−あぁ…刹那って天然なんだ…

もう中学を目の前に控えた少年に対して可愛いとか真剣に言ってみたり、幼子にするように額同士を当てて熱を計るなんて…どう考えても少しずれている。育った環境の違いだろうか?…そんな事を考えていると小さな電子音が聞こえてくる。

「?」
「あぁ、すまない。そろそろ戻らないと。」

左腕を翳した刹那は腕時計のアラームを止めた。楽しい時間というものはあっという間に過ぎるのだな、と内心ため息をついているとニールが声を上げる。

「何か抜け出してきてるの?」
「いや。夕食の段取りがあるだけだ。」
「…刹那が作ってるの?」
「あぁ。働いていないからこのくらいするのは当然だろう?」

そう言って淡く微笑む顔はどこか物悲しそうに見えた。何か後ろめたいのか…聞いてみたかったが、そこまで踏み込んでいいのかと躊躇する。それに今日初めて話した相手に聞かれるのも嫌かもしれない、と判断してニールは何も言わずに「…うん」と曖昧に答えた。
家に戻る為、紙袋やゴミなどを確認して立ち上がると刹那がくるりと振り向いてくれる。

「ニール。」
「…うん?」
「俺は五時くらいまでならいつもここにいる。」
「うん。」
「学校が終わって寄り道してもいいならくればいい。」
「!うん!」

言伝を残せばしょんぼりしていたような顔だったニールの表情がぱぁっと明るくなった。

「じゃあ…また明日。」
「あぁ!!」

元気良く返事するニールの後ろに尻尾が見えた気がしたのは内緒だと刹那は小さく笑うのだった。

 * * * * *

「…あづい…」
「…そうか?」

ニールと刹那が夕方の公園で会うのが日常になって1ヶ月…授業が早く終わる水曜の午後。いつもの公園、いつもの場所で2人は肩を寄せ合い業界誌を見ていた。
天気予報ではここ最近晴れ間が続くというが、時期としてはニールの苦手な梅雨の季節に突入する頃だ。今日も今日とて学校帰りに公園へ足を伸ばし、刹那と並んで業界の知識などを詰め込んでいる。桜のすっかり散った後の木の下でまだ少しキツイ日差しを避けているのだが…じめじめと蒸せる気候がじっとりと肌に纏わりつく感覚がニールは苦手だった。

「…刹那は暑いのヘイキ?」
「そうだな…このくらいの気候はなんともないな。」
「じゃあ夏も大丈夫そうだな…」
「?夏はもっと暑くなるのか?」
「あ、そっか。刹那は初めてなんだっけ。」

業界について調べながら合間に刹那の事も聞いたりもしていた。前に住んでいた国は赤道に近い為年中日の長さが変わらなかったとか…今、兄弟ではないが同じ国出身者ばかり自分を含めて三人で共同生活をしているとか…
その中で刹那がこの国に来たのは今年の3月くらいだと言っていた。ならばこの国独特の季節の移り変わりも知らないだろうし、ニールには珍しくはない雪も見たことないのかもしれない。そんな事を考えながらざっくり説明すると感心したような表情を浮かべる。

「…だとしたらマズイな…」
「うん?」

ふと腕組みをして考え込んだ刹那に首を傾げる。するとじっと見つめられて心臓が否応なく早鐘を打ち始めた。

「何が…マズイ?」
「今はいいが…このまま公園で勉強というのは厳しくないか?」
「…そういえば…」
「それに先ほどの説明から考えるに…雨が降り続けることもあるのだろう?」
「あー…今のところないのが珍しいくらいだもんな…」

となるとどこか喫茶店とか?…と考えてすぐに却下する。毎日は無理だろうという前にまだ小学生であるニールが行くには不審がられやすいだろうという考えが容易に浮かぶからだ。では図書館?…と次の考えを思い浮かべたがこれも却下だ。言葉数が少ないとはいえ、始終無言でいられるわけがない。主にニールが。
では他にどこがあるだろう?…とニールが唸り始めると刹那も色々考えていたらしく「あぁ…」と何か思いついたらしい声を上げる。

「どこか思いついた?」
「俺の部屋に来ればいい。」
「……へ?」

言うが早いか…本を閉じてすくっと立ち上がった刹那がニールの手を取り上げ立たせる。なすがままのニールは意図したままに立たされて握られた手を呆然と見詰めたまま引きずられるように歩き出した。

「え?でも…同居してる人が…」
「問題ない。各々プライベートルームがあるし、防音設備のある建物だから煩くしても分からない。」
「へ…へぇ…」

だから大丈夫だ。…と言われたその言葉はニールにとっては何故だか気恥ずかしく思えるものでロクに話せなくなっている。プライベートルームに招かれるというのは『刹那』のとっても近い位置に招かれるようで嬉しくワクワクする反面、『何か』あるのでは、と思春期の少年らしい思いを浮かべてしまうのだ。

「帰りの時間が少し早くしないといけないかもしれないが…」
「だ、大丈夫!走って帰ればヘイキだし!」

せっかく招かれるのだ。こんな絶好のチャンスを棒に振りたくはないし、毎日逢えなくなるのはイヤだと刹那が懸念する事を打破すれば、「そうか」と柔らかく微笑みかけられた。それだけでニールの心は更に浮かれ出す。

 * * * * *

「………ここ?」
「あぁ。」
「……妹が…」
「あぁ、エイミーか?」
「!知ってんの!?」

なんだか覚えのある道のりだなぁ…とか思いながら刹那に付いて歩いていけば、毎週土曜に通いなれた家の前で止まってしまった。当たり前に門を開けて玄関のドアを開けるから間違いではないのは分かるが…妹がピアノ教室に通ってるから知っていると言おうと思えば刹那の口からエイミーの名前が出てきた。

「…言わなかったか?」
「まったく!」
「…そうか、悪かった。」

どうやら刹那の中ではすでに知っているものと思っていたか、もしくは言わなくてもいいことと処理をされていたらしい。むしろニホンの気候の変化がそこまで目まぐるしいとは知らず、家に連れてくることになると思わなかったという方が正しいのかもしれない。

「じゃあ…同居人ってマリナ先生?」
「あぁ。もう一人は…多分会う機会はないと思う…」
「どうして?」
「特殊な仕事をしていて今の時間帯は寝ているんだ。」
「へぇ…」

家の中へと招き入れてもらい、階段を上がる刹那に続いていく。そういえば中まで入るのは初めてだ…と感動していると一つドアを通り過ぎた所で止まった。

「ここが俺の部屋。」
「…おじゃましまーす…」
「どうぞ。」

通された部屋にはベッドが一つ、ノートパソコンが乗ったデスクチェアとローテーブル…それだけしかなかった。

「…殺風景…」
「そうか?」

思わず口に出してしまったが特に気分を害した様子はなく、「適当に座っていろ」と言い残して刹那は部屋を出て行ってしまった。少しほっとして小さく息を吐き出すと改めて部屋をぐるりと見渡す。
最低限の物しか置いてない、といえばそうだが少し寂しくも感じる。置いてある家具は全て特に何の装飾もなくシンプルなデザインで…ベッドにしてもカーテンにしても…柔らかな水色で統一されているのだが、どこもかしこも整いすぎて思わず眉尻を下げてしまった。他の部屋は知らないが、この家の庭の雰囲気や玄関の雰囲気とは同じとは思えないほどにどこか冷めて感じるものがあった。もしかして…刹那の心がからっぽに近いのでは?という考えも湧いてきてしまう。

「…なんて顔してる?」
「はぇ?」

声をかけられて振り返れば刹那がトレイを片手に戻ってきていた。後ろ手にドアを閉めてトレイをローテーブルに乗せると立ち尽くしたままのニールの顔を覗きこみに来る。

「何かあったか?」

少し前かがみになる彼の顔は表情の変化こそ僅かなものではあるが、確かに心配の色を滲ませている。その表情を見てニールは涙ぐんできてしまった。
からっぽなはずはないのに…何故先ほどのような考えが浮かんでしまったのだろう?…
そんな後悔で胸の内がいっぱいになる。
ぐっと背伸びをして刹那の首に両腕を絡めるとぎゅっと抱きついた。

「ニール?」
「ごめん…ちょっとの間でいいからこのままでいさせて…」

そう呟けば納得はしていないはずなのに刹那は何も言わず、ニールが背伸びをせずに済むようにと腕を回させたままベッドに腰掛ける。そうして優しい手つきで背中を摩り始めた。自分よりもずっと大きな肩や腕にじりっとニールの心が焦り滲ませる。
本当は…

−…俺が刹那を包んでやれたらいいのに…

しばらく抱きついていたニールだが、ふと離れると「怖い夢を思い出した。」と言って笑っていた。もちろんそれは嘘ではあるだろうけれど刹那は「…そうか」とだけ呟いて深く聞き入る事をしなかった。

あれからニールの様子も普段と変わらずにいつも通りの日々を過ごしていた。
少しだけ変わった事といえば、雨の日にはいつもの木の根元に緑の糸が蝶結びにされていて、その目印があるとニールは刹那の部屋を訪ねるようになった事。もし目印がない場合は刹那の方がなんらかの都合で無理になった時。と決めていたが、今現在この蝶結びがなかった日はない。逆にニールの方で学校の行事とかがある場合は前もって伝えるようにしているのですれ違いはなかった。

梅雨があければじめじめとした暑さも引くかと思いきや…暑さはそのままに雨の日が減っただけだった。ニールの制服も長袖ジャケットのブレザーから半袖のブラウスとベストに短パンという組み合わせに衣替えしている。このところの暑さから気を遣ってくれているのか、刹那は雨ではなくても緑の糸で印を残してクーラーの効いた自室へと招き入れてくれていた。

「…なつやすみ?」
「うん。うだる暑さの中で勉強しても身に付かないってんで長期休暇に入るんだ。」
「へぇ…」

それはもうすぐ海の日と称した祝日と海開きが近づいてきた七月の初旬だ。
最初は『業界を知る』のが目的で寄り集まった2人だが、ここのところはニールの宿題や勉強を刹那が見ていたりする。2人で同じ夢を追うとはいえ、ニールはまず学校を卒業しなくてはならない。その上で成り立つ夢だとも思っているし、刹那とて自分と一緒に没頭しすぎて成績を落とされるのは悪いと思っている。なので宿題を見てやったりその日その日の授業で分かりにくい部分を解説してやったりしていた。

「毎年家族で行くんだけどさ。ニホンの夏休みはお祭りがあるんだ。」
「おまつり…」
「そ。夜の神社に屋台が並んで…わたあめとかカキ氷とか…たこ焼きも美味しいな!でも一番好きなのはりんご飴!」

…とはいえ、刹那は母国にいた時は学校には行かなかったという。それでどうして勉強を見ることが出来るのか?どうもこの国にくる2・3年前から勉強を始めて来日する前に終了したらしい。それも小学校で習う範囲から高校、大学まで範囲が及んでいる。つまり刹那は秀才と呼べる頭脳の持ち主ということだ。

「…食べ物?」
「そう!持ち歩きしやすいものばっかりなんだ。」

それらの学問もこの国で働くのに必要だろうと修得したというが…現実はそうでもなかった…

「何故持ち歩くんだ?」
「ん、だってさ。お祭りの醍醐味って言ったら空一面に広がる打ち上げ花火だもん!」
「うちあげはなび。」
「空一杯にきらきら広がってめちゃくちゃ綺麗なんだ!」

だが、ニールに言わせれば学校の先生よりも教え方が上手いらしく、「分かりやすい!」ととても喜ばれている。なので刹那としては無駄ではなかったともいえよう…

「…楽しそうだな…」
「お祭りはねぇ…」
「?なつやすみは楽しいものじゃないのか?」
「ん〜…それがそうでもないんだなぁ…」

学校に通わなかった刹那は強要しないが学校の事を色々聞きたがった。勉強の他に学芸会があったり、運動会や水泳大会があるという話をすればまるで瞳をキラキラと輝かせる小さい子のようにじっと『聞く体勢』になる。その普段との態度のギャップにニールもついついたくさん話をしてしまいがちになった。

「夏休み中にするように、って宿題がいっぱい出されるんだよなぁ…」
「なるほど…学生なのだから遊んでばかりいないで勉強もしろ、ということか。」
「そゆこと…」

さきほどまでは大興奮という雰囲気で話していたニールが大量に出される宿題を想像したのだろう。げんなりとした表情で机につっぷした。よほどイヤなのだろう、深いため息まで吐き出されている。その急激な変化に刹那は淡く微笑を浮かべた。

「毎日こつこつやって早めに終わらせれば後半には遊べるんじゃないのか?」
「まぁ…そーなんだけどさー…」

むぅー…と眉間に皺を寄せるから、それを広げるように人差し指で押さえつけてやる。

「もし早く終わらせたら何がご褒美をやろうか?」
「!ホント!?」

何か活気付けさせる事を、と思って口にしただけだったのだが…ニールがガバリと顔を上げたからビックリして手を引っ込めてしまった。テーブルごしにじっと見つめて来る翡翠にぱちぱちと瞬きを繰り返しているとぐっと顔を近づけるように身を乗り出してくる。

「早く終わらせたらご褒美。ホントに?」
「あ…あぁ。楽しみがあった方がやる気になると思ったんだが。」
「すっっっげぇなった!」
「…そう…か…?」
「うん!」

力強く頷くニールに小首を傾げながらも、そういうものか、と納得すれば…ご褒美か…と視線を宙に浮かせる。一頻り喜んだニールは刹那が視線を泳がせ始めた事に気が付いた。刹那が視線を泳がせ始める時は何か初めて考える事に没頭し始めている時だ。

「もしかしてご褒美の内容考えてるとか?」
「…分かったか?」
「や。なんとなくそうかな?って。当たってた?」
「あぁ。当たっている。何が嬉しいだろう、と考えていた。」

そう言うと今度は腕組みをして考えようとするから、思考の海に入られる前に腕を伸ばして止めに掛かる。

「刹那刹那!」
「ん?」
「ご褒美の内容、俺が決めていい?」
「?リクエストしたい、という事か?」
「そう!」

焦った顔のニールに腕を掴まれて沈みかけた思考を戻してくると、満面の笑みで提案された。ご褒美を本人がリクエストするのもなんら悪いことではない、と判断して先を促す事にする。

「構わない。結局はニールが喜ぶのならいいのだし。」
「よっしゃ!」
「で?何をリクエストするんだ?」
「一緒にお祭りに行こう!」

両手で拳を作り真剣な表情で叫ぶニールに刹那はきょとんとした顔をした。

「……それがご褒美になるのか?」
「なる!」
「…なら…いいが。」
「やったぁ!!」

何がそんなに嬉しいのか?と疑問を浮かべてしまう程にニールは大喜びのようだ。本人がいいというのだからいいのだろうけれど…と刹那は思わず小首を傾げてしまったが、まぁいいか、と片付ける事にした。何故なら…

−…ニールの喜びが移ったのかもしれない…

少なからず刹那も楽しみにしているからだ。

「けれど…家族と行くのではないのか?」
「ん?あぁ、大丈夫。多分マリナ先生も誘われると思うよ?」
「?何故マリナが?」
「エイミーが一緒に行きたいって言ってたから。」

「だから大丈夫!」と何が大丈夫なのかイマイチよく分からないままに土曜を迎えた刹那は…

「刹那…エイミーちゃんから夏休み中にあるお祭りに行こうって誘われたんだけど…一緒に行かない?」

夕食を食べている時にマリナからも誘いの言葉を受けることになったのだった。


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