2:A girl sings the Lullaby
今日一日で分かった事がある…
ちらり…とソファの端っこで座る姿を見つめる。
「………」
「………?」
『この少女』は喋らない…
まぁ…一人で心細いもんな…
そして俺以外の人間がいると動かない…じっと人形のようにそこへ座り込む。
人見知り…なのかな…
けれど…瞳はじっと俺を見つめたまま…
まるで…はぐれた子供のように…
「………」
「………!」
軽くため息を吐き出して椅子から立ち上がった俺は少女を躊躇なく抱き上げる。すると少し驚いた顔をする少女に微笑みかけて腕を回してやった。
…楓も昔はこんな感じだったっけ…
「……」
そう思った瞬間に微笑みかけてくれて余計に嬉しくなる。
「一緒に寝ようぜ?」
「………」
にっこり笑って提案すると少し恥ずかしげにはにかんで抱きついてくれる。ロフトの上へと移動しながら電気を消していく…ベッドに昇り腕枕をして寝かしつけるように並んで寝転がると擦り寄るように身を寄せてきた。
「…おやすみ…」
瞳を閉じて眠りの世界へ旅立つ少女の顔に抱き込むようにして己も瞳を閉じた。
けれど頭の中はやけに冴えていて今日一日を振り返り始める。
* * * * *
「………何を抱き締めてるんですか?」
「んー?何って…可愛いだろ?」
朝、珍しくバーナビーより先に来ていた虎徹は少女を膝に乗せたままデスクに向かっていた。溜めてしまっていた書類を減らさなくては…とデスクワークに励んでいると、出社してきたバーナビーが訝しげな顔で聞いてきた。やけに複雑そうな表情を浮かべるものだから椅子を回して正面から向き合うと…ほら。…と言わんばかりに少女の頭を撫でる。けれど彼の眉間に寄った皺は戻らない。
「…可愛すぎて一種の犯罪に見えますけどね」
「え?何それ…意味分かんねぇ」
「分からなくて結構です。それより昨夜はどうしたんですか?」
「んー…それがさぁ…俺めっちゃくちゃ疲れてたみたいでさ。気付いたら家に帰ってた…みたいな?」
「…なんですか…それ…」
「あはは。」
「まったく…それならそうと連絡入れるなりして下さい。おかげで昨夜は大変だったんですからね?」
「へ?」
「…出動コールにも気付けないくらいなんて…よっぽどですね」
盛大なため息とともに吐き出された言葉が虎徹の耳に届くと、見る見る内に目を丸く見開いていく。ヒーローである限り、出動コールは絶対的なものだ。体調を崩したとはいえ、そのコールを全く知らないだなんて…ヒーロー生活を初めて以来、最大の汚点だ。
あまりの事に愕然と背凭れへ倒れ込む。
「え!?マジでか!…全っ然知らなかった…悪い…」
「いいですよ、もう…過ぎた事です。それより…今から警察より届けられた事後報告を聞きますから。来てください」
「はいはーい。」
…過ぎた事…と言ってくれる事に今は慰められる。バーナビー自身の態度も責めるような者ではない事も分かったので苦笑を浮かべつつも腰を上げた。
「………」
早々に部屋から出て行くバーナビーを見てからちらり、と視線を下げる。するとその視線に気付いたのだろう、少女が見上げてきた。
「…これにはちょっと連れて行けないかな…」
「………」
「すぐ戻るからいい子にしてろよ?」
「………」
こくん、と素直に頷く少女に満面の笑みを浮かべて椅子に下ろしてやると頭を一撫でしてから相棒の後を追った。その光景に訝しげな表情をしている秘書の顔にも気付かずに…
「お、テツ、お前。昨日はどうしたんだよ?」
設けられた会議室に着くなりアントニオが虎徹へと近づいてくる。その顔を見上げながら苦笑を浮かべた。
「んー…ちょっと…」
「体調を崩したみたいですよ」
言葉を濁すと横に居たバーナビーがしれっと告げ口をしてしまう。からかわれる予感にどう言おうか迷って言葉を濁していたのだが…
「…お前が?」
「何それ。俺だって病気や怪我くらいしますよ。」
「あ…あぁ、すまん」
予感通り意外だと言わんばかりの顔をされてしまった。むっとした表情を作れば途端に苦笑を浮かべて謝ってくれる。
「たぶん風邪の引き始めってやつかな?急激な眠気があったみたいでコールにも気付けなかったんだ」
「そうか…大事に至らないならそれでいいんだ」
「ん、さんきゅ。」
互いに肩を叩き合って空いた席に腰掛ける。先に着席してた他のメンバーにも目配せすると一様に満足気な笑みと共に頷いてくれた。
すると別の扉からヒーローTVのクルーが入ってくる。モニタの用意もされることから映像を見ながら説明をしてくれるようだ。
「あら、タイガー。元気そうね?」
「ん、おかげさんで。」
アニエスが開口一番に嫌味を飛ばしてくる。それに反論も出来ないのでひょいと肩を竦めるとしかめっ面をされた。
「まったく…コールにも出ないなんて…」
「んー…でもさ。足手まといな俺がいない方が上手くいったんじゃないの?」
まだまだぼやかれそうな雰囲気に茶化した言葉を吹きかければ険しい表情が更に険しくなってしまった。その変化に…おや?…と首を傾げるとキースが苦笑を浮かべる。
「上手くいかなかったんだよ」
「え?お前ら…全員いたんだろ?」
「それがねぇ…確保しようとしても悉く逃げられちゃってねぇ…」
「やけに戦闘慣れしてるようにも見えたな」
「私の氷も割られちゃうし…」
「…ボクも弾き飛ばされちゃった…」
「…マジでか…バニーちゃんは?」
「…沈められませんでした」
「…嘘だろ…」
それぞれが呟く言葉に虎徹は目を瞠った。ここにいるメンバーは能力がまちまちではあっても一流と呼べるヒーローばかりだ。そんな彼らが捕獲出来なかったとは…一体どんな冗談だ…とただただ唖然としてしまう。
「さらに…どうやらあの状況で逃げたみたいよ」
「え!?」
「うそ!!?」
「現場の瓦礫を撤収したけれど…どこにもそれらしいものは見つからなかったそうなの」
「…てっきり…飲み込まれたと思ったのに…」
「とりあえず…昨日放送した映像を見せるから…あなたの見解を聞かせてくれるかしら?」
「…俺の?」
「居なかったのはあんただけだもの。」
「先輩ならどうしてたか…という意見も交えてお願いしますよ」
「…はぁ…」
所々にチクチクと痛む言葉が混ぜられているのはきっと…捕らえられなかったことへの苛立ちの表れだだろう。部屋の明かりを落として映像が準備されるのをじっと待った。
「!」
映し出された工場跡に虎徹の眉が跳ね上がる。暗闇の中にライトで映し出された鉄筋やコンクリートの瓦礫…その間に見覚えの在る人影を見た気がしたからだ。じっと動き回るライトに映し出される瓦礫群に見入って再び映し出されたその場所を凝視するが…もう何もない。見間違いか…と思っていると皆が集合し始めている。
「そろそろ出てくるわ」
アニエスの言葉の直後に折紙サイクロンが飛び出した。ドラゴンキッドが動き、姿を見せた影に虎徹は集中していく。氷から逃れ、フレイムアローを避けて鉄の塊も軽々と避けてしまいスカイハイの風の檻へと捕らえられる…しかしそれも数秒のことだった。その鮮やかとも言える逃走劇に口を尖らせる。
「…なかなか素早いじゃねぇか…」
「こっちもスピードで負けるつもりはないんだけどね?」
「あぁ…なんつぅかな…慣れ過ぎてる動きっていうのかな…」
「やっぱりそう思うか…」
「あ、ストップ。」
さすがにヒーロー歴10年…無駄に場数を踏んでいるわけではないらしい…目標の動きや身捌きに感嘆すら覚えるような感想を漏らしている。するとアニエスに一時停止を求めた。画面の中ではスカイハイへと詰め寄る影の後姿と、その相手に対して何の反応も出来ていないスカイハイが写されている。
「何か気になる点でも?」
「ちょっと不自然な止まり方してるんでな。なぁ、キース。こん時、何か言われた?」
「え?」
「?そうなの?スカイハイ」
「あぁ、うん…何だか…『違う』って言われた気がする」
「そうだったんですか?僕も言われたんですが…」
「俺も言われたぞ?」
「…僕も…言われました…」
「折紙サイクロンも??」
「はい…待機してたらすぐ後ろで聞こえた気がして…振り返ったら拳が振り下ろされていたんです」
どうやらマイクでも拾えないほど小声で呟かれた言葉のようだ。けれどその言葉を聞いていないメンバーもいるらしく首を傾げている。
「えーと…言われた人挙手。」
「「「「………」」」」
「言われなかった人、挙手。」
「「「………」」」
4対3に別れたメンバーをじっと見つめる。ちらりと画面を見上げてまた少し考えこんだ。
「…男と女の違いかしら?」
「あら。だったら私がこっち側なのはおかしくない?」
「ネイサンはオカマだし。」
「見た目だと分からないでしょ?」
「それもそうか…」
思いつく違いを上げてみたかどうも当てはまらないようだ。再び首を傾げる面々に画面を見上げてた虎徹が振り返った。
「…アレじゃね?」
「アレじゃ分かりませんよ」
「ほら…マスクってか…メット?」
「…メットが何よ?」
「顔が全部見えないじゃん。」
「…そういえば誰か探してるみたいだったな…」
虎徹の言葉に互いのヒーロースーツを思い浮かべる。マスク…というと、ファイアエンブレムも一応マスク苦を着けている…が…フルフェイスではない。口元が出ているので、肌の色が判断できるものだ。ブルーローズとドラゴンキッドは髪の色が違えど、ほぼ素顔を晒している。
納得の出来る違いの提示に、アントニオが呟いた。
「人探し?」
「あぁ。誰か探してるのか?って聞いたら動きが止まったんでな」
「…じゃあ、その誰かが見つかるまではこうやって暴れ回るのかな?」
「…どうだろうな…」
「…続き…再生するわよ」
「あいよ」
またこの影と対峙するのならそれなりの対策を考えておかなくてはならないだろう。初対面だったとはいえ、こうまでもいいようにあしらわれてはヒーローの名が廃ってしまう。
第三者として虎徹の意見を聞く…という点でも止めた映像を再び再生する。
不自然に止まってしまったスカイハイが身を屈めて対峙選手交代となった。瞳を光らせるバーナビーの攻撃を諸共せず受け止め、さらには返してくる影に虎徹は驚きを隠せなかった。
「ハンドレットパワー?」
「だと思うんですけどね…」
「え?何?その煮え切らない答え。」
「………」
「最後まで見てたら分かるよ」
憮然としたバーナビーの声に珍しい、と顔を向けるとむっつり黙り込まれてしまう。首を傾げると苦い表情を浮かべるキースに画面を指差された。…何があったんだ…と促されるがままに頬杖をついて画面へと目を向ける。『GOOD LUCK』が発動される…さすがにこれなら捕らえられる…と思ったが…『捕らえられなかった』という結果を聞いていた事を思い出す。
つまりバーナビーの渾身の一撃でも沈まなかったという事だ。あまりにも信じられないことだが、画像は過去の出来事…在るがままの事実を見届けなくてはならない。
「………」
無謀にもバーナビーの一撃を受け止めた影が大きく吹き飛ばされる。生身の人間なら溜まったもんじゃないだろうけれど…自分と同じ能力者ならばこの程度ではくたばらない…何かあったとして気絶するくらい…
思った通りにすぐ姿を見せた影は氷を砕き、輝きを失った。タイムレーベルを確認するとやはりきっかり5分だ。
「…この後が問題なの」
アニエスの低い声に画面の中央へ視線を戻す。ブルーローズの放つ氷に捉えられた影が徐々に閉じ込められていた。残すは頭のみ…
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