「…ふわぁ…すごい…」
「だろぉ?俺も覗いた時びっくらこいた」
ホールから移動した虎徹とイワンは机のあるレストルームに来ていた。円卓の上に紙袋の中へ突っ込んであった封筒を取り出して中身を広げているのだが…A4サイズにプリントアウトされたそれらは…昨日の写真だ。
カメラマンから興奮気味に電話が入ったのでスタジオへ足を運べば写真が出来たらしく、『いい仕事が出来たお礼だ』とか言われて押し付けられたものだ。マンスリーの方には載せないものばかりを見繕ってくれたそうで、渡された封筒の中をちらりと覗けば楽しげな表情をしている2ショット。わざわざクリアファイルに綴じてくれただけでなく、2冊あるところから、虎徹の分とイワンの分と…各々に用意してくれたらしい。
肩を寄せ合いぱらぱらと捲り見つめていたのだが…その手が止まる。
「あ…この写真も入れてくれてあったんだ」
そう言って虎徹の指が撫でたのはアップの写真。虎徹が高めの椅子に座っているせいもあって後ろに立つ『タイガー』の胸元から口元までが一緒に写りこむ。
虎徹はアイマスクを外して真正面を向いているのだが…その顔の前に後ろから腕を回したイワンの虎徹が手を翳している。手と手の隙間から目元だけが覗く構図。連写で撮影されたそれは、閉じられた瞳が徐々に開く様子を撮っているのだが…開くとともに青い光を灯し、能力を発動させていく瞬間でもあった。
閉じている時は、淡く色づく目元がとても女性っぽく、愛らしい印象を与える。しかし、開かれた青い瞳は力強く見る者すべてを射抜くのではないかと思う程の目力があった。
まさしく『ヒーロー』。
「こういう構図って好きなんだ」
「…そうですね…僕も好きです」
二人で笑い合ってまた捲り始める。
かなり乗り気のカメラマンによって撮られた写真の枚数はかなりあった。それというのも…カメラマンの創作欲を酷く刺激したらしく…さまざまな構図やポージング、絡み、衣装も3度ほど着替えて撮影をされた。その中から雑誌に使われるのはほんの数枚ではあるのだが、指示されるがままにこなしていく。
ほとんどはタイガーの人柄、性格から楽しげに笑っていたり、不敵な笑みを浮かべていたり…と『笑顔』のものが多い。
そんな中、珍しく2人して笑みを浮かべていない…素の表情のものがある。
いつの間に撮ったのだろう?…撮影の最中に虎徹の目へゴミが入った際の一コマだ。ヘタに擦ればメイクがぐしゃぐしゃになると必死に耐えていたのだが、溢れる涙は止められず…頬へ一筋の涙が流れていた。ゴミを排除する為に流れた生理現象の涙ではあるのだが…残念ながらゴミは流れ出てはくれなかったのだ。さすがに眼球へ直接触れられるのは怖いが、いつまでも涙を流していては結局メイクが落ちてしまう。腹を括ってイワンに取ってもらうことにした…その瞬間の一枚。
「…わぁ。」
「…は〜ずっ…」
思わず二人揃って顔を赤めてしまったその写真はまるで『キス直前』のように艶かしく見える。
顎を指先で持ち上げる『イワン』と涙目で素直に従う『虎徹』。じっと見詰め合う同じ色の瞳。薄く開いた唇同士が今にも重なりそうだ。
同一人物のはずなのに気持ち悪い…という感情は全く生まれず…完全なる番のように自然に見えた。
「こういう表情してると…イワンも『男前』だよなぁ…」
「なっ!?そっ!それを言うならタイガーさんが格好いいんですよ!」
「ぅわぁっ!そんな事言っちゃう!?」
「だっだっだってホントの事ですもん!」
「でででででも俺はおじさんだぞ?あ、いや…今はおばさんか…」
「おじさんでもおばさんでもタイガーさんはタイガーさんで格好いいのは格好いいんです!」
思わず尻すぼみになった虎徹の言葉に被せるように言い切ったイワンの言葉…珍しく断固とした強い言い回しと大きな声にきょとんとしてしまう。すると、そんな自分の言葉にはっと気付いたイワンが途端に顔を真っ赤にして小さくなってしまった。
「…お…男でも…女でも…タイガーさんに変わりないんです…だから…格好いいんです…」
念を押す様にぼそぼそと告げられる言葉に、虎徹は破顔してしまった。
「…そう…だよな…俺は…俺だもんな…」
「…タイガーさん…?」
「…ははっ…まだ自信ないみたいだわ」
いやはや…情けない…と、苦笑を浮かべる虎徹にイワンは目を瞠る。
昨日の撮影は途中までしか出席していなかった。それというのも開発チームから調整したい部分が出来たから帰社して欲しい、との要望があったからだ。すでにWタイガーでの写真は十二分といっていいほどの量を撮り終えており、付き添いとして残っていただけでただの見学者と化している。『ヒーローのお仕事』という事もあり、抜けてきた。
その時…虎徹はいつも通りだったはずだ。否、むしろ、いつも以上にテンション高く見送ってくれていた。
「あー…ダメだっ…情緒不安定すぎる…」
しっかりしろ!虎徹!…と独り言を呟きながら自分で頬をぺちぺちと叩き始める姿にイワンはそっと手を伸ばした。
「!……イワン?」
尚も叩き続けようとする両手を掴み取ってぎゅっと握り締める。驚いた虎徹が振り向くと切なそうな表情をするイワンがじっと見つめていた。その真摯な紫の瞳に魂が吸い込まれたかのように…指一本、動かせなくなる。
動かなくなった手を離して…きょとり…と瞳を丸くする虎徹の頬に手を伸ばす。少し赤くなってしまった頬を優しく撫でて微笑みを浮かべた。
「不安になっていいんですよ?」
「……え?」
優しく紡がれる言葉に瞬いた。
なおも驚いた顔をしたままの虎徹に、イワンはそっと笑いかける。
「『大人』だから…とか…
『男』だから…とか…
タイガーさんがよく言う…『おじさん』だから…とか…
関係ないと思います」
「………」
「不安だから…不安で…いいと思います」
宥めるように…慰めるように…ふわふわと頭を撫でられる…
それだけなのに…
目頭が熱くなり鼻がツンとする。じわっと滲む視界に、顔を見られる恥ずかしさには耐えられそうにない…と目の前の細い肩に顔を埋めた。
「…こうして…不安に震える時だって…あってもいいんですよ?」
「…ん…」
背中に回される腕は包まれるには幼いが…酷く安らげる空間を与えてくれた。幼子をあやす様にぽんぽんと優しく叩かれる背中のリズムが心地いい。
「なぁ…イワン?」
「はい」
「…もっと…甘えてい?」
「僕でよければいくらでも。」
ぽつり…と囁けばすぐに快諾の返事が返ってくる。おずおずと背中に腕を回して縋りつくと抱きこむ様に腕の位置を変えてくれた。全身で凭れかかっても安定している事に更なる心地よさを与えられてふっと頬が緩む。
「…どうしよう…」
「え?」
「…惚れちゃったかも…」
「どうしよう。」と言ったくせにくすくすと零れる笑いで冗談の一環であると気づいた。そのくせ、凭れかかる体はさらに擦り寄せてくるので自惚れてしまいそうになる。けれど『これ』はリラックスしている証拠なのだ、と平静を保ちながら腕の力を強めた。
「…じゃあ…僕の恋人になってくれます?」
「いいよ?いっそのこと嫁に行こうか?」
予想は外れていなかったようで…冗談でしか聞いてくれそうにない言葉を投げかければさらに被せてきた。完全な『お遊びモード』の虎徹にイワンも『冗談として言える言葉』を連ねていく。
「ホントですか?だったら給料三ヶ月分の指輪用意しなきゃ。」
「お。奮発してくれるんだ?」
自分の遊びに付き合ってくれると分かると虎徹は腕の力を弛めていく。それに合わせてイワンも弛めてくれるのでソファに乗り上げて彼の膝を枕に寝ころんだ。膝の上から見上げる表情は優しげに微笑みを浮かべており、離れたと思った手は柔らかく髪を撫でてくる。
「もちろんです。なんでしたら要望を全て取り入れたキッチン付き住居も用意しますよ?」
「そうくるかぁ…なら、白いフリルのエプロン持参しておかないと新妻失格だな。」
「僕としては割烹着がいいです」
「通だなぁ…でも割烹着だったら実家にありそう…」
そんな言葉遊びを楽しむ二人の会話を少し離れた柱の影で聞き耳を立てていたコンビがいた。
「……………」
「…ッ……ッ……!?」
「(…これは…ショックを受けたわね…)」
ちらり…と視線を下げた先にある女子高生の顔をみてネイサンはため息をついた。
虎徹とイワンの様子が気になって付けてきたのはいいが…やってきたのはそれなりに見通しの良いレストルーム。会話が聞きたくてにじり寄っていたのだが…楽しげに顔を寄せ合って何やらファイルを捲っている姿しか確認できない。
どうにかして会話をっ…と匍匐前進を繰り返す事2・3回。座っている二人からは死角になる柱の影に辿り着いたのがついさきほど。付き合いの長いネイサンには虎徹の浮かべる表情や声の調子から、言葉遊びをしているのは分かり切っている。
…しかし…
すぐ近くで青ざめた顔をしている恋する乙女には、そんなやり取りに気づける余裕などあるはずもなく…楽しげな二人のやり取りに顔を真っ青に染め上げている。
「(タイガーちゃんのお色気にも困ったものねぇ…)」
そんな女子(?)組を尻目に二人の会話は尚も弾んでいた。むしろイワンのテンションが右肩上がりになってきている。
「え!じゃあ着物も!?」
「え?何?旅館の女将とかのがいいって?」
「和服だったらどれでもいいです!」
「…普通の…浴衣に…帯巻いても?」
「はい!」
「…袴にしても?」
「はい!」
「…好きねぇ?」
「大好きですっ!」
茶化したつもりだったのだが、至極真面目に答えられてしまい…しかもイワンにしては珍しい…大声での主張。あまりに興奮しているのか、顔がキラキラと輝いている。
「…袴でいいなら着てもいいかな…」
「本当ですか!」
この様子では言葉遊びだと言う事を忘れているようだ。しかもその怒涛の勢いに少々押されてしまっていることに気付いた。
「…イワンー?」
「はい!」
それでも萎れていた心がずっと軽く…遊べるほど余裕が出来た事に…お礼の言葉だけでは物足りないな…と虎徹は手を伸ばした。興奮に紅潮している頬を撫でて少し上体を起こす。
「10年経ってもこのままだったらお嫁にもらってね?」
「?!」
…ちゅっ…という可愛い音を鳴らして口づけを送る…唇を僅かによけた頬に…
「(…あら…やだ♥…)」
「ッッッッッ!!!??」
もちろんその光景をばっちりしっかり見てしまった女子(仮)組の反応は壮絶なもので…こちらからは『頬にキス』ではなく『唇同士のキス』にしか見えない。ふらり、と倒れそうなカリーナをさりげなく支えながらネイサンは「えぇもん見たわぁッ!!」と内心大興奮だ。
「〜〜〜〜〜ッ!!!」
「…なぁんてね?」
しばしフリーズ状態だったが…ぼふっと音を立てそうなほどの勢いで真っ赤になったイワンの顔に満足した虎徹は、ソファに座りなおすと捲っている途中だったファイルへと興味を移していった。
「(10年後…47…47歳の花嫁……我ながらきつすぎるだろ…)」
冗談は冗談に聞こえないのが楽しいのに、少し大雑把過ぎたなぁ…と思ったのだが…
ぺらり…とページを捲りながら横で湯気を出しているイワンをこっそりと見やる…
「(純粋青年にちゅう付きはマズかったかな?)」
冗談にしても感謝のキス付きではオーバーヒートを起こしてしまったらしく…未だに戻ってこない。しばらくそっとしておいて、あまりにも戻ってこないようなら正気に戻してやるか…と特に深く考えないことにした。
一方イワンはというと…
「(10年後に花嫁?!え?タイガーさんをいただけるっていう事!?でも『このまま』っていうことは…タイガーさんが女性のままで…だとしたらタイガーさんが悲しい思いをしたまま…でも僕のところに嫁に…いやっでも!!)」
冗談だということをすっかり忘れて思考の海へと沈んでしまっていた。
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