「あらぁ……ハンサムが台無し。」
「え?」
てっきり一緒に食べるのだと思っていた昼食を、一人で済ませたバーナビーは体力作りにジムへ来ていた。昨日は結局何もせずに帰った事もあり、今日はしっかりとメニューをこなさなくては、と少し躍起になっている。
別々に昼食を食べた、というのも、虎徹が珍しく外食をする、と言い出したからだ。毎日手作りの弁当持参だった彼にしては本当に珍しいことであり、いつの間にか昼食をオフィスで虎徹と食べる事が日常化し始めていたバーナビーにとっては、寝耳に水の事態。とはいえ、小さい子供でもあるまいし、付いていく、とは言いだせず、結局オフィスで昼食をとったのだった。
虎徹の昼からのスケジュールも把握しているバーナビーはジムにいるはずの彼を探し回ったが、よくよく時間を見てみればまだ昼休みになって半時間と少ししか経っていない。どうやら昼食を早く食べ過ぎていたようだ。
そんな昼休みを過ごしたバーナビーは黙々とバーベル運動に励んでいると、天井しか映っていなかった視界ににょきっとネイサンが入り込んできた。
「……あ、の??」
逆光の中、じっと見つめてくる瞳に気おされてしまう。中途半端に持ち上げたバーベルがずっしりと重く感じ始めてきた。
「そぉんなむっすりとした不機嫌な顔して……」
ひょいと伸びてきた指に眉間を押さえ付けられると、意外な言葉を浴びせられてしまった。まったく見当のつかない内容に瞬きを繰り返していると呆れた顔をされる。
「あら。無自覚?」
「は……はぁ……」
話が続行されそうだと判断すると、持ち上げたバーベルを置いて台の上に座りなおす。するとすぐ横にネイサンが腰掛けた。
「何か気に入らないことでもあったの?」
「何か……といわれても……」
「ん〜……そうねぇ……タイガーちゃんと喧嘩とか?」
「いえ……喧嘩なんて……」
「そお?一人でいるからてっきり喧嘩してばらばらにいるのかと思っちゃった」
「はぁ……」
ひょいと肩を竦めてみせるネイサンに、よく観察しているんだなぁ、と感心してしまった。洞察力が長けているのか、単に人間ウォッチングが好きなのか、定かではないが。
「あら。じゃあ今日は昼食は別々なの?」
「え、えぇ……珍しく外食するから、と言って昼休憩になるなり出ていったので」
「そうだったの。ホント珍しいわねぇ。いつもお弁当持ってるのに……」
「……知ってるんですか?」
「ん?タイガーのお弁当?まぁ、付き合いも長いからねぇ……
色とりどりバランスよく入れてあって美味しそうよね、あの子のお弁当」
「……そうですね。……ノリ、って言ってましたっけ……卵焼きに螺旋が描かれた……」
「あぁ、海苔巻き卵!食べさせてもらった?」
「あ、いえ……ちょっと……あの黒さに驚いて丁重にお断りしました」
「あん、もったいない。美味しいのよ?あの卵焼き」
「……そうですか」
「卵なのに海苔が入ってるから磯の香りがして絶妙なの」
「それは……勿体ない事をしました」
「あ、じゃあ白和えは?」
「……シラアエ……ですか……」
「あら、知らない?見た目はちょっとびっくりするけど……
とってもヘルシーで高タンパク質なのよ」
「興味がありますね。あと、タコとかカニの形をしたウィンナーが入ってて驚きます」
「そうそう!ちゃんと黒胡麻で目まで付けてあって芸が細かいったら!」
「あぁいう細かさを事務処理でも発揮してくれればいいのですが…」
「それは無理でしょうねぇ。料理と仕事じゃ、全く違うもの」
うっかりこの場にいない人物のお弁当話に花を咲かせている頃……
「ひっきし!」
「あ……風邪ですか?」
「ぅんにゃ?寒気はしないから……誰かに噂されたかも」
そう言って鼻を擦るのは…まさに話題になっている虎徹。
男生活に馴染んできたせいか、常にベストを着込んだまま。顎にもタトゥーシールを着けたままが通常スタイルになってきた。けれど、食生活については、さすがは主婦、と言おうか。体が資本のヒーロー業を務めるだけあって、栄養管理している上に、器物破損によって給料から差し引かれても貯蓄はしっかりしている。その為に、自炊は欠かさず、外食も滅多にしない徹底ぶりだった。
そんな虎徹の昼食は滅多な事がない限りは弁当持参をしているのだが、本日はイレギュラーがあった。
と、いうのも……
先日メールアドレスを交換したばかりの折紙サイクロン、もとい、イワンから和食の定食屋でお昼を一緒に食べないか、とお誘いがあったのだ。
今日の午後はジムでの体力作りで終わる予定だ。イワンの方も昼からがジムらしいので昼食を一緒に食べて、一緒にジムに向かうのもいいだろう、と朝から入ったメールに返事をすれば、あまりに嬉しかったのか、うっかり敬語の文章に『折紙サイクロン』の言葉が混ざっていた。
緊張したりあまりに興奮したりするといつもの話し言葉に違う話し言葉が混ざってしまう。そんな所が巴に似ていてあまりにも微笑ましく思ってしまった。
「……えーと……これからジムに向かうと……一時は過ぎてしまいますね」
「ん、いーんじゃね?せっかく腹いっぱいで幸せなのに走って急いでってして気分悪くなるの、嫌じゃん」
「……そうですね」
「そうそう。」
割り勘にするはずが、ちゃっかりお勘定を済ませていたイワンに紳士らしさを見出した昼休憩。奥手に見えてしっかりエスコート出来ている彼に思わず舌を巻いてしまう。ただし、奢られっぱなし、というのもあまりいい気はしないので、今度は虎徹から誘って奢らせてもらわねば、と考えていた。
それからちゃんとお礼もしようか、とすぐ横に並ぶイワンを見下ろす。
「それにせっかくだし『二人っきり』でゆっくり向かうのもいいしさ」
「あ……は………い……っ!」
にっこり笑って何気ない風に言ってみたものの、ほんの少しだけ付けたアクセントにちゃんと気付いてくれたらしい。返事をしながらみるみる赤くなっていった。そんな反応に笑みを溢して頭を撫で回す。
「なんだったら手も繋ぐ?」
「は……あ……っいぃえぇぇぇ!」
「はい?」
「い、いいえっ!まだっ早いっデス!」
「早いの?」
「はい!早い、です!」
「そっか。」
こくこくと必死に頷くイワンにちょっとだけ、残念だな、と思うも納得する事にしておいた。
それにしても、と虎徹は考える。純情過ぎるこの反応はかなり懐かしい。後にも先にも付き合ったのは一度だけ。そのたった一人の『男』も同じ事を言っていたと覚えている。ここまでどもる事はなかったが、手を繋ぐのに一週間。ぺったりくっついて座るのに一ヶ月。膝枕に3ヶ月ほど用いた記憶があった。今回も同じかも、と思うと可笑しくてならない。
「(あ〜んな奥手な男が他にもいたとは……)」
とはいえ、奥手だったのは半年くらいだったような気もしている。……と、いうのも、一度すれば免疫がつくのか、虎徹から強請ればあっさり受け入れてくれるし、ハグが気にいったのか、当人から強請るようにもなった。
男という生き物はみんなそんなものなのか、とアントニオに聞いてみれば「惚気るな」と言われる始末。
万人には当てはまらないことなんだな、と理解したのはまだ学生だった頃。そんな思い出がまた繰り返されるとは……人との出会いというのは分からないものだ。
……ただ……
「(……あいつを彷彿させるにはタッパが足りないんだよなぁ……)」
ちらり、と横に並んで歩く青年を見やる。まだ成長するのだろうけれど、視線が僅かに下へ下がってしまう。彼の人は虎徹よりも少しだけ高く、ウェディングドレスを着た時にヒールを履くと追い越してしまった記憶があった。
「(身長だけでいうと、バニーちゃんかな?)」
目線の位置を探していると最近隣に並ぶ事がとても多い相棒が思い付いた。
「(体の細さも近いかな。バニーちゃんも敬語だし、機嫌の浮き沈みも似てるかな?それから……)」
ぽつぽつと浮かぶ共通点に、ふと先ほど見たバーナビーの表情が思い浮かぶ。
いつも弁当持参の虎徹に合わせてなのか、デリバリーで購入してきたらしい昼食を取り出していた彼。最初の頃こそ、四六時中一緒にいる事が苦になるのか、昼休みになると社員食堂や近くのカフェなどに行っていたのだが、最近は一緒に食べる事が増えていた。
そんな矢先、珍しいことこの上ない虎徹の外食。その事を告げた時の彼の顔が……
「(拗ねる顔も同じだよな)」
本人はいたって無表情を貫いているのだろうけれど……『淋しいオーラ』が滲み出ていた。
「………なんだかなぁ……」
「え?」
「ん?あ、いや、なんでもない」
思わず声を出してしまったらしく、イワンが不思議そうに見上げてくる。何でもないよ、と装うも少し首を傾げられ、それ以上は追及されなかった。
* * * * *
「……コバンザメだな……」
「ん〜……どっちかっていうとアヒルじゃない?」
「……あ〜……そうだな」
ジムにヒーローが勢ぞろいした夕暮れ時。各々に課せられたトレーニングメニューをこなしている間、イワンが虎徹の周りをうろうろとしていた。付かず離れず、微妙な距離ではあるが、一定の距離は保たれている。
そんな二人を見ていたアントニオがぽつりと漏らすと、たまたま近くにいたカリーナが訂正を入れてきた。
「っていうか……最近何なの?あの二人」
「何……って?」
「だぁって……折紙がずーっと付かず離れずでタイガーの周りにいるじゃない
この前までは同じフロアにいても端と端にいるかのように距離があったのに」
「……あぁ……な。」
ネイサンからあらかたの事情を聞いているアントニオはイワンの変化の理由もよく分かるのだが、あいにくと『例の事』を知らないカリーナには急な変化にしか見えないのだろう。かといってまるっと教えるわけにもいかないし。どう言っていいものやら、と迷っているとホァンが近付いてきた。
「聞いたことあるよ」
「え?」
「折紙さん。タイガーさんと仲良くなったって言ってた」
「ん〜……仲良くなったってだけで『あぁ』なる?」
「う〜ん……そこんとこはちょっと……」
「ワイルド君に聞いた事があるよ」
「あ、キング」
「ね、タイガーは何って言ってたの?」
「日本食仲間だと言っていた」
「日本食ぅ??」
「折紙君の日本好きにワイルド君が色々と教えているらしいよ」
「へぇ〜……」
「そういや……今日の昼は一緒に定食屋へ言ったっつってたか」
「……定食屋ねぇ……」
各々に情報を持ち寄りイワンの変化にも疑問を持たれずに済んだ、と思ったのだが……カリーナがどこか釈然としていない様子だった。
「何か気になるのか?」
「ん、気になるっていうか……あっちの様子が、ね」
そう言って指差したのは少し離れた位置にいるバーナビーだ。つい先ほどまではネイサンと話し込んでいたのだが、今は再びトレーニングメニューに取り組んでいる。
………の、だが……
虎徹とイワンがメニューの合間に話していたりしていると、バーナビーの動きが止まり、二人の様子を見ているように思える。それも表情がかなり険しいようだ。
「……なんだか……不機嫌?」
「ふむ……体調でも崩しているのかな?」
「いや、体調不良だったらトレーニングを続けたりはしないだろう」
「それもそうか」
「っていうか……むしろタイガーに対して不機嫌そうって感じ?」
「タイガー限定?」
「そ。最近やたらタイガーの事見てるみたいだし、怪しいったらないわよ」
「あ、怪しいって?」
「嫉妬してるみたいって事。」
「「「嫉妬ぉ??」」」
「バーナビーって……」
「「「……って……?」」」
「折紙の事、好きなのかしら?」
「彼はみんな好きだと思うけれど……」
「その好きじゃなくて……『LOVE』の方。」
「『愛』なのかい!?」
「だぁって最近折紙とやたら仲良くしてるタイガーに対してあの顔よ?」
「そっかぁ……三角関係っていうやつなのかぁ……」
「………」
鋭いのか鋭くないのか良く分からないカリーナの推理にアントニオは思わず閉口してしまう。いつもなら的確なツッコミを入れてくれる人、ネイサンは残念ながら今、会社との連絡で席を外していた。このまま放置しておくとどんな憶測が飛び出るのだか。分かったもんじゃない。一応訂正をするだけしておかねば、と重たい口を開いた。
「……三角関係なんかじゃないだろう」
「えー???」
「どうしてよ?」
「違うのかい?」
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