そんなある日、今日も今日とて犯人確保へと繰り出した二人は口喧嘩しながらもターゲットを取り押さえられた。本当にいつも通り、ポイントが全く稼げずにいいところなしのタイガー。そして、きっちり見せ場を作って見事に捕獲をしてみせたバーナビー。正反対な活躍を果たした二人はトレーラーの中でも終始無言だった。

 ただ、一つだけ違う事がある。

 ……タイガーのマスク。

 いつもならばまだ終わっていないというにも関わらず息苦しいと言わんばかりにマスクを上げるのに、今日は全く上げる気配がない。そんな小さな違和感を見てみぬふりをしながら会社に戻れば、バーナビーは即座にパーツをはずすとシャワールームへと入っていった。
 それを見送った虎徹はようやくマスクを上げて、パーツをはずす前に斎藤のところへと寄っていく。

「……斎藤さぁん……」
「<どうかしたか?>」
「ちょっとだけでいいんですけど……ベストのサイズ変えれません?」
「<……太ったのかい?>」
「んー……否定したいとこなんですが……そのぉ……
 月一ある『女であることを呪う期間』はどうしても……こう……ね?」
「<あぁ、なるほど。大変だね?女性は>」
「えぇ……まったくもって……」
「<ということは……今日の動きが少し鈍かったのもそれが理由?>」
「あら……ばれてました?」
「<数値にはきちんと出てるからね>」
「……そうっスね……」

 カタカタっとキーボードを叩いて今日の動きの早さを折れ線グラフにしたものと、いつもの平均したものとを重ねて見せてくれた。確かに彼の言うとおり、今日のグラフはほんの少しだけ下回っている。

「月によってまちまちなんですけどねぇ……今月は腰と下っ腹が痛くて痛くて……」
「<ご愁傷様。でもそうだな。体形の変化にも対応出来るものを作っておくよ>」
「お願いしますぅ〜」

 鷹揚に頷いてみせる斎藤に虎徹はヘコヘコと頭を下げるとシャワーを浴びるべくパーツを外しに向かった。

「……入るぞ〜?」

 本当は個室が良かったのだが、崖っぷちヒーローである虎徹の意見など採用されるはずもなく。更衣室は充分な広さはあるが、共用だった。着替えるにしても少し時間をずらせば問題ないだろうし、『男同士』だという点からも別々というのは大きな違和感を生み出してしまう。そんな訳で着替えの真っ最中に開けてしまう危険を回避する為にもノックしてから入っていった。簡易の衝立もあるから必要ないようにも思うが……

「……随分遅かったですね?」
「ん〜……ちょっとねぇ……」

 少々伺いながら入っていくと、バーナビーは腰にタオルを巻いたまま頭を拭いている最中だった。バランスよく付いた筋肉に伝う雫が酷く色っぽい。思わず赤面してしまいそうになる顔を、アイパッチを外す振りをして隠してしまう。
 男の裸など、旦那以外見たことなどないし、彫刻のような芸術品さながらのその体を見て赤面するな、という方が無理な話だ。
 アンダースーツを脱ぐ気配もなく、ベンチに座った虎徹をタオルの下からちらりと見下ろしながらバーナビーは考えていた。

「……あ〜……疲れた……」

 そう言ってぼやく割にアンダースーツはきっちり着込んだまま。ちぐはぐなその行動。いつもそうだった。一緒に出動するのだから着替えるのも一緒になってしまうのは仕方のないこと。けれど、何かと理由をつけたり少し時間をずらしたりしていつも虎徹の方が後から出てくる。
 最初の頃はほんの小さな違和感だったし、相手に何の興味もわかなかった。けれど、次第に大きく膨らむ好奇心と興味がうずうずと疼き、何か隠しているのではないだろうか?…と疑いすら出てくる。

「(おじさんが隠すような事……って……何だ?)」

 ひとしきり悩んだが一向に答えは導かれず。今もこちらに背を向けて座っている後姿が何故だか触りたい衝動に襲われている。ついでに、少し『突いてみたい』とも思った。

「……お疲れのようですね?」
「ん〜……まぁねぇ〜……」
「脱ぐの、手伝いましょうか?」
「へ?」

 真っ裸でうろうろするのは嫌なのでそうそうに下着だけを身に着けると、ベンチで寛ぐ虎徹に近寄った。喉を反らせて見上げてくる顔をじっと見下ろし、アンダースーツのファスナーに手をかける。

「……え?……えぇ!?」

 じじじ……と小さな音を立てるファスナーに大慌てし始めた。その反応が何故だかとても楽しい。

「ちょちょちょちょちょっ……バニーちゃんってば!」
「なんですか?」
「おじさん、『ソッチ』の趣味はないよ?」
「………」

 口元へ小指を立てた手を添えて『オネェ』のジェスチャーをしてみせるその格好に、バーナビーは手を止める。そして考えること数秒。

「ッ!失礼な!僕にもありませんよ!」
「え〜?」
「え〜?じゃありません!貴方がうるさいから手伝ってあげようと思っただけです!」

 ぶわぁっと音がしそうなほど顔を赤くして肩を怒らせたバーナビーの手がファスナーから離れてくれた。ぐいっと苛立たしげに眼鏡を押し上げると着替えに戻っていく。
 その背中を見て虎徹はひっそりとため息をついた。

「(あぁ〜……びびった……)」

 ちらり、と開かれたファスナーによって弛んだスーツの間から見えるベストに……ほっ……とした。もうほんの少しでも下げられていればしっかり見えてしまっていただろうに。
 まさかバーナビーからあんな事を言われるともされるとも思わなかったので驚きもひとしおだ。

「……さっさと着替えたらどうです?」
「ん?あぁ……もうちょっと休憩してからな」

 またしてもかけられた言葉に内心驚きはしたが、上手く笑みを浮かべて隠してしまった。確かに早く着替えてしまいたいのだが、下っ腹に重く圧し掛かる鈍痛が先ほどから強くなってきている。
 波が襲い掛かってくるようなそれは、同じように波が引くのを待っていればマシになってくれるもので。こういう時は何もせずじっとしているに限る。
 でももう少し楽な体勢を、と求めて横になった。

「……体調でも悪かったんですか?」
「うん?心配してくれてんの??」
「やけにだらけていて目障りなだけです。」
「……あっそ……」
「……本当はどちらなんですか?」
「んん〜?」

 横になって少し楽になった鈍痛にふっと息を吐いていると目の前が暗くなった。閉じていた瞳を億劫げに開くとしっかり服を着込んだバーナビーが覗き込んできている。

「体調が優れないようなら先に言ってもらわないと。余計な事を引き起こされても困りますので」
「……言ってくれるねぇ……」
「ポイントがかかっているんですから当然のことです」
「はいはい……んー、まぁ……体調が悪いっていやぁ……悪いかな。
 ま、明日には治ってるだろうけど」
「その根拠は?」
「……一時的なもん」
「は?」
「だぁからぁ……どっと疲れが一気に襲ってくるようなもんなの。分かったら放って置いてくれる?」

 ちくちくと聞いてくるバーナビーの質問はもっともなのだが、いかんせん、痛みがずっと付きまとっているのだ。多少イライラもしてくる。我慢我慢、と耐えていたのだがあまりにもしつこいのでついつい語気を荒げてしまった。
 やってしまったな、とは思ったが、鈍痛が再び大きくなってきている。だからこのまま本当に放って置いて欲しい、とばかりに彼へ背を向けて蹲った。

「……………」

 丸まった背中を見てバーナビーは言葉を失っていた。いつも自分からあれこれと構いたがる人が、「放っておけ」と言ってきたのだ。意外過ぎる言葉を聞いた、としばし硬直してしまう。
 バーナビーが見ていた限り、どうも出動前から不調だったように思う。本人の言う通り一時的なものだというなら出動しても多少の無理は利く範囲、ということだ。その代わり、終わった後にこうして反動ともいえる苦しみがある、というのも納得が出来る。
 『病人』を労われなかった、という事に気づき、苛立たしげに髪を掻き上げた。しかし、背を向けた虎徹に何か言える雰囲気もなく、静かに踵を返す。

「………お先に失礼します……」

 本当ならあれこれ聞いたことに謝罪をするべきなのだが、退室の挨拶で精一杯だった。

「………」

 静かに閉まるドアの音を聞いて虎徹は溜めていた呼気を吐き出した。自分が言ってしまった一言に罪悪感が募る。普段、しつこいと言われ様が、離れろと言われ様が付きまとっていたのは虎徹の方で、突き放すような言い方をしてしまった事で彼を傷つけただろう。
 根は優しい男だという事は気づいている。だから、たとえ痛みに苦しんでいるとしても、今の言葉はまずかった。

「(……あとでフォローしとかないと……)」

 せっかく彼から心配するような、労うような言葉を掛けてくれたのだ。ようやく縮まりかけた距離だ。このままではまた開いてしまうだろう。
 のそのそと重い体を起こしてロッカーの中からタオルを引きずりだす。もういない事は分かっているが、そろり、と衝立の向こう側を覗いて誰もいないことを確認すると、アンダースーツを脱ぎ始めた。

「(……斎藤さん……早急に作ってくれるかなぁ……)」

 アンダースーツの下に来ていたベストを外しながらそっとため息を吐き出す。下っ腹と腰の鈍痛もさることながら…胸を圧迫していたベストもかなり息苦しかったのだ。脱げば一気に楽になる呼吸で深く息を吸い込み、吐き出し……整ったところで腰まで脱ぎかかっていたスーツを全部脱いでしまった。

「(……あ……やばい……流れそうな予感……)」

 流れ出ませんように、と無駄な祈りを捧げながらそろり、そろり、と歩く。けれど……ぽたり……と小さく聞こえた音にため息を吐き出した。体に巻きつけたタオルで拭くわけにはいかないから手で乱暴にふき取ると、新たに垂れない内にシャワーブースへと滑り込む。コックを捻って溢れ出る温かな湯に強張った肩から力が抜けた。ちらり、と見下ろせば透明な湯に混じって赤いものが流れていく。

「(早くなくなればいいのに……)」

 ぐっと下っ腹を押さえつけながら盛大にため息を吐き出した。

「(……僕としたことが……)」

 その頃、更衣室から出たはずのバーナビーが戻ってきていた。言われた言葉にショックを受けすぎて、アクセサリー類を一式着けずに出て行ってしまったのだ。ノックしたあとに入ってきたのだが、虎徹の姿がないことに安堵の息を漏らす。ロッカーに入れたままのネックレスや指をつけていると、奥から聞こえるシャワーの音に気づいた。
 ふと顔を動かすも、そこにいるのが虎徹だなんてことは分かりきっている。けれど、それよりも気になるものを見つけてしまった。

「………血?」

 床に残る僅かな赤い痕に目が釘付けになった。しかもそれは乱暴に拭き取られているらしく、ほとんど分からないが、傍に座り込んで乾ききっていないソレに「もしや……」と顔を上げる。

「ッ先輩!!」

 複数存在しているが、あまり広くはないシャワーブースにバーナビーの声が響き渡る。開き放った扉から入り込む外気で立ち上る湯気に眼鏡が曇るのも気に留めず、仕切り戸に掛けられたタオル目指して駆け寄った。
 一方の虎徹はというと突然響いてきた声に飛び上がりそうなほど驚いていた。

「(え?……え??バニーちゃん!?)」

 思わずよろけてしまった体を壁に手を付いて支えていたのだが、近づく靴音に顔から血の気が引いた。今ここにあるのは、体を隠すには頼りないタオル。バスタオルはロッカーの中に入れたまま。それでもないよりはマシ!と手を伸ばしてタオルを掴み取った……

「先輩!?」
「ッ!!?!」

 ……のはバーナビーが仕切り戸を勢い良く開くのと同時だった。


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