「プログラムの出来に役員の方々から正式に採用の通知を受けた日だった…
 マニュアルを本格的に作ろうと話していた次の日に…刺されたんですよ…白昼堂々と…人通りの多い駅前で…」
「…それって…」

 ずっと黙っていたタイガーが声を上げた。その声音が震えている事に気付いたが、それは先ほど感じた違和感を助長するものではなく…むしろ、『タイガーそのもの』に感じてベックマンの話を聞くべくじっと黙り込む。

「ナイフで滅多刺しにされたそうです…一命を取り留めたのですが…」
「…何か?」
「…忽然と姿を消してしまったのですよ」

 告げられた言葉に二人は顔を見合わせた。

「臓器移植の前日に…いなくなってしまったんですよ…一人で動ける状態ではなかったので…誰かに連れ出されたのか…」
「行方不明って事ですか?」
「えぇ…御家族に連絡をしたんですが…繋がらず…彼も見つからず仕舞いで…捜査も打ち切りになってしまいました」
「………」
「………」
「すみません…つい懐かしくてこんなお話を…」
「あ…いえ…」
「おっしゃっていたジャケット…こちらになりますが…よろしいでしょうか?」
「…はい、間違いありません」

 渡された服を広げて確認したタイガーが満足そうに頷く。その横顔を見上げた後、折紙は広げられた白いジャケットの胸ポケットに刺繍された社章を見つめた。確かに…今、ベックマンが着ている制服の社章よりも簡単な形をしているように見える。

「彼が着ていたものしか残していないので…その一着しかないのですが…」
「えぇ、十分です」
「それにしても…よく御存知でしたね」
「え?」

 感心したようなベックマンの声にタイガーは首を傾げた。

「社章が変わった事もそうですが…開発チームがあった事を知っている人間はほぼいないのに…」
「あ…あぁ…えっと…」
「少し…特別な調べ方をしたでござるよ」
「特別…ですか?」
「え、えぇ、そう。だからその…企業秘密…みたいな?」
「NEXTの能力…ということですか…」
「そういう事でござる」
「分かりました。これ以上はお聞きしません」

 思わず言葉に詰まってしまったタイガーの代わりに折紙が事もなく答えていった。そんな彼に心の中で感謝しつつ、ふと思いつく。 

「…今後、こういう事態が起きる時の為にマニュアルを…『書き写して』お送りしますよ」
「えぇ、ぜひともお願いいたします」

 『作ります』と言いかけた言葉を即座に置き換えた。けれど…置き換えた所で自分の中に生まれる疑問は消えないのだが…手に馴染む白いジャケットを見下ろすと、どこか懐かしい思いに囚われる…

「(…どうして…?)」
「タイガー殿?」
「ん?おぉ、悪い。行こうか」

 終わったら返しに来ると約束して二人は金庫へと向かった。アニエスに自分達が今から金庫に向かう事と、諸事情でアンダースーツしか着ていない事を告げておく。こうしておけば、マリオの実況で上手く説明を入れてくれるだろう。

「…(どうして俺は開け方を知ってるんだ?…それだけじゃない…)」

 金庫の前に立ったタイガーはぼんやりと頭の中に浮かぶ疑問に答えを探すべく記憶の海を泳ぐ。

「(このプログラムも…知ってる)」

 外敵駆除システムによって長く伸びているアームがあるが、こちらが丸腰である為に攻撃をしてこない事をタイガーは『知っている』。そこでようやく白いジャケットに腕を通してびしりと着込むと、分厚いガラスに閉ざされた制御盤の前に立つ。すると、中から小さいカメラが飛び出してきて、社章をスキャンし始めた。しばらくすると…カチリ…と小さい音を立ててロックが解除される。

「(…どうしてだろう…?)」

 無事に金庫を解除した後、暗闇に怯えていた犯行グループを引きずり出して警察に引き渡すと徹夜だったヒーロー達は即座に解散を言い渡された。複数の犯罪を警戒して起きたままいたのだが…結局は何も起こらず、静かに夜が明けたので単なる取り越し苦労に終わったのだ。そんな寝不足な彼らに配慮をして各々が所属する会社からはヒーロー達に一日特別休暇を出した。とはいっても事件が起きなければ…の話ではあるが…

 それぞれに労いの言葉なり、挨拶なりをして帰っていく中…折紙サイクロンは携帯を取り出すとメールを送信していた。

 * * * * *

「…みなさん」

 ヒーロースーツから解放されたメンバーはジムに集まっていた。ただし、ワイルドタイガーこと、虎徹は省かれている。というのも、解散直後、イワンが虎徹以外のメンバーに昨夜の事で報告したい、というメールを送ったからだ。
 タイミングのいい事に…虎徹は会社のパソコンでやる事があるから、と何の疑いももたれることなく離すことが出来た。

「おぉ、何かあったのか、折紙」

 ヒーロースーツを斎藤に預けたままだったイワンが回収に向かって自社の開発チームに手渡して…としていた為に一番最後に入ってきた。他のメンバーはとっくに揃っているのでイワンの話を待ってました、とばかりに視線を集中させる。

「えぇ、昨夜…例の影と話をしました」
「え!大丈夫だったの!?」
「はい。髪の長い、とても穏やかな女性でした」

 いつまでも捕まえられないターゲットに遭遇したというだけでも驚きなのに、会話までした、というイワンをみんなは唖然としながら見つめていた。

「…顔…見たの?」
「すぐ目の前まで近寄りましたから…」
「…それで…何があったんですか?」
「子供を探している…と言ったんです」
「子供探し?あんなに暴れておいて?」
「はい。どうやら…赤目の男に攫われたらしくて…その男に相当な殺意を抱いてもいるようでした」
「あ、なぁるほど。それで『違う』って言ってたわけね」
「うん?何がだい?」

 納得の言った、というネイサンの声にキースが首を傾げる。

「マスクに顔をうんと近づけてた理由よ。目の色を確かめてたんじゃないかしら」
「え…しかし…外からではマスクの中の瞳を見る事など出来はしないと思うが…」
「その赤目の男というのが…NEXTでもない、ということでしょう」
「あぁ、そういうことか…」
「一応…その男のことも調べた方が良さそうね」
「子供を助けだせたら戦わずに済むもんね」

 手がかりは『赤い目』という事しか分からないが…年齢や、人攫いを出来る体格などを照らし合わせていけばそれなりに絞れるだろう。

「それから…彼女、3人で行動しているみたいです」
「…3人!?」
「はい。夫と、子供が一人とで…3人です」

 さらに続けられた報告に再び驚愕の波が駆け巡る。暗闇の中に何度か対峙しただけ…とはいうが…直接、体に触ったバーナビーの記憶にも…とてもではないが、『3人』も固まっているような体の大きさではなかったように思い、訝しげな表情を浮かべた。
 当然ともいえるその反応に、イワンは説明を付け加える。

「彼女の能力がよく分からないんですが、あの、影みたいな物体。あれで二人を包み込んで吸収しているような…すいません、ちゃんと説明出来なくて…」
「あぁ、いいのよ、気にしないで」
「だが…そうなると…」
「えぇ、その夫…というのが…僕と同じ能力…っていう事ですね」
「だからあんな変わった発動の仕方だったんだね」

 これで初めて戦った時からずっと抱えていた疑問が解決された。時間制限がきっちり5分のハンドレットパワー…それにプラスして影のような物質の能力…二つの能力を併せ持っているのかと思えば、なんてことはない…能力者が二人いたのだ。
「これで訳も分からずに攻撃せず済むってとこかな?」
「二人を切り離しちゃえばいいもんね?」
「そう簡単には離れてくれそうにないでしょうけどね?」

 ようやく明確化出来た戦い方に今後の対策を立てられる、と一同に笑みが漏れる。ネイサンの言う通り、簡単にはいかないだろうけれど…闇雲に戦って体力を消耗するよりは断然状況がよくなったといっていいだろう。
 そんなメンバーの中、イワンはいまだ険しい表情をしていた。

「…あの…」

 過去の行動パターンをもう一度分析しながら考えようと、話していると、ようやくイワンが口を挟んだ。集まる視線に、彼の表情が酷く深刻そうな色を帯びていることが伺える。

「タイガーさんの事です…」
「……あ…」

 昨夜、イワンは虎徹に付きっ切りだったはずだ。なのに、例の影と『遭遇した』といった。家にいたはずなのにどうやって遭遇したというのか…寝不足の為に鈍い頭の回転に失念していた、と重い空気が立ち込める。

「…実は…バーナビーさんと交代してすぐ…いなくなりました」
「えぇ!?ちゃんと見てたんじゃなかったの!?!」
「…お茶を入れようと…背中を向けたほんの数秒の間に…何の音もなく…忽然と…」

 青ざめるカリーナの顔から視線を外した彼は僅かに俯き、ワークパンツをぎゅっと握り締めた。その態度から決して彼が怠惰で見失ったわけではないことが見て取れる。なによりも責任感の強いイワンだ。疑う方が野暮だろう。

「落ち着いて、カリーナ。昨晩、タイガーちゃんがいなくなったって言っても、ちゃんと彼は戻ってきてるでしょ?」
「…あ……ごめんなさい…」
「いえ…怒られるのは当然のことなので…」

 吐き続けているらしい虎徹の体調を酷く心配していたカリーナだ…彼女の激昂も理解出来るが、今はとりあえず落ち着いて最後まで話を聞くように…とネイサンが宥めてくれる。その二人を見つめていたイワンの肩をアントニオが優しく叩くと、彼は静かに口を開いた。

「いなくなって…慌てて探しまわったんです…家の中にはどこにもいなかったから外へ…」
「そん時に遭ったわけか」
「はい…途中まで追いかけたんですけど…結局彼女も見失って…
 とにかくタイガーさんを探そうと家から徐々に範囲を広げて探し回ったんですが…」
「見つからなかった?」
「えぇ…闇雲に探し回ってもダメだ、って思って…一旦家に戻ったら、タイガーさんが戻ってらして…穏やかに眠ってたから…安心して僕もすぐに寝ちゃって…」

 綴られていくイワンの言葉にメンバーは首を傾げていく。

「夢遊病…というやつかな?」
「え〜?家の外まで出ちゃう夢遊病??」

 小難しい表情をしながら意見を交わすキースとホァンだが…その意見はきっと間違いだろう、と一同を唸らせる。

「それと…タイガーさんに別の人が『入って』いる可能性があるかと…」
「入っている…とは…どういうことですか?」
「今朝、今回の強盗事件が終わってないことをテレビで知ったんですが…
 タイガーさん…金庫への入り方を『知っている』ようでした」
「はぁ?何それ?」
「金庫についている仕組みをあっさりと言い当てていましたし…
 中に入る為に必要なものを聞いてみたら管理室にある、と断言していました」
「じゃあ、タイガーはプログラムを知ってたってこと??」
「…いいえ、プログラムを知っていても開け方は分からないと思います」

 それまでじっと黙っていたバーナビーが口を開いた。プログラムは彼が隅から隅まで見ていたはずだ。それでも開き方は分からないと言っていた。

「確かに『鍵』を示すような文字列がありましたが、パスワードのように明確には何か書かれていませんでした」
「タイガーさんの中に誰かの記憶が混ざっているのかもしれません…
 もしかしたら…あのプログラムの開発者の記憶とか…」
「どうしてそう思うんだい?」
「マニュアルを『作ってない』って言ってたので…」
「『作ってない』…?」
「それに…管理室の方に『書き写して送ります』って言ってましたけど…たぶん…『書き上げて送ります』って言うつもりだったと…」
「ルイ・ラクランジュ…か…」
「調べ物が増えたわね…」

 イワンの報告からすると…まさしくあのプログラムを作り上げたのが『虎徹』のような言い回しだったようだ。けれど、開発されたのは30年近く前…となると、虎徹は小学生…まずあり得ない。  しかし…何かしらの理由で『記憶』が混ざっているのだとしたら?
 現実問題、あり得ない…といいたいところだが…可能性がゼロではなくなる。

 なんにせよ、これ以上は調べられるだけ調べてみないことには分からない。

「…そうね…とにかく調べられるものから徹底して調べていきましょう。
 何か手がかりになることがあるかもしれないわ」

 進展があったのかなかったのか…曖昧なところではあるが、ここで寝不足の頭を捻っていても何も始まらない。今日のところはひとまず休息を第一にして…と解散することにした。

「おい、折紙」
「はい」

 疲れのせいか、若干足取りの重い一同がそれぞれに歩いていく中、イワンの肩をアントニオが掴んだ。

「昨夜は…色々あったにはあったが…虎徹のやつ…魘されてはなかったんだな?」

 色々と報告があったにはあったのだが…結局虎徹がちゃんと睡眠を取れていたか…という点においては触れられていなかったように思い、確認したかったのだ。先ほどちらりと見た顔色は幾分健康そうではあったのだが…昨日の魘され方を見ると、腐れ縁とはいえ、大事な親友だ…心配になるのも無理はないだろう

「はい。夢見が良かったと、とても嬉しそうでしたよ」
「夢…?」
「娘さんが小さい頃に家族で流星群を見に行った時の夢だった…って言ってました」
「…流星群…」
「はい…えと…なにか…?」
「あぁ、いや。あいつがちゃんと眠れてたならそれでいいんだ」
「…はぁ…」
「ありがとうな」

 訝しげな表情を浮かべてしまったせいでイワンが不思議そうな表情になってしまった。余計な事を言ってしまったのだろうか…と不安にさえなっている顔に笑みを貼り付けて頭を撫でてやった。まだ少し腑に落ちない顔ではあるが、彼は一礼すると帰っていってしまう。

「……………流星群…?」

 一人また一人…といなくなるフロアにたたずむアントニオは首を傾げた。
 虎徹の娘である楓は今、9歳だ。その彼女が小さい頃…というと、だいたい2・3歳を差しているのだと思われる。その頃に家族で流星群を見に行く…あり得ないことではないのだが…

 遡る事、7年間の間に流星群が見える年はなかったように記憶している。

 流星群…というのだから空一面を覆うほどの流星の数々が見えただろう。過去を振り返る限り…まったくなかった…ということはない。けれど…流星群を見た覚えがあるのは…

 アントニオが小学校高学年の頃だったはずだ。

 では虎徹の見た夢は…過去の夢ではないのだろうか…
 アントニオの記憶が正しければ流星群があったのは、ざっと30年近く前…プログラムの開発と同じ時期…果たしてこの等号は偶然なのだろうか?

 もやもやとするばかりの思考にアントニオは髪をかき回して盛大なため息を吐き出した。


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. . . to be continue . . .

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