「あわわ、早く消さなくちゃ……!」 狼狽したようなビデオの中の麻里と、現実にリモコンを拾い上げて停止ボタンを見つけられずにいる麻里が重なる。 画面が真っ暗になる頃には、俺はもうビデオの中から聞こえてきた言葉を何度も反芻してしまっていた。 (やっぱり好きなんじゃないですか。やっぱり……やっぱりって?) 「な、仲安くん、これは違うのっ、これは……!」 大慌てで麻里が手をぶんぶん振っている。 本当はどう思っているのだろう。やっぱり、以前の時と同じように友達としか思っていないのだろうか。 あれこれ悩んできたけれど、ここでケリをつけてしまった方がいいかもしれない。 マジで無理だって言うんなら、いっそのこと諦めて── 「なぁ麻里。やっぱりダメなのか? 俺、本気なんだぜ……お前に」 「……………」 気まずい沈黙が流れる。どっちでもいいから麻里からの答えがはっきりとこの場で欲しい。 「……分かってるよ。ごめんね、ちゃんとした答えを返してなくって」 「ちゃんとした答え?」 「うん。心の準備ができてなくって、ついはぐらかしちゃったから」 どうやら、俺が勢い余って告白した時はしっかりした答えではなかったようだ。 となると、石野と同列に扱われたショックは杞憂に終わってくれるということなのだろうか。 「でも、半分はホントだったよ。中三で背が伸びてからの仲安くん、なんか見栄っ張りでカッコつけてて好きじゃなかった。 髪赤くしてからは目つきも怖かったし、無理に自分を強くみせようとしてて……ひねくれてる感じがした」 麻里の言葉が突き刺さる。ああ、確かにそう言われればその通りかもしれない。 ナメられたくなかったという思いが強かった時期だし、部活で麻里に投げ飛ばされてばかりでふてくされていたんだろう。 男なのに、女に勝てない。試合でそこそこ勝っていても、好きな女の子より弱い。その現実を認めたくなかったのだと思う。 でも、そういう思いは高校に入って先輩方や県警の人達に揉まれる内に無くなり、初めて昔の自分を客観視できた。 「斉藤先輩が怪我して一年生が試合に出るってなった時からさ、背負い投げをまた使い始めたよね。その時からかな。 あ、昔の仲安くんが戻ってきた。私の大好きな、気が強くて真っ直ぐな仲安くんが戻ってきたって」 「麻里……」 飛び上がりたいような、というのとは少し違う、心の底から沸々と沸き立ってくるような嬉しさ。 「今の仲安くん、すっごくステキだよ。大好き」 少しの躊躇も無く麻里は言い切った。真夏の爽やかな太陽を一身に浴びる向日葵のような、眩しい笑顔だった。 目の前を塞いでいた氷の塊がみるみる内に解けていく。試合に勝った時とはまた別の喜びが指先まで行き渡る。 「麻里っ!!」 「うひゃっ!?」 たまらなくなって正面から抱き締めようとしたら、勢い余って麻里をソファーの上に突き倒してしまった。 上になったまま俺はなぜかぼんやりと麻里を見下ろしていて、麻里もポカーンと口を開けっ放しにして俺を見上げた。 俺が麻里を押し倒している。この構図の意味を理解するまでに数秒かかった。 「……………」 麻里はただ身を硬くしていた。寝技も俺より上手いんだから抵抗だってできるのに、何もしない。 開いたままの唇に視線が集中して、半ば無意識にそこを目掛けて唇を重ねていた。 少ししっとりした感触。ぬるま湯から出したばかりの水餃子みたいな柔らかさだった。 鼻で呼吸してみると、いつもよりも濃い麻里の匂いがして、一気に血流が速くなったような気がした。 柔道の練習で密着状態になることは中学時代からのことだったが、その時はこんな気持ちになんてならない。 唇を離して麻里の顔を覗いてみると、眉を下げて、トマトみたいな顔で明後日の方向に視線を向けていた。 中学生からの付き合いなのに、麻里が恥ずかしがっている顔なんて初めて見る。 いつも笑顔を顔に貼り付けていて、怒った顔や困った顔をたまに見たぐらい。胸が熱くなった。 「んっ……ん」 突き動かされるようにして、再び唇を奪う。 ただついばむようなキスなのに妙に気持ちよくて、腰の奥がジンジン疼き、ズボンの中が窮屈になってきた。 「仲安くんっ……!」 「ハッ──」 聞き慣れた声で名前を呼ばれて、のぼせ上がった頭が一気にクリアになった。 「ごめん、俺……」 麻里を押し倒した挙句、強引に唇を奪ってしまった。 自分がとてつもなく悪いことをしてしまったような気がして、先ほどの嬉しさが消し飛びそうだった。 「ううん……びっくりしたけど、仲安くんだって男の子だもんね」 「…………」 麻里にそういう欲望を抱いていなかったと言えば、勿論嘘になる。 寝技の練習で麻里と当たった時なんかは、その瞬間は柔道に集中していても、後から思い出すと猛烈に疼いた。 胴着越しに女性らしい肌の感触が当たった時や、汗に混じった女の子の匂いが頭から離れなかったこともある。 稽古に打ち込んでいる間は無心でいられたが、それが終われば余韻が込み上げてくるのだ。 性的なイメージと結びつきづらいはずの麻里を想って自慰にふけったことなんて一度や二度じゃ到底数え切れない。 「や……優しくしてくれる?」 「えっ?」 「そういうの、よく分かんなくてちょっと怖いけど……でも」 小さな手が縋りつくように俺の服を掴んだ。投げ飛ばそうという気は感じられない。 「い……いいのか?」 俺が尋ねると、麻里はゆっくりと頷いた。 夢なんじゃないかと思って、思わず自分の頬を指でつまんで捻ってみた。 ……痛い。やっぱり現実なんだ。本当に、麻里は俺のことを受け入れてくれるのか。 (それなら続きを……って、待てよ) いくら親が帰ってこないとはいえ、ここは家の中で一番広いリビングルームのソファーの上。 こんな開けた場所でしてしまうのはどうかと思う。 「俺の部屋、行こう。二階だから」 ひょいと麻里の体を横抱きにして抱えた。やっぱり軽い。 「あ、お姫様抱っこ」 なんて嬉しそうに言いながら、どうやってあんなにホイホイ人間を投げ飛ばすのか分からない細さの腕を首に絡めてきた。 そのまま階段を上がって部屋を開けて、俺の部屋へ。この間掃除しておいてよかった。 肘で電気のスイッチを入れて、ベッドサイドに麻里を座らせた。 「電気、もっと暗い方がいいよな」 さすがに裸を見られるのは恥ずかしいだろうと思って、ベッドサイドのランプだけ付けて、蛍光灯の電気は落とした。 同時に、上に羽織っていたシャツを脱いで、上半身をTシャツ一枚にしてから麻里の隣に腰掛ける。 「さっきついしちゃったけど……キスしたことあったか?」 肩を抱き寄せながら尋ねると、麻里はふるふると首を横に振った。 「仲安くんが初めてだよ。仲安くんは?」 「俺だって初めてさ。麻里一筋だからな」 「えへへ……ありがと」 さらっと言ってみたつもりだったが、頬がカッと熱くなった。 柔道世界一と言っていいほどの強さを持っているのにここまでさせてくれる意味を考えると、感激した。 「キスしていい?」 「うん……ん」 右手で後頭部を撫で、指先を柔らかい髪に絡ませながら、キス。 今度は唇だけでついばむようなものでは無い。舌を突き入れて、麻里の口内へ割り込む。拒絶はされなかった。 そのまま更に奥へ進んでいくと、ぬめりを帯びた塊があった。舌だと確信して絡み付いていくと、反応があった。 「っぁ……ん……む」 舌から送られてくる信号が、後頭部の辺りをじいんと痺れさせた。ますますズボンの中が窮屈になる。 鼻で呼吸するのが苦しくなって一旦離れると、お互いの唇にアーチがかかっていた。 息を整えてからもう一度唇を塞ぎ、そのまま肩を掴んで後ろに軽く押すと、流れに逆らわず小さな体が倒れこんだ。 上に覆いかぶさりながら、麻里の口内を舌で弄ぶ。唾液の絡む音が凄くいやらしかった。 「さて……」 これから、するんだ──セックス。できるんだろうか、俺に。 経験は無い。あるものといえばエロ本やらで仕入れた知識だ。心もとないと言わざるを得ない。 (迷ってるんじゃない、仲安昌邦。しっかり麻里をリードしなくちゃならないだろっ) 頬を軽く叩いて気合を入れると、試合中じゃないんだからと麻里に笑われてしまった。 下から手が伸びてきて、俺の頭をクシャクシャ撫でた。 「な、なんだよ」 「ひよこ頭」 そんな間の抜けたことを言う麻里の表情はいつも通りに見えた。 恥ずかしがっているように見えなくもないが、緊張しているんだろうか。 ……そういえばこいつ、国際大会の決勝ですら笑顔だったんだよな。緊張なんて知らないのかもしれないな。 「よく見るとさ……仲安くんってイケメンだよね。前は目つきが怖かったけど」 「っ……いきなり何言ってやがる」 「照れてる顔も可愛い」 くそっ、麻里の方こそ可愛い。頬を染めながらそんなことを言うなんて、反則だ。 オレンジ色のパーカー、そのファスナーに指を掛けて引き下ろすと、中に着ていたのは白いTシャツだった。 うっすらとその下からブラらしきものが透けて見えている。ブラウスから透けているのとはまた違う眺め。 「うぅ……は、恥ずかしいよ……」 ベルトを腰から抜いてカーゴパンツも下ろし、ベッドの端に脱がせた服を重ねていく。 Tシャツ一枚になった麻里は、裾を押さえてただでさえ小さな体を縮こまらせていた。 腰から真っ直ぐに伸びた白い太腿が眩しい。体は細いけど意外と肉付きはいいように思う。 「……見たいんだ、麻里のハダカ」 「わ…………分かったよ……」 裾に手をかけると、そこを抑えていた麻里の手から力が抜けた。 改めてその顔を見ると、首筋まで赤くなっていた。麻里の恥じらう顔、もっと見たい。 Tシャツを引き上げて脱がしてしまうと、上下お揃い、白と淡い緑の横縞の下着が現れた。 前々から思っていたけど、やっぱりというかあまり大きくは無いが、言ったら傷つくだろうと思って黙っておく。 「あれ……これどうやって外すんだ?」 ベッドと体の間に手を差し込んでホックのあると思われる場所を探ってみるが、外し方が分からない。 「えっと……」 教えてくれるのかと思いきや、麻里が自ら両手を背中に回して、ぷちんという音がした。 「い……いいよ……」 「……ああ」 肩紐をつまんで手前に引っ張ってみるとあっさりとブラが外れた。 ──綺麗な肌 大きいとか小さいとか、そういうのよりも先に頭に浮かんだ感想だった。 色白な方だとは思っていたけど、まるで雪みたいに真っ白で染みや傷の一つも無い。 その頂点には、左右対称な位置にぽちっと桃色が佇んでいる。思わず喉が鳴った。 「柔らかい……」 手を伸ばして触れてみると、掌に収まるサイズのそれは温かい水風船のような弾力を押し返してきた。 未知の感触。一も二も無く掴みそうになって、先ほどの麻里の言葉を思い出す。 そうだ、優しくしなきゃ。優しく優しく、ソフトにソフトに。 「……仲安くん」 「ん、なんだ?」 「もっと大きい方が好き?」 「うーん、どっちでもいいかな、好きな女の子のだったら」 「もう、バカ」 胸をさするように触っている俺の手を、麻里の手がぺちっと叩いた。痛くは無い。 見た目では小さいように見えるが、触ってみるとちゃんと女性特有の膨らみがあるのが分かる。 「痛かったら言えよ」 指先にほんの少し力を込めて、膨らみの感触を感じながら寄せ上げるようにして揉んでいく。 「……んっ……ぁ」 鼻から小さな声が漏れてきた。同時に、小さな溜め息。 顔を見られるのが恥ずかしいのか、麻里は目を背けている。 「あっ!……や……ん」 薄いピンク色の頂点に狙いを定めて指先でくりくり弄ってみると、はっきりと声が聞こえて体がビクッと跳ねた。 いつもの麻里から想像しろと言っても想像なんてできないような、甘みの混じったような声。 気持ちいいのだろうか、と思って、そのまま手を止めずに続けてみる。 「うぅっ……あ、んっ……な、なんかヘン……」 「ヘンってどういう風に?」 「くすぐったいんだけど……胸がジンジンする」 どうやら痛くは無いらしいと知って安心した。刺激する内に頂点が弾力を増してきたのか、少し硬くなってきている。 舐めてみたらどんな反応をするんだろう。考えるより先に体が動いていた。 「ひゃっ!? やぁぁんっ!」 ああもう、なんて声を出すんだ。 右の乳首にしゃぶりついて舌先で転がしていると面白いように反応が返ってきた。 「あ、やだ……そ、そんな所舐めたってなんにも出ないよぅ……はぁ…」 口から吐き出されてくる息が深いものになったのが分かる。夢中になっていたら頭を抱え込まれた。 右だけでなく、左も。手と口とを交代させて、空いた左手は背中に回してすべすべした肌を撫で回した。 ぴんと硬くなった先端をひとしきり楽しんで体を起こすと、焦点のどこかぼやけたような瞳で麻里が俺を見ていた。 「はぁ……はぁ……力が入らない…」 「気持ちいい……のか?」 「分からないけど、頭がボーッとして、体中が熱い…」 半開きになった唇。俺を誘っているように見えて、覆いかぶさるようにしてキスをした。 「……ねぇ、仲安くん。私だけハダカじゃ……その……」 そういえば、さっき上に着ていたシャツを脱いだっきりだ。 麻里に言われて思い出して、俺も下に着ていたシャツを脱いで、ベルトを緩めた。 カチャカチャと金属のぶつかる音がする中、女の子の目の前で脱ぐのは恥ずかしいな、などと考えていた。 ズボンの中でガチガチに勃起しているイチモツはトランクスを派手に押し上げている。 これを見せたら怖がられてしまうのではないだろうか、と思ったが、どっちみち見られるんだから一緒だ。 「わ、な、仲安くん……それ」 麻里と対等になるまで脱いだところでベッドの上に戻ると、やはり麻里がトランクスを押し上げる存在に気付いた。 片手で口元を覆って視線を横にズラしているが、もう片方の手はそこを指差している。 注目しているのか見るのが恥ずかしいのか、どっちなんだ。 「ああ。麻里としたくて、コーフンしてこんなになってるんだ」 変に隠すこともないだろう。正直に『麻里とヤりたい』気持ちを打ち明けた。 ついでにトランクスも目の前で脱ぎ捨てると、麻里はそれを視界の端に捉えていたのか、大きな目を更に上下に見開いた。 「え……」 若干うろたえの色を顔に浮かべている。やっぱり見せない方が良かったのだろうか? 「そんなになっちゃうんだ……保体の教科書で見たのと、全然違う……」 「こんなの、教科書には載ってないからな」 実際にその教科書を開いてみたことも無いくせに、俺は妙に自信満々だった。 「……触っていい?」 「……あ、ああ」 赤黒い肉の塊に麻里の視線が注がれていた。引かないのが意外だ。 小さい手がゆっくりと近付いてきて、温かい肌の感触が伝わってきた。 「熱くて、硬い……」 全体の輪郭を確かめるように、指が絡みついてくる。自分でするのとは全く別次元の刺激が背筋を上ってくる。 「うっ」 敏感な裏筋に指が触れて、呻き声が漏れてしまい、びくっと肉棒が跳ねた。 緩やかにくすぐるような触られ方なので、そこに神経が集中して小さな刺激も目いっぱい感じ取ろうとしてしまう。 自分の手意外を触れさせたことが無い上に、ずっと好きだった女の子の手だ。ひとたまりもない。