隣のフロアの一角で…黒髪の少女は一つのスペースの前にてキラキラと顔を輝かせていた。
机の上に所狭しと展示されているミニキャラ化させたヒーロー達のマスコットを見て『撫子』ことイワンは頬を緩めていた。
実を言うとROCK&WIND兄弟のサークルに来るのは初めてではない。そして誰がこのマスコット達を作っているのかももちろん知っているのだが、相手は『撫子』の正体を知らずにいる。というのも、イワンが完璧な擬態能力で別人に成りすましているからだ。
けれど、いつもこのスペースに来ると結構人集りが出来ていてなかなかじっくりと選ぶ事が出来ずにいた。……………なのに、今日は珍しく人はおらず、初めてと言っていいほどじっくり、心行くまで眺め回して選び続けている。
「(あ!タイガーさんの新作!うわぁ…ちっちゃいのに格好いいなぁ…あ、旧スーツの方も復刻して…え!?これもしかして旧スーツの新しいタイプじゃ…ヒーロー全員の新作も追加されてるっ…わ!わ!ファイヤーエンブレムさんの炎がスケルトンタイプでっ…ブルーローズさんの氷も透けてて綺麗!わぁ〜!ドラゴンキッドさんの雷まで!これは絶対に買って行ってあげないとっ…)」
興奮気味に…あれと…これと…と三頭身のヒーローを見つめていると…ふと気になった。一人齧り付き状態で見させてもらっているのだが…ちっとも人が寄ってこない。不思議に思って回りをちらり…と見ると、買いに来たいような雰囲気の人は何人かいるのだが…皆遠巻きにしてちっとも近づいてこない。
何があるのだろうか?…と首を傾げつつ顔を上げてみると…『兄』こと、アントニオが般若の形相で立っている。いつもならば売り子は『弟』、キースが主に担当していて、買ってくれた人に対して恥ずかしげににこやかな笑みで送り出している事が多かった。けれど、今、スペースの中を覗いてみてもキースの姿は見当たらず…アントニオ一人だけだ。店番が不慣れな為に緊張をして…というには…少々…いや、だいぶ危機感にかられているように見える。
「あ…あの…」
「お、おう!決まりましたかい!?」
そっと話しかけると無理矢理笑みを作ろうとしているのだろうが…ますます酷い形相になってしまっている。これは…なにか事情があるな…と感づいたイワンはこてん、と首を傾げた。
「…どこか…体調が悪かったりしてませんか?」
「え??!」
「顔色が良くない様に見えますし…脂汗まで滲み出て来ているみたいですし…」
観察すればするほど取り繕えなくなっていくアントニオにイワンは心の底から心配になってきた。へなりと眉を下げて見上げると、彼はしばし口をぱくぱくと動かしていたがついにがっくりと項垂れてしまう。急な変化にぱちくりと瞬いていると、その巨体が小刻みに震えている事に気がついた。
「…と…」
「は…はい?」
「…トイレに…行きたいんだっ…」
「…は…?」
ぶるぶると震える男の口から出てきた答えはあまりにも間の抜けたもので…思わず唖然としてしまう。
「弟の奴がっ…そろそろ帰ってくるはずなんだが…なかなかっ…戻ってこな…っ」
「あ…なるほど…でしたら…貴重品を持って、大き目の紙に『しばらく離れています』って書いておけば…」
「…紙が…ないんだっ…」
「………そう…でしたか…」
スペースに誰もいなくなるのはマズイ、と考えているのかと思えば、訪れるであろうお客さんに向けてのメッセージを残せないので我慢をしていたようだ。
「あの…もしよろしければ…ぼく…あ、いや…私が店番をしましょうか?」
「…え…?」
「私、こう見えてもサークル参加歴長いんですよ?」
「ほ…本当に…?」
「はい。あまり我慢し過ぎますと『兄』さんの体調に関わります。
さ、早く行ってください。ここは私にお任せあれ!」
いつになく強気で胸を、どん、と叩ききりっとした笑みを浮かべれば、アントニオの表情が徐々に解れていく。大きな両手が伸びてくると拳を作った手をガシッと掴み取られた。
「す、すまないが!よろしく頼む!」
「はい!」
「では!行ってくる!」
「はい!お気をつけて!」
たかがトイレに行くだけのはずなのに…何やら大層な展開になってしまっている。それほど限界に近かった…というこのなのだろうか?簡単にどこに何を置いてあるのかを説明するとアントニオは前かがみになりながらお手洗いへと旅立っていった。
スペースにぽつりと残されたイワンは…今さらながら軽く請負過ぎた…と冷や汗を浮かべていた。単なる売買だけで済めばいいのだが…いや、むしろ済んでくれ…と心の底から願う。
「(…それにしても…)」
スペースの中…マスコットを並べた机の下をちらりと眺めると、種類ごとに箱に詰められ、しかも開けた蓋の部分に誰のどのタイプのマスコットが入っているかを事細かに書き込まれている。その中にはもちろん、マスコットが入っているのだが…個々にクリアバックでラッピングされ、袋の口を締めるリボンも各ヒーローのイメージカラーを使う気の遣いよう…さすがだなぁ…と思わず感心してしまう。
「………」
どれがどのくらいあるのかちょこちょこと箱の中を覗いて確認すると、今度は陳列されているマスコットを覗きこんだ。見本用ということでラッピングはされていないのだが…イワンが気になったのはそこではない。
「(今日の新作が…ここに…そっちにも…あ、あそこにも置いてある…)」
このサークルの常連客であるイワンは、どのマスコットがいつのイベントに出されたものかをすべて把握していた。何せ、マスコットを飾ってある部屋の棚には各イベントごとにケースへ飾り付けて並べてあるのだ。
「(…ヒーロー別で並んでるのか…)」
どこに誰のマスコットがある…と把握していると、その並べ方に気がついた。
確かにヒーロー別で並べれば、個別萌をしている人には見やすいかもしれない。…けれど…とイワンは考える。
作られるマスコットはイベントごとに取っているポージングの違う新作をシリーズとして出している。例えば、この夏の祭典では『戦うヒーローシリーズ』…前回の春の祭典ならば『お色気ヒーローシリーズ』。そのまた前の冬の祭典ではバレンタインが近かった事もあって、『ヒーローからのチョコシリーズ』。
ちまキャラでありながら、持ってる小道具やポーズに至るまで細かな芸の光るマスコットは、各ヒーローごとで見るのも楽しいかもしれない…けれど…どちらかというと同じシリーズ内で各ヒーローのポーズの違いを見比べる方が楽しかったりする。
今回のマスコットで見比べるなら…
氷のお立ち台の上で銃を構えているブルーローズ…空中に飛んでいながら両腕をいっぱいに広げて自分を核とした竜巻を起こすスカイハイ…勇ましい仁王立ちでフレイムアローを構えるファイヤーエンブレム…棍を振りおろしながら稲妻を発生させているドラゴンキッド…巨大な瓦礫を持ち上げるロックバイソン…クリアパーツの光で尾を引かせながらキックを決めるバーナビー…同じく光の尾を引かせながらパンチを決めるワイルドタイガー…
これだけでも十分だというのに、各マスコットに折紙サイクロンが見切れているヴァージョンも存在している。
まさにため息が漏れ出る完璧さだ。
前回の『お色気シリーズ』でも…ちまキャラでどうやってお色気を再現するんだ?…と疑問に思ったが…ノリノリといった表情のブルーローズとファイヤーエンブレムは言わずもがな…体育座りで上目遣いに恥ずかしげなドラゴンキッドを見た時は「まさにお色気!」と感激していた。他のヒーローも筋肉自慢かの如くマッスルポーズを各々に決めていて可愛いながらにも格好よかったのだ。
そんなわけで…イワンとしては各シリーズごとに並んでいて欲しいと願ってしまう。
「…う〜ん…」
しばし睨めっこをして…
「…アントニオさんが帰ってきたら戻そう…」
うんうん…と一人頷いて勝手に動かすことに少々罪悪感を感じつつ、配置を動かしていった。
「いやぁ…最近の若者は器用だねぇ?」
「あぁ。創作意欲がすごいのだろう」
「っつか…スカイハイのマスクとか…すっげ凝ってたじゃん…」
「中からちゃんと回りを見る事が出来たしね?
それにワイルドタイガーの旧スーツをしている人を間近で見れるとは思わなかったよ」
「いやぁ…もう…恐れ入りました」
ハロウィンの仮装パーティーと言うには豪華過ぎるコスゾーンから出てきた二人は興奮気味だった。元々行ってみたいと言っていたキースはもとより…虎徹も初めて訪れた場所に自分の旧スーツを自作で着ている人がいるとは思ってもみなかったのだ。
しかもちょっと話してみると、今の新しいのより旧の方が好みだと聞いてしまい余りの嬉しさに泣き崩れそうになった。
…とはいえ…虎徹は知らないだけなのだ。彼女達の言葉の裏に隠された萌という名の欲望を。
一例を上げるなら…
・卑猥な体の起伏がよくわかる
・破る光景を想像するだけで身悶える
・着エロにもってこいだよね
といった感じだろうか。
知れば地獄、知らぬが仏…本音を綺麗に包み隠してしまうお嬢様方に感謝だ。
そんな意気揚々とした雰囲気の二人は並んでキースの所属するサークルのスペースであるフロアに戻ってきた。すると、スペースがある辺りに人だかりが出来ている。
「おや?」
「ん〜?なぁんか大盛況になってないか?」
「うん…そうだね…兄1人の時にあれほどの人集りが出来ているのは初めて見るよ…」
「早く戻った方がいいんじゃね?」
「うむ、確かに。」
「商品出しくらいなら手伝おうか?」
「ありがとう、そしてありがとう!」
少し歩行速度を速めた二人は人だかりの出来ているスペースの中へと入り込んでいく。
「今戻った、そしてお待たせした!」
「…あ…」
爽やかな風とともに微笑みかけたのはお客の対応をしている人物だ。もちろん『兄』(アントニオ)であるはずなのだが…そこには見知らぬ黒髪の少女がきょとんとした顔をして固まっている。
「おや?」
「あ、あ、あの…っ」
「どうかしたのか?」
「ぁわわわわわ…」
突然固まってしまった二人に、虎徹はキースの後ろから様子を覗きこんでくる。お客はというとそんなやり取りを唖然と見守るしかなかった。
そんな状況の中、イワンは冷や汗をどっと噴き出している。『弟』であるキースがいることには全く疑問は湧かない。否、いて当然だから驚くわけがないのだが…問題は虎徹だ。こんな場所にいるはずのない人物を目の前に「何故?どうして?」とグルグル目を回し始めた。
「大変だ、虎徹くん」
「うん?」
「『兄』が可憐な少女になってしまった」
天然炸裂なその言葉に思わず噴き出すお客。一方、慣れた虎徹とイワンはというと首を傾げていた。
「んなわけあるかっつの。」
「いや、しかし…」
「だいたいな?あいつがこんな愛らしい浴衣を持ってるわけないだろ?
着付けも出来ないだろうし…それにだな、見るのが好きでも着るのが好きとは限らないだろう?」
「はっ…なるほど!」
「はいはい、納得したならきびきび働く!この蒸し暑い中、お客様を蔑ろにしてんじゃないよ?売り子諸君よ。」
「はっはい!」
「了解した!」
ぽふぽふとあまり音を立てずに手を叩くとすっかり業務を放棄してしまったいる二人を急かし始めた。虎徹にはサークル参加の経験などあるはずはないのだが…実家の酒店をたまに手伝っていたおかげか、接客の基本は備えている。とはいえ、値段を知らないので会計の方には回れず、注文を受けたマスコットを手提げの袋に詰めたりといった作業に回っていった。
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