特殊魔術学校にて
 1 嵐の夜に
 
 俺の名はレオン。この平凡な名前はついさっきもらったものだ。その前にも名前はあったはずだがもう忘れた。この学校に入学してまず最初にすることが名前を忘れることなのだ。
 ここは特殊魔術を学ぶ学校だ。10歳で入学し、20歳で卒業する。卒業すると地上に降りて仕事をすることになる。つまり今、俺は10歳だ。10歳にして将来の仕事をすでに決めており、そしてこの難関の特殊魔術学校に入学できたという優秀な子どもである。そこらへんの10歳とはまるで違う。
 しかしまあ、この学校に入学してくるやつはみなそれなりに優秀なのだろう。だけど俺はその中でも一番になる自信はある。それだけではない。卒業してからのこともちゃんと考えてある。地上の仕事は一人でもできるが、相棒がいると何かと便利らしい。俺はその相棒をこの学校で探そうと思う。まずはこの寮で同室となるやつがそろそろ来るはずだ。
 扉をノックする音が聞こえる。先生に連れられてそいつはやってきた。金色の髪、緑色の瞳の、チビだ。
「レオンだ。よろしく」
 俺は感じよく笑いかけ、右手を差し出した。
 チビは目も合わさないで俺の右手をよわよわしく握った。
「……ミシェル」
 こいつチビだから声も小さいのか。
 まあしかたない。しばらくこいつの様子をみることにしよう。

 チビは……ミシェルは本を読むことが好きで、記憶力はよく勉強はそこそこできた。だけど何かを作ったり、自分でものを考えたりするようなことは苦手なようだった。だから俺は作文の書き方や応用問題の解き方を教えてやった。ミシェルは俺の言うことを何でも素直に聞いた。気が小さいので初めての場所に行くときには手をつないでやった。ミシェルはそんな俺を少しずつ信頼しているようだった。少し頼りないような気もするが、ちょうどいいかもしれない。ミシェルはバカではないし……、相棒として一番大事なこと、それは俺より優秀ではないことだ。
 
 ある夜のこと、窓の外は嵐だった。風が吹き、雷が鳴り響いていた。
 ミシェルは床に座り込み、ブランケットを頭からかぶって震えていた。俺は言ってやった。
「ミシェル、これは雷だ。ほとんどが雲と雲との間で放電しているだけだ」
「知ってるけど……、知ってるけどぉ……」
 ミシェルは涙声で答える。俺は続けて言う。
「万が一落ちたとしても、この建物には避雷針が付いてるから大丈夫だ」
「わかってるけど……、わかってるけどぉ……」
 窓から閃光が差し込み、地面が揺れるような轟音が響いた。近くに落ちたのかもしれない。ミシェルはとうとう声をあげて泣き出した。しかたがないので俺は床にひざをつきミシェルを抱きしめてやった。ミシェルは消え入りそうな小さな声でつぶやいた。
「おとうさま……、おかあさま……」
 ……!
 一瞬、地面がぐるぐると回った気がした。
 忘れかけていた……、記憶……。
 俺たちはこの学校に入って、魔術により自分のいままでの名前をすっぱりと忘れる。そして魔術によって10歳までの記憶をじわじわと失うのだ。入学したばかりのころはやはり少し寂しくて頻繁に家族のことを思い出していたが、最近は勉強に夢中なせいか記憶がだいぶ薄くなっていたようだ。
 俺の父は厳しい人だった。だけどいつも見守ってくれた。この学校に入ると決めたときも……。
 母は俺が5歳のときに病気で死んだ。優しい人だった。きっと俺がこんな嵐の夜に泣いていたら、そっと抱きしめてくれただろう。
 そして俺には兄が一人いた。いつも俺の少し先を歩き、俺にいろいろなことを教えてくれたお兄さま。俺はお兄さまを尊敬し、お兄さまのような男になりたいと思っていたのだ……。
 身体の真ん中が震えた気がした。俺の目に涙がたまっている。俺はこれ以上涙がでないように両手をぐっと握った。そして立ち上がり、その拳で……ミシェルの頬をぶった。
「……なぜ?」
 おびえた目をしてミシェルが俺を見る。俺は腹から声を出して言った。
「甘えるんじゃない! 俺たちにはもう家族はいないのだ!」
 ミシェルはうつむき、声を殺して涙を流した。
 俺はミシェルの顔を上げさせた。そして言った。
「俺がおまえのお兄さまだ。強くなれ、ミシェル」
 ミシェルは俺の目をじっとみつめた。そして立ち上がった。
「強くなる……。僕は強くなるよ!」
 そう叫んでミシェルは窓を開いた。雷鳴が響き稲光がピカピカと光っている。風がきつく、雨が斜めに降っているから部屋に雨が入ってくる。ミシェルの髪が、服が濡れている。……バカみたいだ。だけど……、だけどえらいぞミシェル!
 次の瞬間ものすごい音が響き、窓のすぐ外の木に落雷した。木は縦に真っ二つに割れた。
 ミシェルはその場に座り込み、再び泣き出した。俺もちょっと泣いた。

 この嵐の夜のこともあって、ミシェルは俺のことを完全に信頼するようになった。何か新しいことを始めるときには俺に相談するし、おもしろい本は一番に貸してくれる。美味しいお菓子は俺に半分くれた。
 ある日、俺は言った。
「ミシェル、俺たちは二人でいればきっと大きなことができる」
 ミシェルは目を輝かせて聞いた。
「大きなことって何? 神様に関係すること?」
「それもある」
 俺は笑顔で答えた。ミシェルもにっこりと笑った。俺は話を続ける。
「だから……、俺に生涯服従することを誓え」
「服従……」
 ミシェルは指で下唇をはさみ、うつむいて考えた。俺はミシェルの答えを待った。しばらくしてミシェルは口を開いた。
「そういうのは人と人との関係として正しくないような……」
 おもしろい。やはりこいつはバカではないようだ。俺はうつむいて少し笑った。そして言った。
「いいだろう。生涯のことだ。すぐには決められないかもしれない。だが、やがてわかるはずだ。そしておまえのほうから服従を誓うだろう」
 ミシェルは口を半開きにして俺の話を聞いている。やっぱりバカか? 俺は話を続ける。
「俺たちは卒業したら地上に降り、地上人相手に仕事をする。本で読んだから知っているだろう? 地上はまやかしの世界だ。おまえは一人でやっていけるのか?」
 ミシェルは自信なさそうに目を伏せた。話を続ける。
「だから俺たち今のうちから地上に降りたときの練習をしよう。だまされたほうが悪いというゲームだ。たとえばこれ」
「……レモンクッキー」
 俺の上着のポケットから取り出された箱を見てミシェルはつぶやいた。このクッキーはミシェルの好物なのだ。
「これはおまえの机の引き出しから持ってきた。いまはもう俺のものだ」
「半分あげるよ?」
「これは俺のものだ。俺はおまえには半分あげない」
「えぇぇ! どうしてぇ?」
 ミシェルは泣きそうな顔になる。
「俺たちはそういう世界で生きていくのだ。しかし場合によっては半分あげてもいい」
 ミシェルはうれしそうに俺の顔を見た。俺は言ってやる。
「俺に生涯服従することを誓う?」
 ミシェルは俺の目をじっと見た。そして少しすねたように目をそらした。
「まあ今すぐ返事が欲しいわけではない。そしてこれはゲームだ。だから怒るな。俺はおまえにだまされても怒らない」
 俺はミシェルににっこりと笑いかけた。ミシェルは返事を考えあぐねているようだ。俺は話を続ける。
「それに今のはたとえ話だ。だからこのクッキーは半分おまえにやる」
「本当?」
 ミシェルはうれしそうに目を輝かせた。バカなやつだ。もともと自分のものなのに。
 俺たちは二人でレモンクッキーを食べた。なぜか少しお兄さまのことを思い出した。でも、じきにお兄さまのこともすべて忘れてしまうのだろう。俺はこんなバカな弟ではなかっただろうが、弟というのはこのようなものなのだろうか……。
「僕、あまりお腹がすいていないから……、一枚多く食べる?」
 少しのあいだぼんやりしていたのかもしれない。ミシェルが声をかけてきた。
「よけいな気をつかうな、バカ」
 俺はミシェルの頭をはたいた。

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written by nano 2008/02/16

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