―幸―
―ざあぁぁぁぁぁぁぁ……
「俺に勝ちたいか?カミナリ小僧」
あの頃……俺の名前は『カミナリ小僧』だった
無限城を出てしばらく経っても俺はずっと『カミナリ小僧』って呼ばれた
いつだったっけ……一緒に仕事をし始めた頃に一度危ない目に合った
その時に蛮ちゃんが……名前を呼んでくれたんだ
正直……名前を呼ばれた時……震えたんだ。心の奥から湧き上がる何かに震えてた
心に何かが湧き上がったと思ったら俺は放電してて……相手を吹っ飛ばしてたんだ
今思えば無限城を出たのも……蛮ちゃんと一緒にいたいと思うようになったのも
……知らない内に出来た理由が分かった
俺には蛮ちゃんが必要だ
蛮ちゃんが俺の前に現われた時、壊れてた世界が元に戻っていった
俺は……世界がこんなに綺麗だなんて……蛮ちゃんに会うまで知らなかった
俺と似たような……俺よりも辛いかもしれない過去を過ごしてきたのに……
蛮ちゃんは…世界がこんなに綺麗だって事を教えてくれた
俺の知ってる世界は……灰色で……ぼやけた世界……
……無限城から出て教えてもらった世界は……
色鮮やかで……透き通った世界だった
やっぱり濁ったところもあったけど
俺の知ってた世界よりもずっと綺麗な世界
それは……蛮ちゃんが真っ直ぐに前を向ける強さを持ってるから
見える世界
蛮ちゃんといれば……世界が変わって見える
蛮ちゃんがいなければ……俺には世界の色がない
「ここはあんたが来る場所じゃない」
あの頃……俺の名前は『あんた』だった
無限城から連れ出したあと……さほど時を置かずに
『あんた』は『蛮ちゃん』に置き換えられた
いつだったか…へまをして銀次がもう少しで刺し殺されるって事があった
もう目の前で誰かが赤く染まるのが嫌で……必死に名前呼んで……
正直……息が止まったかと思った。名前を叫んだのは自分なのに……
目の前で銀次が放電したと思ったら……銀次は俺の方を向いて立ってて……
今思えば…何かを求めて無限城へ踏み込んだわけだが……
……何が必要だったのか……分かった
俺には銀次が必要だ
漠然と何かを探して無限城に入ったのは……そこに銀次がいたからだ
どこかで失ったものを補ってくれる存在。それが銀次
銀次の強さは……俺とは違う強さだった
全てを雷で弾く能力を持っているのに全てを優しく包み込める強さを持ってる
誰かに捨てられる恐怖に怯えてるくせに
誰でも包んでしまう胸の広さを持ってる
……優しい強さを持ってる……
俺はその強さが欲しかった
その強さを持ってる銀次が……欲しかった
いつからか俺達は互いに惹かれあってた
いつからか俺達は互いの全てを欲しがってた
幾度となく体を重ねて…
幾度となく心を通わせ合った
そうして……約束をした
二人でしか出来ない約束を交わした
「大丈夫?蛮ちゃん」
「……んな事聞くぐらいならもっと手加減しろよ」
「だって……」
「だって?」
「怒らない?」
「言わなきゃ分かんねぇよ」
「うきゅ……んー……あのね……
蛮ちゃんと一つになると……世界が変わって見えるんだ」
「?世界が?」
「うん……すごく透き通ってて……ガラス球みたいに綺麗なんだ」
「へぇ……」
「ね……蛮ちゃんはどうして俺に抱かれるの?」
「!なんだよ……いきなり……」
「だって気になってたんだもん」
「んなもん気にすんな!」
「気にするよ!初めての時とか、本当はすっごく怖かったんだから!」
「なにが?」
「諦めて抱かれてる……なんて言われそうで怖かった」
「………」
「その後も蛮ちゃんは俺に抱かれてくれたけど……」
「嫌だとは言ってねぇだろ」
「うん…でも理由が知りたい」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……お前に抱かれるとな」
「……うん」
「……包み込まれるような……安心感がある」
「安心感?」
「お前の腕の中は暖かくて広いから……何も考えずに身を委ねられるんだ」
「なのに……逃げるんだね?」
「………俺は弱いから……」
「…………」
「……弱いから……怖くなると逃げたくなる……とくに……」
「……とくに?」
「……銀次を失いそうな時は……銀次から逃げたくなる」
「……蛮ちゃん」
「銀次から離れて……銀次がいなくなる瞬間から逃げたくなるんだ」
「……蛮、ちゃん……」
「……はは……かっこわり……」
「……蛮ちゃん、泣かないで?」
「……泣いてねぇだろ」
「心が泣いてる」
「………」
「大丈夫……蛮ちゃんは弱くないよ」
「銀次?」
「辛いこと背負いながらも……ちゃんと綺麗なものを知ってる」
「…………」
「弱いのは俺の方だよ」
「……どこが?」
「俺…蛮ちゃんがいないとみんな霞んで見えないんだ
……だから……俺の方がもっと弱い」
「弱くなんかねぇよ」
「……なんで?」
「霞んで見えなくても……ちゃんと自分の大切なものを抱きとめる腕と心を持ってる」
「えへへ……ありがと」
「……こちらこそ」
「……ね、蛮ちゃん」
「ん?」
「蛮ちゃんの命を俺に頂戴?」
「銀次?」
「俺の命を蛮ちゃんにあげるから」
「それで?」
「俺が蛮ちゃんを置いて行きそうになったら、俺がこの鼓動を止めてあげる」
「!」
「一緒に連れて逝く」
「……銀次……」
「逆に……蛮ちゃんが俺を置いて行きそうになったら、蛮ちゃんが俺の鼓動を止めて」
「………」
「そしたら……ずっと……一緒」
「……銀次」
「約束……しよう?」
「……あぁ、約束するよ」
空気は冷たかった。でも……
俺達を包む何かはすごく暖かかった
身を寄せ合って……抱きしめ合って……
熱を分け合って……同じ夢を見る……
ふと瞳を開いたら……俺の目の前に蛮ちゃんが横たわってるのが映った。
ふと瞳を開くと……銀次がこっちを見つめているのが分かった。
いつも付けてるサングラスはどこにもなくて……瞳が見える。
仕事の時にはいつも付けてる迷彩のバンダナは見当たらない。
青くて…紫色の瞳がふわりと細められ、赤い口元も…綺麗に微笑んでくれる。
俺が微笑むのにつられるように銀次も笑顔を返してきた。
蛮ちゃんの胸と右手が真っ赤に染まってるのが見えた。
銀次の胸が赤く、左手のグローブがどろどろに溶けてんのが見える。
微笑む唇から…つうって赤い液体が溢れ出す。
俺に向けられた笑顔の上に赤い液体が流れてきた。
鼻をつくのは錆びた匂い……
風に混じる焦げた匂い……
左手を差し伸べると生暖かい液体が腕を伝ってる。
右手を動かせばぴちゃっと水滴の音がした。
右手を捕まえると握った強さだけ、握り返してくれる。
左手に掴まれると握ってきたから強く握りかえした。
ずっと微笑んだままの表情……
……なおも向けられる笑顔
瞬きすらもどかしくて、じっと見つめてたら……微笑を象った唇が微かに動いた。
瞬くだけが嫌で…見つめるだけなのが我慢ならなくて……そっと語りかけてみる。
唇が動くけど、音は聞こえない。でも……
音を出したはずの唇からは生暖かい液体しか出てこない。だが……
―……銀次?
―……なぁに?……蛮ちゃん
―……大丈夫か?
―蛮ちゃんこそ……大丈夫?
―見りゃ分かんだろ?
―うん……俺も同じ……
―そっか……
―蛮ちゃん?
―うん?
―俺……後悔なんか全然してないよ……
―……顔見りゃ分かるよ
―うん。蛮ちゃんは?
―……分かるだろ?
―うん……分かった
―銀次……
―ん?
―ちゃんと……約束……果たしたからな
―うん……俺も……果たしたからね
―あぁ……
―もう……離れないよ……離さないよ
―俺も……離れねぇ……離れたくねぇ
―蛮ちゃん……今度はいつかな?
―?何が?
―もう……鈍いなぁ
―悪かったな……何がいつなんだよ?
―俺達が次に会うの……いつかな?明日かな?あさってかな?
―ばーか……んなすぐなわけねぇだろ?
―えー?だって俺一日でも蛮ちゃんと会えないのいやー
―分かってねぇな……
次に会うまでの期間が長けりゃそれだけ会った時の感動がでかいだろ?
―そっか……楽しみだね蛮ちゃん
―あぁ……楽しみだな
―……冷たくなってきたね……蛮ちゃんの手
―お前のも冷てぇよ……
―えへへ……
―なぁ……一緒に堕ちようぜ……
―うん……もちろん……一緒じゃなきゃ捕まえるよ
―……銀次……
―蛮ちゃん……愛してるよ
―銀次……俺も愛してる……
二人の瞳が閉じられると、空が涙を落とし始めた。
大量の、大粒の涙。大地に広がる赤い跡を流し、その場を清めていく。
寄り添い倒れたままの二人の穢れを洗い落とし、風と光を呼んできた。
さらさらと……金と黒の髪を撫で、『お眠りなさい』とマリアが囁くように。撫でるように。優しく二人の上を通り過ぎる。
二人の表情は穏やかで、優しく、柔らかく微笑み合っていた。