「あ〜〜〜っ…終わったぁぁぁぁぁ…」
目の前の席で机に突っ伏したのはクリス。たった今、学期末テストが終了したのだ。
球技大会に一騒動あったものの、学園生活は今まで通り、平和に過ごせている。刹那に対して行われていた嫌がらせもなりを潜め、ロックオンによるスキンシップも今まで通り。いや、今まで以上にしつこくなったような気がする。今まで放置状態だった刹那があまりのしつこさにあしらったりとするようになったほどだ。
そんな日常も目まぐるしく移り行く学生生活の中に埋もれ…夏休みを目前にした学力テストによって流されていった。
「あぁ…この開放感…たまんないわ…」
テスト前の一週間は集中を高める為に部活はもとより、生徒会も休止させられる。つまりは勉強漬けの毎日を過ごしていた。しかしそれも今この瞬間をもって終わりを告げる。
長い長いテストから開放された生徒は午前中で下校出来る、ということもあり、午後からどこに出かけるかの相談で持ちきりだ。そんな空間の片隅…クリスの後ろの席に位置する刹那はというと今しがた終わったテストの問題用紙と教科書を開いて自己採点に勤しんでいた。
「ちょぉっとぉ…刹那ったらもう自己採点してるわけ?もっとこの開放感を味わいなさいよぉ」
「いや…それはそうなんだが…どうしても一箇所気になってしまって…」
「もぉ…真面目すぎぃ…」
椅子の背もたれに顎を乗せて大げさなため息をつくクリスには目もくれず刹那は黙々と教科書をめくり続けている。そんな彼女からふと視線を移動して離れた席にいる那由多も同じ事をしているので苦笑を漏らすしかなかった。
「ねぇ、刹那ぁ」
「…なんだ?」
「夏休みの予定って入ってるのぉ?」
「…夏休み…?」
「あれ?夏休みって分からない?」
「えと…夏季長期休暇のこと…」
「かったいなぁ…まぁ間違ってないんだけどね…」
はは…と乾いた笑いをこぼすクリスに首を傾げると、椅子の向きごと振り返った彼女はずいっと顔を近づけてくるものだから思わず上体を引いてしまった。
「どっかに遊びに行く予定だとかぁ…旅行に行く予定だとか?」
「…あ…ぁ…?」
「それともぉ…『お姉様』とにゃんにゃんする予定でいっぱい?」
「は?」
にやにやとあまり好ましくない笑みで聞かれた言葉に首を傾げる。『にゃんにゃん』というのが何を指しているのかは理解出来たが、『お姉様』に該当する人物が思い浮かばない。
「だからぁ…ロックオンとジュニアと一緒にデートの予定でいっぱいかってこ・と。」
もう、鈍いなぁ…なんて事を言っているクリスはわざとなのだろうか?ひそひそ話にする気はなく、普通の声量で話しているので…教室にまだ残っているクラスメイト達の耳がダンボのごとく大きく聞き耳を立てているのが良く分かる。その証拠にそれぞれ話合っていた午後の予定がまばらになりつつあった。辛うじて話していても、会話に集中出来ていないようで同じ質問と答えがぐるぐる回っているグループだってある。
そんな室内を耳だけで探った刹那は重いため息を吐き出した。
「ないな。」
「あ、じゃあ、今から入れられるとか?」
「それもない。」
「えぇ〜?」
「夏季休暇の間に体験学習に応募して社会勉強を積む予定だ」
「…社会勉強って…まだあたし達中等部だよ?」
「何事も早く取り組むに越したことはない」
「えぇ〜そんなの即却下に決まってるじゃ〜ん」
突然増えた声に顔を上げればすぐ横にある廊下に面した窓が開かれている。そこから顔を出しているのは、カバンを抱きかかえたネーナだ。ついでにすぐ横にはティエリアも立っている。
「ネーナ…」
「その体験学習とやらの応募はもう済んでいるのか?」
「え?いや、テストが終わってから探すつもりで…」
「それは良かった」
「いや…良かった…と言われるのはちょっと…」
「良かったの。なんたって今年の夏は生徒会強化訓練が入るんだから」
「「強化訓練?」」
いつの間にか荷物をまとめた那由多とフェルトが机のすぐ傍までやってきていた。刹那と同じく首を傾げる那由多に対して、フェルトとクリスは少々驚いているような表情をしている。
「…今年は…しないって言ってたんじゃ…」
「うん、風紀員が決まってなかったからね?」
「え?ってことは…」
「復活しまっす!」
「強化訓練とは何だ?」
どこか嬉しげなクリスとネーナの表情に刹那は一抹の不安を感じ取ると、いつもとなんら変わりのない雰囲気のティエリアに問いかけた。
「その名の通りだ」
「内容を聞いている」
「うむ…今年は何をするかはっきりは決定していないが…
ひとまず…
校内の配置図を頭の中に叩き込んだ後、教室の場所、倉庫の配置、学園内の教員をすべて覚え、後期の行事内容を吟味した後に必要と思われる材料の買出しをし、徹底した体力作りに入る」
「体力作りは主に砂地でのダッシュ。炎天下の下で何セットするかは未定だけど…熱中症とかに気をつけないといけないレベルには達するかな?」
「それからセイエイ姉妹は護身術を身につけているな?」
「あぁ、取り押さえるものが主だが…」
「うむ。充分だ。その護身術の指導もしてもらいたい」
「…俺たちでよければ…」
生徒会の…という点で楽しそうな内容を想像していたらしいクラスメイトは一様にどんよりとした渋い表情になってしまった。予定を聞いていればどの体育会系の部活よりも過酷な気がする。なによりも炎天下での砂地ダッシュはその言葉を聞くだけでぞっとする。
「では今からミーティングを行う。生徒会室へ集合だ」
「はいは〜い」
「…了解…」
「「了解した」」
各々にカバンを持ち去って行った後には…静まり返った教室だけが残された。
* * * * *
全校生徒が待ちに待った夏休みが開始される。終業式にて校長が…自律した生活を送るように、と釘を刺すがきっと効果はないだろう。
生徒会メンバーはというと、テスト終了直後のミーティングで決まった通りの日程で強化訓練を開始することになっている。ただ、この訓練を行う場所が敷地外の学園施設であり、離れた土地にある為にプチ旅行になるのだという。経費はすべて生徒会費(主に写真の売り上げ)から出されているので心配はないらしい。用意するものをリスト化したプリントを渡されて抜かりなく準備をした刹那と那由多は集合場所である学園の正面玄関に到着した。
「おっはよ〜!」
徐々に見えてくる玄関前にはほぼ全員揃っていた。長期滞在になる為に皆一様に大きな荷物を横に置いているのだが…その中でもティエリアとネーナは一際大きいように思う。つば広の帽子を被ったティエリアと、黒い日傘を差したネーナ…きっと何かと物入りなのだろう…とだけ思って、手を振るメンバーの下へと近寄っていった。
「昨日はよく眠れた?」
「あぁ、いつも通りだ」
「だろうな」
「ミハエル…楽しみにし過ぎて一睡もしなかったって言ってた…」
「この日差しの下、睡眠不足で倒れなければいいけどな?」
ちらりと見つめた先にいるのは自分の手荷物だろう、大型トランクに腰掛けたミハエルがいる。眠れなかったという話は本当なのだろう…大きな欠伸を溢してはしょぼしょぼとしているらしい目を擦っていた。
那由多達の会話を耳にしながら刹那はきょろり、と見回した。いつもは一番に構いに来るニールとライルの姿が見当たらないのだ。それどころか、ミーティング以降、登校時以外は全く顔を合わさなかった。何かあったのだろうか?と一抹の不安にかられていると、ネーナが視界に割り込んできた。
「どうかした?」
「え?…あ…いや…」
「ディランディ姉妹が見当たらなくて不安なんだよね?刹那は」
「いや…その…不安…というわけでは…」
「不安にもなるでしょう。ここのところずっと『向こう』に掛かりっきりだったんですから…」
「そっかぁ…放置されて寂しいって思うようになってきたのかぁ…」
「いや…だから…」
思わぬ方向へと押し流される会話を止めようにも当人そっちのけでどんどんと繰り広げられていく。何とか中断させようと手を上げるも…どうすれば中断させられるか分からずふらふらと彷徨うばかりだった。
「っはよー!」
「おっまたぁ〜!」
そんな所に明るい声が木霊する。ふと顔を動かせば、ディランディ姉妹が荷物を担いでこちらにやってきていた。
「おはようございます。持ち出しの許可は無事に下りたようですね?」
「うん。やっぱ部活に出てない分腕がなまっててさ…強化訓練もあるしで…」
「しっかり励めっつってあっさりお許しが出たってわけよ」
「そうだねぇ…向こうにも施設があるから思う存分練習できるしねぇ」
「そゆこと。」
旅行用の大型スーツケースの他に細長いアタッシュケースの存在に気づいた。やり取りを聞く限り、どうやらアーチェリーの弓矢が入っているらしい。
「俺らで最後だよな?」
「あぁ。これから連絡を入れる。5分もすれば来るだろう」
「んじゃ、移動しますか」
間延びした返事をしながら荷物を持ち始める。すると…ミハエルがいつの間にやら眠りの世界の住人になっていた。どう起こそうかと話し合っていると、にんまりとした笑みを浮かべたハレルヤが刹那を呼び寄せる。良からぬ事を思い付いたようだ…
そんなメンバーを苦笑しながら見つめていたニールは那由多の視線に気づき、首を傾げて見せる。
「…ロックオンもあるのか?」
「ん?うん。言わなかったか?俺ら二人ともアーチェリーしてるって」
「いや…覚えているが…この前ジュニアだけしか持ってなかったから…」
生徒会での活動中に弓を持っていたのはライルだけだった。だからニールも持っている、ということに疑問を感じているのだ。首を傾げる那由多にニールはひょいと肩を竦める。
「あぁ、会長の宿命なんだよ」
「…宿命?」
「いろんな決定権を持っているが故に、生徒会役員全員の役割も出来るようにならないといけないんだ。どの役員が抜けても代行出来るようにさ
だから最近サボりがちだったものから強化していこうってね?」
「…大変…だな…」
「ま、そんだけでっかい責任を負わされてるってこった」
「…そうか…」
そう言って笑う彼女からはまったく緊張感も事の重大さも感じられない。それほど人間の器が大きいと言うことなのだろうか…もしかすると刹那はニールのこういった部分に魅かれたのかもしれない。ぐるぐると自己分析をしながら思わずじっと見つめてしまった。そんな那由多にニールは笑みを浮かべると、その頭をぽんぽん、と軽く叩いててやる。
「そんなに見つめられると穴空いちゃいそうだよ」
「…え…あ…」
無意識だった事に慌てて目線を外すと小さなため息が聞こえてきた。ちらり、と見上げるとニールの苦々しい笑みが見える。そっと肩に手をつくと耳元に口を寄せてきた。
「それと…ライルの視線に殺されそうだからこれ以上は見つめちゃいやん。」
「!」
茶目っけのある声を吹きこまれると今度は肩を軽く叩いて密集してる場所へと小走りで駆けていってしまう。その後ろ姿を見送ってからちらり…と振り返ると…至極不機嫌そうな表情のライルがいた。
「………」
「………妬かないんだろ?」
「妬かないなんて言ってないだろ?」
「そうだったか?」
「……まさか…わざとじゃないだろうな?」
「まさか。」
「……?」
少しだけこっち向いていた顔がぷいとそ向けられてしまった。ただでさえ無表情に近い顔から感情を読み取るのに必死だというのに…全く動く様子のない那由多にライルはじりじりと近寄ると真横まで距離を詰めた。すると、あれやこれやと話し合っているメンバーを見つめる横顔を見つめていたら、ふと視線を投げかけてくる。
「ジュニアでもあるまいし」
「………へ?」
「先日アニュー・リターナーがなんでも相談していいから、とわざわざ教室を訪ねてくれた」
「…アニュー?」
「ジュニアは嫉妬してくれる彼女が好きなんだそうだな?」
「はぁ?」
「生憎と俺は嫉妬のような感情とは無縁だ。残念だったな?」
言いたいことだけをさらっと言ってしまうと那由多はみんなが集まる輪の中へと混ざりに行ってしまった。
「え?ちょ…まて…なんか誤解を…って…那由多〜?」
思いも寄らないアニューの情報にうろたえたライルが追いついた時、ミハエルの絶叫にも近い爆笑の声で弁解のタイミングを失ってしまったのだった。
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