「…あっ…ば、に……もっ…ゆるし、てぇ…」
「許す?まだ始まったばかりですよ?」
「や、あぁあッ!」
コンクリートがむき出しになった殺風景な部屋の中央にはベッドが一つ。キングサイズのそれは、真っ白なサテンで作られたシーツかかけられ、薄暗い部屋の中でありながらまるで発光しているようにくっきりと浮かび上がっている。
ベッドのすぐ傍には一人がけのソファがあり、一人の男がゆったりと腰をかけていた。
艶やかな金髪に縁取られた白い顔に色眼鏡が掛けられ、その奥にはキラキラと光るエメラルドのような碧眼が覗く。普段の穏やかな笑みを浮かべる彼からは想像出来ないだろう酷薄な笑みは猛獣のようで、歪められた唇は酷く艶やかだ。
まるで別人のように写る彼は、間違いなくバーナビー・ブルックス・Jr、その人だった。
「やぁっ、あ、あぁっ、あアッ!」
彼の手には小さなリモコンが握られ、電源が入れられているのだろう、小さな赤いライトが明滅を繰り返していた。長い足を優雅に組み、その雰囲気はまるで映画の鑑賞でもしているようだった。けれど、彼の視線はベッドへと固定されていて……そこに転がされた一人の男しか見ていない。
「あぁ、ダメですよ?先輩。まだ許可してないでしょう?」
「はッ…あ、…あ、ぁ…うぅ…」
その男の体が痙攣を始めた所で…カチリ…と音を立ててリモコンのスイッチが切られた。すると、横たわった体がもどかしげに捩られる。手足が蠢くたびにジャラジャラと耳障りな鉄の擦れる音が奏でられ、スプリングがキシリと小さく悲鳴を上げていた。
ほぼ裸にさせられている男は手首を頭上で革のベルトで一纏めにされ、ベッドヘッドに括りつけられている。足首は銀色の棒の両端に固定され、太腿が折り曲げて縛り上げられていた。強制的なM字開脚にさせられた中心にある秘所から小さな輪が付いたコードがはみ出していて、肌蹴られたビリジアンのシャツの隙間から見える肌は汗でしっとりと濡れ艶かしい光を纏う。
精悍な顔は苦痛に耐えるように歪められ、頬に黒髪が張り付いている。開いたままの唇の端からは唾液が溢れ、黒いアイパッチの隙間から垣間見える琥珀色の瞳は潤んでいた。
普段のおちゃらけた雰囲気が一切払拭されてしまっている男は、ワイルドタイガー、その人だった。
「…ぅあ…ぁ…」
全身をひくりと小さく跳ねさせ、意識が朦朧としているのか潤んだ瞳が宙を彷徨っている。そんな彼の様子にバーナビーは小さく笑みを零すとソファから立ち上がった。
「…先輩?」
「……ぁ……」
きしり、とスプリングを軋ませてタイガーの顔を囲うようにバーナビーが両手を突いた。覆いかぶさるように逆光の中浮かび上がる白い貌はぞっとするほどに美しい笑顔を浮かべている。
「何と言えばいいか…教えたでしょう?」
「…ぅ…ッあ…」
まるで猫をあやす様に顎の辺りを擽る指先から逃れようと首を捻る。それでもやめる気配はなく、しつこく指が纏わり付いてきた。ざわざわと粟立つ肌に眉間へ深く皺を刻み睨みあげたが、くすり、と笑われただけだった。
「ね?先輩」
「ッあぁ!!」
見せ付けるように目の前でスイッチが入れられると、ずっと体内に埋め込まれた異物が低い唸り声を上げて振動を再開させる。腰の奥で重く甘く圧し掛かる疼きに理性が本能で塗り潰され始めた。
「うッ…く、う、んんッ…」
「たかが『おもちゃ』に翻弄される貴方も見ていて愉しいからこのままでも僕は一向に構いませんよ?」
「ッて…め、ぇ…!」
「どうします?」
「ひッ…あっ…あぁあ!」
悶える四肢の中央でずっと蜜を垂れ流しにしていた雄が徐に掴みあげられた。そのままキツク締め上げられて開放出来ない熱が下っ腹の辺りでぐるぐると行き交う。その上赤く爆ぜた先端を指先で擦り上げられて狂いそうになっていった。
「ねぇ…先輩?」
酷い仕打ちに反して優しく口付けられると涙が溢れてくる。痺れ始めた舌を差し出すと絡めるよりも先に解かれてしまった。滲む視界で写し出せば綺麗な笑みが見下ろしてくる。
「…ぁ…な、びぃ……」
「…う〜ん…足りないなぁ…」
普段は殺風景な部屋の中にどこへ仕舞い込んでいたのか、大きな机とペンタブに下書きがびっしりと描き込まれた紙の束が持ち込まれている。大画面のモニタには、赤いハイビスカスの代わりにコマ割りされたスペースへ蕩けた表情の『相棒』が描かれていた。
その大画面の前に座っているのは、いつも綺麗にスタイリングされた金髪を無造作に縛り上げ、ジャージ姿をしているバーナビーだ。
夏の祭典を無事(個人的な大事件はあったが……)に乗り越え、次の冬に向けて新刊の原稿に着手し始めているのだ。狩で得た『戦利品』も堪能し、世のお嬢様方がどんな話に飢えているのかなどリサーチ済みである。
けれど……いざ描き始めてみたのだが、どうもしっくりこないでいる。
「本物をモデルに使いたい…といっても…変に勘ぐられても困るし…」
ぶっちゃけ拘束を施した際の表情に困っていたりするのだ。己の予想を遥か斜め50度方向に曲線を描きぶっ飛んでいく『おじさん』の所作など、思い付くはずもなく。妄想だけが頼りなのだが……そうなるとどうも『自分のおじさん像』がぶれてしまいがちになる。
しかし、当人とそれらしい関係にも達していないのに……
−「縛らせて下さい。」
は、どう考えても無理だ。可笑しな勘違いをするのが得意な人物だ。勘違い、で終わればいいが……下手して距離を開けられても困る。
「はぁぁぁ〜……今頃虎徹さんは何してるだろう…」
思うように進まない原稿に半ば投げやりになってきて天井を仰げば、脳裏に浮かぶのは『あの人物』。
「…いやぁ〜…改めて見ると…異様な光景だわ」
「うん?」
バーナビーが思い馳せる『彼の人』は腐れ縁ともいえる『牛』……否、ロックバイソンもとい、アントニオ、もとい、『ROCK・WIND』の『兄』宅へと訪れている。それというのも、久々のオフが重なった事もあり、昼食、もしくは夕食をたかろうと思ってのことだったのだ。
けれど、連絡を取るや否や、何やら手伝って欲しいといわれて家を訪ねてきてみれば……
巨体を小さく丸めて机に向かい合い、黙々と作業に没頭している『兄』がいた。
話しかければ普通に答えてくれるのだが、何をしているのかと手元を覗いてみればこの前のイベントで見せてもらったミニフィギュアの原型を削りだしているのだという。
マジマジと見てみれば、石膏粘土で作られていたのはワイルドタイガーのマスクで……
よくこんな小さい代物を削れるものだ、と関心してしまう。
もしや手伝ってほしいというのは削る作業か?と逃げ腰になっていれば、シリコンもしくはキャストの撹拌や、出来上がったプラキャスの取り出し、洗浄、またバリと呼ばれるいらない部分の削り落としなど。素人でも簡単に出来るものを任された。どれも短時間で出来るものばかりで色々とさせられる分、飽きる事無く結構楽しい。
「(そういえば楓も次はどんなものにしようか悩んでたなぁ…)」
型を水に浸して洗剤を垂れ流しながら脳裏に浮かぶ愛娘の言っていたことを思い出す。
−「早めに取り掛かっておけば後が楽だしね!」
そう言ってデザイン画を色々書いては母や兄に意見を聞いたりと随分熱心だった。
「おや?ワイルド君」
「うん?っだぁ!?!」
急に呼ばれて顔を上げれば窓から不法侵入者のごとく、キースが入ろうとしているところだった。ただ、虎徹が驚いたのは『窓から侵入している』事はもとより、アントニオの部屋は地上から数十メートル上空にあるという事。
「やぁ!手伝いに来てくれたんだね!」
「やぁ!じゃねぇだろ!さっさと入れ!」
キースなら難なく入れる事は分かってはいるが……入ってこれる、ということは、間違いなく能力を使っている、ということであって。こんな真昼間にそんな目立つ事をしては大騒ぎになるのではないか、とヒヤヒヤしている。けれど、当人は至極穏やかに、慣れた様子で入ってきた。
「大丈夫だよ。このご近所の方には自己紹介してあるから」
「はぁ?」
「私は鳥ですので玄関ではなく窓から家に入るが好きなんです、とね」
「………それは大丈夫っていうのか?」
別の心配事が出てきそうだった。そしてそれを許容しているアントニオもアントニオだ。
牛だから脳みそ足りてないのかも、などとかなり失礼な事まで考えてしまった。
「ところでワイルド君は冬も参加するのかい?」
「ん?…あ〜…な」
この夏はひょんなことから完全参加になってしまった。元は搬入の手伝いだけで終わるはずが、あれよあれよと流されるままに一日開場内で過ごしたのだ。
「ん〜…まぁ、搬入の手伝いには借り出されるかな。ま、休みが合えば、の話だが」
「では…参加はしない?」
「するかしないか?って聞かれるとなぁ…今回も成り行きでいただけだし…」
「…そうか……」
「なんだよ?まずいことでもあるのか?」
「あぁ、いや、そういう意味ではないのだけどね」
「うん??」
キースにしては珍しく歯切れの悪い言い回しだ。深く聞き込みたいところだが、奥から響くアントニオの呼ぶ声に中断せざるを得なくなった。
「さぁ、運ぶのを手伝うよ」
「おう」
言うが早いか動くが早いか、すでに中を取り出したシリコン型を持って奥へと行ってしまう。その背中に首を傾げながらも虎徹も続いた。
「(参加するかどうか分からないのか…ならば仕方ないなぁ…)」
後に続く足音を聞きながらキースは小さな溜息を吐き出す。
この夏の祭典で憧れだったコスプレゾーンに行った際とても興奮を覚えたキースは、自分もやってみたいという願望を心に芽生えさせたのだ。けれど一人で飛び込んでいくのも躊躇を覚えるし、何より虎徹によく突っ込まれる「空気を読め」という言葉が引っかかる。当人としては普通にしているつもりなのだが、粗相を犯してしまいそうな予感にイマイチ踏み切れない。
「(…クイーンに相談しようかな)」
ぽん、と頭に浮かぶ人物に持ちかけてみれば妙案が出てくるかもしれない。
いや、出る。
妙な確信の元、これからの手順を頭の中で整理してもう一人くらい仲間に出来ないか、と折紙サイクロンを思い浮かべたのだった。
各々が個々に色々な思いを交差させる中、あらゆる意味で『ベテラン』な人物は冬の祭典に向けてのスケジュールを見つめながらにっこりと笑みを浮かべる。
「このくらいなら衣装作りも間に合いそうね」
その柔らかな笑みがキースと利害を一致させて魔女の笑みへと変貌を遂げるのはそう遠くはなかった。
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