<君がほしい・前>


―腑に落ちない…

 いつものルルーシュなら言い訳をいくつも並べ立てて僕に反論の隙すら与えてくれないのに。
さっきの彼は、

「無理だ。なにがなんでも無理だ。」

 としか言ってくれなかった。はぐらかすこともせず無理だの一点張り。理由は何一つ言ってくれなかったから僕はずっともやもやしてる。

―そんな…中途半端な気持ちで言ったわけじゃない。

 そう、僕はさっき、ルルーシュに告白をしてきたんだ。


「僕はルルーシュが好きだ」

 放課後の屋上。遠くに部活をしている生徒の声が聞こえる。
 今日は軍で僕が出来る仕事はないに等しいので非番をもらった。というか、雑務があるはずだけどセシルさんが命令ですって言って譲らなかったんだ。なので、これから生徒会に顔を出すつもりで、ルルーシュもそのつもりで…「今だ」って思った。
 話があるから、と言って屋上にきた僕は彼の両肩を掴んで告白をした。思った通り、ルルーシュがきょとんとした表情になる。

「…俺もスザクのこと、嫌いじゃないぞ?」
「ありがとう。でもルルーシュが思ってる好き嫌いじゃないんだ」

 そう。友達としての好き嫌いじゃない。男同士だもの。それ以外に思い付くはずがない。
 でも、僕は伝えたい。

「愛しているんだ、ルルーシュを」

 彼の頭の中で様々な情報が入り交じっているんだろう、瞳が徐々に見開かれていく。ついでに狼狽え始めた。

「なッ…何言って」
「普通に考えておかしな事言ってるって自覚ならあるよ。」
「だったら」
「でも冗談じゃないんだ。考えあぐねてその結果。俺はやっぱり…男であっても、君を愛している。それこそ、性欲が抑えられないほど」
「ッ!!」

 言った途端、それこそ音がするんじゃないかってほどにルルーシュの顔が真っ赤に染まっていった。
 可愛いなぁ…その反応。思わず押し倒したくなっちゃうよ…本能のまま動くわけにはいかないから、今は抱き寄せるだけで我慢しておこうか…
 そっと細腰に腕を回し、優しく引き寄せると体が硬直する。じっと至近距離で見つめて言葉を促す。すると唇がわなないた。

「…だ」
「え?」
「無理だ。」
「男同士だから?俺のこと気持ち悪い?嫌いになった?」
「違う!」
―あ、即答だ
「違うんだ、そうじゃない…」
「…じゃあ…どうして?」
「どうして?って…」
「理由…教えてよ」
「理由…は……むり…だ…なにがなんでも無理だ!」
「ちょ…」

 大声でそう怒鳴った彼は力一杯僕を突飛ばし走り去ってしまった。僕はと言うと不意討ちをくらい、その場にしりもちをついて呆然と走り去る後ろ姿を眺める。

「しつ…れん…」

 その時はふられた事で頭が一杯だった。でも…



「やっぱりおかしい!」

 冷静になれば、ちゃんとした理由も聞いてないことに気付いた。

―ちゃんと納得の出来る理由聞かなきゃ!

 思い立ったが吉日。手早く着替えると白み始めた空の下。ルルーシュの部屋へと全力疾走する。



 幸いにも以前クラブハウスの合鍵をもらっていたのですんなり入ることが出来た。出来るだけ音を立てずにルルーシュの部屋まで走るとそっと中に入る。白いシーツの波から黒髪がはみ出しているのを見て思わず笑みが浮かんだ。

―おっと、笑ってる場合じゃない!
「ルルーシュ!起きて!もっかいちゃんと話させて!」

 布団の中にこんもりと潜り込んだルルーシュの肩を揺さぶりなんとか起こそうとする。シーツの海からのそ、と顔を出したルルーシュは酷く寝惚け眼でぼんやりと見上げている。そのあどけなさにどきりとしたがとにかく起きてもらわねばとずいっと顔を近付けて名前を呼んだ。

「ルルーシュ!」
「す…ざ、くぅ…?お前…今…何時だと思ってるぅ?」

 白い生腕が掛け布の下から表れ頭上に置いた携帯で時間を確認する。ディスプレイに表示された数字を見てため息をつくと反らせた首を戻し腕をそのままぱたりと落とした。

「お前のせいで…寝てない…もう少し…寝させろ…」

 かろうじてそう呟くと再び夢の中へと旅立とうとする。

「ダメだよ!起きて!ルルーシュ!!」

 思い切って掛け布をばさりと引き剥がすと、その下から現れた体に時間が止まってしまった。

「…え?」

 それは確かにルルーシュだ。…けど……けどッ?!

「ななななななななななッ」

 顔が、全身が発火したように熱くなる。
 ベッドの上では、携帯に腕を伸ばしたまま惰眠を貪っているルルーシュ。上げたままの腕を辿れば華奢な肩で蝶結びにされた紫のサテンリボン。そのまま視線をずらせば綺麗に浮き出る鎖骨。その下で白いメロンが2つ、黒いレースとリボンによって引き寄せられている。さらに黒いレースの端からは薄紫の透ける布がゆったりした波を描いて腹から腰を覆う。世間一般で言うところのベビードールというものだ。腰には紫の紐でリボンが結ばれ、その紐を辿れば白い股に三角の布が埋もれている。

―紐パン?!ていうかそれ以前に!
「おん…なッ?!」
「んぅ…」

 硬直しているとルルーシュが寝返りを打つ。腕と腕の間でむにゅっと押し出されるメロン、いや、おっ…や、んと、ち……いや。胸。そこに僕の目は釘付けだ。
 女の人の裸は職業上、見慣れたはずだった。
 けど、これは、今目の前に横たわっているのは…ルルーシュの…

「ッ!!」

 僕は思わず前屈みになってしまった。ずるずると座り込み頭をベッドの端に突っ伏した。ちらっと見上げれば白い滑らかな肌とルルーシュの寝顔。しどけなく開いたピンクの唇に誘われずりずりと近づくと、ふわりと瞳が開かれた。ぼんやりとした瞳に見つめられること、たっぷり5秒。ふるり、と体を震わせ、視線を下に下げてさらに5秒。

「〜〜〜ッ?!?!?!」
―あ、起きた

 ずざざーッと音を立てそうな勢いで壁まで後ずさったルルーシュは両腕で枕を抱き締めて小さくなった。こういう反応は女の子ならではって感じだよね…

「おおおまっお前!」

 顔なんて真っ赤だ。

「なんっで…なんでッ?!」
「あの…その…ちゃんとした理由聞かせてもらいたくて…」
「…りゆう…」
「で、焦って、君を起こそうとして掛け布剥がしちゃったら…」
「見た…んだな?」
「うん…バッチリ…その色っぽい寝姿を拝ませてもらいました…」

 ルルーシュの顔が一気に青ざめて枕にぽすっと埋もれてしまった。…ルルーシュ…頼むから膝立てないで!パンツが!白い太ももの間から紫色のパンツがぁ!!

「…ただろ」
「ぅえ?」

 思わずシーツに頭を伏せて悶絶しているとルルーシュの小さな声が聞こえてきた。顔を上げるとその細い肩が震えている。そっと、怖がらせないようにゆっくり近づくと枕を握る指が白くなっていた。

「ル…」
「失望しただろ…?」
「え?」
「お前にずっと嘘ついて騙して…昨日だってちゃんと理由も告げずに拒んで…」

 声も震えている。
 あぁ…きっとルルーシュはあの後ずっと嘘ついてた罪悪感に晒されたんだろう。
 色々考えて疲れ果てて眠ったのかも。
 そんなことを考えると思わず顔が弛んでしまう。

「…ルルーシュ…」

 彼…いや、彼女の両脇の壁に手を付き顔を覗き込むけど深く埋められていて見えない。優しく頭を撫でると始めはびくりと体を震わせたが、それ以降はされるがままだ。

「ねぇ、ルルーシュ。僕、今すごく嬉しいって言ったら信じる?」

 僅かに体が跳ねて震えが止まった。が、それ以上の変化はない。揺れ動いてるかな?

「あのね?ルルーシュ。不本意な形ではあるけど、本当のルルーシュを知ることが出来て嬉しいんだ」
「…」
「これじゃ、ダメ?」
「…」

 素直に今の気持ちを告げると頭を横に振ってくれた。それに少しほっとする。

「嘘ついてまで性別を偽ったのにも何か理由があるんでしょ?」
「…」
「だから君に失望なんかしない。嫌いになんかならない。ね?昨日も言ったけど、僕はルルーシュだから愛している。それは今も変わらないんだよ」
「〜ッ」
「顔、見せて?」
「やだ」
「やだって…じゃあ強引に見ちゃお」
「あ!こら!」

 枕を引き離し、その下から覗く顎を掬い上げる。すると頬を真っ赤に染め目尻に涙を浮かべている顔が露になった。

「泣いちゃった?」
「うるさッ…」

 目尻に浮かんだ涙を吸い取るとルルーシュが気まずそうに目を反らした。可愛い反応を返す彼女の頬や額にもキスする。

「ルルーシュ。改めて言わせて。」
「え?」
「僕はルルーシュを愛しています。恋人になってください」
「ッ!!」
「…返事は?」

 耳まで真っ赤にしてルルーシュは黙り込んでしまった。そのまま目を泳がせて時間だけが流れる。どうにか答えようと必死に考えてるみたいだ。
 あ、そっか、言葉にするの苦手なのか。

「じゃあ、ルルーシュ。僕は目を瞑るから、断るなら平手打ち、オッケーならキス。それでどお?」
「えぇ!?」
「言葉でもいいけど」
「うっ…」

 ん〜…究極の選択にしちゃったかな?まぁ、とりあえず目を閉じて待つとしよう。すると決心したようで、小さく声が聞こえた。

「…やるぞ?」
「うん、いつでもどうぞ。」

 ルルーシュの緊張が伝わってくる。かなりの覚悟をしたような響きから…平手打ちかな…どちらにせよ、男ならどんと受け止め…

―ちゅ…
「ッ?!」

 唇に触れる柔らかい感触に思わず目を見開いた。焦点の合わないくらい間近にルルーシュの長いまつ毛が見える。軽く唇で食む甘い衝撃に頭が真っ白になった。それはさほど長くは続かず、真っ赤な顔をしたルルーシュがおずおずと離れていく。

「ルルーシュ…」
「なんだ?不満か?!」
「や、そうじゃなくて…」
「じゃあ、なんだ?」
「てっきり頬にするんだと…」
「ッ!!」
「あぁ、天然でやっちゃったのか」
「お前に天然とか言われたくない!だいたいどこにとか言わなかったじゃないか!」
「えー?だって平手打ちが頬にされるものだから、キスも同じとこじゃない?」
「〜ッ」
「でも得したかな。君との最初のキスがルルーシュからなんて」
「うるさい、黙れ!」

 ブンブン枕を振り回して抗議するルルーシュはとても可愛い。こんな姿見せられたらメロメロだよねぇ?
 でもそろそろ落ち着いてもらおうかな。

「はい、ストップ」
「ぅわ!」

 手首を捕まえて引き寄せるとぽふっと腕の中に納まる。柔らかな感触と鼻を擽る甘い香り。思わずとろんととろけそうになる。
 あ、そういえば。

「前に泊まった時は普通の部屋着だったけど…この格好はたまに?」
「いや…誰かいる時は部屋着で、これは毎晩。」
「えぇ!?」

 渋る本人からなんとか聞き出せば、男として生きようと決意した時ナナリーとの約束で他に誰もいない時は女に戻る約束を交わしたと。なんでも、ナナリー曰く。

『分かりました。どなたかいらっしゃる時はお兄様ってお呼びします。でも、二人だけの時はお姉様って呼ばせてください。そうすれば、私にはお兄様もお姉様もいることになりますわ』

 とか。
 ちなみに今着てるベビードールもナナリー。咲夜子さんに手伝ってもらって買いに行くんだって。咲夜子さんには『大きくなったら着る為』って言ってたらしい。最近では『そろそろ年頃ですから』って。
 …恐るべし、ナナリー…
 でもおかげでいいもの見れちゃった。ありがとう、ナナリー。僕、いいお兄さんになるよ。

「いいチョイスしてるよねぇ、ナナリー」
「…そう…か?」
「うん、すっごく似合ってる」
「…黙れ…」
―あ、照れた
「乳首が見えそうで見えないとか、男心擽られるよねぇ」
「離せ!馬鹿!!」
「離したら全身がよく見えちゃうよ?」
「絶対離すな!」

 あぁ、どうしよう…頬の弛みが治らないや。可愛すぎる。そんなにぎゅうぎゅうに抱きついちゃって。
 分かってないんだろうなぁ…そんな風に抱きついちゃったら君の豊満な胸が押し付けられてるんだけどな。

「ね?ルルーシュ。」
「なんだ?」
「無自覚なのは嬉しいんだけど、そろそろ限界かなぁ、なんて。」
「なにがだ?」
―鈍い…鈍いよ、ルルーシュ。
「んぅ??」

 苦笑を浮かべて彼女の唇を塞いだ。まだ触れるだけのキス。ちゅっ、ちゅって音を立てて何度か繰り返していると、強ばってた表情がとろりと溶けた。そっと手を取り、股間へと導く。細い指が僕の高ぶりに触れるとびくんっと躰が跳ねた。

「…こういうこと。」
「〜ッ」

 いくら鈍くてもこれなら分かるよね。これで分からないって言われたらどうしようかと思ったけど。

「このまま離れてくれたら何もしない」
「…」
「ただ、今は俺から離れられる余裕はない」

 これは正直な気持ち。理性と本能の間で揺れ動いている僕は今、下手するとルルーシュを力付くで組み敷いて欲のままに抱いてしまいそうだ。所謂、強姦ってやつ。そんなことして嫌われたくないし。だけどそう簡単に抑えられるもんじゃない。なのでここはルルーシュの意思に任せる!

「…」
「…」

 おずおずとルルーシュの腕が解かれる。俯き加減で顔は見えない。僕もそれに従って彼女の躰を戒める自らの腕を解いた。

ぽすっ―
「?!」
「…」

 ルルーシュの頭が僕の胸に埋められた。驚いていると擦り寄るように肩口まで移動して腕が首へと回される。

「…ルルーシュ?」
「離れなかったら…するんだろ?」
「う…ん」
「…いいよ」
「え?」
「スザクなら…いいよ…」

 ちょ…犯罪的なんですけどーッ?!

「…スザク…」

 そんな潤んだ瞳で見つめないで…暴走してしまいます。

「…ルルーシュ」
「…スザ…ク…」



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