立てば芍薬…座れば牡丹…歩く姿は百合の花…
日本で美人の姿を形容する表現として使われるのだが…
今まさに彼女の為の言葉ではないのだろうか…
折紙サイクロンはそう思わずに居られなかった。

 メディア王マーベリックと彼の秘蔵っ子バーナビー…彼らに続いて淑やかに舞台から降りてくるその姿…本当に…まるで別人…
 よくファイヤーエンブレムが…

「女ってのは化粧一つで化けるのよ」

 と常々言っていたが…彼女の場合は、『化ける』ではなく、『際立つ』だと思う。

 正直な感想を上げると…自分からは近寄りがたい…まさに高嶺の花。
 身に纏うオーラや存在感が高い壁のように感じられ、声を掛けるのも憚られるような感覚。それでも目を離せない一輪の華。
 ただただその姿をじっと見つめる人間は自分だけではないだろう…半ば夢見心地になりながら眺めていた。すると…立食パーティーの方に混ざろうとホールを歩いているタイガー&バーナビーの二人に女性が声を掛けている。しばらく話していたかと思うとバーナビーの肩を叩いてタイガーが離れていってしまった。

 瞬時にして会場内に走る緊張感…
一人になるタイミングを虎視眈々と狙っていた男達が一斉に声を掛けるチャンスを窺い始めた。

 セオリーとしてドリンクを勧めるのが一番話しかけやすい、と何人かボーイを止めてグラスの物色をしていたが…まるでそれらをお見通しだという風にタイガーは自らボーイの持つトレイからカクテルグラスを持ち上げた。今まさにグラスを両手に話しかけようとしていた男がすごすごと離れていく。
 ならばビュッフェをさり気無く取って…と何人かが皿を持ち、タイガーの行く先々のテーブルで待ち構える…けれどそれにも彼女は全く寄り付かずに素通りしていった。
 そして残されたのはテーブルの近くでガックリと肩を落として次の策をひねり出そうと難しそうな顔をする男達だった。
 指一本…言葉の一言も接触していないのに退けていくその行動はまるで何事もそつなくこなして行く忍びのようだ…

 欲目も混ざりつつそんな感想を頭の中に並べていると伏し目がちだった瞳がちらりと上げられて…

 バッチリ視線が重なり合った。

 途端に背筋がざわり、と騒いだが、自分ではない、という己の劣等感から周りをちらちらと見回して該当しそうな人物を探してみる。…けれど仲間内のヒーローの面々も見当たらない。また、彼女のバックアップに付いているスポンサーの関係者も見当たらない。
 それでも彼女自身が真っ直ぐこちらに歩いてくる光景にイワンは折紙サイクロンの仮面の下で混乱を極めていた。

「お疲れ〜」
「お、お疲れ、で、ござ、る」

 目の前に来た瞬間、いつもの不敵な笑みと崩れた口調で繰り出される挨拶…ほわりと広がる馴染んだ空気に無意識に詰めた息を吐き出した。…ほぅ…と肩からも力を抜いている間に真横にまで回ってきたタイガーは手にもったカクテルに口付ける。ガラスに沿わされる唇と伏し目がちになる瞳…やっぱり色っぽいな…と思っていれば…

「ッあ〜…生き返るわ〜」
「……〜っ…ぷふっ…」
「うん?」

 居酒屋でよく見聞きする至極幸せそうな笑みとオヤジ臭いセリフに思わず笑いが漏れてしまった。見た目がいくら変わろうともタイガーはタイガーだ…と安心感にも似た気持ちが湧き上がってくる。
 飄々として見えてもとても気遣いの細やかな面を持つタイガーの事だ…壇上に上がる事などを考えてとても緊張していたのだろう。乾いた喉を潤した彼女に目の前のフルーツタワーから瑞々しい巨峰を一粒取り上げると差し出した。

「果汁がたくさん詰まってて美味しかったでござるよ」
「お、マジで?いっただきまっす♪」
「!」

 ぱくっ…と勢い良く喰らいついた唇は折紙の指にその柔らかな感触を押し付けてきた。ついでに…ちゅっ…と愛らしく音を立てて垂れそうになった雫も吸い取ってしまう。
 瞬時に広がる静寂の中…やけに響くガラスのひび割れたような音…窓を覆うガラスには何の変化も見られず、見上げて見るもシャンデリアは微動だにしていない。…ただ…女性に囲まれているバーナビーがサングラスを外してスペアを取り出していた。

「あ、わりぃ…口紅ついちまった…」
「ッッッ!!(いやっ!ソコの問題ではなくッ!!!)」

 一瞬にしてぶわっと吹き出た汗が額から頬へと伝い降り…きっと背中はぐっしょりと濡れているだろう。
 さらに、今メットを被ってて良かったと心の底から思う…もしコレがなかったら…顔中から湯気を吹き上げて盛大に赤くなった顔を、不思議そうに見ながら額に手を押し当ててくるタイガーの姿が容易に脳裏へ描かれる。そんな展開になったら間違いなく卒倒していたに違いない。あぁ、違いない。

「ごめんな…両手埋まってるもんだからつい…」
「………あぁ…」

 その言い訳を聞いてようやく彼女の行動の訳に行き当たった。
片手にはカクテルグラス…もう片方の手は長い袖を押さえたままになっている。このせいで『摘み取る』行動から『齧り付く』行動に変化したのだろう。ちらりと見る指には僅かにピンク色のルージュが付着し…しかしその付着した感覚よりも触れた柔らかな唇の感触の方が脳へと鮮明に刻まれていた。
 …おかげでなかなか頬の熱が引いてくれない。

「あー…うん…ちょっと…」
「え?…え??」

 飲み干したグラスを近くのボーイに預けると、タイガーは折紙の手を取って会場から出て行ってしまう。扉から草履を引っ掛けた両足が出てしまうと途端に中からあふれ出すどよめきに、折紙は知らない振りを決め込む事にした。
引かれるがままに付いていくと、タイガーはすぐ近くの控え室へと入っていく。

「…ッはぁ〜…」

部屋に入るなり目の前のタイガーがへなへなと座り込んでしまった。ついでに盛大な溜息も吐き出されている。

「?タイガー殿?」
「ん?…あぁ、悪い…水差しとティッシュがあるからすぐにふき取って…」
「あ、いや…手は大丈夫ですから…」

むしろこのままでいい。…という言葉は喉の奥にしまっておいた。
ふらふらと立ち上がる彼女をさり気無く手助けしながら近くのソファへと向かう。ぼすっと足を投げ出すように座るタイガーの横にちょこん、と座ると、彼女はじっとこちらを見つめていた…かと思えば…おもむろに膝の上へ顎を乗せて寝転がってきた。

「ッ!!!」
「…あ〜…もう…早く終わらないかなぁ…」
「……は…始まった、ばかりで…ござる。」
「んー…バニーちゃんにも言われたぁ…」

ぷっと頬を膨らませて口を尖らせる…小さな女の子の拗ねた表情にそっくりではあるが…いかんせん目の前を埋めるのは…大きく開かれた着物の襟ぐりから覗く肌…繊細な模様を描き込まれた背中は滑らかでしっとりとした艶さえ纏っている。
うっかり手を伸ばして模様をなぞりたい衝動に駆られるが…なんとか背中に伸びる手を頭の方へと移動させて、綺麗に纏められた髪型を崩さないように…いつも彼女がしてくれるようにふわふわと撫でた。

「せーっかく折紙のとこだったら目立ちにくいだろうし視線も離れると思ったのにさー…」

同じ和服であり、見切れ職人なら気配を消せるから一緒に紛れて人の視線から逃れられると思ったらしい。普段ならば確かに目立ちにくく人の隙間で見切れる事が出来ただろう…けれど…今日のタイガーでは無理だ、と思う。
皆、テレビで見たとおりにどこからどう見ても、見紛う事無く女性になったタイガーに興味津々なのだ。その好奇心に満ちた視線を振り切ろうなど…まず不可能。
全くもって自分に無関心な彼女に折紙は苦笑を浮かべる。

「…ずるい…そして…羨ましい…」
「うん?」
「え?」

ぽつり…と囁かれた言葉に顔を見合わせた二人は控え室の入り口へと顔を向ける。すると少し開かれた扉の隙間にユニコーンのような角の付いたスカイハイの仮面が挟まっていた。

「おぅ、スカイハイじゃん」
「お疲れ様でござる」
「やっと市民の皆さんとお別れ出来たのに…ワイルド君が見当たらなくなっていた…悲しかった…とても悲しかった…」
「お、おぅ?悪かった…な??」

しょぼくれた空気を纏いながら入ってきたスカイハイに思わず謝ってしまう。ぽてぽてと淋しさを表すような歩調で近寄ってきた彼は二人のすぐ目の前にしゃがみこんだ。そのままじっと見つめて来る視線に、二人は目を合わせてそっと手を伸ばすと仮面ごしに頭を撫でる。
するとどうだろう…どんよりと重たい空気がぱぁっと光り輝き始めた。
…機嫌を直してくれたらしい。

「ホント悪かったな…折紙んとこなら目立たないって思ってさ…それに足もちょいと痛かったから休憩を入れたかったんだよ」
「足?どうかしたのかい?」
「んー…履き慣れてないからかなぁ…」
「…鼻緒がキツイでござるか?」
「うん、そう。」

へなりと苦笑を浮かべるタイガーに折紙が思いついた、とばかりに聞いてみると素直に頷いてくれる。さらに伸ばしていた足を上げて原因の物を見せるようにしてくれるのだが…着物の裾が太股の辺りまで捲れて眩しいほどの脚線美が露になった。その光景に二人は思わず喉を鳴らしてしまう。

「ワイルド君。卑猥だ。そしてエッチだ。」
「はい?」
「と…とにかく足を下ろして…」
「?おぅ」

表情は見えないが何やら焦った感じは読み取り、大人しく足を元に戻す。すると立ち上がろうとする折紙に凭れ掛かった上体を起こした。

「草履を拝借。」
「あぁ。」

タイガーの目の前に膝まづいた彼は恭しく草履を取り上げると裏返して何やら作業を始める。

「へぇ…」
「そんな構造をしていたんだね」
「はい。着物を調べていた時にたまたま見ま…したでござる。」

丁度鼻緒のある位置に切れ込みがあり、そこを弄ると蓋のようになっている。その中には片結びにされた紐があり、解くと鼻緒が少し長くなった。

「タイガー殿、足をこちらへ」
「ほいよ」

立て膝をする彼の太腿を示されておそるおそる乗せると草履を被せられて鼻緒が絞められる。きつさを確かめるように草履を履いた後に鼻緒を引かれたりしていると、どうやら終わったらしい。足を床へと戻された。

「どうでござろうか?」

目の前に差し出される手に捕まって立ち上がると、感触を確かめるように足踏みしてみる。更に部屋の中を2周ほど回って、差し出されているスカイハイの手へと辿り着いた。

「うん、全然痛くない。」
「ついでにこのままダンスを踊ってもっとよく確かめてみるかい?」

掴んだ手を優雅に広げられて腰へも手を回されると、体が密着して今からワルツでも踊りそうな体勢に持ち込まれた。そんな行動に…ぱちり…と瞬いたタイガーは空いている手でスカイハイの肩を叩く。

「無理無理。西洋系のダンスに着物は向いてないんだ」
「そうなのかい?」
「足がほんの少ししか開かないからステップが刻めないんだよ」

柔らかな拘束からするりと抜け出たタイガーには気付けなかっただろう。
少し離れた位置に立っている折り紙の手が袴を握りしめていた事に。
そしてスカイハイが…その仮面の下で残念そうな笑みを浮かべた事に。

「そうだ!ちょうど良かった。二人とも協力してくれよ」
「え?」
「なにをだい?」

ぽん、と手を打つ彼女に2人は呆気に取られながらも首を傾げる。すると苦笑を浮かべたタイガーが「お願いポーズ」を取った。

「うん…娘にさぁ…今日の仕事は会社の謝恩祭で仮装パーティーをするんだって言ったら写メ送ってって言われてよぉ…」
「僕らで写真を撮るのかい?」
「そゆこと。」
「全然構わないで、ござる」
「了解した。そして了解した!」
「さーんきゅ〜」
「「ッうわぁぁぁぁぁ!?!」」

助かった〜…と満面の笑みを浮かべるタイガーは徐に胸元へと手を突っ込んだ。その大胆な行動に思わず二人は大声を上げてしまう。突っ込まれた手が外へと戻ってくるとその手には彼女の携帯が握られていた。

「うん?」
「どっどっ!」
「どこから出してるんだいっ!ワイルド君!」
「へ?どこって前合わせからだけど…ほら、ふ〜じこちゃぁん…スタイルで。」

こてん、と首を傾げるタイガーの目の前では…無骨、または無表情なメットを被ったままに両手で顔を伏せて座り込む二人の姿…うずくまり方が全く同じ格好なのが少し可笑しい。
着物というものにはポケットなどというものはもちろん存在しない。ガンホルターを使って太腿に巻きつけておくのも良かったが、裾の前合わせを開くのが結構面倒なのと、歩きにくさに拍車を掛けたくなかったのでやめておいた。さらにうっかり落としでもしたら場所が場所だけに分からなくなるだろう。

「ほらほら、早くしろって。あんまりここに篭ってるとファイヤーエンブレムあたりが連れ戻しにくるだろ?」
「…承知したでござる…」
「了解…そして…了解…」
「あ、あとその仮面外せよ?俺がヒーローしてるなんて言ってねぇからな」

自分のアイマスクを外しながら更に注文を重ねれば二人はそそくさと仮面を外した。ぱたぱたと手を振るタイガーの体に密着しながら自分撮りの形で構えた携帯のモニタを眺めながら各々顔が映るように調節している。

「おーっし、撮るぜぇ〜?」
「いつでも!そして今すぐにでも!!」
「大丈夫で…ござる…」
「はい、イチ足すイチはぁ?」
「「にぃ〜」」

お決まり文句の最後に三人揃って同じ口の形になったところでシャッターを切る。画像処理の進捗がモニタに出ている間に各々マスクを被り直したところで、タイガーは写り具合を確認した。

「…どうでござる?」
「撮れてるかい?そして綺麗かい?」
「ン〜…おっけぇ〜い、バッチリだぜぇ?」

満面の笑みと共に見せられたモニタにはにっかりと笑った三人の顔。

「…拙者もその画像…欲しい…でござる…」
「!はい!私もだ!」
「おっけーおっけー。後でちゃんと送っておくよ」

カチカチとボタン操作して保存を済ませたタイガーは一つ伸びをする。

「さぁて…また戦場に戻りますかね…」
「戦場だなんて大げさだね、ワイルド君」
「いんやぁ?大げさでもねぇと思うけどなぁ…」

苦笑いを浮かべるタイガーはメニューを消すと再び携帯を胸の合わせに入れようとする…が、その手を折紙に止められた。

「うん?」
「タイガー殿…そういう小物を入れるならば帯の間に挟む方がいいと思うでござる。」
「うん、そうだね。私もその方がいいと思うよ」
「帯…ねぇ…」

試しに隙間へと突っ込んでみると…意外にすんなり入るもので…下から滑り落ちるのでは…と少し心配したが、帯締めが絞められているのでそれ以上下には入らないようになっていた。

「おぉ。ナイス」
「それでは戻ろうか?」
「時間としてもそろそろ限界でござるな」

タイガーが納まり具合を確かめている内に二人もヒーローモードに入ったらしく、仮面の被り具合を調整し、佇まいを整えていた。

「さぁ」
「ん?…あぁ。」

自分に向かって優雅に差し出された手に一瞬首を傾げたが…エスコート…という単語が頭の中で思い浮かび、疑問は一瞬にして晴れていった。その手に己の手を重ねかけて…ふと視線を横にずらす。すると視線に気づいたのか、折り紙が首を傾げた。

「え?」
「ワイルド君?」

逡巡の末…タイガーは片手ずつに長い裾を持ちながら両者の手を取った。その行動に2人が首を傾げる。

「仲良しアピール。」
「…なるほど…」
「ははっ、確かに仲良しだ!そしてとても仲良しだ!」

三人で手を繋ぐ光景はそれこそ、小学生の下校のようだ。ヒーロー同士は普段、ポイント争いをしているライバル同士ではあるが…それはあくまで番組上での事だ、と言いたいらしい。実際オフの時はみんなで飲み会をしたりもしているので可笑しなことではない。
…ただ世間に知らされていないだけ…
だから、こんな時くらい見せつけてもいいだろう…という笑みを浮かべたタイガーに2人は賛成したのだった。


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