”Honesty is the best policy.”
『正直は最善の策』
その日の『彼』は酷く挙動不審だった。
「…どうかしたのかな?折紙さん…」
「ん〜…何かあったのかしら?」
いつも通り、メンバーがジムに集まっているのだが…一番早く来ていた折紙こと、イワンが落ち着きなくそわそわと立って座って…フロアを意味なく歩き回って…と可笑しな行動を繰り返している。それは時間が経てば経つほど酷くなり、1人、2人とメンバーが来るごとに大げさなくらい肩を跳ね上げ、来た人物を確認するとあからさまにほっとしてまたソワソワとし始めていた。
「…ホント…見るからに挙動不審よねぇ…」
「悩み事とかじゃないのか?」
「それならば私達に相談してくれればいいのに…」
年少組よりも少し遅れて来た大人組の面々も、可笑しな様子のイワンに迎えられたわけで…その違和感に首を捻っている。さり気なく話しかけてみるも、盛大に視線を泳がせ、汗だくになりながら「何もない。」と言い張る始末。
どうしようもなかった。
「あと…来てないメンバーって…」
「ハンドレットコンビだな」
「…んん〜…とするとタイガーちゃん待ちかしら」
「え?どうして??」
「だって、折紙ちゃんとハンサムってあまり進んで話とかしなさそうだし?」
「…あ〜…」
「…確かに…そして確かに…」
一同が意見を一致させて唸っていると、タイミング良くフロアのドアが開いた。そこから入ってきたのは…今まさに噂をしていた人物だった。
「おっはぁ〜!」
「おはようございます」
正反対とも言える対象的な挨拶をして入ってくる二人は、いつもとなんら変わりなく…ただ…イワンがハンサムエスケープ…ならぬ…忍者エスケープをするような勢いで飛び上がると天井に張り付いた。
「ん?何やってんだ?折紙」
「…な…な…な…な…ん…でも…ござらん、です…」
「いやいや。明らかに挙動不審過ぎるから。」
ひらひらと空中を舞って落ちてきたタオルを拾いながら天井を見上げた虎徹は苦笑を漏らす。腕組みをしてじっと見上げたままの虎徹を…ちらり…と盗み見したイワンは再び顔を伏せてしまった。
「本当に…どうしたんですか?折紙先輩は…」
「さぁ?私達が来た時にはすでにあんな感じだったから…」
「しかも徐々に酷くなっていったな」
少し離れた位置から静観している他のメンバーに話しかけてみるも、一様に首を傾げられてしまった。そんな答えからバーナビーも腕組をして首を傾げるしかなくなる。
「…はっはぁん…」
「!」
「さては折紙…『アレ』を見たのか」
「…ぅ…」
「まぁ、お前も写ってるから渡されて当たり前か…」
「…はぃ…」
「で…『禁断の扉』を破っちゃった、と」
「…ぅうぅぅぅ…すいません…」
やれやれ…といった苦笑を浮かべ続ける虎徹に対して、イワンは…顔が見えないけれど、泣いているらしく…小刻みに震えている。どうやらイワンの挙動不審な理由を虎徹は知っているらしい。が、周りには何の事だかさっぱりで首を傾げるしかなかった。
「『アレ』?」
「『禁断の扉』?」
「…何の話かしら?」
他に何かヒントになりそうな言葉は出ないのだろうか…とじっと待ちかまえていると、虎徹はイワンに下りてくるよう、説得を始める。
「とりあえず下りてこいよ」
「…む…無理です…」
「なぁんで?」
「た…たぃがぁさんに…」
「俺に?」
「あわっ…あわ、せ、るかおがぁぁ…」
どうやら本気で泣きに入ってしまったようだ。器用にも天井に張り付いたまま…よよよ…とばかりに泣き崩れている。
「合わせる顔も何も…そんな気にすることじゃないだろうに。仮にもお前、男なんだし」
「だっ…だってっ…タイガーさんを穢して…っ!」
「いやいや。あんなんで穢すも何もねぇだろうに」
頭を上げたイワンの顔は真っ赤に染まり、鼻から頬から耳から…すべてが赤かった。その上、逆さまに落ちていく涙が、滝の如く額からぼたぼたと落ちていく。けれど、叫んだ言葉の内容が何やら雲行きの怪しい内容に聞こえていた。
「…穢して…?」
「なんだか不穏な話になってきてるわね…」
「タイガー、折紙さんに襲われでもしたの?」
ぽつっと零された言葉は…こてん、と愛らしげに傾げられた首とは裏腹にとんでもない破壊力を生み出しており…バーナビーの眼鏡が割れる音とともに、どこからともなく冷気が吹き荒れた。そんな事にまったく気づかないキングオブ『超S級KY』と『お子様代表』を除く『大人な二人』は思わず顔を引きつらせてしまう。
「あ〜…違う違う。むしろ俺の方が襲ってるって状態じゃねぇかな?」
「…はぁ…?」
「…おばさんが…襲う側…って…どういう事ですか?」
「もしかして…乗り上げでもして…?」
「ちぃがぁうっつの。ものの喩えってやつで…とにかく説明しにくいからさっさと下りて来い、折紙!」
「…だってぇぇ…」
「あ〜もう!今度は何だ!?」
「だって…だって…ぼくっ…『アレ』を…おか…ず…にぃ…」
「あぁ〜、はいはい。男として真っ当な反応をしちゃったんだな?」
「…ごめんなぁあぁぁぁぅううう…」
「むしろ自然現象なんだから胸を張れ」
「…しぜん…?」
「自然も自然。生物上の摂理に沿った反応をしただけだ。恥じる事じゃねぇよ」
「…ほんとぉ…でづがぁ…?」
「ホントだって。だから、ほら。下りて来い?」
どうやら説得は上手くいったようだ。イワンが泣いたままながらにも天井から降りて来た。
「…だいがぁざぁん…」
「あ〜、泣くな、泣くな」
「…うぅぅぅぅ…」
「ほら。とりあえず顔拭けって」
顔中涙塗れになったイワンに拾ったタオルを押し付けつつ虎徹が宥めにかかる。優しく顔を拭い、落ち着くようにそっと肩を抱き寄せた。
「恥ずかしかったんだな?」
「…あぃ…」
「後ろめたかったんだよな?」
「…ふぁいぃ…」
「俺はなんとも思わないから。そんな思いしなくてもいいから…な?」
「…うあぁいぃ…」
ぽんぽん、と頭を撫で、背中を摩り優しくかける言葉にコクコクと頷く。まだまだ体中を震わせているものの、少し落ち着いてきたところで、虎徹は近くのベンチに座らせると自分も密着するように腰掛けて肩に腕を回し撫でさすってやった。
「…で?何なの?『アレ』だの『禁断の扉』だのってやつは…」
「ん〜…まぁ…見てもらったほうが早いよな」
そういって苦笑を浮かべる虎徹が差し出したのは小脇に抱えていた紙袋。それを受け取ったネイサンが中身をちらりと覗いて取り出すと…最新版のマンスリーヒーローだ。
「…あら…これ…」
「ん。この前撮影したやつ」
「もう出来上がったのかい!?」
「あ、ボクも見たい〜!」
「人数分もらってきてあるから」
「やったぁ〜!」
表紙を飾る文字と写真で内容がすぐに分かった…
先日アニエスが鼻息荒く虎徹に迫っていた『緊急企画:ワイルドタイガーの華麗なる変身』の刊だ。
つまり、この前渋々引き受けたグラビア撮影での写真が載っているはずで…軽いインタビューがページの隅にちょこちょこ書き込まれている。これはもう…雑誌とはいえ…読み物ではなく、単なる写真集…と言っていい代物だった。捲れど捲れど…タイガーの写真ばかり…それも普段の格好からヒーロースーツはもとより…全員で選び抜いたメールの衣装が飾られている。
「それで…コレが何か問題なんですか?」
「や、問題なのはソレじゃなくて…コッチ。」
随分と冷ややかな棘付きのバーナビーの声ではあったが、虎徹はまったくもって気づくこともなく…もう一つ…黒い紙袋を取り出した。
「…なに?…その見るからに妖しげなのは…?」
「開けてみそ?」
「…爆弾じゃねぇだろうな?」
「違うって。まぁ…でも…ある意味爆弾かな?」
苦い表情を浮かべたままの虎徹から黒い紙袋を受け取ったアントニオは恐る恐る封を開く。爆発物ではない、とは言ったが、無意識に顔から遠ざけてしまっていた。腕を限界まで伸ばしたまま…そろり…と中を取り出すと…こちらもマンスリーヒーローだった。
「何よ…ただの雑誌じゃない…」
「ッ!?」
「あれ?バイソンさぁん?」
「どうかしたのかい?」
そろりそろり…と取り出した雑誌の裏表紙だけしか見えていない面々には、いつも通り…マンスリーヒーローの裏表紙を飾るヒーロー全員集合の写真しか見えていない。けれど、表紙の方を向けているアントニオは一瞬硬直した後、爆発するんではないかという勢いで真っ赤になった。
「どうしたんですか?ロペス先輩?」
「こっこっこっ…!?」
「あ〜…うん…皆まで言うな…」
せっかく出した中身をずぼっと勢い良く直して厳つい胸板に押し付けて抱き込んだ。そうして赤くなったり青くなったりと忙しない顔色で汗をびっしり噴出させたアントニオは虎徹へと振り返る。その視線を見たくないとばかりに顔をそらせる虎徹はどこか疲れきった顔になっていた。
「ちょっと、なんなのよ?」
「隠し事は良くないな!」
「そうだそうだ!」
「往生際が悪いわよ?」
「ちゃんと説明をしてください、先輩方。」
蚊帳の外にされている面々が抗議へと打って出てくる。その中でもバーナビーは特に鬼気迫るオーラを纏っており…下手すれば実力行使に出てくるのではないか…と思う…
「そっ…それっ…が…っ…」
「ちゃんと喋りなさいよ、バイソンちゃん。男でしょう?」
「いっ…いやっ…だがっ…これ、はっ…」
「タイガーちゃん?」
「うん…まぁ…なんつぅか…」
「なぁに?」
「…『大人向けに設定されたコアな方』…なんだよ」
ぼそぼそっと零れ落ちるように呟かれた言葉に室内がしんっと静まりかえる。
「………ヌードってこと?」
「なんですって?!」
「なんだって!?」
「うっそぉ?!?」
「脱いだんですか!?先輩!!」
「脱いでない!脱いでない!」
まさか…といった真剣な表情のネイサンから零された言葉に他の面々が前のめりに迫ってくる。それをなんとか片手で制しながら必死になって言い返した。
「オールヌードは一枚も撮ってないッ!」
「『は』ってことはセミヌードはあるってことですか!?」
「ぐっ…さすがバニーちゃん…鋭いとこ突っ込んでくれるね…」
「さすが、じゃありませんよ!何やってるんですか!貴女は!?」
「なんだよ…バニーちゃんだって水着で写真撮られてたじゃん。」
「貴女ほど卑猥じゃありません!」
「なっ!?誰が卑猥だ!!?」
「貴方に決まってるでしょう!?最近巷で囁かれ始めているんですよ?」
「なっ…なんて??」
「『卑猥ルドタイガー』」
「だぁっ!?なんじゃその最低なネーミングはぁ!?」
「はぁい、そこでストップ。」
いつもの調子で言い合いに発展しそうな二人の間にネイサンが割り込んでくる。お陰でそれ以上はヒートアップせずに済んだ。
「それで?タイガーちゃん。こっちの雑誌にはセミヌードがいっぱいってわけ?」
「いや…袋綴じのとこだけ」
「それじゃあ他は?」
「セクシー路線に特機した写真ばっか。」
「…なるほど。折紙ちゃんはその袋綴じを開けちゃったわけなのね」
「…そゆこと。」
ちらり…と視線を動かせばいまだぴるぴると小さく震えるイワンの姿がある。小さくしゃくり上げるところから、涙は収まりつつあるらしい。
しかし…ふとネイサンは想像をめぐらせる…イワンのあの反応っぷりといい…言い訳の言葉といい…どうやら『袋綴じ』を見て『抜いて』しまったようだ。それほどまでもセクシーだったのか…それともバーナビーが言う通り、卑猥だったのか…どちらにせよ、この純情青年には刺激が強すぎたのだろう。
「ね?これも市場に出回るの?」
みんなの言葉を聞く上で成人指定になるらしい事を察したホァンではあるが…今までのマンスリーヒーローを考えると、書店や売店で並ぶ事になるだろう。すると、表紙だけでも見れるかな…と淡い期待を抱いて首をかしげた。すると、皆一様に首を捻り始める。
「う〜ん…折紙君がこんな状態になるなら…公での販売はしないんじゃないかな?」
「そうねぇ…情操教育に悪いでしょうしねぇ…」
「これだからおばさんは…」
「『破壊屋』でも壊していいものと悪いものがあるのよ」
「確かに…これは…破壊力が半端ないだろうな…」
一様に言いたい放題言ってくれる中、虎徹は眉間に皺を寄せ…ホァンはあからさまにがっかりした表情になった。
「確かに市場にゃ回らねぇよ。アニエスによれば…カメラマンの作り手心を酷く刺激しちまったらしく…極少数部しか作ってないから…シークレットとして捌くらしい」
「誰に言ったら手配してもらえるかな?」
「………なんだよ?スカイハイ…欲しいとか言う?」
「もちろん、そして無論だ!」
「…い…意外…」
「これまで『マンスリーヒーロー』は別冊・特冊すべて揃えているのでね」
「…コレクター魂…ってやつね」
キースの意外な面を見せられたメンバーは唖然としてしまう。KOHだから…というわけではないが…てっきり雑誌などに興味を持たないだろうという偏見を持っていた。
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