「ん?どうした?」
「俺…とんでもないとこに来たんだな…って…」
「腰抜けちゃった?」
「ん…そんな感じ…」

もう付いて行ける気が欠片もなくなったニールを余所に撮影準備はさくさく進んでいった。
ぐるぐると眩暈のようなショックに呻いていると、アレルヤがミレイナを抱え上げた。

「まずはこの位置からね。」
「んーと…了解ですぅ!」
「はい、じゃあよろしくお願いします。」

しばらくそのままでいたかと思うと下されたミレイナが刹那へと駆け寄っていく。まずは普通に立ったままで取るらしく、屏風の前で棒立ち状態の刹那に屈んでもらい、衿周りを触り始めた。

「?…何してるの?」
「ん?微調整をね。」
「…微調整?」
「ピン打ちって言ってね?見る角度によって半衿の見え具合なんかを調整するのよ。」
「…ぅ、ん…?」

スメラギの説明を聞いてみるもあまりぴんとこず、首を傾げてしまう。するとティエリアが紙を取り出して目の前に見せてくれる。

「いいか?着物の衿周りの重ねはこのようになっているな?」
「うん。」

4枚の紙をそれぞれ着物と襦袢の襟に見た立て重ね、Vの字の角度をつけて見せてくれる。それを真正面に持って来て確認を入れられた。素直に頷くと今度は少し角度を左へずらす。

「今、刹那が立っている角度がこのくらいだ。」
「うん。」
「半衿の見える幅が変わっただろう?」
「…うん、片方だけ着物でほとんど隠れてる。」
「この隠れてしまう半衿を微調整することでバランスよく写るようにするんだ。」

じっと紙を見てから刹那の方へと振り返ると、丁度調節が終わったのか、ミレイナがこちらに向かってきていた。姿勢を戻した刹那の首元を見てみると、角度をつけてあるにも関わらず、着物に埋もれずに半衿が覗いている。どうやったかは分からないが、とても自然に見えた。

「…あ…袖にも何かしてある?」
「お、よく気づいた。」
「袖が長い分、寄りやすいので厚紙の板を入れてあるんだ。」
「…あぁ…そっか…そうすることで袖が広がって柄が見えるもんね?」
「その通り。」

解説を受けている間にもポージングの微調整が入り、道具係を担っているというラッセとリヒテンダールが手持ちのライトを持って立ち位置を調整していく。一度レンズを覗いてみたアレルヤがOKの指示を出してシャッターの切れる音が鳴り響いた。

 * * * * *

「どお?アレルヤ。」
「うーん…悪くないんだけど…」
「…少し…中途半端な感じだな。」
「模様も…綺麗に出てないね?」
「ぎこちなさそうに見えますぅ…」
「だよねぇ?」
「なんか…神秘的っていうか…単なる見返り美人?」
「あぁ…確かに…」

軽く着用写真を撮った後、実際にポスターになる事を想定して撮ってみることになった。屏風の前に立って肩越しに振り返る刹那を何度か撮った後、手で表現を加えてみたり、体を捻ってみたりと変化を持たせて撮ったりもした。そのデータをパソコンに取り込んで大きめのモニタに映し出す。その画像をメンバーで寄って集って見つめながらそれぞれに意見を零していった。
その光景をしばし見た後、待機を言い渡されている刹那を振り返るとこちらをじっと見つめていた。

「…ちょっと入っていい?」
「ん?どうぞどうぞ?」

刹那の表情に呼んでいると判断したニールは断わりを入れてからセットへと駆け寄った。敷き広げられた絨毯の縁まで来ると靴を脱いで上がると、揃えて向きまで変える。

「お、律儀にちゃんと靴を脱いで揃えてるじゃない。えらいえらい。」
「ま、常識ですしね。それに下手に汚されるのは困りますから。」

そんなスメラギとティエリアの言葉など聞こえていないニールは、刹那の横まで来ると首を傾げつつ見上げた。

「なぁに?」
「…違和感がある。」
「あぁ、うん。みんなも言ってる。」
「…ニールはどう思う?」

すぱっと言い捨てる刹那に頷くと、意見を求められる。

「ん?…うん…神秘性に欠けるよね。」
「…そうか…」

さきほどモニタを見ていた時は特に何も言わなかったのだが、何をどうすれば神秘性が表せるだろう?と考え込んでいたのだ。『刹那』の素材としては申し分ないはずだ。となると、表現のしかたがイマイチなのだろう。ならばどう表現すればいいのか…ぐるぐると悩んでいる所に刹那の視線を感じたわけなのだが…刹那自身もしっくりきてないらしく、考えていたが、一人では埒があかないので呼び寄せた、と言ったところだ。

「体勢を変えるのはいけないのか?」
「ん?そんな事ないんじゃない?雑誌なんかのモデルさんだって何パターンも動きつけて撮ってるっていうし。…何かある?」
「寝ころぶ…というか…横になる…というか…」
「…しなだれる?」
「あぁ。妖艶さがある方がいいように思う。」
「……うんうん。見た目女の人だけど男の色気みたいなのあると不思議に感じるもんね。」
「…男らしい…立て肘…とか?」
「うん、ありあり。あとはそうだな…髪を軽く掻き上げる感じ?」

ぽつりと呟かれた案に二人して意気揚揚と肉付けをしていった。
二人してあーだこーだと言い合っている様を遠くで見ていると、動きが出た。

「あ、動きだした。」
「考えがまとまったのかな?」

ずっと話し合う二人を見ていた面々はどうするのか、と半ば期待しつつ見守り続けている。

「…あぁ〜…なるほどねぇ。」

ニールの補助を受けながら座った刹那が更に上体を伸ばし始める。その行動を見たアレルヤがぽつりと呟いた。

「え?なぁに?アレルヤ。」
「ん〜…女性なのに男性の色気を出してみるつもりかな?」
「…はっは〜ん…まさに神秘性だね。」
「女性の外見に囚われ過ぎたわね。」

あくまでも男性でありながら女性らしさを表現するつもりが、いつの間にか、女性として美しく妖艶に…といった点ばかりを追求しすぎてしまった。女形というのは女性らしさの中に透けて見える男らしさが絶妙で美しいものだ。その事をすっかり忘れてしまった、とスメラギが苦笑する。

「うん…荒削りだけどちゃんとカメラワークも考えてるね。」
「あぁ…そうねぇ。着物の裾広げ直さないとね?」
「お手伝いしてきまーす!」

カメラから見て顔が隠れてしまわないように、奥側にくる腕を使って垂らされた髪を払いのけるような仕草を二人で話し合っている。着物の袖から見える腕のラインが間違いなく男性のものであり、浮かび上がる手首の筋が力強さを醸し出す。

「でも…ちょっと甘いよね?」
「え?」

上体のポーズが決まったところでニールがせっせと長い裾を丁寧に広げている。その仕事にミレイナも参加していると、アレルヤの物惜しそうな声がこぼれた。

「スメラギさん。2・3段程でいいので赤絨毯の所に階段持ってこれます?この背景を俯瞰で撮ったら意味がなくなっちゃうので。」
「…それもそうね…」
「よし、じゃあ、取りに行ってくる。」
「よろしく!ニールと刹那にミレイナ〜!ちょっとそこから一端引き上げてきて〜!」

アレルヤの意見にラッセがいち早く動いて行く。もしかしているかもしれないと用意していたのであろう、段を運ぶべくリヒティも付いて行った。その二人を見送ってスメラギはセットの中にいる三人に指示を投げかける。

「…あ、なるほどね。」
「?何がだ?」
「絨毯の所に階段入れて着物の柄を見やすくしようってこと。」
「…なるほどな。」

撤退を言い渡された二人は刹那に水分補給をしてもらうべく、机などを並べてある所にきていた。用意されていた水に刹那が口をつけつつ、呟いたニールを振り返るとセットを見ていたニールから簡潔な説明を受ける。小さく頷いていると、すぐ傍に置いてある代物に目が移った。

「?…何かある?」
「…小道具が…」

使う使わないに関わらず並べられたものを見てみると多種多様に用意されていた。番傘、花笠、藤の花にとどまらず、毬や花札などもある。その中で刹那がつと指を滑らせたのは金属製の細い棒だった。

「うん?あぁ煙管?」
「キセル?」
「昔のパイプだって。こっちに葉を入れて、こっちを咥えるんだ。」
「…へぇ…」

実際に見るのは初めてだが、浴衣関係の調べ物をしている時にたまたま見た記憶がある。父がたまに口にするパイプに近いものではあるが、丸い曲線を描くパイプに対して、煙管はまっすぐで、凝った彫り模様を施されているのもあり、雅という言葉に関心を受けていた。

「持ってみる?」

やけに分かりやすく興味を示す刹那の顔に、問いかけてみると小さい子供のようにこくりとうなづいた。

「はーい、それじゃ入ってくださーい。」
「了解。ニール、すまないが持って来てくれ。」
「はいよー。」

セットの模様替えが済んだらしく、呼びかけにいち早く応えた刹那はニールにそっと頼みつつ立ち上がる。長い裾や袖さばきにも慣れてきたらしい刹那はもう補助もなくすんなりと歩いて見せた。その順応力の高さにニールは関心をする。
赤い絨毯を掛けられた階段は段差が低く、幅の広いものだった。どちらかといえば、なだらかな坂という表現がしっくりくるかもしれない。段の高さに応じて屏風の位置も変えられており、カメラからの視点を計算されつくしてあった。ひとまず、刹那の寝転がる位置を確認すると、広げた裾が段に沿って波打たないようにと厚紙を敷き詰められる。どこまでも緻密に考えられた光景にいちいち納得しているとスメラギが声をかけてきた。

「あ、ニール!そのまま階段の影にいなさい!」
「は、えぇ!?」
「大丈夫、大丈夫!写らないから!」
「…まるでかくれんぼだな。」
「…楽しくないけどね。」

飛んできた指示にしぶしぶ刹那の乗る段の下にもぐりこんだ。その光景に刹那がぽつりと呟くが、苦笑しか浮かんでこない。刹那とあれこれ相談するのに、いちいちうろうろするのも面倒なので、まぁいいか…と思っているとアレルヤの声とシャッターの切れる音が聞こえた。刹那がどういう状態なのかは見えないので分からないが、聞こえてくる声の感じからして悪くないようだ。

「…うん?」
「ニール、煙管の持ち方を教えてくれ。」

しばらく待ち続けるとすぐ上からノックの音が聞こえた。呼んでいるのだろうか?と答えると刹那の声が降ってくる。

「うん?いいけど…俺もかなり曖昧だよ?」
「まったく知らないよりはなんとかなるだろう。」
「そりゃそうだ。」

どうやら刹那の中で手のみを使って付けられる表現はやり尽くしたらしく、指示を仰いでくる。首を傾げながらあまり詳しくない事を伝えるともっともな言葉で返された。苦笑を浮かべつつ這い出してくると握りしめたままの煙管を手渡す。
撮影中にレンズを意識しなくなった刹那に気付き、アレルヤは一端カメラを下ろすことにした。すると階段の影から出てきたニールと何かしら話している。じっと見つめていればその手に握られる代物に気付いた。

「あ…煙管持って行ってたんだ。」
「うん?あぁ、小道具も用意してあったのね。」

アレルヤの言葉でようやく気付いたかのように、スメラギが机の上へ視線を走らせる。多種多様に用意された小道具はちゃんと考えられているらしく、すべて和の小物だ。藤の花に関しては藤娘の格好でもしない限り持つのは違和感があるだろう、と突っ込みたくもなるのだが、その辺は大目に見ることにしておいた。

「初心者に手ぶら撮影は結構ポーズに悩むもんだけどね?」

アレルヤの経験上、手ぶらという事は素手や体の角度、振り、態度で表現をしなくてはならないという事を知っている。しかし、着物となると大きく動かせるのは腕くらいなもので、かといって動かせばいいというものでもない。なのに刹那は着物の品位を損なわない手振りをしてくれていた。それは指の先まで細かに神経を配り、形づけてくれているので思った以上に美しく写されていた。

「思ったより動いてくれるな。」
「うん、でもちゃんとシャッターの事も意識してる。だから撮り易い。」
「カメラの事はよく知りませんが…綺麗に撮れているというは分かる。」
「ん、ありがとう。」

企画開発一筋のティエリアではあるが、それなりに目が肥えている。他の現場にも積極的に赴くようにして彼なりに体験を積み重ねていた。その上での感想ではあるが、アレルヤは嬉しそうに笑う。


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