煽って煽られて…散々じゃれて、触れ合って…永遠に続くのではないかと感じられる無限ループの中、ニールがふと上を見上げた。

「あれ?ガンダムの音?」
「さすがに耳がいいな。」
「そりゃ、まぁ…元マイスターですからね。」

 同じモビルスーツでも機体によって微妙に音が変わってくる。それでなくとも、マイスターに選ばれてから訓練、戦闘…と、数え切れないほどの回数と時間をガンダムとともに過ごしてきたのだ。そのニールが風を切るモビルスーツの音を聞き間違えることはない。
 二人して床に転がっていたのだが、刹那が起き上がってしまった。住人のいなくなった胸元がすかすかとしてかなり淋しい感じがする。徐々に引いて行った人肌の温もりに甘い時間は終わりだと告げられているようで少々がっかりしてしまった。ぼんやりと見上げていると、てっきりパイロットスーツのインナーを着るのだろうと思っていれば、ニールが脱ぎ捨てた黒のパーカーを素肌の上から着てしまう。

「…お前さん、狙ってる?」
「?何をだ?」
「や、いいっス。」

 身長、体格ともに5年前とは比べ物にならないくらい成長はしているのだが…いかんせん、着たのはニールのもの…男性ものだ。女性の刹那が着るとやはり手が隠れてしまうほど袖は長いし、丈も膝より上、かなり際どい位置ではあるがお尻はすっぽりと被さっている。彼シャツ状態…ニールの密かな萌ポイントを無意識で撃ち抜いてしまう刹那は相変わらず鈍かった。

「あの機影…もしかしなくても…デュナメスとか?」
「察しの通りだな。」
「…お前さん一人でって指示したよな?」

 どこかに飛んでいくのかと思った機影は島の上空で止まってしまった。そのまま徐々に大きくなる影に刹那を振り返るとファスナーを一番上まで引き上げて歩き出している。恐る恐る質問を重ねるとくるりと顔を向けられた。

「あぁ、忘れてた。」
「へ?」

 きょとりと見つめ返せばふわりと淡い笑みを向けられる。その瞬間、はたと気付いた。あの刹那が『忘れてた』と言うのは明らかにおかしい。

「俺からの連絡が一日なかったらライルが駆けつけるようになっていたんだ。」
「おまっ…わざとだろ!?」
「さぁ?知らないな。」

 さらっとした説明を返してくる刹那に力いっぱい突っ込んでみるが、華麗にスルーされてしまった。しかも、もう来てしまったものは仕方ない。とてつもなく重いため息をついてガンダムが着陸する浜辺へとついて行った。
 浜辺へと出てくると、ハッチが開いたままのエクシアの横に、こちらもハッチを開けたままのデュナメスが膝まづいていた。ウィンチロープが垂れ下がっている事からパイロットは降りていることは分かる。視線を横へと移動させていけば、予想通り、エクシアのコクピットから緑のパイロットスーツを着た人間が降りようとしていた。ぽつりと放置されたエクシアに異常がないか調べていたのだろう。肩越しに見える表情の真剣さによほど心配していたことも窺える。砂浜に降り立ったライルのすぐ傍まで近づく刹那の後ろで、仲間意識が高くなったなぁ…などと思わず感激してしまった。

「ご苦労様。」
「刹那!無事だった…か…って…」

 刹那の声に振りかえったライルの反応は実に分かりやすかった。
 まず、目の前に立つ刹那の姿を見た瞬間に固まってしまう。素足の爪先から太股までのラインを確かめるように登って、ランジェリーの類を着けていないせいでつんと尖った部分もはっきり分かってしまう胸元まで上り詰めた。あまり凝視するのはマズイと思ったのか、さらに登ると鎖骨がすべて見える衿周りをじっと見つめる。さきほどまで睦み合っていた為に、普段なら注意していたものが丸見えになっていた。細い首筋と鎖骨の回り…更にファスナーの合わせ目から覗き見える柔らかな谷間にも紅い華が散っている。いつもならばハイネックの服ばかり着ているから本人も気づいていないだろう。慌てて視線を逸らすようにもっと登るといつも通りの無表情な刹那の顔に辿りつき、はっと我に返ったようだ。ついでに言うと…刹那の後ろについてきた男の存在にも気付いた。

「………」
「………」
「………」
「………よ。」

 固まり続けること数十秒。あまりに動かないので自分から動いてみることにする。しかしまだ動きはない。生きてるよな?と思わず疑ってしまっているとようやく首が動いた。

「………刹那。」
「なんだ?」
「ここに鏡とか置いてる?」

 どういった反応に出るのか…と思っていると、どうやら否定を選びとったようだ。目の前の現実の確認から始まってしまった。

「残念ながらそんなものはないな。」
「…じゃあ…俺の遺伝子使ってイノベイター作ったとか。」
「作る必要がない。」

 思い浮かぶ限りの可能性を引き出したようだが、もちろん刹那にばっさりと切り捨てられている。当たり前といえば当たり前なのだが…彼の心境も分からないでもないので苦笑を浮かべて見守り続けた。

「じゃあ…あれは何?」
「お前の兄らしきものだ。」
「らしきって何!?」

 刹那自らライルに説明してくれるのかと思えば、その考えは甘かったらしい。セブンスソードのごとくざくざくっと深く刺さる言葉の刃にがっくりと項垂れてしまった。

 一応なりとも存在の肯定はしてくれているのが唯一の救いかもしれない。それでもしょげる心を宥める術はなく、力ないままに立ち尽くした。

「あのさ…刹那…俺の兄さんは光になって散ったっつったよな?」
「あぁ、確かに。」

 そんなニールをほったらかしにライルと刹那の会話は進んでいく。慣れた光景…ということだろうか。それとも構うと面倒だと判断されたのかもしれない。そんな息の合った放置プレイにいろんな意味で涙がほろりと出てくる。

「次第に薄れて行って…」
「間違いなく散ったよ。」
「あんたに聞いてない。」
「はい…」

 それでもどうにか構ってほしくて言葉を挟むとぴしゃりと叩き落されてしまった。再びしょんぼり萎れるニールを横目で確認してライルは刹那に向き直る。

「それでだな。」
「あぁ。」
「俺が数年ぶりに見た兄さんは…右目はあんな色じゃなかったし、傷跡もなかったんだけど。」
「話によると闇医者に5年かけて体を治してもらったらしい。」
「ふぅん…5年。」

 不審がられているのは明らかな視線と言葉のやりとりに酷く居心地が悪い。口の端が可笑しな具合に引き攣って向けられる視線を耐えた。

「ちなみにコレがカルテのデータだそうだ。」
「へぇ…一応そういう証拠もあるわけね。」
「一応な。」

 闇医者の元を退院する際に渡されたデータスティック…彼が記録した5年分の治療経過をデータにしたものだと言っていた。あった方がいいだろう、と渡されたものだが…本当に渡されて良かったかもしれない。完全に疑いに掛かっている相手へ提示出来る心強い証拠品になった。

「んじゃ、とりあえず。トレミーに連絡と、このデータを転送してくるわ。」
「よろしく頼む。」

 刹那からスティックを手渡されたライルはひらひらと玩びながらデュナメスのコクピットへと登っていった。さっそく通信を開いているのだろう、僅かな話声が聞こえてくる。その姿をじっと見上げている刹那の傍らにそっと近づいて行った。

「………」
「………」

 いつもと変わらない涼しげな横顔にさっきまでの時間は夢ではないかとすら思える。けれど、その細い首筋や鎖骨周辺で鮮やかに浮かびあがる花弁が否定をしてくれていた。つまりは『この対応』も『お仕置き』の一環と考えていいだろう。酷いとは思うが、自分に非がある。むぅ…と少々しかめっ面をしつつ甘んじて受けることにした。

「………疑ってないんじゃなかったのかよ…」

 甘んじて受けるにしても拗ねてます、と意志表現がしたくて刹那を抱き寄せたいところだが…うっかりライルに撃たれるのも嫌なので腕組をしたまま大人しく横に並び立つ。互いの体温を僅かな空間を隔てて感じ取りながら、ぽつりと不満をぶつけてみると紅い瞳がちらりと見上げてきた。

「あんたがニールだってことは疑っていない。」

 返ってきた答えは彼女の瞳と同じく迷いのないまっすぐな言葉だった。答えの内容に安堵したものの、新たな疑問が浮かび上がる。

「…じゃあ、何?」
「今回、また…この前みたいに…消えてしまわないとは限らないだろう。」
「………あー…そういうことね。」

 淡々と語られる言葉…それに反してその紅い瞳は悲哀の色を濃くしていた。前回の喪失は相当刹那を傷つけた事を証明している。愛し…愛される事を教えてくれた大事な存在が腕の中で消えていくのだ。例え目の前であっても…戦場で…手の届かない場所で…討ち死にする方がよっぽどマシかもしれない。

「だから…一応カルテもあるようだしトレミーの方で調べてもらおうと思って。」

 それはまるで「もういなくならないでほしい。」と希い、甘えてくるような言葉だった。思わず頬が緩んでしまう。ついでに我慢が利かなくて組んだ腕もむずむずする。しかし、「が・ま・ん。」と耐えている間に刹那が拗ねたように顔を反らすものだから、結局は我慢できずにその柔らかい髪を撫でまわしてしまった。

「(……お??)」

 てっきり「うっとうしい。」と叩き落されるのだと思っていた手は意外にも落されずにそのままだ。僅かな違和感に顔を覗きこむと頬を赤く染めた刹那が恥ずかしさを必死に耐えた難しそうな表情を作っている。

「ッッッ!!!」
「ぅぐっ!?ちょっ!」

 滅多に見せない刹那のあまりのデレ具合に思わずタックルほどの勢いで抱きついてしまった。そのまま思い丈を示すが如く…ぐりぐりと頬擦りをした上で抱き潰すのではないかという程の強い抱擁を施した。腕の中で刹那が苦しげに呻き逃れようと暴れて見せるが、本気ではないのか、なすがままに近い。

「可ぁ愛〜い〜いッぐぁ!!!?」
「うちのエースにセクハラしてんじゃねぇぞ!この不審者!!」

 幸せな時間というのはあっという間に終わるもので…でれでれな上に溶けきった顔を緑色のヘルメットが直撃して強制終了となった。しぶしぶと抱きしめた体を解放して痛む顔を撫でさする。しっかり大事にされてんだぁ…と痛み以外の涙が目尻に滲み出てきた。
 ………しかし…はた、と気づく。

「………一応、なんだ?」
「あぁ。真偽の分からないものだから一応だ。」
「……ふぇ〜い…」

 一つ引っ掛かった言葉を呟くとやっぱりさらりとした言葉を返されてしまった。

「…というわけで。ひとまずハロを帰します。」

 現在のトレミーはまだデータの照合が出来るまでも回復出来ていない。よって今、代わりとなって動けるのはハロくらいということだ。よってハロだけの一時帰還を命じられたようだ。デュナメスをハロに任せライルは待機することになった。

「気を付けてな、ハロ。」
「あと早めに戻ってきてくれるとありがたいかな。」
「マカセトケ、マカセトケ!」

 刹那とライルが並び見送りをしている姿はなかなかに…ほのぼのとしていて可愛らしい感じがある。大昔のアニメで似たような光景を見たな…とふと思いついて小さく笑いが漏れた。確か、『サツキとメイ』だ。

「…いったな。」
「なぁんか切ない感じだよな…って、どうした?」
「エクシアを移動させる。」
「ん?あぁ、そうだな。」

 いくら海の真ん中に位置する無人島といえ、衛星写真などからはまる見えになる。長時間放置の面からエクシアを岩肌が晒された位置まで移動させるとGNステルスを起動させて隠しておくことにするようだ。
 危なげなく歩く足取りに、無茶をさせたと少々心配したが無用のものだったようだ。…しかし…

「…鼻の下伸びてるよ?」
「…お前こそ…」

 横まで来た弟が突っ込んできたが、同じ表情をしているだろうと突っ込み返した。ウィンチロープで上がっていく刹那はもちろんコクピットに入るのだが…下にいる二人にはその卑猥な光景に男の性を刺激され、「美味しい眺めをありがとう。」と感謝していたりする。
 常時長ズボン着用の刹那はまったく失念しているようだが…今着ているのは、ニールの着ていたパーカー一枚だ。しかも十分な長さがあるわけではない。普通に立っているだけでもぎりぎり隠れる程度なのだ。その格好で高い場所に行けばもちろん下から丸見え。足を動かす度にちらちらと見える合せ目が男心を大いに擽ってくれる。

「…刹那って…危機管理がなってないよな…」
「んー…むしろあんな格好することなかったからな。」
「あぁ…ね。ミニスカとか履きそうにないもんね?」
「プリーツのチェックとか履かせたかったんだがな。」
「お〜…可愛いじゃん。どうして実行しなかったの?」
「や…だって…危ねぇじゃん。」
「ん?」
「ユニオンのストーカーさん…とか?」
「んーと…Mr.ブシドーか。」
「ばっちり女の子に仕上げた刹那を一発で見抜きやがったからな。」
「そいつぁ…恐ろしい…」
「それに…」
「まだ何かあんの?」
「ん…一番危険な事。」
「ほぉ?」
「刹那は足癖悪いから。」
「…足癖?」
「腕のリーチが短い分、足を使うんだよ。」
「あ〜…パンチラね。」
「…チラで済めばいいが…」
「…はは…」

 兄弟揃って渋い顔をしつつ苦笑いを零している内にも刹那はコクピットに入り込んでいた。すぐに出るからかハッチは開いたままだ。岩肌に面した場所に移すべく操縦を開始するとディランディ兄弟は揃ってにっと笑みを漏らす。

「あの格好でコクピットって…えっろいよなぁ…?」
「あ、やっぱそう思う?」
「思うでしょう?戦いにしか使わないような場所に足をちょっと動かせばえっちぃお華が見えちゃうとか。冒涜すぎ。」
「だよなぁ…興奮するよなぁ…」
「するっしょぉ…あの場所で犯したりなんかしたら絶対刹那のことだからいやいやってするだろうし。」
「あー…」
「なに?もしかしてヤったことあんの?」
「んー…1回だけ。」
「うーわ。何やってんだよ、この節操なし。」
「いやいやいや。ちっちゃい頃の刹那がコクピットに籠るのが癖だったんだよ。」
「でもヤったんだろ?」
「はい…すんません…」
「や…俺に謝られても困るけど…今度混ぜて?」
「おい。」

 くだらない話が続く中、移動を済ませた刹那はシステムダウンの為にパネルを叩いていた。その表情はマイスターらしく凛としている。それに反して同じコードネームを持つ男達は新たな妄想に華を開かせていた。

「思うんだけどさー…」
「んー?」
「座席が今のタイプで良かったよな。」
「……うん??」
「や、あれがもし乗馬タイプだったりなんかしたら誘ってんじゃないかと思うっていうか…」
「あー…真後ろに乗ってドッキング…とか…息子さんを操縦桿に見立てて操縦してやろうか?って?」
「兄さん…なんかそれオヤジくせぇ。そして露骨過ぎ。」
「お前が振ったんだろうが。」
「だからって…んなはっきり言葉にしないでよ。」
「しゃーねぇだろ?妄想が膨らむんだから。」
「まぁ…否定はしないけど…」
「だろ?まぁ、俺は今のままでも十分だと思うがね。」
「ん?そう?」
「物は使いようだろ?座って膝の上に乗せるとかさ。」
「んーと…座位ってこと?」
「そ。気持ち良くなりたかったら自分で動けってな?」
「うーわ…Sっ気炸裂。」
「いぃと思うぜ〜?あの刹那が羞恥に耐えながら啼くとこ。」
「ん?…ん〜…」
「その内動くの辛くなって『もぉやだぁ…』とか『動いてぇ』とかさ。」
「…あ〜…」
「散々焦らした上だったらきっと『きもちいぃっ』とかって悶えるかもな?」
「…おぉ〜…」

 次々と出てくるニールの妄想の欠片に触発されてライルの脳裏にも同じだろう光景が思い描かれていく。それと共にじわじわと湧きあがるものがあった。

「………何をしている?」

 ステルス機能を動作させた刹那が砂辺へと戻って来た頃、二人は前かがみに身悶えていたのだった。


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