広い総督の居住フロア。本国の宮殿までも広くはないとはいえ、部屋数もさることながら離宮並みの広さはあるだろう。縦横無尽に張り巡らされた廊下を黙々と歩いていく人影が二組。スザク&ルルーシュとジノ&カレンだ。このフロアに下りてきて漸くルルーシュは俵担ぎから開放されている。とはいえ、膝の裏を抱え上げられたままなので、上体をスザクの肩から乗り出すようにして腕を組みぶすっとした表情だ。対するカレンはこのフロアに下りてきた時に下ろしてもらったが、エスコートされるように手を引かれて歩いている。そんな状態の中、十字に交差した廊下でふと足が止まった。
「えーと……カレンの部屋ってこっち?」
「そうよ。殿下の部屋にすぐ行けるとこ」
「ふぅん……同じ部屋じゃないんだ?」
「私だって一人きりになれる時間が欲しい」
「あぁ、なるほどね」
「じゃ、ジノ。またあとで」
「はいは〜い」
真っ直ぐと廊下を突き進むスザクの背にジノが軽く手を振って答えると二人はその廊下を右へ折れていった。折れてすぐの扉の前でカレンが足を止める。
「おっと……ここ?」
「うん。言ったでしょ?殿下の部屋にすぐ行けるとこ。」
「ふむ、確かに折れて最初の部屋ならすぐ行けるよな。」
「で?中までついてくる気?」
「まさか。淑女の部屋に男が入るのはまずいでしょ。」
「……スザク……運んでいったわよ?」
「うん。あれは特例。」
「……ふぅん?」
手を離したジノが扉横の壁に凭れつつにっこりと笑顔で返してきた。あまりにさらっと返されたのでこれ以上突っ込んで聞いていいものかと迷い始める。カレンがブリタニアときちんと向き合うきっかけを与えてくれたのは他でもない、ルルーシュだ。かなり強引な方法ではあるが、カレンの世界を広げてありのままの姿を見せてくれた皇女。その恩は全く返せていないと考えている。だからもっと彼女の手となり足となって役に立ちたい。いつだってそう思っていた。
しかし、彼女と知り合ってまだ一年と少ししか経っていない。その上、カレンは彼女のことを会ってからしか知らないでいる。今までは彼女の望むように、自らの目標に到達するようにと突き進むことしか考えてこなかったからなおのこと。
思わずジノの顔をじぃっと見つめてしまっていると首を傾げられてしまった。
「気になる?」
「 別 に 」
ぷいっと顔を背けて部屋に入ると扉をぴったりと閉じてしまう。鬱陶しいマントを乱暴に脱ぎ、ベッドの上に投げ捨てると部屋の中をぐるぐると歩き回り始めた。部屋のど真ん中にまで来ると両手を腰に当て大きなため息を漏らす。ちらりと肩越しに扉を振り返りそっと近づく。音を立てないように扉を開いて……
「子守唄でもご所望ですか?」
「………」
にこにこ微笑むジノの顔と対面した。その言葉と表情に思い切り眉間へ皺を寄せる。
「素直じゃないな、カレンも。」
「……悪かったわね」
「君はまだ殿下の騎士なんだから聞く権利くらいあると思うけど?」
「……」
「言えないことは言えないって言うし。私だって全部知ってるわけじゃないからね」
ジノのその言葉にカレンは一つため息をついた。日本人としては一歩引いたところで黙するのが美学と捉える傾向にあるが故に、ますます聞き辛かった。少し悩む素振りを見せるとその場に座り込んでしまう。膝を抱え込んでちらりと上目遣いにジノを見上げた。
「なんでスザクは特例なの?」
どこか憮然として拗ねている風だ。その様子に苦笑を浮かべると再び壁に凭れかかり、軽く瞳を閉じる。
「彼女の最初の騎士なんだ。」
「私の前任って聞いたけど……それだけで?」
「それだけじゃないさ」
軽く驚いた表情で見上げれば、そんな言葉が続いた。もしかしてはぐらかされるのかと口を尖らせるといたずらっ子のような瞳がこちらを向く。
「勿体付けないでよ」
「はは、悪い」
「で?」
「うん。スザクが騎士に就任したのは……9歳の時なんだ。」
「9歳!?」
今度は心の底から驚いた表情をした。ブリタニアのしきたりはあまり知らないが、そんな歳の頃に主従関係など、成り立つものなのだろうか?まだ、幼い皇女の護衛を付けるというのは分からないでもない。しかし、騎士の方も同じ年齢である。決して年上な訳でもない。たった数ヶ月離れているだけ。何故そんな特別扱いなのか?
「スザクはさ、日本の元首相の息子なんだろ?」
「う……うん。彼を差し出す事で戦争を終わらせたって……」
「って事になってるらしいね。」
「らしいねって……」
「だって年が合わないだろ?スザクが騎士に就任したのってそれより前だ。」
言われてようやく等号が成り立っていない事に気付いた。スザクが騎士に就任した年齢はブリタニアの日本侵攻より前の年になっている。小さな疑問だったはずが何やら大きくなりつつあるのにカレンは動揺し始めた。やはり聞くのはまずかったのだろうか?という不安すら沸き上がる。
「ルルーシュ殿下はさ」
「う、うん……」
「8歳の年、日本に来訪してたんだ」
「え!?知らない!そんな事!」
「そりゃそうだ。お忍びだもん」
クスクスと笑うジノを三角座りで見上げたまま昔話は進む。
「その頃はシャルル皇帝陛下が独裁政治を始めたばかりだった。これまでの『力ある故に世界を統一する者である』と言う観念を変えようとなさってたんだ。そんな時にルルーシュ殿下はブリタニアに属していない国を知りたいと言い出した。」
「その頃から突拍子もなかったんだ」
カレンの突っ込みにジノは更に笑みを深めた。
「まぁね」
「とはいえ……分からないでもないかな。だって……その頃のブリタニアに属した国ってことごとくブリタニアに近くなるようにってしてたんでしょ?」
「うん。だから殿下はつまらなかったんだろうな。別の国だって言われてもいまいちピンとこない」
「それで日本に……」
「そう。預けられた先は枢木家。当時の首相のお宅。」
「そこでスザクと出会った……と」
片や皇女、片や首相の息子。なんら付き合いに問題はない。きっとすぐ一緒にお茶したり談話したりしてたんだろう。膝の上で片肘をついてため息を漏らしていたカレンを横目で見たジノは笑みを苦笑に変えて足も組んだ。
「着いて早々、二人は殴り合いの喧嘩をしたんだって」
「はぁッ!?」
「その頃のスザクは今と違って頑固で融通が利かなくてすぐ手が上がる暴れ者のガキ大将」
「……うっそ……」
「まぁ、殿下も殿下で口が立つからね。根本的に合わなかったんだろな」
「……それが今や……ってやつね」
「うん。色々あったみたいだな。一年ほど滞在して帰ってくる時はスザクも一緒だった」
「だった……ってことは……見たの?」
「あぁ。ナナリー殿下やユーフェミア殿下と一緒にお迎えに行ったさ。飛空挺から降りてくるルルーシュ殿下の手を取ってエスコートしてた。そして類い稀なる身体能力に武道も秀で……あっという間に殿下付きの騎士。」
「その辺は実力主義だもんね」
「そりゃもちろん。でなきゃ騎士なんて勤まらないだろ」
「……よね……んー……ということはあの二人って幼なじみ?」
「そゆこと」
「だからって……あそこまで開けっ広げなのはどうなのかしら?」
カレンの困惑混じりの言葉にジノは苦笑を返しただけだった。
ふとその表情に引っ掛かりを感じ顔を覗き込むようにじっと見上げる。そんな不躾な視線を不思議に思ったのだろう、ジノが首を傾げて伺いたててきた。
「ジノは……」
「うん?」
「どうしてラウンズに入ったの?」
「陛下に実力を買われたから」
「そうじゃなくて……なりたかった?」
カレンの質問にジノが目を丸くした。まったくの不意討ちな内容だったらしく、その表情がなかなか動かない。
そのまま数秒見つめ合ったままでいたが、ようやくジノが動きだした。すとんと座り込み、カレンと視線を合わせる。
「なんでそんな事聞くの?」
「だってなんだか不本意だって響きだったから。」
「………」
「………」
「鋭いなぁ……カレンは……」
がっくりと項垂れると組んでいた腕が解かれた。ずーん……とでも音がしそうなくらいにめり込んでいる。いつでもお気楽、楽天人間なイメージしかないジノのそんな姿は初めてだった。普段は見えないつむじをちょいちょいっと突付きながらカレンは首を傾げる。
「さらっとぶっちゃけてみなさいよ?」
もぞっと這い出るように膝の間から顔を覗かせるとカレンをじっと見つめた。その表情は特にからかう色もなければとりあえず聞いてみるといったいい加減さもない。いっそそのどちらかの表情ならはぐらかせたのに……彼女はどうやら誤魔化さしてはくれないらしい。ふっと再び苦笑が浮かぶ。
「俺はね……とある御方の騎士になりたかったんだ」
「……とある?」
「そ。誰よりも好きで愛してて……絶対に護ってあげたい方。慣例によれば、騎士を持つようになるのは15歳くらいから。だから俺にはまだまだ猶予があった。その歳になられるまでに腕を磨き強くなり、騎士として望んでもらおう。ってね?」
「……そうして鍛えてたら陛下に見初められた、と」
「んー……正確には、騎士の座を横取りされた」
「え?」
「しかも突然現れてあっという間。その上年齢も達してない。お手上げってやつだね。」
「……それ……もしかして……」
きょとんとした彼女ににんまりと微笑みかけてジノはさっと立ち上がる。「これでこの話はおしまい」。そう行動で示したのだ。けれどカレンは眉を下げたまま一向に立ち上がる気配を見せない。ジノは苦笑交じりに一つため息を零すとさっきまで突付いていた手を取り立ち上がらせた。その表情はさっきまでの苦笑や、どこか寂しそうな笑みではない。いつもの彼らしい挑戦的に見える笑みだった。
「彼女の騎士にはなれなかった。けど新しい目標が出来たんだ」
「新しい目標って?」
「一人の男として彼女の横に立つこと」
「……恋人として……ってこと?」
「もちろん。元々騎士になりたいってのもずっと横にいたかったからだしさ。」
「でも……あの方……とんでもなく鈍感よ?」
「だからこそ!でしょう」
「……そっか」
難関であるからこそ挑んでみせましょう!と言わんばかりの表情で微笑みジノを見上げてカレンは淡く微笑んだ。話してくれるのを待つのもいいかもしれないが、臆さず聞いてみる方がずっといいような気持ちになってきたのだ。聞けばもっと色々知ることが出来るかもしれない、というのはなんだか子供の頃に宝探しをするようなわくわくするものがある。ただ拗ねて待つよりは当たって断られた方がずっといいと考えを改めるのだった。それにルルーシュは基本甘い人間なのでジノのように挑み続ければ折れて色々と話してくれる可能性も高いだろう。目の前のとんでもない挑戦をする人間よりは遥かに実りはある。
「……頑張れとは言わないわよ」
「え?応援はしてくれないの?」
「うん。むしろ阻止しなくっちゃ」
「えぇ?」
「彼女の横に立ちたいのは男ばかりじゃないってことよ」
今度はカレンがにっこりと挑戦的な笑みを浮かべて呆気に取られたジノを仰ぎ見る。そうして「おやすみぃ〜」とご機嫌な様子で部屋の中へ入っていってしまった。残されたジノはというと顎を指先で引っ掻きながら困ったような笑みを浮かべている。部屋の中の気配が完全に寝静まったのを感じ取ると今度は頭を掻きながら執務室へと足を向けた。
「こんなとこにも伏兵がいたとはねぇ〜……」
* * * * *
部屋に入るとようやく下ろしてもらえた。まるで子猫でも運んでいるかのように軽々しく持ち上げたスザクは、部屋に着くまでずっとそのままで歩き続けていたくせにふらつきもせず、すとん、と床に着地させた。
離れていた期間はたかが3ヶ月ほどのはずがずいぶん懐かしく感じる。ルルーシュはちらりと上目遣いにスザクを見上げた。まだ成長しているのか、彼の瞳の位置が少し高くなったように思う。
「何?」
「……強引過ぎる……」
「今更でしょ?」
「そう……だけど……」
ルルーシュが口籠もっている間にマントの紐を慣れた手付きで解いていく。あっさりと外して今度は長手袋を外す為、右手を取った。素肌の肩から手を添えて引っ掛からないようにと丁寧に抜き取る。左も同じようにするとルルーシュが僅かに身を捩った。
「……くすぐったい?」
「あぁ……ちょっと……だけ」
言葉の切れが悪いけど突っ込まないでおく。突っ込んでも期待するような答えは得られないと判断したからだ。相変わらずの細い腕に瞳を眇めつつ首を傾げる。
「上着も脱がせようか?」
「ッ!いい!自分で出来る!」
「はいはい」
顔を真っ赤にしつつ上着の襟を掴み寄せたルルーシュに淡く微笑みながらスザクはクローゼットへと向かう。彼女の整理の仕方が本国にいた時と変わっていないなら、外套類をしまう場所は決まっている。その予想を違えることなく開いた扉の向こうにはロングコート類がぶら下がっていた。マントと長手袋を一緒にしまうと振り返った先ではルルーシュがベッドに腰かけスザクを見上げている。近くに寄ると無言で上着を差し出された。
「これはどこに?」
「……そこの椅子でいい」
上着を受け取るとすぐに視線を反らしてベッドのすぐ脇にある椅子を指差す。どうやら拗ねているらしい。まぁ、人前で俵担ぎにされては機嫌も悪くなるだろうし、ルルーシュのプライドも多少傷つけてしまっただろう。言われたままに椅子へと上着を広げると、ふと違和感に気付いた。首だけ動かすとマントの裾をルルーシュが掴んでいる。
「……ルルーシュ?」
「……すぐ……戻るのか?」
「……君が眠るまではいるつもりだけど?」
「………」
じっと見つめるだけのルルーシュに、スザクは「あぁ。」と気付く。どうやら拗ねているのではなく、寂しがっているようだ。
椅子をベッドの横まで引き寄せて彼女の前へ膝をつく。
「子守唄でも歌おうか?」
「いらない……スザクは下手だから……」
「確かにそうだけど……ちょっと傷つくなぁ」
苦笑を交えながらロングブーツに手をかける。すんなりと脱がされるがままになっていたルルーシュが途端に暴れ始めた。
「あ、ちょっ……ソックスもなのか?」
「うん、もちろん」
「……うぅ……」
「何か問題でも?」
膝裏を掴み太ももまで到達しているニーハイのゴムに指を引っ掛けた状態で、わざとらしく聞くと頬が赤く染まっていく。足を早く離してほしいらしく捩ろうとするが、スザクの手が難なく押さえ込んだ。
「何?」
「その……はしたない……」
「はしたないってのはちょっと違うと思うけど?」
「えと……恥ずかしい……」
「ふぅん」
「それだけか?!」
「うん。おしおきの一環だし」
「うぅ……」
仕方ないのだ。口ではルルーシュが勝つに決まっている。かといって体力自慢である自分が出来る事といえば体で示せることしかない。そうなると、力で訴えられないからこうして羞恥を煽る嫌がらせ的な行為に走るしかないのだ。
とはいえこれがかなり効果的だったりする。
現に、今目の前で素足に触れられて恥ずかしがっている。更に付け加えるならばこの方法は個人的においしい。
ソックスが丸まってしまわないよう、慎重に下ろしていく。とはいえ、手袋を着けたままなのでかなりやりづらい。
「脱がせるならさっさと脱がせればいいだろ?何故こんなにゆっくりするんだ?」
「何故って……」
―触り心地がいいから。
とは口が裂けても言えない。ちらっと上目遣いに顔を伺えば、頬を染めたまま、耐えられない、とばかりに睨み付けていた。何かしら理由を告げねば、とは思うが、ルルーシュと違い、スザクは頭の回転は早くない。比べる相手が相手なので、最初から不利であるには決まっているのだが……幸いにも手を止めなかった為、彼女がしばしの瞬循に気を留めずに済んだ。
「……その方が君には効果的みたいだから」
「………」
「まだ何か?」
「〜もういい。」
真っ赤に染まった頬を少し膨らませながらぷいっと顔を背けられた。勝手にすればいい、といわんばかりの態度にスザクは苦笑を漏らす。
「はい、終わり」
「………」
散々勿体付けて脱がせたソックスをブーツに引っ掛け、横になるように促す。おとなしくころん、と寝転んだ彼女の上に掛け布団を引っ張り上げると途端に瞳がとろけてしまった。かと思えば布団を掴んでいた片腕を捕まえられる。
「……ルルーシュ?」
「まだ……いてくれるか?」
「君が望むなら」
そう言えばふわりと微笑みが返された。
―あぁ、寝呆け始めてるな。
幼い頃からそうだった。
ルルーシュは睡魔に負け始めるととても淋しん坊の甘えん坊になってしまう。スザクとしては普段とのギャップがあって見られるだけで嬉しいものだが、自分にだけ見せてほしいというのが本音。いつ何時こんな状態に陥るか分からないので気が気ではなかったりする。とはいえ、素直に喜べないのも確か。何故なら何の前触れもなくこうなる為、かなり心臓に悪い。
さすがに襲うわけにもいかないので髪を撫でることで誤魔化そうとした。だが、逆効果だったようだ。
「……ふふ……くすぐったい……」
クスクス、と、小さく笑いを溢すルルーシュは可愛らしいことこの上ない。ぐらぐらと揺れ動く理性を必死に支え、表情は笑みを保っていることを祈りつつベッドの端に腰掛けてそっと額に口付けた。
「おやすみ」
「ん……」
ほわんとした返事を返すなりルルーシュは眠りに落ちてしまった。力の抜け落ちた手を布団の中にしまい込み、もう片方の手にそっと指を絡める。無意識なのだろう、きゅっと握りしめてきた。
「………」
骨張った己の指に白くほっそりした指が絡まる様に瞳が自然と細くなっていく。静かに手を持ち上げ唇を寄せた。
「『日本』を救ってくれてありがとう……ルルーシュ」
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