「…刹那さん。」
「なんだ?」
「いや、何って…これ…何?」
「見たままだが?」
「そうじゃなくて!何で付いてんの!?」
「スキンシップに丁度いいかと。」
「どんなスキンシップだよ!?」
ことん、と首を傾げる様はなんというか幼くて可愛いが、それは手に握られた鎖がなければの話だ。ついでに言うならその鎖が自分の首に繋がっていることを差し引いてもいいくらいのギャップにくらりときたものがあったというのに…現実はそこはかとなく厳しい。
カタロンからここ、CBにつれて来られて幾日。ライル個人としては初めて会う人間ばかりだが、ここにいる人間にとってはそうではない。確かに初対面ではあるのだが…ライルが来る前に双子の兄である…『ニール・ディランディ』がいたからだ。外見が瓜二つな為に何かと重ねてしまうのだろう…
しかしそれは…『ライル』という存在が認められてないことに繋がるのでは?と日々もやもやとした気持ちに支配されてしまう。
昔からよくあることではあったが、大人になってからも同じ見られ方をされるのは非常に不愉快だろう。
ライルの性格からいちいち拘ったつもりはないがニールとのギャップや違いに戸惑ってどうも人間関係が上手くいっていないように思っている。そんなライルに気を遣ってか、刹那が相談にのってくれた。…相談…のはず…
「あんたが鎖持ってて、その先が俺の首につけられてる首輪に繋がってるのは…どういうスキンシップなんですか…」
「あぁ、これは単なる行動制限だ。」
「制限?俺何かして…」
「フェルト。」
「!」
「お前の気持ちも分からないでもないがやり方が問題だ。」
「あー…はぁ…」
「二度と同じ結果を出さないようにする為の対応策だ。」
「あぁ…はい…すんませんね…」
「あとティエリアから躾けろと言われたからこのスタイルにした。」
「…教官殿か…もしかしてこのとんでもないのも教官殿?」
首輪と鎖だけでも憂鬱になるというのに…これはどういう冗談だろう?とライルは頭を抱える。寧ろこんな事が出来るってすげぇよな…と感心すらしてみせる。すごいというのは決して褒めてるわけではなく…恐ろしいという部類だ。
それというのも…今ライルの頭にはなくてはならないものが無い代わりにあってはまずいものがくっ付いている。しかも腰の下の方にも目を疑うようなものがくっ付いていた。
…ずばり…犬の耳と尻尾。
−いやいやいやいや…人間にこんなもん…生まれつきでもないのにいきなり生やされても…
「原案は前にいたドクターのものだが。それをティエリアが解析して新たに作り出したのだといっていた。」
「なんの為に…」
「癒しだとか。」
「こんなデカイ男に付けて癒しになるのかね?」
「…俺は可愛いと思うが。」
真面目な顔してさらりと言ってのける刹那にライルは脱力するしかなかった。がっくり頭を垂れてしまったライルの髪を刹那はよしよしとでも言わんばかりに撫でてくれる。どう見てもすっかり犬扱いだ。
ちらりと見上げて刹那の表情を伺えば…思わず息を飲み込まずにはいられなかった。
「ッ!」
「?…どうした?」
「ぅ…あ、いや…なんでも…」
ほんの数秒ではあるが…いつも仏頂面もとい無表情だった刹那の表情は柔らかく微笑みを象っていた。
途端におかしな具合に跳ねる胸をどうにか押さえながらもじっと見つめてしまっていれば、刹那からツナギを渡された。なんだろう?と訝しげに思いかけたが、ふさふさの尻尾のことを思い出したらあっさりと分かってしまった。制服は着られないだろうから代わり、ということらしい。黙々と着替えてみるとご丁寧にお尻部分に穴があけられてあった。しかも穴はボタンで開閉して大きさを調整できるという優れものだ。
用意周到だな…などと考えていれば食事を摂ると言って食堂へと連れて行かれるのだった。
* * * * *
「あのさ…」
「ん?居心地悪いか?」
「まぁ…これだけ視線を受けてりゃ多少居心地も悪いけど…」
食堂に着いた二人はそれぞれプレートを持って適当な位置に腰掛けた。普段なら向かい合わせに座るところだが今日は少しでもこのおかしな姿を隠せるようにとライルは刹那の横に座る。とはいえ、体格差から言ってもさほど隠れられるわけもなかったが…そんなわけで食堂に来た人間全てが2人を見て珍しそうな表情をした後必ずぎょっとした顔をして二度見をしていく。その後は訝しげだったり興味津々といった視線を向けられ続けるものだから居心地いいわけがない。顔に出てしまったのだろうライルの心境を的確に読み取ってくれた刹那に少々驚かされながらもさっき感じた違和感を切り出してみる。
「それよか…この薬…前にも誰か飲んだのか?」
「…飲んではないが…犠牲になった人間はいる。」
「…ラッセ?」
「よく分かったな。」
「哀れみの篭った視線が感じられるからな。」
そう。じっと見つめて来る視線の中、ラッセ・アイオンは最初見た瞬間苦虫を潰したような表情を作り、その後は哀れみの篭った表情を浮かべていたのだ。どうやら前回生み出されたこの薬の犠牲者のようだ。そして…
「うわぁ!!」
食堂に入るなり叫び声を上げた人物がいた。ひょいと見上げてみれば顔を真っ青にしたアレルヤだ。
「…アレルヤもか…」
「あぁ。」
こうもいかつい男ばかりが犠牲になってるのを考えるともしかして前にいたドクターはマッチョ好みだったのか?とげんなりとした表情を浮かべている内にぷるぷると震えていたアレルヤはそのまま踵を返し泣き声を残して走り去っていった。
「前のドクターってのも…変わった人間だったんだな…」
「?何故だ?」
「なんでこういう萌素材を女の子に使わなかったんだって話。」
ケモミミなんてのは可愛い女の子に付けて萌〜!とか叫ぶのが普通ってもんじゃないのか?そんな意味も込めてため息を吐き出すと、あぁ、と刹那が呟いた。
「前回は事故のようなものだったからな。」
「…事故?」
「薬を掛けた食べ物がロシアンルーレット状態だったんだ。だから運の悪い人間が摂取してしまった。」
「おいおいおい…」
とんだサディスティックなドクターもいたもんだ…と苦笑を浮かべていると、ふと一人頭を過ぎった。
「…もしかして兄さんも?」
「よく分かったな。」
「そりゃねぇ…ビンボークジ引くの得意な兄でしたからぁ…」
ふっと思わず遠い目をしてしまった。
* * * * *
「大丈夫か?」
「や…あんまし…」
朝からケモミミ人間にさせられて夕方になる頃にはぐったりとしてしまっていた。何故なら…
女性陣からは可愛いの一言で散々弄り回され…あのフェルトもわくわくと顔を輝かせて触りに来ていたのだ。ようやく開放されれば男どもからは羨ましがられたり、同情してもらったりと両極端とも言える感情をぶつけられる。ちなみにティエリアに至ってはあの綺麗な顔にこれまた綺麗な笑みを浮かべて可愛がってくださった。
それはもう…愛犬を相手にしているかのように…
ライルにとっては…恐ろしいったらないが。
そんな経緯を経てすでにぐったり気味でいたライルは刹那の許可を得て談話室でタバコを一服しようとしたのだが…
襲ってきたのは激しい眩暈と吐き気。
なぜかと思考を巡らせれれば嗅覚が敏感になっているのだろう…今のライルの鼻にタバコの臭いは気分を害する以外の何でもないらしい。
そんな経緯を経てライルは今、刹那の膝を貸して貰って丸くなっているのだった。
「あ〜…きもちわりぃ…」
体と頭の中をぐるぐる掻き回されるような気持ちの悪さに沈黙すら辛くて…う〜…だの…あ〜…だのと呻いていると上から小さく笑う声が聞こえた。気だるげに見上げれば逆光の中笑う刹那の顔がある。
「あぁ…すまない。」
「…すまないって割りに…楽しそうじゃん…」
「ティエリアが企んでいたのはこの事か、と思ってな。」
「…あ〜…?」
「気持ち悪くなるからタバコは吸えないだろう?」
「…あー…このまま禁煙してしまえってか…?」
「だろうな。」
脳裏にしてやったりな展開に微笑む『教官殿』の顔が思い出された。あの綺麗な笑みの裏にはこんな企みが存在していたとは…
−…ぜってぇ抗ってやる!
と、反抗期の少年よろしく低レベルな反抗心剥き出しにしていると随分と敏感に出来ている耳に刹那の指先が触れてびっくりした。
「ッ…なんだよ…そんな珍しいもんか?」
「いや…そういうわけじゃないんだが…癖が強いな…と思って。」
「癖?…あぁ、くるくるだわな。」
「ロックオン…ニールは毛先だけ巻いていたからこんなところに違いが出るのかと感心していたんだ。」
地毛とケモミミの毛が少し絡まっているのだろう、そっと直してくれながら教えてもらった過去に少し引っかかりを覚える。なぜならケモミミ騒動(仮)があったのは軽く4年前だ。
「…よく覚えてんな?」
「まぁ…起き抜けに見せられたから…インパクトが強くて覚えているんだ。」
「ふぅん?」
それだけ?ともっと突っ込んで聞きたいが…耳を擽る刹那の指が気持ちよくてそれどころではなくなった。
「…気持ちいいのか?」
「はえ?!」
「尻尾が揺れている。」
「あ〜…そうねぇ…」
普段はポーカーフェイスを気取ってるライルもシッポがあれば心中ばればれらしい。なんだか恥ずかしくて余計に気まずい思いをした。
けれど…いつもは無表情で仏頂面ばかりの刹那が微笑みながら膝枕。
…悪くないんじゃね?と滅多に堪能できない状況を愉しむことにする。てっきりガチガチに固いだろうと思ってた太ももも思ったより柔らかく頭を撫でる手も気持ちいい。大きく息を吸えば香る刹那の匂いもほんのりと甘く感じられて心地良かった。
「…刹那…」
「どうした?」
ふわふわと優しく撫でる指先を堪能していたが、ふとした変化に気付く。ようやく気持ち悪さが和らいできたのだが、違う影響が顔を出し始めていた。どうしたものか、と刹那を呼ぶといつになく心地良い声音で返事をしてくれる。その声を聞いた瞬間、頭の中でぷつりと何かが切れる音がした。
ごろりと寝返りを打って顔を見上げる状態になると、急に動いたのに驚いたのか刹那の手が中途半端に浮いていた。その手首を掴み取り上体を僅かに浮かせると顔の距離が近くなる。
「…すっげむらむらしてきたんだけど…」
「………え?」
言葉の意味が正しく伝わっておらずぱちくりと瞬きを繰り返す刹那の唇に噛み付いた。間近に見える紅い瞳が動揺に揺れているのを見つめながらぐっと肩を掴み倒す。
「っ…なに、を…!?」
床に押し倒されて圧し掛かられた刹那が声を上げた。しかし逆光の中に浮かぶライルの表情に固まってしまう。
薄く開いた唇が僅かに開閉し、荒々しい呼吸が聞こえる。薄暗くてもなお鮮やかに浮かび上がるアクアマリンの瞳が完全に据わっており、『獲物』を見下ろしていた。ぐっと寄せられる体がやけに熱を帯びているようだ。無意識に逃げようと立てた太腿をライルが跨いだせいで彼の股上に触れてしまう。
「!!??」
『そこ』にある確かな存在の変化に目を瞠ってしまった。己の存在を主張するような熱と質量に背筋がぞくりと粟立つ。思考が真っ白になっているとふと詰襟に指が引っ掛けられた。じじ…と小さく音を立て引き下ろされるファスナーに焦ってしまう。
「ま、待て!ライル!」
「………」
制止の声を上げると耳がぴくりと僅かに浮いて指がぴたりと止まった。深く俯いていた顔が眉間に皺を寄せて上げられる。その瞳が高ぶる本能と命令に忠実な理性の狭間で揺れ動き苛立ちと共に苦痛を訴えていた。
じっと見つめて言葉を待つライルに刹那は一言だけ呟いた。
「…ここではダメだ。」
* * * * *
「刹那?ソレはどうしたんだ?」
「…ティエリア…」
部屋まで移動しようにもライルが立ち上がるのがやっとだと言うので、肩に腕を回させて半分担いだ状態で廊下を移動していた。ただここが宇宙空間で微重力が働いていて助かった…と内心ほっとしてしまう。もしこれが地球上だったなら自分よりもデカイ男を担いで運ばなければならなかったと思うとそれだけで疲弊する。運ぶだけの力がないわけではない。ただ、部屋に戻ってからの事を考えると出来るだけ体力を温存しておきたいのだ。
何せこの状況は二度目だ。この後何が待っているかなどわかりきっている。
その中、廊下を移動していた時にティエリアに出会ってしまったのだ。今の二人の状況を見つめ訝しげな表情をされている。
「灸を据え過ぎたか?」
「…あぁ。歩くのも辛いらしい。」
「ではそのままタバコなど止めてしまえばいい。」
随分毛嫌いしているのだな…と苦笑を浮かべてしまう。項垂れてはいるが話を聞いてはいるだろう、ライルの髪が僅かに揺れて頬を撫でた。ついでに首筋へ熱い吐息を掛けられてしまい早く部屋へ行かねば、と多少の危機感を募らせる。
「ティエリア…すまないが…」
「あぁ、引き止めて悪かった。」
疑われる事のないように注意しながらも会話を切り上げ通りすぎていく。廊下の曲がり角に来るとティエリアがまた声を掛けた。
「薬の効果はきっちり24時間に設定してある。切れるまでの世話が大変なようなら遠慮なく言ってくれ。」
「あぁ、ありがとう。」
感謝の意を込めて手を振りつつ廊下を曲がっていくと首元で小さく笑う声がした。
「…代わられても困るんだけどな…」
掠れた声に先を思いやられながらも部屋へと急いだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ある意味筆休め(え?)
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