「アニエスに聞いてみたらどうだ?もしかすると確保してもらえるかもしれないぜ?」
「なるほど!ありがとう!そしてありがとう!!」

 言うが早いか動くが早いか…礼を言うなり早速とばかりに駆け出したキースは満面の笑みを残してトレーニングルームから出て行ってしまった。それをへろへろと力なく手を振る虎徹と、唖然としたままのカリーナ…他のメンズ(オカマ含む)はというと一様に携帯を取り出してなにやら操作をしていた。

「…いぃなぁ…」

 そんな傍ら…ホァンのテンションは更に下がっていた。しょぼん…とした表情が酷く痛々しい。

「…そんなに…見たいものか?」
「うん…だって…」
「うん?」
「今のタイガー…ボクの理想像そのものなんだもん…」
「………へ?」
「…強くて格好いいけど女らしい…」
「あらあら…」
「ホァンちゃんの理想なんて…初めて聞いたわ…」
「…そ…そっか…」

 頬を赤く染めてもじもじとする様はまさしく女の子。最近めっきり女の子らしくなってきたなぁ…と思う反面、そんな顔をして恥じらわれるとこちらも恥ずかしくなってしまう…思わずどもってしまいながら視線を横へと流していった。

「ね、バイソンちゃん。ちょっと貸してくれない?」
「うん?これをか?」
「そ。」

 ついっと指さしているのは黒い紙袋。もちろん示しているのはその中の代物ではあるのだが…恐る恐る…と言った風体で抱き締めていた紙袋をネイサンに渡すと訝しげな顔をするアントニオににっこりと笑みを向けた。

「セクシー路線って言っても…中にはかぁるいものだってあるでしょ?」
「そ…そう、なのか?」
「あぁ、まぁ…ある…かな?」
「あるわよ、絶対」
「…根拠でもあるんですか?」
「まぁね?男から見て卑猥でも女から見れば単なるセクシーショットってのがいくつかあると思うのよ」

 男の視点と女の視点とでは異なる…という風に言われると…確かに…と頷ける点がある。単なる女友達同士の仲良しショットが、男側から見ればレズに見える…といった感じだろうか。

「あ、なるほど。それなら見せても大丈夫だろう、と。」
「そゆこと☆」
「え!見ていいの!?」
「全部はダメだぞ?特に袋綴じ」
「もちろんよ。私がちゃあんと選んであ・げ・る」
「うん!ちょっとでもいい!全然いい!」

 渋々出された妥協案にホァンの表情がぱぁっと明るくなっていく。内容としてはいけない事ではあるのだが…彼女の純粋な表情を見ていると、まるで良い事をしたような気分になるのはなぜだろう?

「ローズはどうする?」
「へ!?」
「今後のキャラ作りの為に参考にしてみる?」
「きゃ…キャラ作りって…」
「案外無意識で動くタイガーちゃんのポーズとかって…参考になるかもよ?」
「……………見てみる…」
「そうと決まればぱぱっと選んじゃいましょ!ちょっと、バイソンちゃん。手伝って」
「はぁ!?俺が??!」
「別に一緒に見ろ、とは言ってないわ。壁になれって言ってるの」
「壁…って…なぁ…」

 有無も言えず引き摺られていくアントニオに…御愁傷様…と小さく笑みを漏らしてちらり、と視線を動かした。

「…バニーちゃんは見ないの?」
「…見てほしいんですか?」
「いや、そんな事は全くないけど。」
「だったらどうしてそんな事聞くんです?」
「興味が湧かないか、と思ってさ」
「…興味…ね…」
「それにネイサンが持っていったやつ…試し刷り段階だから全部で5冊あるかないかだろうし…
 もしかすると今あの中に載ってる写真でも削除されたりするかもしれないしさ
 見るなら今の内ってやつ?」

 そんな虎徹の言葉にバーナビーは脳内をフル回転させる。合計5冊として…虎徹とイワンとで2冊…作った当人であるカメラマンで1冊…上司であるロイズ氏に1冊いくかもしれない…さらに企画考案者であるアニエスにも1冊…ここまでですでに5冊出払っている。つまり、さきほどアニエスにメールを飛ばしてみたが、もう手元にはない、という返事が返ってくるかもしれない。しかも、今しがたキースが直に尋ねて行ったはずだ。
 …とすると…自分の手元には手に入らないかもしれない。それにプラスして虎徹の言う通り編集をし直す可能性もない事はない。そうなれば見る事の叶わない写真が出てくる可能性がある。

「………」

 ぐるり…と考えてバーナビーは眼鏡のブリッジを押し上げた。

「…今後の参考の為に見せていただきます」
「はい、どうぞ。」

 別に許可を取る必要はないのだが、こういう言われ方をしては「どうぞ」と返すしかなかった。それ以前になんの参考にするのか非常に不思議ではあるが…歩き出してしまった相棒の背中にわざわざ声をかける気も失せて、虎徹はそのまま見送った。
 後に残されたのはタオルに顔を埋めたままのイワンとその肩に腕を回して慰める様に擦る虎徹のみ。途端に広がった沈黙はそう長くは続かなかった。

「…なぁ、折紙?」
「…はぃ…」
「…もしかして、雑誌以外に何か渡された?」
「ッ!!」
「……図星か…」

 さり気なく…ぽつり…と聞いた質問ではあったが…イワンの反応は顕著だった。聞いた途端に肩をびくりと震わせ、回した腕から体温の急上昇が感じ取れる。その上…新たに滲みだした涙を浮かべた瞳でガクガクと再び震えだした体で振り向いた顔はロングコートチワワの如く…情けなくも可愛い表情になってしまっていた。

「…ご…ご、め…」
「いやいや。だからな?謝る必要はないの」
「…ぁ…ぁい、ずびばぜ…」
「あ〜…ほら、色々垂れ流しになってる…」

 離したタオルを再び顔に押し付けて少しでも落ち着くように頭を撫でてやる。
 ちらりと見上げた一角では、アントニオの背に隠れつつとても楽しげな表情をしてページを捲るネイサンとその後ろから真剣な表情で覗き込むバーナビー…そんな向い側で酷くキラキラと期待に満ちた表情をするホァンに、そわそわとどこか落ち着きのないカリーナが座っている。
 ほほえましい…と言っていいのだろうか…酷くおかしな光景に仕上がっているその場面に虎徹も引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

「ん〜…あのさ?」
「…ぁい…」
「どんなの渡されたんだ?」
「…ふぇ…?」
「や…その…見たってのは分かってんだけど…どんなの見られたか分からないままってのは…なんつぅか…恥ずかしいものがあってだな…」
「あ…はぃ…なんとなく…分かり、ます」

 しどろもどろに紡ぎだされる虎徹の言葉にイワンが…ふむふむ…と頷いて見せた。その上でさっそく渡された写真を思い浮かべてまた項垂れてしまう。

「え?そんなに酷かったのか?」
「ちっ…違いますッ!酷いんじゃっ…なくて…そのっ…あられ、もなくて…」
「…へ…へぇ…?」
「え…えっ…と…」

 虎徹の言う通り、テンションの高い…いや、高過ぎるカメラマンから『特別』といって渡された写真はかなりの数がある。しかもその写真はすべて『ご丁寧に』イワンが席を外した後に撮ったものばかり。
 スタジオを後にした時の虎徹は脚線美を惜しげもなく晒したホットパンツに体にぴったりと張り付いたようなタンクトップ姿だった。設定としては寝起き…ということだったのだが…少し上体を倒すだけで胸の谷間がばっちり覗ける格好は目の毒でしかない。正直なところ…帰社命令が出て助かったと思ってしまった。

「…あの…僕が帰った時に着てた服装で…」
「ん〜…あぁ、寝起き設定とかってやつか」
「はい…あの姿で…『伸び』を…」
「………それは…もしかしなくても…」
「…『四つん這い』でした…」
「・・・・・」
「それから…白のビキニで…」
「だッ!?それもかよ!」
「…袋綴じに…ないポーズで…」
「袋綴じにない?…袋はビキニの紐解いたやつだから…」
「…白いレースのカーテン越し…」
「・・・ッあ〜〜〜…あれかぁ…ん〜?でもモロ画像じゃなかっただろ?」
「…は…肌色が…」
「…あぁ…そうネ…普通の白いカーテンよりはっきり見えるわネぇ…」
「…はぃ…」
「………以上?」
「いえ…まだ…」
「(…どんだけ渡したんだ…あのカメラマン…)」
「…何も着ないで枕抱きしめてるやつとか…」
「…あれは…全裸撮影だったな…」
「ッ!!!」
「…結構最後の方でテンション可笑しくなってたからなぁ…
 ってことはあれか?…泡風呂も入ってた?」
「……はぃぃ…」

 グラビア撮影の鉄板的シチュエーションである泡風呂は、長時間の撮影に疲れた体を癒してもくれていたせいか…かなり弛んだ素の表情が多かったように思う。その頃にはアニエスも会議があるとかで席を外しており…所謂『箍が外れた』状態だった。そのせいもあってか…何一つ身に纏うことなく撮影に挑んでいたのだ。
カメラマン以外は全員女性スタッフばかりで、皆一様に生き生きと顔の向きから手の位置、形、指の先まで色々と指示を出していた。時間が経過すればするほど際どいショットが増えていき…バスタブから足を伸ばしたり、四つん這いになって背中から腰の際どい位置までギリギリで撮影したり…果てには泡を要所要所に乗せただけで撮ったものもある。
 後から冷静になってみると…酷く破廉恥な事をしていた…と自己嫌悪に陥ったほどだ。カメラマン個人の趣味に走ったものだからアニエスには渡さないとは言っていたが…イワンには渡したのか…とむしろこちらに渡される方がかなり危険だったように思う。
 ちらりと横に視線をずらすと思い出してしまったのか…イワンが顔を伏せて悶絶していた。

「(…ご愁傷様…)」

 まんまと餌食にされてしまったイワンに心の中でそっと謝っておいた。

「(………あぁ…言えない…)」

 一方、イワンは…思い出し照れをしているのだが…その脳裏に浮かぶ写真は虎徹が思い浮かべているものとはまったく違うものだった。

 撮影の合間…セットの差し替えや衣装チェンジでバタバタとしていた時の事…すんなり着替えを済ませた『Wタイガー』が隅に放置されていたソファで束の間の休憩として寛いでいた。次の衣装はパーティーなどで着るような服…片やロングコートスーツ…片やセクシー路線に突っ走ったドレス…普段は髪型を弄らずに済ませている『男』のタイガーの髪型もオールバックに固められており、いつもとは違った雰囲気だった。それは『女』のタイガーも例外ではなく…襟足の長い髪をアップにして細い項をさらけ出している。

「(…目の毒…ってこういうことなんだなぁ…)」

 すぐ近くに座ったタイガーを直視出来る事なく…慌ただしく動くスタッフへと視線を無理矢理向けていた。…のだが…

「(…え?)」

 余程慣れない事に疲れたのか…タイガー…こと、虎徹が舟を漕ぎ始めた。かくり…と首が落ちる度、その衝動で目を覚ますのだが、半分以上下がってしまった瞼はしっかりと上がるきることはない。ちゃんと起きなくては…と瞬きを増やしてみたり、ぎゅっと瞑っては開いてみたり…まるで小さな子供のようなその動作に目が奪われる。
 …しかし…それも長い時間ではなかった。

「(…危ない…)」

 背凭れを伝い傾いていく体はソファから転げ落ちそうだった。慌てて立ち上がると斜めになった体を支えてソファの上に寝かしつける。けれど、華奢なミュールを履いた足をソファへと上げるのは躊躇われ、虎徹の足元に座り込むと恭しく脱がしていった。

 細い足首…柔らかな肌…滑らかに滑るのはストッキングのせいだけではないように思う。両方脱がしてしまうと、寝やすいように、と両足を揃えてソファの上へと持ち上げる。頭の下にそっとクッションを挟ませると、穏やかな寝息が聞こえてきた。
 セクシーなドレスは…キラキラと光る、強い印象を与える瞳が伏せられるととても幼くて…少しアンバランスに見える。メイクによってほんのりと色を施されたその顔はイワンの目を引きつけて止まない。

「………」

 しばらく見つめていたが、顔の近くまで音も立てずに近寄った。

「・・・」

 穏やかな表情…僅かに開く唇…まるで吸い寄せられるように顔を近づけて…

 ………ちゅ………

 小さな音と共に離れていった。そのまま間近で顔を見続けて…何の変化もない事に少し残念な気分になりながらも安心をした。

 ………した…のに。

「(………見られてたなんてっ…)」

 安心できたのは虎徹に対してだけだったようだ。無意識の内に能力を解除して『タイガー』から『イワン』になった状態でソファに眠る虎徹に口付ける瞬間…その写真が束の最後に添えられていて…見た途端に死にそうな気分に陥った。
 しかも…何のあてつけなのか…

『Sleeping Beauty』

 もちろん、眠っていた虎徹が気づくわけないし…誰にも知られずに終わったと思ったのに…セットの指示を出していたカメラマンの目は切り抜けられなかったようだ。

「(不覚ッ!!!)」

 虎徹には決して言えない秘密を作ってしまったというのに…写真という形に残ったお陰であの瞬間が夢、幻ではなかったと実感が出来て浮かれるほどに喜んでしまう…そんな複雑な心境を抱えて、イワンは頭も抱えるのだった。


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