「だいたい……バーナビーの奴が嫉妬してたらもっとヒーロー業に影響が出てるだろう?
元々正反対とはいえ、この所のコンビでの活躍を見る限りでは上手くいってるみたいだしな」
「う〜ん……」
「それに、普通、四六時中見てるようなら、その『見てる相手』の方が『好きな奴』って可能性が高くないか?」
「バーナビーさんがタイガーを?」
「あ〜……ないない。絶対ない」
二人して一気に表情を曇らせる。
それもそうだろう。普段『良いとこなしのおじさんヒーロー』で通っている虎徹だ。いくらバーナビーやイワンがやけに懐いていたり、気に掛けられているからと言って『恋愛』に繋がる要素は少ないだろう。イワン程の異常な日本かぶれならばまだしも、バーナビーの方は『普通』なのだ。
もし。万が一。『恋愛』に発展して、と考えるも……アントニオとしては二人と同じ『ない』に一票だ。『男同士』の恋愛は禁止されてはいないが、虎徹とバーナビーではありえない。
いや、むしろ、『虎徹に恋愛はあり得ない』。そう思っている。
彼……いや、『彼女』が今は亡き伴侶である『彼』の事をどれほど大事にしていたか知っている。何より、その証拠と言わんばかりに左の薬指には今なお銀色に輝く『証』が付けられているのだ。
アントニオが何度『友人としてのライン』を踏み越えようとしたか……そして、何度その『証』によって断念したか……数え切れないほどだ。
それらの理由から、虎徹から『恋愛』の『れ』の字もあり得ないと思う。ただ、周りは分からないのだが、彼女が『男』として振舞っている以上はない事と考えていた。
虎徹の『正体』を知ってしまったイワンは別として、だ。
要は、バーナビーが『そういった感情』を持つ事はあり得ない、とだけ言っておけば大丈夫かと思われる。
「そうかい?」
……はずだった。
思わぬ伏兵がいた。天然。空気を読まない。風を操るくせに。……などと良く言われるが……今、まったくもってその通りだった。しかもとんでもない意見を付け足してくる。
「そうかい?って……どういうことよ、スカイハイ?」
「あり得ない事はないと思うよ?最近のワイルド君は可愛いからね」
「「可愛い??」」
「あぁ!以前はとても元気いっぱいな笑い方をしていたけれど、近頃は柔らかく微笑みを浮かべる事もあって、とても可愛らしい表情になっているのだよ」
「……ふぅ〜ん……」
「……可愛い、ねぇ……」
「そ、そんなに違うもんなのか?」
「それはもう!見ていたらよく分かるんだよ、バイソン君!」
うっかり力説までされてしまった。これではいままで通り何気なく接するどころか、逆に虎徹へと興味津々になりかねない。
「ね、スカイハイ?」
「何だい?」
「もしも……も・し、よ?」
「うむ。」
「タイガーが女だったらどうする?」
「ッ!!!!??」
カリーナのとんでもない『If』に全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出した。なんとか平静を保たねば、と顔が強張っているかもしれないが、身長がある分、きっとばれてはいない。
だが、突然何を言い出すんだ、と内心大パニックだ。
「えぇ〜?タイガーが『女』とかってあり得ないよ」
「だから、もしも、の話よ。
スカイハイが『可愛い』とか言うからもし『あれ』で『女』だったらどうするのかなー、って興味が湧いたの」
「うん、そうだね。もし彼が『女性』だったら……アタックしよう、と思うかな」
「「え!?ホントに???」」
「お、お、おまえっ……あの『虎徹』だぞ?」
「うむ。とても元気で明るくて、こちらも楽しい気持ちにさせてくれる。そして何よりも色々な面で『強い』人だ。
とても素敵な人だと私は思うがね」
「……へ……へぇ……」
「素敵ねぇ……」
「私としてはスカイハイの方がよっぽど素敵だと思うわ」
「そうかい?ありがとう、そしてありがとう!」
あまりの話の展開にアントニオは今すぐ卒倒したい気分だった。
学生の頃は良く目にしていた『徹子』の垂れ流し状態なフェロモンと人を惹き付ける魅力。そのどちらかに引き寄せられ群れようにも当人の性格の荒さから遠巻きにはされていた。が、一度仲良くなると後はもう……あり地獄のごとく。惹き込まれて抜け出す事は容易ではない。それらを間近で見てきた為…無自覚ほど性質が悪い。とは良く知っているが、まさか今現在にもそんな性質の悪さを目の当たりにするとは思いも寄らなかった。
「(『男』だから……って油断は出来ないのか……)」
思わず深いため息を吐き出して項垂れてしまう。そして、ぽつり、と恨み言が一つ浮かび上がってきた。
「(逝くならちゃんと『教育』して逝けよなぁ……巴のやつ……)」
最後に会ったのは、亡くなった日の一ヶ月ほど前だった。床に伏せているというにはかなり元気で、はっきりした口調で話していたのを覚えている。……とはいえ、それが彼なりの強がりの結果だった事は目に見えていたが……
そんな彼が、友人でありながら今まで悉くライバル視していたアントニオに最初で最後の頼み事をしていた。
−「徹子の笑みが途絶えないように守ってやってほしい」
たったそれだけ。
けれど……『たった』、というには深すぎるその言葉にどうにか答えてやりたいと思って今日まで『友人』としての付き合いを続けてきたのだが……
「(天然キラーを押えられるほど俺も人間なっちゃいねぇんだぞ?)」
『友人』と『それ以上の関係』との間で揺らぐアントニオは深く深くため息を吐き出す。何より一番危惧してやる事は、『ワイルドタイガーが女だ』という事実を隠し続ける事。彼女にとってなにより辛いのは、『彼』と約束した『ヒーローであり続ける』という約束が守れなくなる事だ。それは間違いなく、巴のたった一度きりのアントニオへの頼みを守ってやれなくなる事態になるだろう。
好意を寄せられること自体は悪くはないので特に気に掛けないで大丈夫だろうけれど、虎徹が『女』だと言う事がばれてしまう事態さえ逃れればヒーローを続けられる。
とりあえずはコレが最後の砦になるだろう、とアントニオは必死に口を噤み続けるのだった。
「うん?」
肩を軽く突かれる感触に振り返ると、会社との連絡が終わったネイサンが顎をしゃくる。少し別の場所で話そう、という合図のようだ。
「どうした?」
さっさと歩いて行ってしまう彼(?)の後についていくとフロアから離れた場所にある自販機のところまできた。コーヒーを二人分買ったネイサンは、一本をアントニオに渡しながらすぐ横にあるベンチへ腰掛ける。
「……これから面倒なことになりそうね」
「うん?」
「キングよ、キング」
「スカイハイ?あいつがどうかしたのか?」
「さっきの話。途中から聞いてたんだけどね……タイガーちゃん、花開きかけてるみたいなのよ」
「花ぁ?」
さっぱり意味が分からない、という顔をするアントニオにネイサンは苦笑を浮かべる。とりあえず隣に座るようにベンチをぽんぽんと叩くとあっさり腰掛けた。
「花開くって……何の事だ?」
「恋の花よ。こ・い・の。」
「こいぃ??虎徹がか?」
つい先ほど『ありえない事』として処理していた出来事が起こり始めているのだ、というネイサンの横顔をまじまじと見つめる。
「だってねぇ……顔見てたらもう……乙女よ、『乙女』」
「……お……とめ……」
「愛おしいんですぅ〜……って言わんばかりのお顔してるんだもん
見てるこっちが恥ずかしくなっちゃう」
「……い……愛おしいって……折紙……か?」
「ん〜……信じられないけど……『そう』なんでしょうね」
二人揃って複雑な表情になるのは仕方ないだろう。何せ、あの虎徹とイワンなのだ。意外性に富み過ぎて考えもしなかった事態である。
「……虎徹の奴が……あいつ以外にってのが……信じられないんだが……」
「そこなのよねぇ……あたしは伴侶だった人のこと、あまり知らないんだけど。どんな人だったの?」
「ん?……ん〜……羊の皮かぶった狼か……」
「あら、やだ……魅力的」
「そうかぁ?」
「だって、ギャップ満載じゃないの」
「……う〜ん……」
「でも……なるほどねぇ……」
「うん?」
何に納得したのか、うんうん、と頷き肩を竦めてみせるネイサンに、アントニオは首を傾げるばかりだ。
「折紙ちゃんも同じかもね」
「折紙と……『あいつ』が??」
「えぇ。好きな人にしか見せない面ってあるでしょ?
みんなの前では羊。いいえ、アルパカって言ってもいいくらいの癒し系美青年。
でも好きな人の前でならしっかりした男前な面を見せられる。とか?」
「いや……俺に聞かれても……」
こてん、と首を傾げて話を振られるもアントニオにはさっぱり理解出来ない『乙女心』に眉尻を下げるばかりだ。そんな表情にネイサンもくすくすと笑うばかり。
大人組がそんな話をこっそりしている頃……
「日曜?」
「はい。もし……良ければ……」
フロアのベンチでは虎徹とイワンが仲良く並んで座っていた。その間の空間は人一人分。よりは狭く、半分くらいだろうか。巴よりは早く進むかも、などと頭の隅で考えていると、もじもじとするイワンが微笑を交えて見上げてきた。
最近よく話すようになって分かったのだが、イワンは人見知りが激しいらしい。人と話すのもどちらかと言えば苦手な方で、相手の顔色ばかり窺っているようだ。
今もそう。互いのオフが重なった日曜に一緒に出かけないか、と誘ってくれたのだが、もし良ければ、という言葉ばかりが先行してしまって肝心のイワンの願望が薄れて聞こえていた。
イワンの強い願望として言ってもらえれば、例えその日が無理でも他の日を調整しようと考えるのに……
「……なぁ、折紙?」
「はい?」
「それは……一緒に『出かけよう』?
それとも一緒に……『出かけたい』?」
「………!出かけたい、です!」
丁寧に問い掛ければ虎徹が何を聞こうとしているのか分かったらしく、拳をぎゅっと握りつつ答えを返してきた。単なる『お出かけ』の誘いなら『虎徹でなくてもいい』のだ。けれど、願望付きならば『虎徹でなくてはならない』という意味になり、何が何でも合わせたくなるし、こちらも嬉しい気分になる。
もちろん、この日曜には何の予定も入ってはいないのだが……
「よーし。んじゃ、ひっさびさにおめかしするかな」
「おめかし……ですか……?」
「うん。だって……」
うーん、と大きく伸びをしながら言った言葉にきょとりとしたイワンを振り返ると、意味ありげにほほ笑んだ。声が漏れないように口を手で囲いながらイワンの耳へと口を寄せると……
「……俺と折紙の『初デート』……でしょ?」
「……ッ!!!」
ひそりと囁いた言葉にイワンの頭が噴火した。顔を真っ赤にしてしばらく口をパクパクと動かしていたが、ごくり、と喉を鳴らして……
「よろしくお願い仕る!」
ベンチに座ったままペコッ!と勢いのあるお辞儀をした。そんな彼に満面の笑みを浮かべると頭をくしゃくしゃっと掻き回し、虎徹もまた頭を下げるのだ。
「……ホント……見てて恥ずかしいな……」
「でしょお?」
そんな二人の姿を遠目に、フロアに戻ってきたアントニオの呟きに同感なのだろう、ネイサンも少々呆れ気味のようだ。ため息交じりに腕組みをして肩を竦めて見せる。そしてフロア全体を見まわした。
「(……そうね……)」
先ほどまで集まって話していたメンバーも各々にトレーニングしているのだが、半目になっているカリーナとにこにこしたホァン。この二人に至っては予想通りなのだが……
昼頃と同じく不機嫌をあらわにした表情のバーナビー。
ばれそうになったがなんとか逃れたと言っていたが、それはそれで別の問題が発生してしまっているようだ。
けれど……ネイサンは視線をスライドさせていく。
そこにランニングマシーンから下りたキースがベンチに腰掛けた二人を見つめているのだが……
「(……ホント……大変な事になりそうね……)」
普段の彼からは想像出来ない表情のない顔に、静かに燃え盛る炎を瞳に見た気がしてネイサンは視線を反らせる。その視線の先にいるのはベンチから立ち上がった虎徹の姿だった。
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