いろんなこと
  5 コンペイトウ
 
 僕が鼻歌を歌いながらバスルームから出てくるとリビングでレオンに声をかけられた。
「楽しそうだな」
 いると思っていなかったのでびっくりした。
「あっ! えっ……と、いや、普通だよ」
 僕は平静を装って答える。レオンはちょっとバカにしたように笑う。
「そうか? おまえが歌を歌ってるなんて何年ぶりに聞いたかな。音痴なのは相変わらずだが」
「……レオンもこんな時間に家にいるなんてめずらしいね」
「事務仕事がたまってるんでね。誰かさんが遊んでばかりいるからかな」
 そう言ってレオンは僕の顔を見る。
「ご、ごめん! 明日必ずやるよ。今日は行くって言っちゃったから……」
「またあのケーキ屋の娘のとこか?」
「まあ、ちょっとね」
 僕は顔がにやけないように気をつけながら答える。レオンは僕の顔をのぞきこむ。
「おまえ大丈夫なのか?」
「へ?」
 まずい、にやけてたか? レオンはちょっとあきれた顔をして話し出す。
「はまりすぎてないか? あの娘、連れて行けないんだぞ。せいぜい相応の幸せを見守ることぐらいしかできない。あの娘なら……そうだな、おひとよしの小金持ちと結婚して小さな店を経営するとかか?」
「……そんなこと、わかってるよ」
 僕がそう答えるとレオンは首を少し傾けた。
「本当に?」
「最後にちゃんと消すよ。それでいいんだろ」
「それでいいが……、わかってるのか? おまえの記憶は消せないんだぞ」
 そう言ってレオンは僕の顔をじっとみつめた。少し考えて僕は答える。
「……わかってるよ。それにそういうのは慣れてる」
「あっそ」
 レオンは興味なさそうにそう言って話を終わらせた。なら最初から聞くなよ。
「ミシェル」
 出て行こうとする僕に後ろからレオンが声をかけた。
「まだ何か?」
「これ持ってけよ」
 真剣な顔でレオンは僕の手を取りコンドームを手渡す。
「持ってるよっ」
 僕がそう言うと、レオンは僕の肩に手をまわし横目で僕の顔をのぞきこむ。
「うまくやってる? 中級編のアドバイスは必要じゃないのか?」
「……中級編って何か違うの?」
 レオンはニヤッと笑って答える。
「聞きたい?」
「……また今度。今日はもう行くよ」
「がんばって」
 僕はレオンに見送られて玄関を出た。

「いらっしゃい」
 マリィに笑顔で迎えられ、僕もにっこりと笑う。
「めずらしいお菓子もらったの。ほら」
 マリィは可愛らしくラッピングされた透明な袋を差し出した。中には表面に角のついた色とりどりの小さな丸い粒が入っている。
「コンペイトウだね」
 僕がそう言うと彼女は少し驚いた顔をする。
「食べたことあるの?」
「いや、本で見たことあるだけ。実物を見たのは初めてだ。これがどうやってこんな形になるか知ってる?」
「うーん、やっぱあれでしょ? 天の川でこう、ザラザラーっとお星様をすくってきたんだよ」
「いや、そういうんじゃなくてさ。核となるザラメ糖などを回転する鍋に入れてね、砂糖で作った蜜を少しずつかけて一週間から二週間も……」
「あ、お茶淹れるね。きっとこれにはダージリンのファーストフラッシュがあうと思うの」
 マリィは僕の話をさえぎってお茶の用意を始めた。

「砂糖の味がするね」
 マリィがコンペイトウを口に入れて感想を述べる。
「さっき説明しただろ。砂糖なんだよ」
「そうだっけ?」
 マリィがとぼけた顔をして笑う。ちゃんと話を聞いていないな、まったく。
「でもコンペイトウなんてこの辺りで売ってるの見たことないな」
 僕がそう言うと、マリィはにっこりと微笑んで答える。
「うん。お客さんからもらったの。旅行のおみやげだって」
「へぇ、そのお客さんって……男?」
「えっ? あ、うん、まあ、そうだけど……。でも、あれだよ、いつも花街の女の子のためにケーキを買いに来るお客さんでさ、このコンペイトウも花街の女の子にあげるために買ってきたんだって。わたしにくれたのは本当についでみたいなもんだから。紙袋にたくさん入ってたのを一個くれただけだもん」
 マリィはちょっとあわてた様子で言い訳するように説明した。
 もしかして……、嫉妬していると思われたんだろうか?
 違うのに……。ちょっと聞いてみただけなのに。
 いや、違うことないんだろうか。僕は嫉妬しているのか?
 その男はおひとよしの小金持ちだろうか?
 ケーキ屋の店員におみやげをあげるぐらいだからおひとよしかもしれないが、それがこんな砂糖菓子では金があるかどうかまではわからないな。
 いや、たとえ金を持っていたとしても花街に通うような男はだめだ。絶対にだめだ。
 そういうことが悪いというわけではないが、マリィの相手にはふさわしくない。
 もっと真面目でちゃんとした金の使い方のできる男でないと。たとえば僕のような……。
「ねぇ、そんなにバリバリ噛んで食べないでよ。すぐなくなっちゃうじゃん」
 マリィに声をかけられて気がつく。僕はちょっと自分が恥ずかしくなる。そしてマリィの言葉にひっかかる。
「そんなに大事なものなら僕になんてくれなければいいだろ」
「さっきからいったい何を怒っているの?」
 マリィが口をとがらせて僕の顔を見る。
 僕はよけいなことを言うのをふせぐために紅茶をすする。美味しい。
 そうだな……、ちゃんと紅茶の味がわかるやつでないとだめだな。それは絶対必要条件だ。
 あとマリィは知らないことや適当に覚えていることが多いから、ちゃんとした知識を持っていてそれを教えてあげることができないといけない。僕のように。
 それにマリィはすぐ泣くから……、そういうのに対応できる包容力も必要だな。僕のように。
 それから……。
 僕はふとマリィの行動に目がいく。
「マリィ、さっきから桃色のばかり取り出してないか?」
 マリィはちょっといたずらっぽく笑って答える。
「桃色のが一番あまいから」
「そうか? みんな同じだろ? 単に色を付けてるだけじゃないのか?」
 僕は各色かじってみる。やっぱり同じな気がするけど……。
「ハイ、どうぞ」
 マリィは笑顔で僕にカップのソーサーを差し出した。
 そこには桃色のコンペイトウがLOVEという形に並べられていた。
 ……よく思いつくな、こんなこと。マリィは本当に子どもみたいだ。
 僕はその中の何個かを適当につかんで口に入れた。
「あーっ! せっかく並べたのにぃ」
 マリィは頬をふくらます。どうぞって言ったくせに。
「うん、確かにちょっとあまい」
 僕がそう言うとマリィは子どものように目を細めてうれしそうに笑った。

「あのね……」
 ベッドの上でマリィが少し恥ずかしそうに話し出す。
「わたし、ミシェルのことが好き」
「知ってるよ」
 僕がそう答えると、マリィはにっこりと微笑む。
「ミシェルは?」
「ん?」
「ミシェルはわたしのことどう思う?」
 マリィは僕の目を見て首をかしげる。
「……だいたいわかるだろ」
「わかんないぃ」
 駄々をこねるようにそう言って、マリィは僕の身体を揺する。
「マリィが思ってるのと同じだよ」
「それって?」
「わかって聞いてるんだろ?」
「ぜんっぜん、わかんない」
「教えない」
「どうしてぇ? もっと恥ずかしいことはいっぱい言うくせに」
「恥ずかしいことなんて言った覚えない。もういいだろ?」
 面倒なので僕がキスしようとするとマリィは顔をそらした。そして僕の目を上目遣いでじっと見る。
「言ってくれないとイヤ。ね、教えて」
 そう言ってマリィは僕の唇に耳をよせる。
 ……。
「……好き」
 僕がそう言うと、マリィは口もとだけで少し微笑んだ。そして僕の顔を見て言う。
「え? なんて? 聞こえなかった」
「うそだ。笑ってただろ。聞こえてるはずだ」
「聞こえなかったんだもん。もう一回! もう一回だけっ」
「もう言わない」
 再び僕がキスしようとすると今度はマリィも受け入れた。
 やっぱり中級編のアドバイスを聞いてくればよかったかなぁ……。 
 
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written by nano 2008/04/09

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