ジャスティスタワーの一角。
 普段はあまり人の通りが少ない廊下で二つの影が折り重なっている。光の届かない一角で白いコートの裾を広げ、膝をついているのはスカイハイだ。傍らにマスクを置き、その素顔は闇の中に紛れている。そのすぐ前で這い蹲っているのは、青いヒーロースーツを剥ぎ取られ、腕と足くらいにしか残らない無残な姿のワイルドタイガーだ。猫が伸びをするように四つん這いになり腰だけ高く上げていた。

「んっ…ぁ…も、ぃいだろ?スカイハイ…」
「いいや。ダメだよ、ワイルド君。私はまだ怒っている」
「ぁう…!」

 常にない低い声で言い放つスカイハイが腰を揺らせば、タイガーの体がびくりと跳ね上がる。その上口から零れ落ちたのは甘い、甘い嬌声。膝を突いた足の間には白濁の混ざった水溜りだ出来ていた。

「あれほど言っていたのに…君は危ないことばかり…」
「ぅんっ…だっ…てぇ…ッ」
「言い訳は聞かないよ?私がどれほど胸を痛めて心配したのか…この体に教え込んであげよう」
「やっ!ぁああ!!」

 肉と肉のぶつかる音に混じって…ぐちゃり…と卑猥な水音。さらにタイガーの高い啼き声が放たれる。

「だめだよ、ワイルド君…そんなに大声を出しては皆に聞こえてしまう」
「だっ…たらっ…こん、なっ…とこでぇ…ッ」
「それは聞き入れられないな。私は今、君にお仕置をしているのだからね」
「んっ…ぁ…ぁう…!」

 具合を確かめるようにわざとゆっくりと引き抜いては絡みつく内壁を押し上げて最奥まで貫いていった。

「…イイよ…ワイルド君…よく締まって…きゅうきゅうと…絡み付いてくる…」
「…ゃあ、あぁっ…おっき…っ…」
「大きい方が好きだろう?こんなに美味しそうに咥え込んで…片時も離そうとしない…」
「ぃあぁ…っふ、かぁいぃぃ…っ」
「一番奥のココ…突き上げられるの…好きだろう?中が震えて悦んでいるじゃないか」
「んっ…んっ…す、きぃ…っ!」
「ぅん…いいこだ…たっぷり注いであげよう…」

 ラストスパートを掛けたスカイハイの突き上げにタイガーは何度も体を跳ね上げて、無意識に逃げ打つ体を逃がそうと床に爪を立てる。閉じることを忘れた口の端から唾液を垂れ流し、くらくらと霞む頭を振り乱して肩越しに後ろを振り返った。

「あっ…あっ…すか、ぃ、はいぃッ!」
「っワイルド、君…っ…」
「きっ…き、しゅ…してぇ…ッ!」
「っあぁ…可愛いオネダリだ…存分に味わいたまえっ」
「んぅっ…ッんんー!!!」

「ッあ〜〜〜!たぁまんねぇ!!!!!」

 表紙を閉じた途端、ボスッ!!!と枕に投げつけてしまった。そのまま、脇に置いてあったタオルに顔を埋めて余韻に耐えるようにベッドの上でゴロゴロと転がり回る。しばらくそのままでいたのだが…ようやく落ち着いたのか、徐に顔を上げると…そろり…と伸ばした指先で今しがた投げた『薄い本』を摘み上げる。

「…毎度のことながら描写が激しいのよねぇ…さすがは『部長』って感じだわ…」

 赤面したままに眉間へ皺を寄せてそう呟くのは、何を隠そう『隠れ腐女子』のカリーナだ。先日のイベントにて獲得した『戦利品』という名の『高価でぺらい本』を学校からの帰宅後に少しずつ読んでは堪能している。
 ただ、R指定の本であるのに何故読んでいるか?というと、本の作者である『部長と部下』に日頃の活躍ぶりに免じて目を瞑ってもらっているのである。その代わり、今後もヒーローTVできびきび働いてもらうわよ?と釘を刺されてしまった。……まぁ、彼女達にすれば「もし萌のエネルギー源である本を取り上げてコンディションを下げられては、視聴率に響く」といったところではあろうけれど。
 何はともあれ、こっそりと読み終わった『バイブル』の表紙をじっと見つめてカリーナは恍惚とした溜息を吐き出した。

「…あたしもいつかはこんな話書いてみたいなぁ…」

 この濃ゆ〜い世界に踏み入れるキッカケとなった作家。年齢制限に引っかかるものは買えないので全年齢向けを読んでいたが、高校に入ってから友達がこっそりとR指定の本を貸してくれるようになって、『部長と部下』が発行する本は全て読破していた。そして自分も執筆活動をするようになり、己の年齢のこともあってR指定にはなっていないのだが、いずれはこういった濃厚な話も書いてみたいと思っていた。
 心の中で勝手に『師匠』と格付けをしていた『部長』。初めてオフで出会ったのだが……

「…まさか…あの人だったなんてね…」

 今でも信じられない……と深い溜息を吐き出した。



 ぴちゃり…と響く粘着質な音に紛れて乱れた熱い吐息が吐き出される。壁際に座り込んだ影とその目の前に立つ影の二つがぴたりと寄り添っていた。座り込んだ方は腕を腰に絡みつかせて体の中心に顔を埋めている…それに対して立っている方は壁に両手を付いて震える膝に叱咤しながら必死に声を殺していた。

「…タイガー、殿…」
「ぅん?」
「っ…く…ぅ…そ、の…」
「ぷぁ…ん?イきそう?」
「は…はい…もぉ…」
「ん…いいぜ?口ん中に出して…」
「そっ…そんなっ…」
「…ん…いいって…出して?」
「っ…で、も…」
「いいから…犯してくれよ…俺の口…」
「…ったいがぁ…どの…っ…」
「んぅッ…ん、ぐ…」
「うっ…は、ぁ…あ…」

 ぞくぞくっと背筋を震わせて欲望が…タイガーの口の中へと吐き出される…あまりの熱さと量に眉を潜めながらも喉の奥へと流し込むと、震えていた体がようやく治まってくる。その様子を上目遣いで見上げて咥えたままだった雄を口から吐き出すと、表面に付いた唾液を丁寧に舐め上げていった。すると…つい今しがた欲望を吐き出してくたりと力を無くしていた楔の首がゆるりと持ち上がる。

「…タイ、ガ…殿…」
「…ん…元気だな…」
「…貴方…だから…」
「ふふ…いいぜ…」

 ぺろり…と舌なめずりをして見上げてくる貌は情欲に染まり潤んだ瞳が闇に紛れてきらりと光る。まるで夜に徘徊する肉食獣のようだ。目の前に立つ折紙サイクロンの腰から腕を解くと床に座り込んだまま両足をM字開脚にして熱く息を吐き出す。

「…ココに…そいつをぶちこんで…」
「っ…」

 そろり…と指が割り開いた秘めた場所に折紙の喉が鳴る…膝を突き体を重ね合わせるように沿わせると、剛直に育った楔をひくつく菊華に押し当てるとタイガーの手がそっと持ち上げて手伝ってくれる。

「…っぅ…は、ぁッ!」
「あぁう!!」

 ぐっと腰を突き出せば切っ先が体内へと飲み込まれていった。途端に締められる内壁に折紙のうめき声が零れ、タイガーの背が仰け反り嬌声がはじき出される。

「あっ…あ…ま、だ…ふとっ…くぅ…!」
「…きもちっ…いぃ…ッ」
「んっ…おれ、もっ…」
「たいがぁ…ど、の…」
「あ、んっ!い、ぃ!うごい、てっ」

 熱に浮かされた声で強請られるがままに揺さぶれば、腰にすらりとした足が絡みついてくる。その仕草がさらに折紙を煽ると知りながら…

「っあー!もぉッ!この妙に手馴れた大人に対して純粋な青少年…ったまらんなぁ〜」

 長い髪を適当に括り上げ、瓶底レンズに淵の太い眼鏡をした女が机の上に突っ伏す。机にはスタンドライトの他にパソコン、ペンタブ、高く積み上げられた薄い冊子。更に、机の横の棚にはスカイハイとワイルドタイガーのフィギュアが綺麗に並べ置かれ、可動式フィギュアに至っては、何故だかスカイハイがワイルドタイガーをお姫様抱っこしている状態で置かれていた。その上、可笑しな事に、ワイルドタイガーのフィギュアは旧スーツと新スーツとあるわけなのだが……新スーツの方はパーツを装備させず、アンダースーツの状態で飾られている。

「まったくもって…あの見た目からこんな濃厚なストーリーを仕上げてくるなんて…侮れないわねぇ…」

 今しがた途中まで読んでいた通称『薄い本』を両手で掴み、まじまじと表紙を見つめる。発行頻度の多いオールヒーローギャグのふんわりとしたミニキャラ画風とは打って変わって、その表紙は頭身のしっかりしたゲームキャラクターにでもいそうな画風だった。

「…その上この厚さ…ぺら本のはずなのに…これ一回の発行本重ねたら普通の単行本くらいあるんじゃないかしら…」

 思わず読んでいた本と、次に読むつもりのもう一冊の本を重ねればコミックくらいは軽くありそうだった。

「…アシスタントがいるっていっても…これをイベントごとに発行…とんでもないわね…あの子…」

 脳裏に浮かぶその姿は青年と少年の間を彷徨う幼さの抜けきらない姿だ。



 無事に犯罪者の確保を終えたヒーロー達。各々ヒーロースーツを脱いで各会社へと戻ったり、トレーニングの為にジムを訪れたりするのだが、その中でブルーローズは未だヒーロースーツに身を纏ったまま。誰もいない廊下をつかつかと突き進むがその手には黒のアンダースーツに包まれた細い腕が掴まれていた。

「っわ!?」
「……………」

 人気のない廊下を曲がった途端に壁へ押し付けられる。その上、顔のすぐ横に張り手の勢いで両手を突かれ大きな音にびくっと肩を竦めた。そろり…と閉じた瞳を開くと明らかに不機嫌顔のブルーローズ。

「あ…の…??」
「…前にも言ったよね?」

 何を怒らせるような事をしてしまっただろう…と困り顔で見上げていたワイルドタイガーはそろりと首を傾げてみる。すると、身を切るような冷たい声が返って来た。

「体に…傷をつけるな…って」
「や…でも…」
「でも…何?」
「その…か…かすり傷…だし…」

 そう言って視線を彷徨わせるタイガーの頬には絆創膏が貼り付けられている。ちょうど頬骨の辺り。
 現在、タイガーのヒーロースーツは装甲のあるスーツに変更された。しかし、マスクを上げる事が出来る為に、簡単に顔を外気に出す事が出来る。その隙を狙って攻撃を仕掛けられると、生身部分に当たる顔は装甲があっても役には立たないのだ。
 この頬骨の傷はまさにそうした隙を突かれた時の傷。持ち前の瞬発力でほんのかすり傷に終わったのだが……

「…ブルーローズ?」

 ワイルドタイガーの目の前に立つブルーローズの機嫌を損ねるには充分だったらしい。グローブを脱ぎ捨てた指でそっと頬を撫でる。

「…っ…!」

 まだ乾き切っていなかった傷は絆創膏の上からでも触られるとチリチリとした痛みを与える。ぴくっと肩を竦めると、柳眉が顰められた。

「…ヒーローを辞めろなんて言わない。だから…」
「ん…ぇ…?」
「…体を大切にしてほしい…」
「………」

 とても辛そうに歪む瞳の色にワイルドタイガーは息を呑む。間近で魅せられた貌に金縛りに遭ったように動けなかった。
 ただただ見つめ返すだけのワイルドタイガーに、ブルーローズは苦笑を漏らすと顔を近づける。

「!」

 寄せられる顔に強く瞳を閉じると、頬へ柔らかく温かな感触が押し当てられる。それはすぐに離れていき、ワイルドタイガーの瞳がそろりと開かれた。

「…ぁ…」
「……お願いだから…」

 とても切なげな声で囁かれた言葉は僅かに開いた唇に吹きかけられ、背筋を甘く震えさせる。壁にぴたりとくっついていた体を引き寄せるべく、腰に腕を回されてその温かな胸の中へと引き寄せられた。間近でかち合う2対の瞳。どこか熱を孕んだ瞳はどちらからともなく閉じられ、二人の影がぴたりと合わさった。

「…はぁぁぁ…」

 裏表紙を閉じた途端、口から長いため息のようなものが漏れていく。それは何か悩み事があるわけでもなく、恍惚としたものだ。
 畳が敷かれた部屋に正座をし、低い文机を前に座っている彼は今しがた戦利品達を読み終えたのだった。一冊読んでは次の本……と右から左へと積まれていった薄い本の山は一つではきかなかったりする。どの本も彼の贔屓しているサークルのものなのだが、その中でも『甘酸っぱい恋愛街道まっしぐら』な展開を続けている『薔薇♀虎』をたった今読み終えた。

「…言葉にしなくても想い合う…素敵だなぁ…」

 あまり話すのを得意としない彼、イワン・カレリンは同じ人に恋をしている『執筆者』を思い浮かべて感心してしまう。同じように薄い本へ想いと妄想と夢(?)を描き殴っているわけなのだが、『体の繋がり』を求めてしまう『即物的』な自分に対して、『彼女』は『心の繋がり』を大事にする。男と女の違い、というのもあるかもしれないのだが。
 けれど、発行される本には毎回『胸きゅん』を与えられ、読み終わるといつもほっこりした気分になる。今まさにその状態。
 もう一度長く息を吐き出して余韻を楽しんだ後、そそくさと本の山に積み上げる。すると、次に読みかかる表紙を見つめた。

「・・・・・」

 表紙に描かれているのは…あられもない姿の『憧れの人』。支配欲のそそられる格好は生唾もので、僅かに開かれた唇も、アイパッチから覗く琥珀の瞳もぞくりとするほど欲情を駆り立てられる。

「………さすが……の一言だなぁ」


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