となれば、タイガーの方もきっちりと仕事をしなくてはならないな、と肩を回して意気込むと天井に張り付いて耳を付けた。運転手、助手席に各一名。あとはこの荷台の箱に何人乗っているかが問題だ。中で喚いている声からあと2人はいるらしい。
確認が取れたところで後方へと移動して腕時計に仕込まれたワイヤーを引き出すと扉のノブに絡めた。その場に座り込むと放り出した足の踵でガンガンと叩く。すぐに足を戻してバイクを見やると助手席の犯人はこちらには気づいてはおらず、まだ刹那に向かって発砲していた。
「よしよし」
絡めたワイヤーをぎゅっと引っ張る。すると思惑通りにノブががちゃがちゃと音を立てた。けれど絡んだワイヤーによって開かないドアに中の犯人が焦り出す。ノブの動きが忙しなくなるとドンッと音が聞こえてきた。
「1、2の3!」
ぶつかる音の間隔から数を数えて力を緩めるとドアが勢いよく開かれる。それとともに弛んだワイヤーへと自ら倒れ込んでいく犯人たちが見えた。
「いっちょ上がり〜」
再びワイヤーを引き締めれば犯人の簀巻が出来上がった。トラックの角と自分の足を使って梃の原理でぶら下げてみたのだが、今の筋力では走るトラックの上で下げ続けることはできそうにないようだ。転がり落ちても大丈夫なとこはないかと考え、いっそもうハンドレットパワーを使うか?とも思う。この体になってからは極力緊急性を感じる時や、バーナビーとのコンビネーションを考えた上で使うようにしているのでなかなか踏み切れない。
だがこのままというのも辛いし、もしかしたら助手席にいる犯人がこちらに気づくかもしれない。そう考えると躊躇もしていられないな、と視界の端に助太刀してくれそうな影を見つけた。
「パース!」
「スカーイハーイ!」
ワイヤーを弛めて引き上げてとした動作を繰り返した結果振り子のように簀巻きを大きく揺さぶる。そうして反動をつけさせた後、ワイヤーをぷつりと切り離した。すると空からすぐさま下りてきたスカイハイがお決まりの掛け声とともに風を生み出し、放り出された犯人の簀巻を地面に落ちる前に浮かせて衝撃を失くした。
「ワイルド君!」
「おぅ、ナイスキャッチ!」
「任せたまえ!ではなくて!スーツなしで危ないじゃないか!」
「大丈夫、大丈夫。俺にゃハンドレットパワーがあるからな」
「それでもっ!」
まだ続きそうなスカイハイの言葉が不自然に切れると天井に登っていたタイガーの存在に気づいた犯人が窓から身を乗り出して銃を構える。向けられる銃口の方向と指の動きから発砲された弾を避けると後ろにいたスカイハイが一時離脱した。近い距離で避けられたショックを受けている犯人の隙を突いて銃を蹴り飛ばす事に成功する。すると飛んでいく銃が地面に落ちる前に回収されていった。折紙サイクロンも来たようだ。
「お?」
タイヤが派手に擦れる音がして前を向くと犯人の目を引き付けていた刹那が前方で急転回させたバイクの向きをこちらに回していた。何をするんだ?と首を捻るより先に乗っていたトラックが急に大きく蛇行し始め交差点を曲がっていく。どうやら振り払うつもりらしい。
大きく傾いた体で咄嗟に天井へしがみつこうにも気づくのが遅かった。伸ばした手の向こうでスカイハイが手を伸ばすのが見えたが届かない。
「くそっ」
悪あがきに天井を蹴り横っ飛びになる。どこかにワイヤーを投げて、と思ったが視界の端に黒髪を見た。
「ナーイスタイミング!」
方向転換していた刹那がすぐ傍までバイクを走らせていたようだ。差し出されていた腕に捕まって多少バランスを崩しながらも後部座席に飛び乗れた。互いに重心を調節して立て直すとすぐにトラックが曲がった通りへと走り出す。唖然としているのだろう、宙にぼんやりと浮かんだままのスカイハイに手を振って再び前を見据えた。
「往生際が悪いな」
「ま、犯人なんてみんなそんなもんでしょ」
窓から身を乗り出していた犯人が再び銃を構えたのが見える。まだ持っていたらしい。この通りは交差点はなく、真っ直ぐに伸びているので狙いがつけやすいと思ったようだ。市民の車は、と見回したらすでに警官隊が手を回していたらしく、路肩に寄せられ、皆一様に身を低く保っている。
「少し荒い運転になる」
「ほいほい」
上体を出来る限り伏せた刹那に従ってタイガーも身を寄せて低くしつつ、腰に腕を回して衝撃に備える。ちらりと見上げた建物の上空にスカイハイを捕らえ、飛行船のモニタではロックバイソンが路上に仁王立ちしているのが確認できた。この通りの終点近くの背景だ。さらに猛スピードで運転をしているファイヤーエンブレムが映し出される。
「おっと」
集まってきたなぁ、と思っていればバイクが大きく傾いた。それとともに銃声が聞こえてくる。目の前や耳のすぐ傍を掠めていく銃弾は当たらないことに動揺している為かなり的外れに飛んできた。こりゃ銃の扱いはど素人か、とため息をつく。
「ん〜……困ったな」
「どうかしたか?」
「このまま走ると大きい交差点に出るんだ」
「一般市民が多い、ということか?」
「いや、そのへんはローズとキッドが対応してるみたいだ」
タイガーが気づいたように交差点へと続くこの通りに入ったところでブルーローズとドラゴンキッドは市民の安全確保に走っていたようだ。飛行船のモニタでそれを確認すると頭のなかで地図を広げて考える。この道の先に待ち受けるロックバイソンが上手く止めてくれればいいのだが、彼は結構……いや、かなり間の抜けな面がある。万全の態勢で挑みながらその姿勢が結果に結び付かないことも度々だ。そういった点を考慮して逃走経路になりうる道筋を犯人ならどの道を選ぶのかが判断しかねている。
「どの道を選ぶかな?」
「どういう場所に続いているんだ?」
「んー、まぁ犯人にとっちゃ隠れ場所の多い、倉庫群。それからでっかい駅に繋がる道と港か。港にも倉庫があるからどっちかと迷ってんだけど」
「地下室があるのは?」
「地下室?だったら倉庫群かな」
「ならば倉庫群に向かうだろう」
「え?そんな言いきっちゃう?」
「人間心理として逃げるならば暗い場所を目指してしまうものだと思う」
「な〜るほどね」
納得の出来る助言に深く頷いた。そうしている間にもトラック越しに闘牛の姿が見えてくる。まさに仁王立ち。あれでトラックの破壊をしてくれればこのカーチェイスは終わるのだが。そんな考えを巡らせていると助手席から犯人が上体を乗り出した。その手に持っているのは……
「げ、手榴弾まで持ってんのかよ」
「建物を破壊して足止めするつもりか?」
「いや、恐らく足止めするのは前の方だろ」
その読みは正解らしく、前を向いたままの姿勢で思いきり放り投げた。その先にいるのはもちろんロックバイソン。ちょうど彼の足元に転がりこんだ爆弾は派手に爆発を起こしてもうもうと煙を上げる。あれでは当人にダメージを与えられはしないだろうが、視界を利かなくして足止めをするにはうってつけだろう。
計画通り、視界が利かなくなったバイソンの横を素通りするトラックを追いかけてタイガーと刹那も通り抜けていった。煙に巻かれてきょろきょろしている姿がなんとも哀れに感じてしまう。
「あ……」
「うん?何かあったか?」
市民が避難し終わった広い交差点を走り抜けていると抱きついた背中から小さく声が漏れた。遠巻きに避難の指示を出している二人から視線だけの目配せに小さく手を振って応えながらも問いかける。
「今俺の仲間が……」
「え?マジで??引き返す?」
「いや、トラックに何か仕掛けた」
「えぇ???」
探し人が市民の中に紛れていたようだ。きょろきょろと見回していたが、意外過ぎる報告にぎょっと前を向き直る。けれどトラックは相変わらず走り続けているしなんら変わった様子はうかがえない。
「何かってなに?」
「さぁ……もしかすると爆弾とか」
「うぇえ!?」
「花火でも買って調合したんだろう、火力はさほどないだろう。それに心配しなくても時限型にしているはずだ」
「そ、そっか。よかっ、た?」
市民の安全第一のタイガーとしてはとりあえずほっとするところだが、鮮やか過ぎる一連の行動と互いに理解が深い彼らに関心と感動を覚える。ついでにいうとちょっと羨ましい。どんな経緯を経てこれほどの絆を結んだのかは知らないが、自分達も彼らのようになれればな、と小さく笑みが浮かんだ。
「無関係な市民を巻き込むような事はしない奴らだ」
「え?奴ら?」
「二人とも見つけた」
「一緒にいたのか?」
「いや、バラバラだが多分互いに今ので気づいたはずだ」
「ほんじゃ、あとで合流出来るな」
「あぁ、この仕事が終わればな」
「わぁお、おっとこ前!!」
タイガーが空に向かって、惚れてまうやろぉ!などと叫んでいる頃、交差点から倉庫群へと向かって走行する自転車が二台あった。互いに立ち漕ぎをして猛スピードで走っている。さらには乗っている人物が服こそ違えどそっくりだった。
「なんだよ、近くにいんじゃねぇか!」
「そりゃこっちのセリフ!」
「しかも同じことしちゃって!」
「そのへんは双子なんだから考えることも同じになってもしゃーないって事でしょ!」
「ま、刹那のあんな活躍見たら助太刀せずにはいられねぇよな!」
「そゆこと!」
ニールとライルだ。交差点のモニタを見ているとブルーローズとドラゴンキッドが市民に避難するように呼び掛け始めたのだ。だがモニタに映る犯行グループのトラックと二人乗りのバイクがこちらに向かって走行していると聞き、避難すると見せかけて近くの店に飛び込んだ。店のジャンルは違えど花火とガムを購入して調合を済ませるとガムの包み紙で火薬玉を作り、噛んだガムを接着剤として滑り込んできたトラックのタイヤに投げつけたのだ。あとは走行によるタイヤの熱と小さいながらに一点集中型の火薬によってしばらくすれば穴が空くだろう。そうすればカーチェイスは強制終了だ。
それが道を挟んだ向かい合わせの歩道の上。タイヤにうまく着いた事を確認してふと顔を上げた瞬間目が合った。互いの口が「あ」と形作ると共に、絡んだ視線の間を刹那が運転するバイクが通り過ぎていく。
そしてなんとか追いかけねば、と近くに放置された自転車に飛び乗り、今に至るのだ。
双子が並んで必死の走行をしている頃、バイクの上ではトラックの異変に気づいていた。
「まっすぐに走らなくなったなぁ」
「タイヤがへこみ始めている」
「お、ホントだ」
一本道の上を徐々に蛇行し始めたトラックを良く見てみると、刹那が言った通り、後輪が二本とも空気を減らしぐしゃぐしゃと車体の重さに潰されている。改めて前方を確認した。もう少しでこの路地が終わり、倉庫群のある広場へと抜ける。時限式だと言っていた火薬は本当にゆっくりと時間をかけてその作用を発揮していたらしい。人のいない場所まで被害もなく進めている。
「優秀だねぇ、お宅さん達は」
「マイスターと呼ばれるに足りる技術や訓練を山ほど積んだからな」
「はぁ〜……次元が違うなぁ」
「タイガー先輩!」
「よぉ、バニー!追いついたのか」
蛇行の激しくなる車体にそろそろ力尽きるかな、と思っているとすぐ隣に見慣れたチェイサーが滑り込んできた。フルフェイスのマスクを着用し、お馴染みの白と赤の装甲に身を包んだバーナビーだ。
「全く何してるんですか。斎藤さんが怒ってましたよ?」
「ははっそりゃ悪いことした」
スーツを着ていないという事は今回の出動での行動その他諸々のデータを取ることが出来ないのだ。メカニックの斎藤が怒るのも無理はない。しかし、タイガーとしてもすぐ近くにいる犯人に背を向けてスーツを着用しに行くのは了承しがたい行為だった。その辺りの性格も分かってくれている彼は後で小言を言いはするが、きっと最後には「まったく君ってやつは」と苦々しくも笑ってくれるだろう。
「捕まってくれ」
「お?」
バーナビーからもお小言がくるかな、と思っていると冷静な指示が飛んでくる。反射的に細腰へと腕を回してしがみつくと急ブレーキがかけられた。それに倣ってすぐ横を走行していたバーナビーもタイヤが擦れる音を立てつつブレーキ掛けて横に並ぶと、目の前を炎のようなスポーツカーが通り抜けていく。風とタイヤの音でほとんどかき消されてはいたが舌打ちと悔しがる声が木霊していった。どうやら犯人グループのトラックを先回りして足止めをするつもりだったが、少し遅かったようだ。スポーツカーが走り抜けていった脇道を尻目にバイクのスピードが再び上がる。
「男丸出しだぜ、ファイヤーエンブレム」
「走行中で風の音がかき消してくれるから大丈夫でしょう」
あっという間に見えなくなった脇道から視界を前に移すと倉庫群の広場に出てきた。トラックも最後の走りとばかりによろよろと転がり失速している。年貢の納時、とすぐそばへ付けてもらおうと思えば扉が大きく開き往生際も悪く駆け出した。
「バニー!」
「はい、先に行きます」
「ここで待機してくれるか?」
「了解」
タイガーの体がNEXT能力特有の青いオーラに包まれた横でバーナビーのチェイサーがスピードを上げる。後を追う為にギアをあげようとする刹那には別の指示を出して後部座席から飛び降りた。
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