとまたもう一本に手を伸ばした。激昂して早くなった血のめぐりに乗って、アルコールがラファエロの全身に回っていた。
「…お前だってわかっているんだろう?」
「わかんねえ」
そう答えたのは反射だった。
レオナルドの言いたいことはわかっていた。今のレジスタンスの展開する行動では何も変わらないということ、現状を打開するためにはシュレッダーを討ち取らなければならないということ。しかし、それをやってのけるだけの策も兵力も士気もない。捕えられた市民を逃したり、軍事展開を妨害したりする以外にはどうしようもないのだ。そのどうしようもない状況でもできるだけのことをやっている中で、ままならないことを今更わざわざ持ち出してくるレオナルドに腹が立った。
「てめえのお説教は飽き飽きなんだよ!できることをやってる!それ以外に何ができるってんだ!教えてくれよ、リーダー様がよ!」
とうとうラファエロは叫んだ。
「わからない。だけどこのままじゃ何も変わらない。だからどうにかしないと、と思っているんだ!」
「思うだけなら誰にでもできるんだよ!具体的にどうすりゃいいのか言えって言ってんだ!」
「わからないから考えろといっているんだ。目の前の出来事に始終してばかりじゃないか」
「考えても考えてもわかんねーからこうなってんだろうが!」
ラファエロの叫びには自分の力の及ばなさを悔やむ色が見え、出口の見えない戦いに焦りと淡い絶望感を感じているのは自分だけではなかったのだとレオナルドは悟った。
ラファエロは手にしていたビールを飲み干してまた新しいビンを掴む。その頬は薄く赤らんで目もだんだんと正気の光を失いかけていた。
「ラファエロ、飲み過ぎだ」
「ああ?」
「外に出るぞ。帰る前に少し酔いを覚ました方がいい」
少し宙を掻いて彷徨ったレオナルドの手はそれでもしっかりとラファエロの腕を掴み、引きずるようにして外へと連れ出した。
荒廃したニューヨークの街は遠くに聞こえる野犬の遠吠えの他は静まり返っていた。

「ッてめ、いい加減離せ!」
細い路地をしばらく歩いたところでラファエロが手を振りほどいた。
舌うちする音が聞こえ、その後にはライターのフリントが摩擦音を立て、きざみの燃える匂いがレオナルドの鼻腔をくすぐった。
「……タバコか」
言外に非難をにじませるレオナルドの物言いにラファエロのこめかみがひき攣った。
もはやチームも我が家も存在しないというのに、レオナルドのラファエロに対する態度は変わるところがなかった。いつだってリーダーであり、兄だ。さっきの口論のときもそうだったが、自分はいつだって正しいという顔をしている。
ラファエロはレオナルドのコートの胸元をひったくるように掴んで睨んだ。
しかしその視線をレオナルドの黒いサングラスが阻んだ。おもしろくない。
「目ェ見せやがれ」
「なんだと?」
「目ェ見せろ」
後ろから回した手でレオナルドの首根を押さえ、ラファエロはサングラスを咥えた。
そのせいでラファエロの漂わせるアルコール臭が一層近く濃くなって、レオナルドは顔を顰めた。
「酔っぱらいが」
薄く嫌悪を滲ませたレオナルドの言葉を鼻で笑って、ラファエロはサングラスの留め金を指で探り当て、器用にそれを外した。
レオナルドが光を失ってから、その瞳をこんなにもまじまじと見るのはこれが初めてだった。
眼球はあるというのに、こんなに間近に顔を近づけているというのに、両者の視線が合うことはない。それがラファエロに居心地の悪さを与える。
対峙すればいつだってラファエロを捕らえた射殺すような視線も、身の内に漲るような生気を映した光も失われてしまっていた。
レオナルドの眼窩に埋まっているのは今やただの球にすぎないのだ。
咥えていたサングラスを手に持ち替えて、自由になったラファエロの口をついて出たのはただ率直な感想だった。
「……ピンポン玉みてえ」
「いい加減にしろ。お前なんかそのピンポン玉を片方なくしてるじゃないか」
「お前と違って俺ァ片方はちゃんと眼球として機能してるぜ?」
「どうだか……見えてるつもりになってるんじゃないのか」
見えていないはずのその瞳に以前と変わらず見透かされているような気がして、ラファエロはサングラスを奪ったことを少し後悔し始めた。
さきほどのレジスタンス基地内での口論のことも思い出してか、後悔と同時にいらだちが再び沸き、ラファエロの心にさざ波を立てた。
レオナルドの肩を突き飛ばしたのはほとんど衝動だった。
急なことに体勢を崩してよろめくレオナルドを引き寄せて、背後からその眼を左手で覆ってやった。
「何をするんだ!」
もがくレオナルドを左手だけで軽く押さえこんで、ラファエロは短くなってきた煙草をこれが最後とばかりに深く吸ってプッと吹いて捨てた。アスファルトの上で赤い火種が消えた。右手に持っていた邪魔なサングラスは自分のジャケットのポケットに突っ込み、その腕をレオナルドの胴に回して逃げられないように抱きしめた。
「うるせぇな。酔っぱらってんだ。好きにさせろ」
「させるわけないだろう。離れろ」
「させろ」
両腕に力が籠められて一層強く抱きすくめられる。ため息がこぼれた。
ラファエロに何を言っても聞かないのは、嫌というほどわかっている。酔っていればなおさらのこと。本気で抵抗したが最後、どちらも全体力を消耗するまで攻防が終わらないのもわかっている。そしてそんな言い訳を盾にして、なおざりの抵抗だけしかしていないこともレオナルド自身がよくわかっている。
家族がバラバラになった後もそうやってずっと関係を持ち続けてきたことも、互いが互いに馳せる想いがそうさせていることも……
わからないととぼけるにも、息巻いて抗ってみせるにも、長すぎる年月を共有してきた。
この行為の先に何があるのかと未熟だったレオナルドは懊悩し、いつかはわかるのではないかと身体を重ね続けてきた。
だが、期待した何かなどありはしなかった。ただただ、互いに互いを求めてやまない感情があることを認めることができたというだけのことだった。急に背後のラファエロの体温が上がったような気がして、胴にしっかりと回されたその腕に、レオナルドは自分の手を添わせるように重ねた。





暗転





顔を覗かせた朝日に廃墟の街は薄く白み始める。
レオナルドは脱ぎ捨てたままのコートを拾うと、汚れを払い落としてすっと片腕を通した。
古傷だらけの身体を覆う黒のコートが未明まで続いた情交の匂いすらも覆ったのか、身支度を整えたレオナルドからはいつもの精悍さしか窺うことはできない。
乱しても乱しても崩れないその姿に、腹が立つのを通り越して見事なもんだといっそ感心さえする。
ラファエロが咥えていた煙草を手に持って、「じゃーな」と行く背中に声をかけると「ああ」とだけ返ってきた。昨夜のことはなにもかもなかったような顔をして別れる。いつもの朝だった。





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