「(なんだ…ここ…)」

 昼過ぎの出動コール。
テロリストの集団を追いかけて辿り着いたのは川のほとりだ。人の賑わう中心街から少し離れたソコは殺風景ながらも綺麗に整えられた低木が色鮮やかな赤い花を咲かせていた。オフィス街の方が近いのでランチタイムになれば多くの人が日向ぼっこついでにランチを取るにはうってつけの場所に思える。
 しかし…川辺に背を向けた瞬間、ざわざわとした気持ち悪さが背筋を駆け上った。あまりの気持ち悪さに吐き気すら沸きあがってくる。

「(…ただの…川…だよ…な?)」

 ひたひたと足元から水が浸透してくるように冷気が這い上がってくる。気に留めないようにと努めようにも心臓まで這い上がってきた冷気がきゅっと締め付けてきた。一瞬止まる呼吸…じわじわと広がる恐怖心が腹の底で震える。
 一つ深呼吸をしてちらりと川へ視線を投げかける…丁度水深が深い場所なのだろう、注意を促す看板が風に揺られている。子供が誤って落ちないようにとの配慮からか高めの柵がそこにあった。

「(…何も…ない…?)」

 見れば見るほどに普通の柵…けれどそこに何かが重なるような気がして凝視し続けてしまう。

「タイガー!そっち行ったわよ!」
「!」

 突然かかった声に現実へ引き戻される。はっと振り向いた先にはテロリストが操るロボットが拳を掲げていた。すぐに体勢を立て直して振り下ろされたアームを弾き飛ばし突進をかけるとロボットは呆気なくひっくり返る。

「OKよ、タイガー。最後の一体は今バーナビーが片付けるわ」
「はいよ…」

 イヤフォンから聞こえるアニエスの声にふっと息をつく。ちらりと倒れたロボットに目を落とすと視界の端に何かが映りこんだ気がして顔を上げた。
 するといつの間に来たのだろう?少女がそこに立っている。
 一応ロボットは全て倒したが、一人こんなところに立っていては危ない。とりあえず安全圏に運び出すくらいは出来るだろう…と近づいていく。
 けれど彼女はどこか一点をじっと見つめ続け、タイガーの存在に気付いていないようだ。その様子に少し違和感を感じて彼女が見つめる先を目線で辿っていく。

…ちょうど看板のある場所だった…

 何か漠然と感じる違和感…視線を看板に囚われながらも伸ばした指がもう少しで少女の肩に触れる…

「 た す け て ッ!!!」
「!?」

 突然頭を殴りつけられたかのような叫び声が脳内に響く。思わずメットの上から頭を抱えてしまった。

「…なに…ッ?」
「 くる  し い ッ !」
「…ぅッ…」
「く る  し  い よぉ  ッ !!」

 ガンガンと響く声…それは甲高く…まだまだ幼い子供の声だ…霞む視界に映る看板がやけに鮮明な色をしている。
 ぐらぐらと揺れる頭で近寄っていった。何かが見える気がして感覚をなくしつつある足を引き摺りじりじりと近寄る。

「 た  す け   てぇ !!!」
「ぅ…く…ッ」
「た す   け  てっ  !!!」

 寄り掛かる為に伸ばした手が柵を掴む…

「 ま ま ぁ !!!」
「ッ!?」

 視界が突然回った。
薄暗い視界に映るのは大きく裂けたような口で笑みを刻む男の顔。
血走った瞳がぎょろりとむき出し、垂れ流しの血液のように真っ赤な瞳がぎらぎらと光っていた。  ぞっとする貌…けれど突如襲い来る息苦しさに頭の中が混乱する。

「お前に『ママ』なんかいないよ」
「?!?」
「『あれ』はボクの『女神』だぁ」
「っ…?…ッ??!」
「ガキなんざ居るわけがねぇんだよ…なぁ??」

 声を出しているのに喉を通り過ぎるのは吐息の塊ばかり…音になることは一度もなかった。

「 い や ぁ ! 離 し  て  ぇ! 離  し て ぇ!! ま  ま ぁ!!!」
「ッ!」

 再び脳を貫く叫び声…ぶれる視界には相変わらず男の気味が悪い笑みが映る。

「離してやるよぉ?今すぐなぁ!!!」
「 い や ぁぁ ぁ ぁ ぁッ   !!!」
「〜ッ!!!」

 高笑いが響く中、体が急激に沈んでいく。男の顔がぐんぐん小さくなると視界に暗い水面が現れた。瞬く間もなく叩きつけられ首が強烈な力で引っ張られていく。苦しさにもがき暗い視界の中に首から伸びる紐とその先に括りつけられたブロックコンクリートが見えた。何とか解こうと差し出した手は袋に突っ込まれ、手首を縛り上げられている。

…途端に…絶望が心を支配した…

「(…このまま…死ぬのか…)」

 なぜだか分からないが酷く冷静になった。体の芯まで冷え切り、どこにも感覚など残っていない。息苦しい…と感じていたはずの呼吸も…死を悟った瞬間、楽になった。
 暗い…暗い水底…ぽっかりと口を開いたその暗闇に飲まれるはずが…何故か遠のいていた。
 ゆっくりと瞬いていると浮き上がる小さな気泡とともに漂い始めている。瞬きを繰り返しつつ周りを見ている内にすぐ傍を何かが通り過ぎた気がした。彷徨い続けていた視線で振り向くと…それは…

…細い…細い腕…

 驚きに瞬いていると手首から先が布に包まれてロープで縛り上げられている。

…っどくり…

 嫌な予感が脳裏に過ぎる…おかしな具合に高鳴り始めた心臓が痛みを覚える…
見たくない…けれど…
反らしたいと嘆く心に叱咤を飛ばし…視線を下ろしていく…

水の中でなびく髪…
僅かに開かれた唇…
青白い頬に…見開いた瞳には…

…生気の欠片も存在していない…

…水底に飲まれていく…その顔は………

『楓』だった。

「ーーーーーッ!!!!!」

 * * * * *

「おっつかれさま〜」
「お疲れさん」
「お疲れ様です」

 テロリスト集団の拿捕に駆け回っていたヒーローの面々が集まってきた。というのも、自らが捕らえた犯人を警察に引き渡す為なのだが…即興のステージで観客を惹き付けているブルーローズの捕らえた犯人を運んできたのだろう、氷の塊を背負ったロックバイソンと、その両脇に軽々と大の成人男性二人を抱えたファイアエンブレムが労いの言葉を掛けてくれた。
 折紙サイクロンとドラゴンキッドが捕らえた犯人を先に引き渡しているので、順番待ちよろしく、バーナビーの後ろに列を成していた。

「なかなかに人数が多かったわね」
「えぇ。でも今回も被害者なく終わってよかったです」
「まったくだ。珍しく器物破損もなかったしな」
「そうですね」
「おっまたせー!」
「お待たせしたでござる」

 三人で笑い合っていると先の二人が引渡しを引き渡しを済ませたらしく、交代、といった風に引き返してきた。「お先に。」と断って担いでいた犯人を引き渡す。

<「バーナビー!」>
「え?はい、どうしました?斎藤さん」

 突然イヤフォンに響いた男の声にバーナビーは瞬いた。メカニックを担当してくれている斎藤が珍しく、息を切らせた調子で呼びかけてきたのだ。さきほど捕らえたテロリストを警察に引き渡している最中というのも非常に珍しい。
 警官がリストを記入している間に通信へ返事を返す。

<「ワイルドタイガーを回収してきてくれ!」>
「タイガー?先輩に何かありましたか?」
<「さっきから彼の心肺数値が急激に下がり始めたんだ!何か異常事態が起こってる!」>
「!?」

 その報告にはっと周りを見回す。いつもならば終わったらいち早く駆けつけるであろう、タイガーの姿がない。

「すいません!後をお願いします!」
「え?」
「あ、おい…」

 叫ぶなりバーナビーは走り出した。先ほど彼がテロリストを倒していた場所へと急ぐ。
 見晴らしのいい開けた場所に倒れたままのロボットが見えた。コクピットが閉じられたままだからきっと犯人が中に乗ったままだろう。
 けれどその周りにタイガーの姿がない。
階段を飛び降りながら一番下まで下りる。周りをぐるり…と見回すと低木にほとんど隠れてしまいながらも、その独特の蛍光グリーンのパーツを見出した。

「先輩!」

 駆け寄ってみれば『危険』と書かれた黄色い看板がぶら下がる手摺に寄り掛かっていた。見る限り外傷はなさそうだ…何よりマリオがタイガーの負傷や攻撃を受けているような実況はしていなかったはずだ。
…ならば何故彼はこんな状態なのだろう…?

「?どうしたんですか?」
「………」
「…おじさん?」

 呼びかけても何の反応も返さない。ますます怪訝に思えてその肩に触れると…ぐらりと傾き倒れてしまった。

「!?」

 倒れ込んだタイガーはそのまま体を丸めるようにして頭を抱える。さらにはガタガタと大きく震え始めた。

「手を退けてください!メットを外します!」

 どう見ても苦しんでいるような様子に少しでも楽なようにと外気を吸わせるべく乱雑ながらもメットを外させた。マスクによって隠されていた貌はろう人形のように血の気を失い、息も絶え絶えになっている。瞳も開いてはいるが空ろな色を宿し、いつもの覇気も生気すらも感じられない…何かに絶望しているかのようにどこまでも濁った色をしていた。

「っ…っ…」
「…我慢せず吐いてください。」

 胸元を掻き毟る手の動きと開いた口の動きで嘔吐を耐えているのだと判断し、体勢を変えてやる。口を下に向けさせて促すように背を擦るも、一向に耐えようとするように唇を噛み締めていた。軽くため息を吐き出し、無理矢理口に指を突っ込む。

「ぇ…ぅ…ッ…」
「吐き出してください。でないとずっと苦しいですよ?」
「っう…ぐぅっ!」

 口を閉じないように縦に揃えて差し込み、更に喉の奥を突くようにすればさすがに嘔吐を抑える事は出来なくなったようだ。意図したとおりに吐き出し始めた。
 とはいえ、胃の中には何も残っていなかったらしく、吐き出されるのは胃液ばかり…一頻り吐き出して落ち着いたのか、ぐったりと横たわってしまった。

「…斎藤さん…」

 肩で呼吸を繰り返すタイガーを少しでも楽になれば、と背中を撫でさすっていると息を切らせた斎藤が駆け寄ってきた。インテリな彼がいかに必死に走って来たかよく分かるほど、額に汗が滲んでいる。

「<…ワイルドタイガーは?>」
「えぇ…吐くのを耐えていたので吐かせました」
「<…胃液だけ…だね?>」
「えぇ。昼食はしっかり摂っていたのを知っていますので…正常に動いていたようです」
「<…何か…精神的なショックを受けたのかな?>」
「…どうでしょう?ずっと近くで居たわけではないので何があったのか分かりません…」
「<…そうだね…>」

 二人の(片方は辛うじて聞き取れる、という程度ではあるが…)会話をぼんやりと聞きつつタイガーは重たい瞼を無理矢理開いていた。
 もう全身を襲う冷たさもない…
 視界も明るく…太陽に照らされた緑色の木が見える…
 その先にいる…少女も…

 彼女の横顔を見て…ほっ…と息を吐き出して瞳を閉じた。

「<ひとまず…運んであげてくれるかい?>」
「えぇ…意識を手放したみたいですしね…」

 僅かに呼吸が楽になったらしい虎徹は瞳を閉じて眠りに落ちていた。まだ顔色が悪いが、吐いた直後のせいだろう。メットを斎藤に預けるとぐったりと力なく横たわる彼の体を抱き上げた。

「………?」
「<?どうかしたかい?>」
「あ…いえ…」

 ふと視線を上げた先…低木へ埋もれるようにぬいぐるみが落ちていた。どこかで見た事のあるような気がしたのだが結局思い付かず、歩き出した斎藤の後へと続く。


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