「……どう思う?」
ある日マリナの元に一通の手紙が届いた。
彼女とて多くの人々と交流を持っているのだから手紙が届くのは当然のことだ。その事自体はなんら可笑しなことではない。
しかし今スメラギの手に収まっている手紙は違和感がある。表書きには確かにマリナの名前が書かれているのだが、差出人の名前はおろか、住所も消印もなかった。中を調べてみると機械による印字で簡潔に書かれた文章…
『 刹那・F・セイエイ へ
下記のポイントにて貴殿を待つ
N:xxxxxx E:xxxxxx 』
戦いが終結した今、『敵』と呼べる者は存在しない。しかし、名指しであることと差出人が書かれていないことがメンバーへ不安を湧き起こさせる。
「…太平洋のど真ん中だな。」
「無人島の一つですって。」
ポイントからざっと場所を割り当てて呟くとマリナが出来る限り調べてくれたいた。
書かれたポイントは何もない無人島。大きくもなく、小さくもなく…といった大きさらしい。所有者もおらず、最近その島へ渡航した船や通過した飛行機の情報もなかった。
イノベイターとの最終決戦でトレミーが負った破損は絶大なもので、イアンを始め、メンバー総出で修復にかかっているのだが…通信及びデータ計測などの精密機関は時間がかかる為に後回しになっていた。そんな折に食料の調達に行っていたライルとスメラギが、マリナに呼び出されたのだ。
乗客リストを照合したのだろう、ポートに降り立つとマリナからの迎えが待機していた。ざっと説明を受けて彼女の元へ案内されると差し出されたのは一通の手紙。
いつも通り各地から寄せられる手紙の中に紛れ込んでいたらしい。空けてみても紙切れ一枚のみ。筆跡鑑定しようにも打ち出されたものでは役に立たない。差出人の情報も皆無とあり、マリナ自身も随分悩んだらしい。単なる冷やかしならばなおの事、刹那に知らせる必要はないという判断が浮き上がってくる。しかし、指定のポイントは太平洋に点在する無人島の一つ。わざわざそんな場所で待っているというこの文章を信じていいものか…
通信系が復活していないトレミーとどう連絡を取ろうかと悩んでいる時にタイミングよくライルとスメラギの名前がエレベータのリストに入っていた。さっそくと迎えを向けて事の次第を説明すると、二人も難しい顔をしてしまう。とりあえずスメラギが持ち帰るという事で一旦治める形を取った。
本来の目的である調達を済ませた二人がトレミーへ戻ってくるとさっそくミーティングを開始する。ティエリアはまだ眠ったままなので、彼を除いたメンバーを招集して持ち帰った手紙を見せた。メンバーでその手紙を囲って首を捻り、今に至る。
名指しされている刹那といえば訝しげな表情のまま黙りこんでいた。
「悪戯にしては意味がなさ過ぎるのよね。」
「…どうして…今なのかな?」
「戦うって事はなさそうな気もするんだけどな。」
各々意見を出し合って考えをまとめていくことにする。その中でアレルヤが一人の人物像を浮かび上がらせた。
「…あのブシドーだったりして…」
「あいつはもう戦う事に意味を見出していない。」
「単純に勝負したいとか。」
「その筋ならありえるかもね。」
「…あり得るのか?」
刹那との『宿命の戦い』を望み、幾度となく立ち塞がった男。何度も接触していく内に彼の人の性格や思考はだいたい把握出来ている。
「あれだけ執着してたのだもの。今なら戦争抜きで戦えるでしょ?」
「…しかし…」
「何か引っかかる?」
確信に変わりつつある中、刹那だけが珍しく渋っている。その様子にスメラギは首を傾げて突っ込んでみた。
「…ヤツならこんな回りくどいことはしないと思う。」
「え?そう??」
「きっと…こちらの都合もお構いなしに迎えにきたとか言って直接果し状を持ってくる。」
「「「「「「「「………」」」」」」」」
広がる沈黙に肯定の意味が込められていた。言われてみれば刹那の言う通り、彼の行動パターンを考えると手紙など書かずに殴り込みよろしく突撃してきているだろう。いつまでも続きそうな沈黙の中、イアンがため息を吐き出す。
「トレミーの精密系が直ってたらもうちょっと調べられたんだがな…」
「仕方ないさ、まずは動かせるようになる方が重要だし。」
現在のトレミーは宙に浮かぶことの出来る移住空間といったところだ。以前のように何かと調べたりどこかと通信を取ったりすることは不可能である。移動できるだけでも御の字だ。乗組員総出で修理に当たると言っても皆が皆精密機械を扱えるわけではなく、作業のほとんどはヴァスティ家族に任せる事になっていた。
カティから軍の設備で修理をしようという提案があったが、まずは先方の修理が優先だということで今のところ断っている。軍の建て直し及び修復が済んだらお言葉に甘えると言ってあるので、そのうち満足な修理を行えるだろう。だが、今現在が問題である。
「イアン…」
「おう?」
重苦しい溜息が洩れる中、刹那がぽつりと話し始めた。何か思いついたのだろう、迷いのない表情で顔を上げる。
「音声のみで構わないから通信出来る状態にしてもらえるか?」
「音声のみか?」
「あぁ。カメラ機能の修復は時間がかかるだろう。」
「まぁ…そうだろうな。」
「だから、トレミー通信機能を…あと、出来ればデュナメスを動かせる状態にしてほしい。」
「へ?」
トレミーの修復は予想出来ていたが…後に続いた言葉にきょとりと瞬いてしまう。
「ケルディムやアリオスは破損部位が多いから間に合わないが…操作タイプが酷似しているデュナメスならロックオンが動かせるだろう?」
「俺が出るの?」
「何かあった場合の予防線だと思ってくれればいい。」
「…ってことは…」
それらの言葉に彼女の考えが理解出来る。イアンが恐る恐る聞いてみると…
「行ってくる。」
予想通りの言葉が返ってきた。すでに決意してしまった彼女の顔に、止められそうにない事を悟る。しかしそれでも…とライルは歩み寄った。
「…大丈夫か?」
「ガンダムが一緒なら負けない。白兵戦でも負ける気はしない。」
「…刹那なら大丈夫よね…」
「…かなぁ…」
きっぱりと言い切る彼女の言葉通り…ガンダムで出たとしても…対人での戦闘でも刹那ならば切り抜けられるだろう。
「ん、分かった。刹那、気をつけて行ってきて。」
「あぁ。」
「ただし、期限は一日ね。」
「一日?」
「一日経っても戻ってこなかったら何があったとしてもロックオンに向かってもらうから。」
「ああ、分かった。」
念を押すようなスメラギの一言で決定してしまった。たとえ大丈夫だと分かっていても何か起きてからでは遅いと猶予を作るが、一日でもかなり長い方だろう。移動距離などを考慮にいれるとこれが精一杯の時間だった。
「それでなくてもやばかったら連絡してこいよ。」
「了解。」
最後に釘をさすような一言をライルが呟く。何かにつけて無茶をしやすいのが刹那だ。指定された先で、仲間になんらかの危害が及ぶと判断したら一人背負いこんでしまいかねない。そういった事柄を危惧しながらも頬を撫でて自分達の存在を植え付けようとした。
* * * * *
指定されたポイントはマリナが調べた通り太平洋の孤島だった。開けた砂浜と緑生い茂る森。ズームすれば森の中央あたりに滝がある。それは刹那がまだ子供でクルーの皆がいて、ニールもいた頃に一度来た覚えがある。砂浜に椅子を持ち出して髪を切ってもらった場所だ。その後クリスにヘヤゴムなどを借りてニールの前髪をくくったりもした。そのお返しにとヘヤピンを留められた記憶もあった。
それらの思い出を頭に浮かべ懐かしさに目を細めていると、その砂浜に一つの影があった。
位置がちょうど髪を切ってもらっていた辺りだ。徐々に降下していけばそこに椅子が一脚とそれに腰掛ける姿が見えた。メインカメラをズームさせれば黒のパーカーにジーンズを履いているのが分かるが、顔はフードに隠されてしまっていた。
とりあえず呼び出した人間に間違いなさそうなので少し距離を開けた場所へ着地する。相手が何を目的としているのか分からないので用心の為にハンドガンを1丁手にして、エクシアR2をスリープ状態に切り替えた。何かあった時にすぐ乗り込んで起動出来るように体勢も直立ではなく片膝を付いた形にしておいた。
慎重にハッチを開く。男は座ったままではあるが、両手がパーカーのポケットに入ったままなのでもしかすると銃を隠し持っているかもしれない。けれどそんな警戒も空しく、刹那が砂浜に足を下ろしてもその人物は動かなかった。1歩…2歩…とゆっくり近づく。もしかしてマネキンを座らせているのではないか、と思った。視線を回りに向けようとした途端おもむろに立ち上がったから思わず後ずさりじっと行動を観察する。しかしくるりとこちらを向いてからまったく動く気配を見せなかった。
「………目的は何だ?」
「……」
「…答えろ。目的は何だ?」
一定の距離を保ったままに問いかけてみたが、答えが返ってこなかった。はったりの為ではあるが、手に持つハンドガンを無言で突きつける。撃つつもりは毛頭ないが、脅しにはなるかもしれない、と向けるだけ向けておいてもう一度口を開いた。
「もう一度だけ…」
「…お前さんだよ。」
「ッ!?」
返された声が鼓膜を震わせ…心までも震わせた。同じ声…いや…『よく似た』声ならよく聞いている。トレミーの修理が終わるとアレルヤはマリーと世界を歩いて回るのだといっていた。そうするとマイスターが2人きりになるのだから、今後あるかもしれない戦闘に備えるには『彼』…ライルとのミーティングやコンビネーションの確認が不可欠となる。
けれど…ライルはトレミーに残してきたのだ。もしかしたら発進した後なんらかの方法で先回りをして驚かそうという魂胆があったかもしれない。しかしその思考は刹那自身によって却下されてしまう。
なぜなら…
ライルとは違う『この声』を刹那が聞き間違えるわけがないからだ。
ハンドガンを握る手が僅かに震え出す。どう考えても『それ』は有り得ないことであり、信じるに値しない事柄で…けれど心が『それ』を望んでいる。脳内と心の中で鬩ぎ合いが始まり混乱に陥るが相手に悟らせるわけにはいかないと必死に耐えた。
「意味が…分からない。」
なんとか平静を保ち声を絞り出せば小さく笑う気配が感じ取れた。
するりとポケットから出てきた手は『予想通り』革の手袋に包まれていた。その両手がゆっくりと持ち上がりフードを後ろへと落としてしまう。
そうして晒された顔に息を呑んだ。
風に揺らめくミルクティーブラウンの髪…透けるような白い肌…僅かに違うのはその失われたと思っていた右目が知っている色と異なっている事だ。緑色なのに青く輝く見慣れた瞳と違い、右目は淡い緑色をしている。けれど目の上下に引き裂いたような傷跡が残っているところから右目を傷つけたことが伺えた。どういう風に傷ついたのか少しだけ聞いていたが…その時教えてもらった通りの傷痕が出来ている。
けれど…その存在を受け入れる事が出来ない。
今なお脳裏に浮かぶ微笑みと耳に残る爆破音…引き裂かれる胸の痛みもまだ時折燻っては心を掻き乱している。
5年前に失った彼の人はアロウズとの戦いの中、一度還ってきた。
何が起きたのかは分からない。異常現象と呼ばれる出来事だっただろう。
けれど、あの時はどうでもよかった。
ただ…背中を預けられる存在が、ソランでもなく、刹那でもない…ただの『自分』を受け止めてくれる存在が…戻ってきてくれた。多くの戦いの中で疲弊し切った心身にはそれだけで良かったのだ。
しかし…もう…あの時から状況が変わってしまっている。
「…なんの、冗談だ?」
「あぁ、そりゃ俺も思ったね。」
「………」
「目覚めた時に散々呆れていっそ死んだ事にするべきか悩んだんだ。」
ようやく絞り出せた声。それに答えた声は決して茶化すような響きを持っているわけではない。隠せないほどの動揺が体を駆け巡り、全身が震え始める。手はかたかたと小さく音を立てるハンドガンを落とさないように握り締めることで精いっぱいだった。
「…それで?」
「お前さんを手放せなくて戻ってきた。」
まっすぐに射抜く見慣れた瞳と知らない瞳。それはまるで現実と夢の境をゆらゆらと行き来しているかのようだった。
さざ波の音の中に広がるしばしの沈黙。しかしそれはすぐに静かな声に破られる。
「あんたの真実を聞かせろ。」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
→NEXT
A・W Menu
TOP