Position of mind
契約の破棄を言い渡された筈の平山が、随分と酔った声の安岡から部屋の掃除に来いという連絡を受けたのは昨晩。
代打ちの仕事は無くなったが、安岡とは平山にもよく分からない関係が続いていた。
朝早くに時間指定された為、留守にしているうちに済ませれば良いのだろう。と、仕方無しに睡眠もそこそこに、安岡の借りている部屋に向かう事にした。
チャイムは鳴らさずに渡されている部屋の鍵で、中に入ると、玄関先には赤いハイヒールと男物の靴。
「………」
女と一緒に居るのか、とそんな事にはもう慣れてしまった平山はそれを見ても、取り乱す事も無く、リビングに人影がない事を確認してから、ジャケットを脱ぐ。
平山が掃除に来るときは、女を部屋に連れ込んでいる事が分かるものが、この部屋にはいつもたくさん転がっている。安岡と女が居る場所に顔を合わせた事は無かったが、同じ女性を連れてきている形跡は平山が知る限りは無い。所謂水商売の女を持ち帰っているのだろうとは平山は考えるが、必ずしもそう言い切れるものも無いのだと思うと、小さな不安が沸き上がってくる。が、平山は自分と安岡の関係にその感情は必要無いと頭を振って考えている事を散らす。
そして、脱いだものを適当な場所に置いてから、片付けに取りかかる事にした。
風呂場には下着とストッキング、リビングには女物のミニスカートのスーツが脱ぎ散らかされていた。それらを拾い上げ綺麗に折り畳み、机の上に置いておく。手を洗おうと入ったキッチンの流しの横にイヤリングが転がっていて何処で何をしていたのかが手に取るように分かってしまい、苦笑を浮かべるしかなかった。
ハートの形をした宝石のついたイヤリングを服の上に乗せたと同時に、平山の耳に寝室の方向から女の甘えた声が飛び込んで来た。出来る事なら聞きたくはないが、薄らと聞こえていた声は一度聞こえれば耳が慣れてくるのか、だんだんと良く聞こえてしまう。だから、セックスをしていると分かるまでにそう時間はかからなかった。
動揺はしたが、まだ片付けるところが残っている。
寝室の扉は開けずに、余り使われていない部屋を小さな箒で掃除することにした。この箒は平山が、最初に今日と同じように掃除をしろと呼び出された時、使い勝手のよいものを態々探してこの部屋に置いているものだった。よく見れば、穂の部分が折れてしまっているものが多く、平山は自分が思っていた回数以上にこの部屋を訪れていたのだと肩を竦めた。
音を極力立てずに、掃除を進めていく。その最中にも嬌声は響き、高い音の間を縫って低く女の名前を呼ぶ安岡の声が何度も聞こえていた。
皿洗いまで済ませ、掃除を一通り追え、やっと帰れるとジャケットを手にした所で、
「おい、平山。入って来い!」
帰ろうとした所を見越してか、寝室から平山に呼びかける安岡の声が響いた。聞こえない振りをしようかと一瞬思ったが、そんな事をしたその後の事を考えると、良い結果など一つも思い浮かばずに、結局は従うしか選択肢は無かった。
寝室の扉を軽くノックして、開いた先に見えるであろう2人の状態を先にイメージする。そうしていれば、実際にその光景を見たとしても動揺は隠せるだろう、と覚悟をしたが、扉を叩いたその指先は震えていた。
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