果てしなくギャグ風味です。
キャラクター崩壊に注意!
目的の場所へと最短距離を突っ切るつもりだったのだが…途中で人が密集し過ぎている為に通り抜ける事の叶わない通路があった。仕方ないので少し遠回りになるが、一旦戻ってぐるりと壁際を周り、反対側から行こう、という事になる。
二人きりの時間が増える分、『撫子』は浮かれていたのだが…
フロアの入り口付近で事態が一変してしまった。
「…お、っと…」
「あ…失、礼……ッ!?」
「ッ!!!」
ちょうどお手洗いの入り口で人とぶつかってしまった。反射的に腕を伸ばしてふらりと傾く女性の腕を引くと、彼女はすぐさま体勢を立て直してくれる。そんな光景を虎徹の体の影から見ていた『撫子』は息を呑んだ。それは…体勢を立て直した『美女』の方も同じで…足元の確認をして上げた顔がとてつもなく驚きに満ちている。
「わりっ、大丈夫ですか?」
「あ、え、えぇ…すいません、余所見をしていて」
「いやいや、こっちこそふらふらしてたんで…」
気遣う虎徹の声に我に返っただろう『美女』は『営業スマイル』を浮かべて難なく切り抜ける。虎徹よりも少し高いその女性の視界からなるたけ逃れようと、『撫子』はこっそり虎徹の背へと移動した。けれど、迷子防止に…と繋がれたままの手が虎徹に違和感を与えてしまったようだ。
「…っ…っ…!!!」
「ん?どうした?」
「(はっ、話しかけないでーッ!!!)ッ!」
身長の差もあって死角に入ったはずの『撫子』に視線が集中してしまった。出来るだけ顔を上げないように、としているとますます不思議に思ったのか、虎徹が窺う様に顔を覗き込んでくる。するとそんな彼の態度に『美女』は纏う空気の温度を急激に下げてしまった。
「(ひぃ〜っ!!!)」
「暑さに具合が悪くなったか?」
「(近すぎですッたいがぁさぁぁぁぁぁんッ!)」
さらに顔を近づけてくる虎徹に『撫子』はぐんぐん下がる空気の温度と…鼻をくすぐる柚子の香りにぶんぶんと首を横に振って、言葉の代わりにした。
「そうか?」
「はっはいっ…そ、そのっ…あまりに綺麗な方なのでっ…緊張してっ…」
「ん〜…?」
「え?」
「あぁ…なるほど…」
変に勘繰られる前に何とか理由らしい理由をこじつけると、納得したようだ。目の前に立つ『美女』へと視線を移してしまった。すると、そのまま動かなくなってしまう。やけに真剣な表情でじっと見つめて来る瞳に、珍しくたじろぐ『美女』の『営業スマイル』が少し崩れかかっている。
「もしかして…」
「…え…?」
「あんた、モデルさんだろ」
「……………………」
「……………………」
「……………………は、い?」
虎徹の意外過ぎる言葉に『美女』のみにならず、『撫子』までも言葉を失いぽかん、と呆けてしまった。そんな二人の反応を気に留めることなく、一人で頷いて納得してみせる。
「そうだろ、そうだろ」
「え…あの…」
「それだけの身長に体型、極め付けは整った顔!」
「…は…はぁ…」
「ファッションショーとかでモデルしててもおかしくねぇもんな」
「えぇ…まぁ…そうですね…写真を撮られる事が多いですかね」
「………」
もちろんこの『美女』がモデル出ない事を『撫子』は知っているのだが…あながち間違いでもないなぁ…と思わず納得してしまった。
……しかし…そんな悠長な事を考えている場合ではなかった。
「………?」
ふと視線に気づくと…『美女』が微笑みながら当たり障りのない会話を完璧な『設定』の上で交わしているのだが…その翡翠の瞳がじっとこちらを見つめている。どこか疑わしげなキツイ視線に…もしかしてばれた?…と思わず握り締めた手に縋りつつ、更に虎徹の背中へと隠れて行った。
「・・・・・」
そんな『撫子』の行動が『美女』の静かな怒りを…じわりじわり…炙る様に…ゆっくりと頂点に押し上げている事に誰も気づかなかった。
掲示板:おまいら夏の祭典を実況しやがれ>>
−大事件発生
−何事?
−続きを全裸待機
−兎虎のネ申の職業を小耳に挟んだ>モデル
−gj
−マジかwww
−今日のイベにご本人降臨してたのかッウラヤマシス!
−容姿kwsk
−金髪長身スレンダーな美女
−ナニソレ 女ネ申
−同人作家だから残念美人だろwww
−つか何情報だ?>モデル
−フロアの片隅で話しているところを通りかかった
−私も通った けどなんだか昼ドラチックな雰囲気だった
−なぜ?>昼ドラ
−ネ申が美少女と一人のメンズ挟んでにこやかながら冷気を発生させてた
−微笑む顔が綺麗過ぎてテラ怖ス
−リアル/ト/ラ/イ/ア/ン/グ/ラ/ー
−ktkr
−どこに行けば拝めますか?
−美少女kwsk
−黒髪ちびっ子清純派
−ネ申とは正反対な見た目
−男よ 俺とソコを代われ
−美女サンド テラ羨ましす
・
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「…なんじゃそりゃ…」
午後になると、客足が落ち着いてくる。そんなスペースの中で椅子に腰掛け遅い昼食を口に運んでいた『ロゼ』はぽつりと呟いた。突発コピー本の製本もすべて終わり、人の波も粗方落ち着いたので『狩り』の為に腹ごしらえをしつつ携帯を弄っていたのだ。この食事が終わればタイミングを見計らって『狩り』にいくつもりである。時間を一分一秒無駄にしない為、念入りに会場地図に目当てのサークルを印付けてどう回るかも入念に書き込んでいた。
その前に現在の開場情報が少しでも分かる掲示板を覗いていたのだが…ついさきほど首を捻らざるをえない書き込みが出てきた。『兎虎のネ申』というのだから…十中八九…間違いなく『マダムラビ』のはずだ。
「ん〜…でもこの目撃情報と時間からして…今『マダム』は留守って事よね…」
目当ての大手サークルの作家がまさかあのライバルとも言える人物だとは思わなかった。が…しかしここは同人イベント。例え誰が描いていようがペラ本はペラ本…ときっちりオンオフを使い分けた『ロゼ』は食べかけのサンドイッチを口に放り込むといそいそと出かける準備を開始する。
「ごめん、ちょっと『狩り』に行ってくるわ」
「ん、りょうか〜い。気を付けて行ってきてねぇ〜」
先に『狩り』を済ませた友達に言い残すとそそくさ旅立った。
「(あ…ついでに『撫子』に声かけてこようかしら…忙しいようなら代わりに買いに行くのもいいし…だったら『部長』の方も声かけてみよう…)」
片手に握り締めた地図には、この二人のサークルもしっかり印を付けてあるので『狩り』ついでに声をかければいい…と『ロゼ』は1人頷くと颯爽と歩き始めた。
「…あの…」
「ん?」
「失礼な事を聞くかもしれないんですけど…
こちらの方は…娘さんですか?
(虎徹さんの娘さんならば黒髪で間違いないけれど…この顔…どこかで見たような…)」
「うん?」
「〜っ」
頭の中でぐるぐると考えていることをおくびにも表には出さず…『美女』の白い手でそっと示されたのはほとんど虎徹の影に隠れた『撫子』。今、擬態している為に実年齢よりもさらに幼くなっているので『虎徹の娘』とさほど変わらないはずだ。分かってはいるのだけれど…面と向かって言われるとやはり悲しい思いが胸を過る。それでも負けずにじっと見つめ返していると、くいっと手が引かれた。
「わっ…」
「この子は俺の娘じゃないよ」
そう言われながら、引かれるままに足をよたよたと動かすと最終的に腕の中へと抱きこまれてしまった。手を繋いだままだから自然と腕が回された状態になってしまい、一気に顔が熱くなってしまう。
「〜〜〜ッ!?」
「年齢の差は激しいけど…『恋人』…だったりなんかして」
「「ッ!!!!!」」
するり、と虎徹の口から出てきた言葉に『美女二人』は目を見開いてしまう。あまりの衝撃で、一気に汗が噴き出してきた。…ただし…各々、噴き出る理由が正反対ではあるが…
片や冷や汗…片や興奮からの汗…だらだらと流れているにも関わらず、虎徹が全く気付かないのは完璧なポーカーフェイスを貫いているからだ。
「まぁ…その…ぶつかってホントに申し訳なかった」
「あ、い、いいぇ…」
「それじゃ、行こうか」
「は…い…っ」
手を引かれて歩きだす虎徹に…腰を抜かしそうな衝撃を何とかやり過ごした『撫子』が必死についていく。その後ろ姿を残された『美女』は…しばし唖然とした後…通りすがりの人間が短い悲鳴を上げてしまう…誰もが近寄りがたいメデューサの形相で見送っていたのだった。
「………ごめんな?」
「え?」
そんな背後事情を全く知らない二人はフロアの角を曲がったところで立ち止まった。ぽつりと言葉を零しつつ目指す位置を背伸びしながら確認している虎徹を、首を傾げつつ見上げる。
「『恋人』とか言っちゃって」
「あ…いえ!その…嬉しかったです、から…っ」
「…そっか…」
正体を知らないとはいえ…まさか愛する人から『恋人』発言されるとは思ってもみなかった。人生最大のサプライズと言っていいだろう。顔を赤くしかながら正直に感想を言うと、虎徹もほっとしたような笑みを浮かべてくれる。
「ちょっと…お節介だったかなぁ…って思っちゃってさ」
「お節介…ですか?」
「や…だって、ほら…こんなおじさんと『恋人繋ぎ』したいなんて…
よっぽど苦しい恋愛してんのかなぁ…とかって…勝手に考えちゃって…」
「…はい…」
「ちょっとの間だけでも『恋人』気分味わってもらえたらなぁ…なんて」
「……ありがとうございます…」
しどろもどろな説明に『撫子』は満面の笑みを返す。実現しないだろうと半ば諦めていた事をさせてもらっているのだ。嬉しくないわけがない。
そんな『撫子』の気持ちが伝わったのだろう、虎徹もにこにことしていた。
「私…今片思い中なんです」
「お?マジで?」
「おっしゃる通り、その方との差があり過ぎて苦しい恋愛なんですけど…」
「うん」
「おかげで勇気が持てました」
「そっか。良かった」
「だって私…まだまだ成長しますもん」
「うんうん。」
「目指すは相手を抱き締める事ッ」
「え?抱き締めるの?」
「はい!がっちり完全ホールドです!」
「おぉ、そっかそっか。頑張れよ」
「はい!」
ぽんぽん、と頭を優しく叩いて励ましてくれる虎徹に『撫子』は頬を染めつつ頷いた。そうして向かう方向が定まったのか再び歩き出した。
「おぉ〜っし…とうちゃぁ〜く。」
「…あ…」
人の波を擦り抜けて到着した場所はアクセサリーや、コスプレの小道具などを扱うエリアだった。さっき三人が話していた『クイーン』のスペース。
どんな人だろう?と顔を上げて…固まってしまった。
「はぁい、待ってたわよぉ〜」
「ッ!?」
ようやくたどり着いたスペースで待ち受けていたのは、色黒の肌にいつものピンクルージュを塗り、ふっさふさの睫毛を忙しなく瞬かせる巨漢だった。 否、巨漢…というには服装が合致していない。
何せ、コルセットのような形のレース張りビスチェにサテンのタイトスカート、いつもよりもさらに高くなった身長からおそらく高いソールのヒールをお召しになっているだろう。さらにいつもは剃り込み入った頭をしているが…目の前にいる彼女(仮)は肩で切りそろえた目映いシルバーブロンドがさらりと揺れていた。
だがしかし…否、しかし…この顔はどう見ても『ネイサン・シーモア』…その人だ。
「…って…あらやだ。とっても可愛いじゃなぁい」
「だろぉ?これがあのごっつい二人組みのとこにいたんだけど…アントンが並ぶとまさに『美女と野獣』だったぜ」
「でしょおねぇ〜」
カラカラと笑い合う二人はとても楽しげなのだが…『撫子』の方はそうもいかなかった。ヒーローメンバーの中でもとんでもなく鋭い感覚を持つネイサンにこんなところで会うとは思ってもみなかった。それどころか、イベントにサークル参加しているなど微塵も考えたことはなかったのだ。擬態しているからばれないとは思うが…未だに繋いだままの手のこともあって背筋を伝う汗が尋常ではない。
「なぁんて言って…あんたが並んでも『美女と野獣』に見えるわよ?」
「なっ!?心外だなぁ」
「あら?『援助交際のカップル』って方がよかったかしら?」
「『美女と野獣』で結構デス。」
などといつもと変わらないやり取りが繰り広げられている。なんとか引きつりそうになる顔を必死に抑えて立ち続けていた。
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