「…虎徹殿…?」
何も応えずにいると不安げな紫の瞳がじっと見下ろしてくる。きっと意識が朦朧としているのだと思われたのだろう。そろりと頬を撫でる手が言外に「大丈夫か?」と尋ねてきている。
「!」
上手く言葉を紡げそうにない唇で緩やかな弧を描く。声の代わりに頬を撫でる手を捕まえて口付けを送った。ちろり…と指先を舐めてゆったりと瞳を上げると、間近に迫る劣情に染まった紫の輝きが見える。
「…ん…」
見詰め合う時間はさほど長くなかった。捕らえた手が顎へと伸ばされて口付けを与えられる。素直に口を開いて受け止めると、頬を撫でて移動した唇が耳元へと擽りにきた。
「…うごいても…?」
…いいですか?…と続く言葉は背に回された虎徹の腕が躯を引き寄せる動きで途切れてしまった。汗ばむ肌同士が触れ合い、肩口に顔を埋められる。自分の顔も相手の肩口に埋め込み、緩やかに呼気を吐き出すと捕らえた腰を掴み直した。
「んっ…ふぅ…」
感触を確かめるようにほんの少し揺さぶってみると躯の下でぴくりと跳ねた。耳のすぐ横で聞こえる乱れた呼吸にますます興奮が募っていく。
「っん…ぅんっ…んんっ…」
猫がむずかるような声に痛みの色は窺えない。もう少し動いても大丈夫か…と腰を引くとびくっと背を仰け反らせた。
「ぅんッ!」
「…っ…」
「っふぁあ!」
間髪いれずに離した腰を再び密着させるとびくびくっと震える躯が嬌声を奏でた。普段からは想像もつかない甘ったるい啼き声にイワンの中で何かが湧き上がってくる。見下ろす顔がいつもの精悍さを取り除き、妖艶さを纏っていた。潤んだ細い瞳、上気した頬、僅かに開いた唇から覗き見える紅い舌…すべてがイワンの中で眠る獰猛な獣を煽る光景でしかない。
「んッ!あっあぁあ!」
熱く深い吐息が耳を擽ったと思った瞬間、咥えこんだ雄が暴れ狂う。見た目からは全く想像もつかないほどの荒い突き上げに嬌声が上がった。一度解かれた唇は閉じることが出来ず、突き上げられるままに喉の奥から甘い声を弾き出していく。
「あっ!あっ、ちょ…いわ、んっ!」
「…っ…こて、つ、どのっ…」
「まっ、まてッ…はげ、しっいぃ!」
肌同士のぶつかる音に粘着質な音が混ざり合う。ナカを擦り上げる欲望の塊がぞくぞくとひっきりなしに背筋へ悦楽の波を送り込み、躯がびくびくと跳ね続けた。
抱きついた背に爪を立て首を打ち振るうが余計激しく突き上げられるだけだった。
「すいま、せんっ…でもっ…こてつどののっ…しめつけがっ…」
「んっ、な、にっ…おれのっ…せいっかよっ…!」
「っはぃ…きゅうきゅう、からみついてっ…きもちいぃっ…!」
熱に浮かされた声が唸る様に言葉を紡ぎだす。声に出して表した分、余計に感極まったのか、腰に押し付けていた足を抱えあげられてしまった。でんぐり返しの途中のような姿勢を強要され、高い位置から深く突き落される。
「あッ…ばかっ!」
「っ…!」
「ッんぁア!アっ!ぁあッ!」
容赦なくぐりぐりと内壁を擦りあげられて顎が反りかえる。不安定な躯を支えるのに、イワンの背へ回していた腕を解くとソファの布を握りしめた。下半身がぐずぐずに溶けそうなほどの快感に意識が朦朧としてくる。
「っふ!んぁ!アぅ!」
抱えた腿が小刻みに震えだす。絶頂が近いのだろう…埋め込んだ楔も、食らいつく菊華が射精を促すように蠢き始めている。甘い声が紡ぎだされるとともにぞくぞくと腰の奥が震えだした。…自分の絶頂も近い…
「もっ!ダメっ!い、イくぅっ!」
「はぁっ…ハぁ…ッ!」
生理的に溢れた涙で滲む視界に年齢よりぐっと高く見える色っぽい表情を浮かべた貌が見える。きゅうっと丸くなる爪先が白い肩の向う側で揺れているのを頭のどこか冷静な部分で見つめていた。
ガクガクと震える躯に熱い肌を寄り添わされる。同じ速さの鼓動を感じ取った瞬間、躯の中心で留まり続けた熱が弾け飛んだ。びくっと大きく跳ねる躯…反りかえる背と共に最奥へ滾る楔が突き刺さる。
「ッーーーーー!!!」
「…ッぅ…」
声にならない叫び声が喉を通り過ぎるとひくりと震える。目の眩むような悦楽が脳天を突き抜け、己の吐きだした欲望が腹にぶちまけられた。その瞬間に引き締まる菊華の最奥で爛れる様な熱さが広がる。あまりの熱さにひくひくっと腹筋が震えるが、すぐに自分の体温と混ざり合い温かく漂うような熱に変わった。
余韻に甘く痺れる四肢を持て余していたが、波が引くに従って徐々に落ち着いてきた。
「…ッは…はっ…はぁっ…」
「…っ…っ…」
自然と詰めた呼吸を吐き出せば、覆いかぶさる躯から力が抜け、ずるりと凭れかかってきた。未だ痺れる腕をゆるりと持ち上げて包み込む。触れる体温と圧し掛かる体重が心地いい。
「…ぁ…ふふっ…」
「…〜〜〜…」
「…わっかいなぁ…」
くすくすと笑われると余計に恥ずかしくなってきた。優しく包み込む腕の重みにゆるりと瞳を細めていたのだが…
張り詰めた楔が欲を吐き出し終えて力が萎えたはずだったのに、再び首をもたげ始めている。温かな粘膜に包み込まれたままにやわやわと蠢く内壁が落ち着いたはずの劣情を煽っていたのだ。虎徹が笑う振動すら敏感に感じ取り、更に硬度が増していってしまった。
「…虎徹殿のナカが気持ちよすぎるんです…」
「ははっ…そりゃ、どうも…」
笑い声に上下する胸元を頬に沿わせながら沸々と湧き上がる欲を感じ取った。それに伴い、萎れていた楔に芯が通ったような硬さが戻ってきたのだろう…押し広げている菊華がひくひくと小さく戦慄いている。
「…っはふ…」
ナカをじわじわと広げられる圧迫に熱い吐息が口をつく。つい今しがた味わった楔による快感を思い出して、腰の奥がぞくりと震えた。
想像以上の悦楽…予想以上の快感…
今までの間に合わせ的な躯の重ね合わせなど比べ物にならない。
早くまた溺れるほどの悦楽を味あわせて欲しくて菊華が疼く。咥えた楔を堪能するように内壁がゆるりと蠢き続けた。
「…ぁ…こてつどの…」
「ん…あ…ぁ…」
緩やかな内壁の動きに焦れてきたのだろう、腰がゆすぶられる。未だ敏感な粘膜を再び硬くなった楔の先端が掻き回してくる。ナカに吐き出された白濁が動く度にナカでぐちゃぐちゃと混ぜられ、楔以上の圧迫感に肌が粟立った。
「んっぅ…っふ、あっ…」
疼く腰の衝動に負けて揺さぶれば、咎められるどころか…もっと…と強請っているのかと思うほどに甘ったるい声で啼かれる。切なげに寄せられた眉と涙でけぶる瞳…半開きの唇と汗の伝う頬が厭らしい。
贅肉が付いた…と本人は言うが…まだまだ引き締まった細い腰と…腹部を汚す彼の白濁が視線を釘付けにする。そろりと手を伸ばして引き伸ばすように広げれば嫌がるように身を捩った。滑らかに滑る指…時折触れる窪みや膨らみが…彼の今までの戦いが容易なものばかりではないことを物語る。
「ひぅっ!」
「っく…」
「ッあぁ!!」
傷ついて尚美しいもの…目の前の男の事だ…と考えた瞬間、肌がざわめき緩やかだった突き上げに力を加えてしまった。
…ゴリッ…と容赦なく前立腺を押し擦られて目の前がチカチカと明滅する。喉が反りかえりぶるりと内腿が震えるが、突き上げは止まらなかった。逃げ打ってしまう腰を捕らえられ、臀部に指が突き立てられる。痛みを伴うはずの爪の食い込みさえも快感に変換してしまう躯はガクガクと好きに揺さぶられ続けた。
「ひっあぅ!ん、あっ!」
「…はっ…はっ…!」
「あッ!ぃわ、んっ!ぃわんっ!」
「!」
見下ろしてくる紫の瞳がどこか虚ろに見えて必死に呼びかけると、狂ったように突き上げる動きが止まってしまった。夢中になっていたのか、へなりと眉が垂れ下がると気遣わしげな瞳とともに伸びてきた指が頬を撫でる。
「ッ…ぃわん…」
ほんの微かな刺激にも肩が跳ね上がる。一瞬眇めた瞳を再び開くと宥めるような口づけを落ちてきた。くらくらと酸欠のように揺らいでいた思考がイワンの存在に焦点が合わさってくる。ナカに埋まる楔の熱を再び意識し始めて…ふっ…と息を吐きだした。
「…こてつどの…」
そっと呼びかければ眉を顰めていたというのに、ゆるりと笑みが浮かべられる。ゆったりと持ち上げられる手は汗の流れる頬へと沿わされた。
「…もっと…シて…」
* * * * *
「…ふぅ…」
すがすがしいため息とともにイワンは顔を近づけ過ぎていた手帳から顔を上げた。
うっかり修羅モードに突入して書きこんでしまったが…我ながらいい出来だ…とほくそ笑んでしまう。
「お?終わったか〜?」
「ッ!!!こっ、虎徹殿!!?」
突然掛かった声にびくりと飛び上がってみれば少し離れた位置にコーヒーを口にしている虎徹がいた。もしかして覗かれでもしたのでは…と冷や汗をだらだら流していると、飲み終わった缶をゴミ箱に放り込み軽い足取りで近づいてくる。
「いやぁ…なんか必死に書き込んでるから邪魔しちゃ悪いと思ってさ〜」
「い…いつ…か、ら…?」
「ほんの2・3分前?」
「き…気付けなかった…」
忍びたるもの…人の気配に気づけないとは…
しかも虎徹の…愛しい存在である虎徹の気配を…
果てしなくどんよりと沈んでいくイワンに虎徹は苦笑を浮かべた。ぐるぐると暗い渦さえ巻いて見せる頭をぽんぽんと軽く叩く。
「ま、そんなに落ち込むなよ。そこまで熱中するもんがあるってのもいいもんだ」
「…虎徹殿…」
「で?何書いてたんだ?」
「ッ!」
その質問は…至極まっとうな疑問だろう…
あのイワンが人の存在すら忘れて没頭するもの…
『未来妄想日記』
………口が裂けても言えない。
「…にっき……を…」
「へぇ〜…日記かぁ…えらいなぁ!ちゃんと書いてるんだなぁ…って…今の時間に?」
「ね…寝る前だと…夜更かしして寝れなくなるんで。」
「あぁ、なるほどね」
しどろもどろになりつつも言い訳を並べてみると、納得してくれたらしく感慨深げに頷いてくれた。その横顔にこっそり安堵のため息を吐きだした。
*****
「(…う〜ん…やっぱイワンも男のコだなぁ…)」
横へぴたりと寄り添うように歩く少年をちらりと見下ろした。いつもは気難しげな表情をしているのに…今はほくほくと楽しげな雰囲気を纏っている。それどころか僅かに頬が紅潮してさえいて、可愛いったらない。
…しかし…こんないたいけな少年のような見た目でも…一皮剥けば『オトコ』だった。
実を言うと…イワンを見つけたのは、2・3分前どころではなく、ざっと半時間ほども遡っていた。
互いにシャワーを浴びて着替えたらまたココで…と一端別れたのだが…
うっかりバーナビーと言い合いしてしまい遅くなったのだ。
ベンチに腰掛ける後ろ姿を発見して小走りに近づいたわけなのだが…
…いつも反応を示す距離に来ても、反応どころか…顔を上げる雰囲気すらない。
おや?…と首を傾げつつ寝ているのかも…とそろりそろりと近付いてみたら…何やら手帳に書き込んでいるようだ。背後に回ってみるも一向に気付く気配もなく…手元に影を作らないように…と覗きこんでみるも…流麗な筆記体が並んでいる。
それもそうか…と引こうとした時、自分の名前が綴られていることに気付いた。内容はさっぱりだが…綺麗にならんだ文字をじっくり見ていると…やはり己の名前がいくつか書き込まれていた。さらにはイワンの名前も並んでいる。
こうなると…気になってしまうのが人間の性だ…
何か内容が分かりそうな単語を…と見ている内に…顔が引きつり…頬が熱くなってきた。間違いであってほしい…とも思うが…間違いなく読み取れたそれは…
官能小説などでよく見る喩えの言葉。
わざわざ頭文字を大文字にして日本語をアルファベット表記になんてしているものだから、すぐに見つけられてしまうし…それらでだいたいの内容がすぐに判明してしまった。
イワンは官能小説を書いている…恐らく自分達2人の。
分かる単語のみを繋げていけば…正確には分からないが…とんでもなく卑猥な事になっているようだ。セリフらしき括弧の中は…間違いなく喘ぎ言葉になっている。
あまりの居た堪れなさに落ち着こうとこっそりその場から離れた。
真っ赤に染まっているであろう顔を帽子で覆い隠して大きく深呼吸する。
正直に言うなら…イワンと『そういった事』を望んでいないわけではない。
だが……あったとしても、もっと先だと思っていた。
…そう…せめて視線の高さが同じくらいになったら。
その頃にはきっとイワンも一時的な恋心から覚めているだろうし、自身も今以上におっさんになっている。ならば体を繋ぐこともなくなるだろう…と、どこか絶望していた。
しかし、まだまだ先のある若者をくたびれたおっさんが繋ぎとめるのも酷い話だ。
だから…『その時』がきたらあっさり離してやるつもりでいた。
…それなのに…
「(…やっぱイマドキの若い子は違うのかねぇ…)」
ひとまずイワンが書き終わるのを待って今来たばかりだと装うことにしておいた。下手に突っ込むとガラスの心を持つ少年がどうなるのだがわかったもんじゃない。
「(……どうしようか…?)」
これからイワンを家へと招待する。それはもちろん、『もっと触りたい』というイワンの希望を叶える為ではあるが…『ナニ』まで発展するとはこれっぽっちも思っていなかった。
「(ゴムあったっけ…まぁ、生でもちゃんと処理すればいいけど…や、その前に洗浄か…あ、ローションないのが一番やばくね?…んー…ハンドクリームか軟膏で代わりに…)」
通路の曲がり角に座り込んだ虎徹は頭の中をフル回転させて家の中を思い出した。何年か前までは自宅に連れ込んだりもしていたのだが…調子に乗った奴や、勘違いした奴らが家に通い詰めてきた事があった。面倒なことこの上ないし、そういう奴らを養う気も、囲う気もさらさらない。すっぱり切り捨てて新たな家を手に入れてからは誰も連れ込んではいない。
そんな事もあって…今の自宅に必要なものはあるのかないのか分からなかった。
とりあえず確実にいるもの…と頭に浮かべ始める。そこでハタ、と気付いた。
「(…なんだ…結局俺はイワンとシたいんじゃん。)」
なんだかんだと言い訳を並べがちになるが…拒絶は欠片もない。
弟分…という見方が長かったからか…自分の意識が低いからか…ついイワンがオトコである事を忘れがちになる。
あんな官能小説を書けるのだ。立派な雄狼だろう。
「虎徹殿!」
「うんー?」
名前を呼ばれたから振りむいてみると真剣な表情で手を差し出している。イマイチ意図は分からないが、「手を。」と言われてるような気がして何気なしに乗せてみるときゅっと握られた。
「え???」
「今日の虎徹殿はいろっぽ…あ、いや…その…妖え…んーと…えと。あ、危なっかしいから手を繋いでいれば安心だと…思って…」
尻すぼみになっていく言葉に虎徹は笑みをもらした。
先ほどからちらちらと向けられる視線には気づいていた。けれど横に『彼氏』がいるから問題はないと思っていたのだ。…しかし…イワンとしては落ち着かないようだ。なので牽制の意を込めて手をつなぐ…と…どうやらこの小さなヒーローはとことん自分の事を独り占めしたいらしい。
了承の意を込めてきゅっと握り返すと少し頬を緩めて再び歩き出した。
ただ…照れくさいのか、俯き加減だ。
「イワンー?」
「…はい…」
「おじさんの家に行く道通り過ぎちゃった」
「…え?」
こてん、と首を傾げて告げる言葉にイワンは目を見開き固まってしまった。俯いてひたすらに歩いてしまった己のせいで曲がれなかったのだ…と思いショックを受けたらしい。その頭を気にするな、と慰めるように撫でまわす。
何せ言おうと思ったが言えなかった。
なぜなら…繋いだ手をぎゅっと握りもくもくと歩くものだからなんだか声が掛け辛かった。
…というのは表向きの理由。
「ちょっと戻ればすぐだからさ。んなに落ち込むなよ」
「………はい…」
落ち込むなと言われてケロリとする人間はいないのだが…ひとまずは慰めておかないとどんどん沈んで行ってしまう。
「はい、こっち。」
そう言って繋いだままの手を引く。曲がり道までくるとまたイワンが少し前に出る形で歩き始めた。今度は通り過ぎないように、と曲がる道が見える度に聞いてきた。その慎重さに笑みを深めながら少しだけ遠回りになる道を教えていく。
…そうすればこの手を繋ぐ時間が長くなるから…
こんな小さな『Lie』なら許されてもいいだろう?
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