会社のデスクに座り、雑誌のアンケートやメールの処理をしていたバーナビーは、淀みなく動かしていた指を止めると背もたれに上体を預け大きなため息を吐きだした。
 仕事の合間に何かまだ見つけていない情報や手がかりになるものはないか、とルイの事を調べているのだが……繋がりそうで繋がらないピースはまったく形になっていなかった。いつもならとんでもない方向からあり得ないだろうと思う仮定を放り込んでくる人物がいるが、今ははいない。あまりにありえない事柄が多く呆れていたが、今にして思えば予想の幅を広げる為に重要な意見だったかもしれない。

「……はぁ……」

 重いため息が再び零れ落ちる。
 ちらりと横のデスクに視線を投げる。毎日そこにいるはずの男はまだ戻らない。それどころか連絡すらつかない状態だ。組んだ手に眉間を押し付け、自然と寄ってしまう皺を押し広げようとする。

−TRRRRRRRRR……
「!」

 瞳を伏せたところで目の前のデスクの電話が鳴り響いた。いつもなら経理を請け負ってくれている女史が出てくれるのだが、今は席を外していない。代わりに出るくらい訳もないと重い腰を持ち上げデスクに近づくとモニタを覗き込んだ。

「…………」

 未だ鳴り続ける電話を前にバーナビーはじっと考える。
 ヒーロー事業部のダイヤルは一般には公開されていない。法政事業や警察といった特別な機関しか知りえないのだが、そういった相手の番号は登録してあるのでどこからの電話か表示されるはずなのだ。しかし小さなモニタに表示される番号は登録にない。
 しばし考え込むも鳴り続ける電話にそっと手を伸ばした。仮にダイヤルを押し間違えた電話だとして「違う」と伝えればいいのだから。

「はい……どちら様ですか?」

 妙な緊張感からすんなりと言葉が出なかったが、ちゃんと声は出たことにひとまず安心した。

<「お、バニー?」>

 受話器からするりと流れ込んできた声に目を見開く。以前なら苛立たしく感じたその声は今では耳によく馴染む音を持っている。そしてその声の持ち主が脳裏に浮かぶとともにカッと頭に血が上った。

「ッ!?今どこにいるんですか!!」
<「ってぇ……そんな大声出すなよ〜」>
「貴方が勝手にいなくなったからでしょう?!」
<「あぁ、はいはい。分かってますよぉ」>
「それがっ……」

 相変わらずの暢気な調子にますますイライラしてくる。今この場に本人がいれば間違いなく胸倉を掴み上げてたところだ。

<「ハイ、STOP。こちとら公衆電話だから時間がない」>
「時間って、帰ってこないつもりですか?!」
<「うん。まだ帰らない」>
「なっ……!?」
<「俺さ、場所は言えねぇけど……例の黒いターゲットんとこに潜入捜査してんのよ」>
「あなた一人で……ですか?」
<「そ。調べたい事はほぼ終わったんだが……仕上げをしようにも一人じゃ出来なくてな」>
「……それで……僕に何をしろと?」
<「順調に事が運んでいれば、今晩、子供を探しに工場地区の空き地に現れる」>
「捕まえればいいんですか?」
<「いんや。蹴ってくれればいい」>
「は?」
<「腹を抱えるようにしてる左腕を蹴り飛ばせばいい。それだけだ」>
「それだけって」
<「後は俺が何とかするからさ」>
「……つまり、貴方も現場に来るんですね?」
<「あぁ、行くよ。で、上手くいけばその場で事が収まり帰れる」>
「……その言葉、信じますよ」
<「おぉ。信じてくれ」>

 心地よく響く声が耳へと届くと胸の奥がすぅっと落ち着いていく。それとともに電話がぶつりと切れてしまった。おそらく料金分の通話時間が過ぎてしまったのだろう。

「…………」

 けれどもう焦る心も逸る気持ちもない。ただ頼まれた指示だけを何度も頭の中で反芻させ、デスクに戻ると他のヒーロー宛にメールを作成し始めた。

 * * * * *

 陽もとっぷりと沈み、月が煌々と照る真夜中。
 ネオンに明るく照らされるシュテルンビルトの片隅に位置する工場地区の空き地にヒーローが集まっていた。各々に使用するトランスポーターやチェイサーなどは敷地外におき、ひっそりと忍ぶように暗闇に紛れている。
 虎徹から受けた伝言通り現れるであろうターゲットを待ち伏せているのだ。建物の影に潜む彼らと同じように随所へライトが設置されている。ターゲットが来たら一斉に点灯する手はずだ。

「あれ?中継は入らないの?」

 そんな中、周囲を警戒しつつ空を見上げたドラゴンキッドが首を傾げた。するとすぐ近くで待機していたロックバイソンが同じように空を見上げつつ口を開く。

「あぁ。今回は収録にするらしい」
「収録ぅ?」
「こんな真夜中ですもの。高視聴率を狙うのは難しいでしょ」

 更にその傍で待機していたファイヤーエンブレムがマスクの調子を確かめながら会話に加わってきた。続いて硬質なヒールの音もやってくる。

「そうね、それも理由の一つ」
「アニエスさん」

 振り返ると柔らかなウェーブを描く髪をはらいながらアニエスが近づいてきた。いつもは自信に満ちた笑みを浮かべているのだが、今は苛立たしさを押さえ込んでいるらしく、少々険しい表情になっている。ヒーローの輪に加わるとぐいっとばかりに豊満な胸を押し寄せて腕組をした。

「本当は今回、ヒーローだけで、って言われてたの」
「言われて?誰に?」
「タイガーよ。いきなり電話を寄越したかと思えば、今晩例のターゲットが現れるけど中継は一切するな、ですって。理由すら教えてくれないから勝手に来てやったわ」
「……おいおい……」
「まぁ、何かしら問題があるのかもしれないけど……それすら言ってくれないならせめて収録だけはさせてもらうわ
 こっちだって命がけで仕事に臨んでるんだから、このくらいの権利は当然よ」

 鼻息荒く言い切る彼女を誰が止められるだろう?プロ根性、といえば聞こえがいいかもしれないが、ここまでくれば単なるわがままにも聞こえる。本来ぶつけるべき言葉をぶつける相手がいないことにますます苛立っているのだろう、言うことを言った、とばかりに彼女は物陰に隠してある中継車へと歩いて行った。
 イライラとした足音を聞きながら目配せをして肩をすくめる。各々の顔に苦笑を浮かべつつ、空を見上げた。中心街に近い場所ならいざ知らず、閉鎖されてからかなり年月の経った工場跡地はしんと静まり返っている。

「なんだか……不気味ね」

 何かに脅えるように体をぶるっと震わせたブルーローズが自身を抱きしめながら近寄ってきた。まるで誰かに寄り添っていないと恐ろしくてたまらないと言った雰囲気だ。

「皆さんには言ってなかったんですが……」

 そこへバーナビーも加わってきた。マスクをまだ下していないので素顔が見える。けれどその表情はそこはかとなく暗く、続きを話すのは心苦しいといった表情をしている。

「何か……あるの?」

 直感で嫌な予感を察したのだろう、ブルーローズが近くにいたファイヤーエンブレムのマントに縋りつく。それに倣うようにロックバイソンも巨体を僅かにスカイハイの方へとずらした。

「この工場、曰くつきなんです」
「え!?」
「ちょ、やだ!こんな時にホラー系の話なんてっ」

 その一言に慌てたのはドラゴンキッドだ。意外にもホラーものは苦手らしく、しがみ付き甲斐のある人物を求めて駆け寄ってきた。ぎゅっと張り付いた先はもちろんロックバイソンだ。そのロックバイソンはというとみんなからは見えないような位置でそっとスカイハイのコートの裾を握っていた。ブルーローズの方は縋りついていたマントの中へと潜り込んでしまっている。

「あ、僕……いや、拙者も聞いたことあるでござる」
「折紙先輩もですか?」
「なんでもここで肝試しをした人が数日行方不明になって見つかった時は……」
「……と、時は?」

 怖いのに興味があるのだろうか?見るからにカタカタと震えながらもマントから顔だけを覗かせるブルーローズが途切れた言葉の続きを尋ねてきた。その様子にバーナビーと折紙サイクロンは顔を合わせてしばし考え込むような時間を取る。そして意を決したように振りかえると、一呼吸おいてから口をひらいた。

「ミイラのように干からびて亡くなっていたそうです」
「ッ!!」
「それもしばらく続いていて困った土地の所有者が警備員を配置して誰も近づかないようにしたそうです。それでようやく死亡者はでなくなったのですが、呪われそうで建物の打ち壊しが出来なかったのだとか」
「それで今もこんな状態で放置されてるのね」

 カタカタと震えるブルーローズの肩を抱き寄せながらファイヤーエンブレムは困ったように首を緩く振った。けれど、ふとその動きを止めるとバーナビーへと向き直る。

「ねぇ、今気づいたんだけど、この広場の裏側ってこの前タイガーちゃんが突っ込んだ倉庫よね?」
「あぁ、そういえば犯人もろとも派手に転がった場所だったか」
「……酸素ボンベを拾得した場所でもあります」
「……また、ルイ?」

 ずっと気にかかっていた、といった神妙な声で呟いたバーナビーにファイヤーエンブレムはうんざりした声で返した。これもただの偶然なのか。それにしてはよく絡んできていないだろうか?

「とにかく今はこれから来るターゲットに集中しましょう。ルイの事を考えるのはそれが終わってからに」
「そうだね」

 何かにつけて引っかかるルイの影に今するべき事がおろそかになりそうだ、と首を振り己に言い聞かせるように紡ぎ出せば同意を示すように頷いてくれた。

−……かつん……

「!展開してっ」

 静まった空間に響く鉄の音に潜めた声でバーナビーが叫ぶ。その言葉が言い終わらない内に各々指定の場所へと戻っていた。
 昼間の電話で虎徹から受けた注文通り『腹を抱えるようにしている腕を蹴る』算段を立てていた。主語がなかったのだが、おそらく蹴るように言っているのは大きく動き回る女性の方ではない。なぜなら彼女は黒い物体の形を操る際に両腕を広げているのを知っている。つまり虎徹が言っていたのは彼女ではなく、一緒に行動しているらしい男の方。
 その為にはまず二人を離さなくてはならない。女性の方が彼を守ろうと動いているのは何度かの解合で分かっている。

−かつ……かつ、ん……

 静まり返った広場の中に響く硬質な音が徐々に大きくなる。各々物陰に身を潜めターゲットのが姿を確認できるまで待ち構えた。
 夜の闇に紛れる黒い影はまるで黒いインクの雫が落ちてきたかのように静かに降り立った。いつものように四方へと伸びていた黒いラインが徐々に短くなり、普通のロングコートを纏った人の姿になる。息を殺して見つめていると一つだった人影が歪に膨らむと一つだった影が二つに分かれていった。どう見ても成人した男女のシルエットが二つ。一体どういった能力を駆使しているのやら……解明するのは後回しにして暗闇に紛れたヒーロー達は互いに合図を出し合った。

−……コツ……
『!』

 静まり返った空間に小さな音は思いのほかよく鳴り響く。おかげで鋭く振り返った女性が思惑通りに気を惹かれてくれたようだ。

『どこなの?』
−……コッ……
『どこ?』

 いつも聞く声よりも幾分柔らかく響く女性の声は不安に揺れ、威圧感も怒りも感じ取れない。この女性が夜な夜な徘徊しているのは己の子を探すためだと推測している。虎徹も電話で『子供を探すために工場地区へ現れる』と言っていた。この情報を使わない手はない。なのでヒーロー内で一番小柄なドラゴンキッドが囮として小さく音を立てながら歩き回ることになった。その音のもとへと女性がついていくように仕向け、男性から離す段取りだ。
 うまくいくか?と少々不安を感じていた面々だが、ふらりと動き出した彼女に首尾よく事が運びそうだ、と次の行動へ向けて緊張を走らせる。

−コッ……コツ……コツ……
『そこにいるの?』

 棍の先でコンクリートを小さく叩きつつ足音を忍ばせて動く。姿が見えにくいように黒いマントを着用した為か、全く疑うことなく歩き出した。あっちへふらふら、こっちへふらふら……音の位置が変われば即座に足の向きが変わり、うまく誘導されてくれた。ぽつんと立ち尽くす男性から徐々に距離が開いていく。1m……2m……3m……あと少し。もう少し……

−からんっ……カラカラカラ……

 ヒーロー達が固唾を飲み静まり返る中で小石が転がり落ちた。それはキッドが打ち鳴らしながら誘導する方向とは別の、ブルーローズが潜む物陰からだ。

「……ぁ……」

 開いたままの通信から小さく震える彼女の声が聞こえる。極度の緊張と目標に集中し過ぎたあまりに足元の注意が疎かになったのだろう。ヒールのつま先が近くの小石を弾いてしまったようだ。

「御免ッ!!」
『っ!』

 女性の表情の変化を捉えた折紙サイクロンが咄嗟に飛び出し、背中の手裏剣を投げつける。男性の元へと戻ろうとした行く手を阻んだ。きっと怒気を孕んだ瞳が未だ宙に浮かぶ折紙サイクロンを映し出す。瞬時に翳された手とともに応戦すべく刀を抜き出したが、迫り来る影は眩い炎によって弾き飛ばされた。

「作戦決行よ!」

 ファイヤーエンブレムの声とともに物陰へ潜んでいたメンバーが次々と出てくる。さらに辺りをバッと多数のライトが照らし出し、2人の間を阻むように割り込み男性の元へ行こうとする彼女に足止めをかけるつもりだ。それでもお構いなしに突っ込んでいこうとする女性の足をガシっと掴み取ったのは周辺に転がる瓦礫のように身を丸め近づいていたロックバイソンだ。

『なっ!?』
「掴んだぞ!!」
「貴女の動きを完全ホールド!!」

 ロックバイソンの声にブルーローズが地面へ手を押し当て周辺を瞬時に凍りつかせた。けれど彼女を巻き込もうとする氷をうねる影が次々に割り砕き、弾き飛ばしてしまう。弾き飛ばされた氷塊はファイヤーエンブレムの炎と宙に浮かぶスカイハイの風、さらにドラゴンキッドの棍棒によって溶かされ、砕かれて他へと直撃しないように始末していった。さらに氷を砕く影の量を減らそうと、隙が出来る度に打ち込んでいく。
 理想としてはロックバイソンの腕ごと凍らせる事が出来ればいいのだが、やはりそう甘くはない。何せ、彼女の両腕は自由に動ける状態である為に影を繰り出す力も自由自在なのだ。この作戦の原案はタイガーだ。彼が言っていた通り「取っ組み合い」になれば余裕で氷漬けに出来たかもしれないが、ハンドレットパワーを持った男性が離れた今ならば彼女の足をロックバイソンが縫い止めれば十分。
 な、はずだった。「羽交い締め」にした方がいい、と言っていたタイガーの言葉がこんな形で立証されるとは、と各々苦渋を飲まされる。
 しかし、今晩の最終目標は彼女を完全確保することではない。

「もう少し持ちこたえて、ブルーローズっ」
「分かってるわよッ」

 すべてを瞬時に凍らせるNEXT能力とはいえ、壊された端から再び凍らせて、と堂々巡りをする中で能力を開放し続けるのは精神的にも体力的にも大きな負荷がかかる。そう長い時間の足止めはできそうにない。その証拠に彼女の額にうっすらと汗が浮かび始めていた。
 けれど、ほんの数秒でも足止めが出来れば仕上げには十分に間に合う。

「バーナビーっ!」

 ヒーロー5人がかりで押さえ込まれ、動けない女性を確認したファイヤーエンブレムが振り返る。するともう彼は青いオーラを纏いターゲットへと突進していた。
 ハンドレットパワーを発動される可能性を疑いつつ腕めがけて蹴り上げる。しかし、こちらの警戒に反して男は避ける素振りも見せずその場で立ち尽くしていた。

「?」

 その態度に違和感を抱きながらも体の前に見え隠れしている腕を蹴り払う。すると本当に何かを抱え込んでいたらしく、塊が弾き飛ばされた。

「よし!入った!」
「折紙!回収して!!」
「合点!」

 腕から弾き飛ばされた塊を空中で受け止めると、それは殊のほか柔らかく軽い。小さな子供ほどの大きさがあるように見えた気がして腕の中を確かめると見覚えのある『テディベア』だった。思わず目の高さに抱えあげて凝視していると、地面に崩れ落ちた男が唸り声を上げる。

「〜〜〜ってぇ……」
「!」
「え……?」
「……まさか……」

 蹲った男から響いてきたのは聞き覚えのある声だった。

「覚悟はしてたけど……やっぱ……きっついな……」
「タイガー!?」


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