「お、テツもやってくれてんのか」
スペースに出来ていた人だかりが落ち着きを見せた頃、ようやくアントニオが戻ってきた。お客が引き、段ボールの中を三人して覗き込んで在庫の確認をしていると、遥か頭上から声が落ちてきたので見上げると、かなり清々しい表情をしている。
「あ、おかえりなさい」
「おぅ。」
「おかえり、そしてどちらへ?」
「ちょっと、トイレにな」
「こんな可愛い子に任せてトイレだぁ?」
「仕方ねぇだろ?そろそろ帰ってくるかと思えば全く戻ってくる気配もねぇし…
ギリギリまで耐えてたとこにこの子が声をかけて助けてくれたんだ」
「だからって…すっげぇ人数の客がいる時に行かなくてもよぉ…」
「うん?俺が出た時は全くいなかったぞ?」
「それは…その…私のせいかと…」
何をのんきな…と呆れた顔をする虎徹に首を傾げるアントニオ…忙しい書き入れ時にふらふらして…と少し責めるような言われ方になっている状況に『撫子』は口を挟んだ。
「どういう事だい?」
「まさか出店みたいに呼び込みしてたわけじゃないだろ?」
「あの…見本の配置を勝手に変えて…終わったと思ったらすごい人だかりが出来てきて…」
「「「…配置…」」」
彼女の言葉に三人揃って机の上を見やると、確かに離れた時とは違う並び方になっている。
「ヒーローごとに並べてあったんですが…各シリーズごとの方が…見ごたえがあるというか…見てて楽しいというか…」
「ふむ。」
「なるほどなぁ…」
「買い手の目線、だな。」
『見てて楽しい=自分の手元にも欲しい』と言う風に直結する、とは断言し難いが…買いたいと思うきっかけにはなる。スペースの主である二人は納得の色を深く表して何度も頷いた。
と、おもむろにキースの手が『撫子』の目の前へと差し出される。
「え?えと…」
手の形からして握手かな…とそっと手を重ねると、思った通り…握手するべくきゅっと握られた。
「ありがとう、そしてとても勉強になった!」
「あ、い、いいえ…そんな…」
ぶんぶん、と勢い良く握手されて小さな『撫子』の体はがくがくと揺れてしまう。その横でアントニオは携帯を弄り、何か打ちこんでいた。それもすぐに終わり、アントニオもキースと同じように手を差し出す。
「俺からも礼を言わせてくれ」
「いえ…あの…お役に立てて良かったです…」
「それでだな。今日の分をちょっとまけさせてもらうよ」
「えっ…えぇ!?」
「作り手の感覚しか持っていなかった俺達へのアドバイス料だと思ってくれればいい」
「そそそそそんなっ…」
たいそれた話の展開についていけず『撫子』はあわあわと慌てだした。そんな彼女をそっちのけに『兄弟』はさくさくと新作を一通り詰めて他に何か所望するマスコットがないか聞いてくる。どうしたものか…と心の底から焦っていると、ぽん、と頭に手が乗せられた。
「大の大人がアドバイス料をくれるってんだから遠慮なく受け取っておきなさいな」
「…あ…は、ぁ…」
見上げると虎徹の満面の笑みが向けられ、頭をよしよし、と撫でられる。気恥しくなるその動作に『撫子』はもじもじと俯いた。
「あ…の…じゃあ…妹の分も…もらいたいので…」
『撫子』の言う『妹』というのはもちろんホァンのことである。そんなわけで、ドラゴンキッドをもう一つ追加してもらうことにして会計をしてもらった。少しまける…と言った割に結局は総額の半額ほどの値段で買わせてもらう事になる。
…申し訳ないなぁ…と思っていると、座り込んだままのアントニオが手を合わせて頭を下げてきた。
「え?え??」
「アドバイスついでにメルアドを教えてくれないか?」
「え?なに?こんなとこでナンパ?」
「んなわけねぇだろ」
「ならば…どういう?」
「今後のシリーズについて案が欲しくてな…買い手側の欲しいものっていうのか…」
「あぁ…そうだね…いつも捻りだしている状況だからね…
相談しようにも私達二人ではどうしても偏ってしまうし…」
「あ、そういう事でしたら。喜んで」
「ありがとう!」
「ありがとう!そしてよろしくお願します!」
持っていた手提げのカバンからメモ用紙を取り出すと、サラサラっと書き込んで手渡す。その光景を「こうして人の輪が広がるんだなぁ…」などとぼんやり眺めていた虎徹の肩に、アントニオの大きな手が乗っかる。
「………うん?」
「テツ、悪いが使われてくれ」
「は??」
「さっき『クイーン』のところにメールを送ってな」
「…くいーん…?」
「あ〜…ははぁん…俺が選んでやってくれ、と?」
「そういう事だ」
長年の付き合いというのは多くを語らずも分かり合ってしまうものらしい。ひたすら首を傾げる『撫子』としばらく腕組みをして考え込んでいたキース…
キースの方は内容が分かったらしく、手を叩いていた。
「虎徹君!私からもぜひとも頼むよ!」
「はいはい、まっかせなさい☆」
「今度お前にゃ埋め合わせをしてやるよ」
「もちろん、私もだ!」
「お、じゃあ次の飲みでおごってもらおうかな」
「おう、構わねぇぞ」
「了解した!そして承った!」
「んじゃ、いってくら〜」
「え?…え、と…??」
『撫子』には分からないままに話はまとまってしまい、どこかに連れて行かれるらしく、軽く肩を叩いて急かされる。マスコットの入った紙袋を虎徹が受け取ってしまい、もう大人しくついていくしかなかった。スペースの中から嬉々として送り出してくれる二人に軽く会釈して前を歩く虎徹の後をちょこちょことついていく。
「手、繋ごうか?」
「…え?」
「いや、今から結構人の多いとこ突っ切っていくことになるから…はぐれちまわないように、ってさ」
「あ…そう、ですね…」
目の前に差し出された手をじっと見つめる。
「(…タイガーさんと手を繋ぐ?)」
「………」
「(…タイガーさんと…手を繋いで…歩き回り…しかも…誰も邪魔をする人がいない…二人きり…二人…きり?)」
「?」
「ッ!(オタイベデートかッ!!!!!)」
「?????」
俯き加減で見られる事はなかったが…ぐるぐると思考を巡らせた結果、辿り着いた単語にイワンは目をくわっと見開いてしまっていた。
一方…差し出した手を見たまま固まってしまった少女に虎徹はどうしたものか…と首を捻る。もしかしてこれもセクハラに入るのかも…とよく話をする機会が増えてきた現役女子高生の言葉が頭を過った。笑って誤魔化して引っ込めようか…と考えを巡らせていると、ぱっと顔を上げられる。
「あっ、あの!お願いがあります!」
「うん??」
掲示板:おまいら夏の祭典を実況しやがれ>>
−年の差カッポーはけーん
−恋人繋ぎしてやがる
−イベント会場でデートとかwwwww
−いちゃいちゃかwww
−リア充は爆発しろ
−年の差ってどのくらい?
−食い付いたしwww
−軽く一周りはあるだろ、アレ
−どっちが上?姉さん女房か?
−や、男が上
−芸能人かwww
−まさかwww
−でも男の右側に女がいる
−え?逆じゃね?
−や、マジマジ。左で紙袋提げてるし
−おいおい、男が護られる側か
−儚げに見せかけて強いのかあの女
−かなり小さいぜ?>女
−女に見せかけて男の娘とかか?
−え?なにそれ、ぷめぇ
−男の娘×年上男マジ萌える
−可愛い見た目で攻めとかwww
−さらに身長が低いの攻めか…萌えるぢゃないか
−年下攻め滾る
−生き生きした表情してるしな>女(仮)
−マジかwww
−むしろ男がちょっと照れ気味な雰囲気 かわゆすwww
−おいおい男の娘攻め確定か?wwwww
・
・
・
・
・
「……………」
「どうかしたんですか?『マダム』」
「え?あぁ、すいません。掲示板に気になる書き込みがあって…」
大手サークルのスペース内で…『マダム』こと、バーナビーはモバイルパソコンを開いていた。ついさきほどまで売り子の手伝いをしていたのだが、人の波も落ち着き休憩がてらネット接続をしていたのだが…少し見ない内に気になる書き込みが書かれていて思わず眉を顰めてしまった。その表情に気付いたのだろう…売り子の女の子が首を傾げるので見える様に少し傾けると、「見てもいい」と正確に判断してくれたらしく、覗きこんでくる。
「…まぁ…年下攻めですか」
「えぇ…私としても好物ではあるのですが…(…僕がおじさんを攻略中ですからね…)」
「ん〜…あぁ、そうですよね。兎虎も年下攻めですものね」
「えぇ。(近々美味しく頂く予定ですから…今まで作り溜めた二次製作もリアルにこなしてみせましょう)」
「タイガーが見た目若いから忘れそうになっちゃいます」
ナチュラルな腐女トークを朗らかな笑みで繰り広げながら腹の中では全くもって物騒な事を考えているとは億尾にも出さず…『マダム』は笑みを浮かべ続けていた。
「あ〜…でも…男の娘ですかぁ…」
「実際はどうか分からないですけれどね?」
「普通に女の子かもしれないですものね?…けど…」
「うん?」
「男の娘攻めも美味しいなぁって思いますよ?」
「…そう…ですか?」
「なんていうんですかね…
普段はちっさくて可愛い可愛いって思ってても…
ベッドの上じゃ豹変しちゃうとか…」
「…は…はぁ…」
「草食系に見せかけての肉食系とか…萌〜って思いますぅ」
そう言って語り始める彼女の表情は幾分輝きを増している。腐女子と呼ばれるお嬢様方の想像力は逞しいな…とバーナビーは思わず感心してしまったのだった。
一方…噂の的になっている事を知らずに移動を続ける二人は人ごみを擦り抜けて目的の場所へと歩き続けていた。とはいえ、人を避けつつ、通路を譲りつつ…としているのでなかなか辿り着かない。
けれど…『撫子』は辿り着かなければ着かないほど至福の時を味わっていた。
世間でどう言われていようと…虎徹(タイガー)は『撫子』(イワン)の愛するヒーローだ。そんな彼を独り占めして…その上『恋人同士』のように手を繋ぎあわさせてもらっている。
彼はヒーローの面々にとても人気があって…こんなチャンス滅多とない。
先々で…もっと成長して今より強く、逞しく…頼りになる男になれば今のような手の繋ぎ方を出来る関係になれるかもしれない。と、頑張っているのだが…まさかこんな早くに機会が訪れるとは思わなかった。
そんな状況を悦ばずになんとする?
「………」
ほくほくと嬉しそうな笑みを浮かべる『撫子』の表情をちらりと盗み見て虎徹は小さくため息を零していた。
ただ手を繋ぐだけだったらまだしも…今しているのは世間で言うところの『恋人繋ぎ』。いちゃいちゃらぶらぶな若いカップルならまだしも…片や萎びたおじさん。『援助交際』だなんて思われたりしないだろうか…と余計な心配が浮かび上がってくる。
−「こんな機会っ…二度とないので!」
…と、必死かつきっぱり言い切った彼女を虎徹は思い出す。してる事はらぶらぶカップルのする事…けれど…あの剣幕からまるで恋人とする事は叶わないのだ…と言っているように感じた。
「(もしかして…すっげぇ不毛な恋愛でもしてんのかねぇ…)」
思わず切ない気持ちになりながら更に移動を続けるのだった。
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