―幸―
「ごめんなさい……銀次くん……」
占い横丁に並ぶ内の一軒。魔女マリーアの住処。その隠された二階にある部屋でポツリと呟く彼女に近づくと、ゆっくりと振り返り見上げてくる。
あぁ……気付いてらしたんですね?
「今日は何の用?」
冷たく言い放つその言葉は魔女特有の響きでもあるのかと思わせる強い口調。齢100近くといってもまだまだ現役の魔女だということなのでしょう。
「定期報告に伺いました」
「……そう。変わりないのでしょう?」
「えぇ。どこも変わりございませんよ?お人形のように……ぴくりとも動かれない」
「………」
「ただ……日付を気にしておられるようですね」
「……やっぱり」
「何か心当たりでも?」
「あったとしても……Dr.ジャッカル、あなたには話さないわ」
「そうですか……それは残念です」
さすが美堂くんの育て親。鋭い眼差しがそっくりですよ。
「さて……そろそろ戻るとしましょう。お痛をされていては困りますからね」
「……もしかしたらもうすぐ、勝手にいなくなるわ」
「教えては下さらないんじゃなかったんですか?」
「言ってもいいと判断した事しか言っていないわ」
「……ふふふ。そうですね それではまたお伺いしますよ」
「……えぇ……」
軋む床を踏みしめ布に隠された裏口から外へと出る。空を見上げれば紅く染まる所。
さて……戻るとしますか、お人形のところへ。
あのお人形を目覚めさせられないかと思いマリーア=ノーチェスを訪ねていたのですが……やはり教えてくれそうにもありませんね。他の方法を探しましょう。
私が今引き受けている仕事はマリーア=ノーチェスからの依頼。
今回は運び屋ではなく護り屋として動いているのですが……まさかこのような依頼が来るとは思いませんでしたよ。
内容は依頼物を一定の期間中、私がよく知っている方達から遠ざけろという。
ただそれだけ。実に簡単なこと。しかし、報酬がなかなかのものでしてね?引き受けてしまったという事ですよ。
遠ざける対象の方々の反応を見るのが楽しいですからね。その上、依頼物を好きに出来ますから。
しかし……好きに出来るといえど、お人形相手では退屈してしまいます。さっさと細切れにしてしまっても良いのですが、何分入手困難なお人形ですからね。もったいない、というわけです。
まぁ……あの魔女・マリーアならばこの辺りも考慮に含んでいたのでしょう。私の考えや行動を、ね。だから弥勒一族や卑弥呼さんといった適役であろう方々を選ばずに私を選んだのでしょう。
……実に光栄ですよ。
占い横丁を歩き、私自身の持ち場へと足を運んでいると……
「ジャッカル」
珍しいですね、私などに声をかけるとは……
「お久しぶりです、卑弥呼さん」
「挨拶なんかはいらない」
「ほお……何か御用ですか?」
細い路地を立ち塞ぐ卑弥呼さん。表情は以前にも増して凛々しくなったのではないでしょうか。右手に握っておられるのは……ポイズンパフュームですか。命がけ、という事ですね。
「以前聞いたかもしれないけど……本当に蛮の居場所を知らない?」
「えぇ。以前お話した通り、存じませんよ」
「本当に?」
「疑り深いですね?レディポイズン」
「……あなたが一番疑わしいからよ」
私が一歩踏み出せば、瞬時に構え私の次の行動に備える。機敏な動きですね。
「確かに私が疑わしいかもしれませんが……」
「……………」
「あの美堂くんが私などと一緒にいてくれると思いますか?」
「……………」
私の言葉に納得されたようですね、戦闘解除をしてくださいましたよ。しかし、まだ腑に落ちていない、という顔をなさっている。
「レディポイズン?美堂くんとの付き合いもそれなりに長いあなたが……何かひっかかる事でも?」
「……あいつとの付き合いが長くても、私は子ども扱いをされていたからね」
「……それで?」
「肝心な事は何一つ話してくれないのよ。今だってそう……いきなりいなくなって……私や相棒にはなんの相談もしないの。なんだって一人でしてしまおうとするのよ」
「彼は強いですからね」
「強いんじゃないわ……脆いやつなのよ」
「……なるほど……勉強になりましたよ」
「あ!ジャッカル!」
「……まだ、何か?」
「……あの……」
「生憎と仕事中なのですよ」
「そう……時間を取らせたわね」
「いいえ……時間を気にするような仕事ではありませんから」
「?」
「それでは……ごきげんよう」
私の言った事が飲み込めない、という表情をなさってはいましたが、あまり長居は出来ませんからね。出来る事なら少しでも目を離したくありませんから……
早く帰る事にしましょうか。
新宿からさほど離れてはいない草むら。そこに佇む打ち捨てられた廃屋に入るとお人形は賢くそこに座っていました。私が切り刻んだYシャツを羽織ったまま……
今朝廃屋を出た時と変わりなく、壁に背を預け、虚ろな瞳でどこかを見つめ続けている。その表情は実に私好みのもの……『いつも』の触れれば凍ってしまいそうな怒りを纏った表情も好ましいのですがね?
魔女マリーアの依頼を受けた時は正直驚きました。まさかここまで変貌してしまえるとは思っても見ませんでしたから。
同一人物だとは思えませんでしたよ。表情もなければ、瞳に柔らかい光も、私好みの鋭い光も纏ってはいない。ただの『お人形』でしたから。『お人形』を預かり、触れても、抱き上げても、何の反応も返らない。『人』ではなく『人形』。精工に作られた人形かとも思いましたが、触れれば熱が、近寄れば呼吸が感じられる。
帽子を脇に脱ぎ捨てる。そっと手を伸ばし、その滑らかな曲線を描く頬を撫で、紅い唇に触れる。その唇を一舐めして自らのソレを押し当てる。柔らかく吐く息を吸い取る。そう……ヴァンパイアが獲物に口付けを与えるように。ゆったりと……惜しむかの如く唇を開放し、首に舌を這わせれば微かに反応が返る。服の合わせ目を割り、鎖骨に噛み付く。そうすれば返ってくる反応。
……しかし……その反応では私は満足できない。ぴくりと体を振るわせるだけの反応では私は満たされない。
獲物であるならば足掻いてこそ美しい。
叫んでこそ食べ甲斐があるというもの。
こんなに静かに無抵抗にされては気が削がれます。
顎に添えた手を離すとその場に立ち上がり、帽子をかぶり直す。
「つまらないですよ……美堂くん」
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