4:Tiger sings the Lullaby


※軽くモブ虎表現があります


 ふと気付くと見覚えのない風景に虎徹は瞬いた。自分は今の今までソファの上でアーチェを抱き締めていたはずだ。なのに…

−ココはどこだろう?

 …ふらり…ふらり…と勝手に足が動いている。
誰かに運ばれているのだろうか?だとしたら足の裏から地面を踏みしめる感覚がしてこないはずだ。
 混乱に陥る中、揺れ動いていた視界がぴたり…と止まる。

『…また…邪魔しに来たのね…』
−…なんだ…これ?

 すぐ傍で聞こえる『声』は何かを隔てて聞いているかのように篭っていて…頭の中で響いているようだった。それ以前に口が動く感覚が伝わってくる。

『せっかく…手掛かりが見つかったのに…』
−…俺が…話してるのか?
『あの子を探す時間が…またなくなってしまう…』
−…あの…子?
『大丈夫…体の心配はしないで?』
−…え?
『私がちゃんと…守ってあげるから…』
−…何…言って?

 勝手に動く首は周りの景色を網膜から脳へと伝えてくる。暗い町並み…点々と明るく灯るのは街灯だろうか?
開けた場所だな…と思えばそこはどこかの学校のグラウンドのようだ…校舎らしき建物の影と小さな倉庫、鉄棒と砂場が見えた。
 どことはなしに向けられている視界には徐々に明るくなる道が見える。呆気に取られつつ見つめていると、まず入ってきたのは見慣れた赤のアクセントがある白いバイク…そこに跨るのはもちろん…
バーナビーだ。
 ヒーロースーツを着ているという事は出動命令が下ったのだろう。しかも彼の後ろから、赤いスポーツカーを運転するファイヤーエンブレムがロックバイソンとブルーローズ、折紙サイクロンを乗せて滑り込んできた。その上にはドラゴンキッドを抱えるスカイハイが降りてきている。

『邪魔は…させないわ…』

 何かを抱え込んだ体は一人でに動き出し、振り翳した手の動きに連動してコートの裾が広がる。広がって…うねり出した。
視界の端に写る腕…何かを抱えているのは分かるが…その腕は青いオーラを帯びている。

−…NEXTの能力か…

 関心している間にもうねる裾は空中を縦横無尽に走り回る。まるで手品でも見ている気分だ。 …しかし…手品などとそんな生ぬるいものではなかった…

『ッ来ないで!!』

 がくり…と片膝が地面を叩く。視界が低くなったところから、どうやら自分の体が膝を付いたらしい。けれど己を中心としてうねるコートは近づくヒーローたちを容赦なく弾き飛ばそうと宙を鋭く切りつけていた。炎を…氷を…風を…その黒い影が打ち砕き、懐に飛び込もうとするキッドまでも叩き落している。

−っこんな…ッ!

 目の前で仲間が傷ついて行く光景をただただ見るしか出来ない。手を伸ばそうにも何かをしっかり抱き締めているのかぴくりとも動かなかった。僅かに動く視線を少し下に動かせば腕の中に埋もれる頭が見える。

−…人…?

 誰かを守っているのだろうか?
…皆は…もしかしたらこの『人』を奪還しようとしているのだろうか?
…ならば…自分は?…自分は…何をしているのだろう?

−ッ!

 視界の端に飛び込んできた『赤』に体が反応した。
苛まれる夢の中で見る『赤』ではない。馴染んだ『赤』…信頼を…背中を預けるようになった『赤』だ。高速移動によって空中を飛び交う影を避けてこちらに向かってきている。
 やはり…この『人』を助けに?
すぐそこまで迫ってきた彼に手を伸ばそうと…

−…ッ違う!

 彼の得意とする足技が繰り出されている事に気付くと咄嗟に能力を発動させて飛び退いた。周囲を飛び回る影と一緒に距離を開く。ついさっきまでいた場所に佇む彼の姿はパーツが淡く輝き、能力を解放している事は分かる…分かるが…
 ぎゅっと回される小さな腕…背中に届かない長さと頼りなさに子供の腕だと瞬時に気付いた。胸に埋められる頭はきっと鼓動を聞いて安心する為だ。
 しかし…相棒である『彼』は確かに鳩尾を狙って攻撃をしかけ、この体をなぎ払おうとした。

−…気付いていない?…この腕の中の存在に…

 驚愕に震えながら首を動かすとすんなりと動いた。改めて視界に腕の中を映すと抱えた腕の外から蠢く影が包み込んでいる…己の腕もろとも…
 けれど…覆っているのは背中だけだ…手も…頭も…足もはみ出している。

−…見えないのか?

 おかしい、と思いつつもそんな予感が湧きあがる。

『っ!』

 ハンドレットパワーのカウントダウンが開始している。敵をしとめるのならば限られた時間内でなくてはならない。
つまり…

「…逃がしません。」

 低く告げられる言葉。
 それは確実にこちらを沈めてみせるという挑戦状。襲いかかる彼の攻撃を必死に避けていく。その容赦のなさに自分の存在に気付いてもらえていない事に気付いた。その上、隙をついて襲いかかる疾風に、炎、氷…電撃まで襲ってくる。
 死角にいた折紙サイクロンに羽交い絞めにされそうになったが、唸る影に難を逃れた。しかし、大きく吹き飛ばした彼の姿に胸が痛む。ヒーロースーツであらかたのダメージは防げるだろう。  …怪我をしていなければいいが…
 逃げた先で闘牛の如く突進してくるロックバイソンを辛うじて避けると、待ちかまえていたバーナビーに捕まった。片腕を掴まれて近くの壁に押さえ付けようとする。腕に抱えた『子供』が潰されないようにともう片方の腕で壁と体の間に隙間を作るが…

−…ッ!?

 言いようのない悪寒…体が縦に引き裂かれるような痛みに視界が霞む。暗いコンクリートの壁に額を押し付けると、霞んだ視界が新たな焦点を合わせた。

−…ぁ…?

 体中をくまなく撫で上げる手の感覚に襲われた。ざわざわと鳥肌が立つような感触に息が詰まる。ねっとり絡みつく感覚が新たに加わり、混乱に体が思うように動かない。ただ腕を掴み上げる痛みだけが鮮明で…肩越しに振り返ればマスクの瞳が青く光る…

『触らないでッ!!!!!』

 青い光が…血のような赤に染まる…その光景にぞっとした瞬間、視界に写る無骨なマスクは…恍惚に顔を歪めた男の貌へと変化した。

「…あぁ…イイ…さすがは…僕の女神…」
「…ッ…ッ…ッ…!!!」

 小さな窓から見える三日月は赤く染まり…目の前の男の瞳に似た色をしている。鳥かごの中で引きずり倒されたであろう体に覆い被さる男と…自分の足が揺れているのが見えた。
 そして耐えがたい痛みと吐きそうなほどの熱…『何』をされているのか瞬時に理解出来ると胸を抉るような痛みが襲いかかる。

「唄ぁ…聞かせてよ…」
「ッ…!?」
「その綺麗な声で…啼き叫ぶ…子守唄ぁ…」
「ッぐ…うぅ!」
「そしたらさぁ…きっと…眠れるよぉ…隣でいる…娘もさぁ」

 目を見開く…はっとして見上げた先はただの壁…けれど…感じる…そこに蹲る少女の…『娘』の姿…

「…っ…か…ぇで…」

 ずるり…と腕の中で何かが滑り落ちる感覚に壁の前へと引き戻される。掴み上げられた腕よりも…もう片方の腕に視線を映し…

『…ぁ…ぁ…』

 腕の中から零れ落ちる『楓の姿』を見た。

「−−−−−ッ!!!!!」

 唐突に動いた両腕を差し伸べると、そこは見慣れた天井だった。宙を掴む自分の手…しばらく見つめていたが、込み上げる嘔吐感にソファから飛び降りてシンクへと駆けこむ。

「……っ最、悪…ッ!」

 吐き出されるのは胃液ばかりで他には何もない…けれど、皮膚に残るざわざわとした感覚が気味悪く…吐き気が落ち着くとバスルームへと籠った。
 そんな虎徹の後ろ姿を泣きそうな顔でアーチェが見つめている…

 * * * * *

 会社へは図書館に用事があるからと遅れる旨を伝えると、虎徹は新聞を収納してある棚へと足を向ける。さすがはこの都市一の大図書館…遡る事40年近くの新聞を丁寧にファイリングしてあった。

「…えーと…あった」

 日付を辿れば今からきっかり20年前の新聞が紙の色を大幅に変えつつも綺麗に綴じられていた。その中からおぼろげな学生時代の記憶をあてにぱらぱらと捲っていく。

「ッ!!!」

 一枚…また一枚…と捲っていた時、指先が…びくり…と跳ね上がった。20年前にちらりとだけ見たはずのその貌に、呼吸が乱れる。こちらに向けられた赤い瞳…知らないはずの『よく知った男の貌』…
 掲載されている文字を読んでいくと…記憶は正しく…通勤時間の人通りが多い駅前で1人の男性を斬り付けた…と書かれていた。男性はすぐに病院へ運ばれて一命を取りとめたが、ナイフが肺にまで貫通しており近々臓器移植を行う事になるという。
 一つ深呼吸をしてもう少し捲っていく…新聞には違うニュースが書き込まれているが…捲り進めていると、バスジャックの事件が一面に載る記事を見つけた。その片隅にはさきほどの赤目の男が小さく載っている。…刑務所から逃亡した…と。

「………」

 更に捲ると、逃亡した男は警察から逃げようと橋から転落死したらしい。遺体も回収しているので、死亡は確実だ。そしてその記事の横にバスジャックによって炎上させられたバスに乗っていた乗客のリストが載っている。焼死体から身元を割り出したものだが…行方不明者が2人いるとのこと。けれど、炎上したバスから逃れる事は出来ないとの見解で爆発した際にバラバラに吹き飛ばされた体が混ざって分からなくなったのだろう…という風に締めくくられていた。

「………(…腑に落ちない。)」

 虎徹はその記事を見ながらぼんやりとそう思った。警察の調べだから間違いはないはずなのだが…どうしても納得がいかない。

「…(だってこのバスに…)」

「…乗っていたもの…」

 するり…と唇から零れた言葉に虎徹は目を瞠った。乗っていた?そんなはずはない。当時は学生をしていたのだから、こんな真昼間の時間にバスへ乗っていたなどあり得ない。しかもこのバスの行き先は街で一番大きな病院だ。この頃に入院していた知り合いもいない。

「…何言ってんだ?…俺は…」

 頭をがしがしと掻き回して盛大にため息を吐き出す。この所夢見が悪いせいだろう…思考がおかしくなっているかもしれない。

「!」

 突然肩を突かれたので椅子から落ちそうになる。驚きによるもの…いや…それ以上に…嫌悪感…恐怖…そういった感情が一気に湧き上がり自分で思ったよりも大げさなくらいに振り返ることになった。
 目の前に立っていたのは図書館の司書だろう…インテリ風の眼鏡をかけた女性が立っている。あまりに驚いた様子で振り返った虎徹に彼女も驚いてしまったのだろう…大きな瞳がぱちりと見開かれていた。その表情に我に返った虎徹はへらりと苦笑を浮かべて誤魔化す。すると彼女は首を傾げ訝しげな表情をするが、特に何も聞いてはこず、すっと手首を指さした。

「?」

 その動作に首を傾げつつ自分の手首をみると、右手首で光る『Call』の文字に気がついた。そこでようやく音が鳴っていることにも気付く。慌てて手で押さえてコールの音量を少し塞ぐと、尚も見つめてくる彼女に苦笑と会釈を何度も繰り返してじりじりと後ろに下がった。出したままの新聞を引っ掴むと手近の棚に放り込んで脱兎の如く図書館から飛び出す。

「はいはい?」
<「おっそいわよ!タイガー!!」>
「悪い悪い。図書館に入ってたからさ…」
<「言い訳は結構よ。さっさとランデヴーポイントに向かって出動しなさい」>
「了解〜」

 一方的に告げられて一方的に打ち切られた通信に苦笑を浮かべていると今度は携帯が鳴りだした。モニタには『斎藤』の文字。これはお小言をたっぷり聞かされるかも…と苦笑をより苦いものへと変化させてしまった。



 トラックに乗れば案の定…斎藤から向けられる視線がちくちくと肌に刺さるが、出動が先と沈黙で済まされる。トランスフォームを終えるとすでに出動しているメンバーの応援へと駆けだした。ターゲットの情報を聞いてみるとどうやらこの前のテロリスト達の残党らしい。人質を取ったようだが、今はもう無事に解放出来ている。ただ、往生際が悪く、あちらこちらと壊しまわりながら逃亡しているようだ。
 折紙サイクロンとファイヤーエンブレムに市民の誘導をまかせ、ブルーローズとロックバイソン、ドラゴンキッドで崩れる建物から人々を守っている…バーナビーとスカイハイは残党の鎮圧に行っているのだが…建物の間を駆け巡り、なかなか捕まえられないらしい。なんとか挟み撃ちにしようとしているが、なかなかタイミングが合わず、一網打尽には出来なかったという。

「………マジか…」

 向かった先は倉庫の並ぶ薄暗い路地だった。ついこの前にアーチェと歩き回った周辺。何か因果でもあるのだろうか…思わずそんなことを考えてしまう。ふっとため息を吐き出していると路地の奥の方を掛けていく人影を見た。反射的に追いかけると、どうやら残党の一人らしい。

「こちらタイガー。残党を一人見つけた。」
<「やっと来たんですか、おじさん」>
「おぅ。悪ぃな、バニーちゃん。言い訳は後でさせてくれ。」
<「聞きたくありません。」>
「…冷たいねぇ…」
<「それより、人数からしてそちらに行った一人で全員です。逃がさないでください」>
「はいはい。それで?誰か来るまで待ってた方がいいのか?」
<「こちらはスカイハイ先輩と押さえたばかりなのでしばらく動けません」>
<「すぐにカメラを向かわせるから。取り押さえるのは到着してからにしてそれまで追い詰めるなりしておきなさい」>
「りょうか〜い。」

 通信に割って入ってきたアニエスの指示に承諾を返すと目の前をひた走る男を追いかけた。ちらりと見つめる先の周りの景色に意識がとらわれそうになるがなんとか振り切る。目の前を走る男がタイガーの追跡に気づいたらしく、走りながら銃で撃ってきた。それを目測だけで避けながらどんどんと追い詰めていくとカメラを乗せたヘリの音が聞こえてくる。

<「オッケーよ、タイガー。捕らえなさい。」>
「はいよ〜。」

 イヤフォンから聞こえるGoサインに能力を開放した。一気に詰められる距離…手を伸ばして銃ごと掴み押さえればあっさりと捕らえることが出来る。
 が…勢いが余りすぎて目の前の倉庫へと突っ込んでしまった。幸いにもシャッターが閉じられておらず、ターゲットもろとも中へと転がり込む。ごろごろと転がりながらも手を離さなかったのは奇跡ではなかろうか…

「ってぇ〜…」

 ふと見下ろした手が淡い光を纏っていないことに気がついた。いつもならこのくらいの転倒で痛みなど感じるはずがないのに…と今更ながらに気づく。
 …おかしい…いつもならあと軽く4分は光を纏うはずなのに…転がってる内に能力をとめてしまったか?
 ぐるぐる悩んでいる間に手をつかまれたままの男が暴れだした。あぁ、縛り上げないと…と顔を向けた瞬間地面へとひっくり返される。死に物狂い…火事場のバカ力…とはこのことだろう。スーツの上から首に手をかけて体重を乗せてくる男の顔はまさに鬼のようだった。ギラギラと光る瞳が捕まってたまるか…と雄弁に語る。

「ッ!」

 その男の背後に広がる太陽の白い光に照らされた天井に…タイガーは息を詰まらせた。
 青い空が見える小さな窓…視界の端に見える格子…恐る恐る視線を動かせば…そこには人が容易く入れそうな大きな鳥かごがある。
 …ひゅっ…と喉の奥が空気を飲み込んだ。

「…ッ…ッ…」

 頭の中で聞こえる悲鳴…体を這い回る嫌悪感にも似た手の感触…ヒーロースーツを身に纏っているにも関わらず這いずり回る手は肌を直接撫でている。首に乗せられた手が喉に食い込むような錯覚に囚われて呼吸が奪われた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

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