「さて、刹那。」
「…?」
「お風呂入っておいで。昨日たっくさん汗かいたのにそのままだろ?」
「…あ…」
言われて初めて気が付いた。昨日は気を失ってしまって気が付けば朝だったのだ。もちろん風呂なんて入れるわけもないし、ニールの言う通り、試合への参加が多かった為に汗だくになっていた。
「す…すまない…」
「ん?」
「ロックオンの…コート…」
「あぁ、気にしなさんな。」
汚れたままの上に着てしまっている事に謝罪を告げれば頭を撫で回された。ちらりと見たニールの顔も満面の笑みで本当に気にするな、と念を押されているようだ。
「着替えはあとから持って行ってやるから。熱めのシャワー浴びてさっぱりしておいで。」
「…ん。」
甘やかすように頬を指先で擽られて肩を竦めてしまう。そんな反応ににっこりと微笑みを向けられると額に口付けを落とされた。小さく頷けば、全く同じ部屋の配置にある浴室へと足を向ける。
じっと背中についてくる視線を感じながらそっと扉を閉めた。
「…着替え…ちょうどいいのあるかな?」
刹那が入っていった扉を見つつポツリと呟く。那由多が出る前に服を取りに行ってもらえば良かった…と今さらながらに思い付いて軽くため息を吐きだした。楽な格好を優先的に考えるとワンピースがいいだろうが…そうなると問題発生。素肌にワンピース一枚…ランジェリーなし。非常に際どくないだろうか…色々と危ない予感がする…主に自分のせいで。
ぐるぐると悩んでいると、バスルームから物音が聞こえてくる。がたん…という音に混じって小さな悲鳴も聞いた気がした。
「…?…刹那?」
もしかしてタイルで足を滑らせたか?…と思い扉の前に向かう。そっと耳を押し当ててみるも…しん…と静まり返っていて何の物音もしない。シャワーの音すら聞こえず、待てども一向に音は立たなかった。
「…刹那?…おい、刹那!」
恐る恐る声を掛けてみるも反応が返ってこない。気絶してるとか…と背に嫌な汗が滲み出る。
「刹那?入るぞ、刹那!」
一応ノックしてみてもはやり反応はなく、鍵が掛かっていなかった事もあって押し開いた。すると、コートを頭からかぶって丸くなった刹那が脱衣所の隅で震えている。その様子に眉を顰めながらそっと近づいて行った。
「…刹那?」
「…ろっくぉ…」
呼びかければ声が返ってきた。とりあえずまた心の闇に籠ってしまっている様子もないのでほっとする。那由多がもう大丈夫だ、とは言っていたが…この状況では「大丈夫」には見えない。けれど先ほどまで普通にしていたのだ。何かあったのだろうか?
「…ろっくぉ…」
「うん?どうした?」
コートの陰から泣き声に近い呼び声が漏れている。膝をついてそろりと伸ばされた手を掴み取ると腕を辿って抱きついてきた。
背に腕を回して柔らかく抱き込む。かすかに震える体を宥めるように背を擦ってやった。
「…んで…」
「ん?何って?」
「…おね…がぃ…」
「うん?」
「…かんで…」
ぽつり…と囁かれた言葉に目が丸くなる。ひとしきり悩んでみたものの、震える体も抱きつく腕の力もそのままに…小さく啜り泣く声まで聞こえてきた。けれど、彼女が何を求めているのか分かりかねる。
「え…と…?」
「…ぅ…ぅ…」
「ちょ…刹那?詳しく言ってくれないと分からねぇ…」
表情が見えるように顎を掬い上げると今にも涙が零れ落ちそうなほどに瞳を潤ませている。それとともにどこか怯えた色も宿しているので尚の事混乱してしまいそうだ。じっと見つめて答えを待つ。すると震える唇がゆるりと開いた。
「…これ…ゃだ…」
「…これ…?」
するりと解けた腕がお腹の辺りに回る。何かを隠すようにするその腕を掴み取りながら覗きこんだ。
「!」
「…ゃだ…ゃだぁ…」
ついにぽろぽろと溢れてしまった涙が頬を伝って落ちてくる。けれど目はその涙よりも脇腹に出来た赤を通り越して青紫色をした痣から反らせないでいた。
なだらかな曲線を描く脇腹に…穿たれた様な円系の痣…ヒリングが咬み付いた痕だ…
「…こ、れ…」
「…かん…で…」
「…え…?」
「ろっくぉ…かん、でぇ…」
かたかたと震えている癖にそんな事を言う刹那の顔を見上げた。赤味を帯びていた頬からは血の気が失せ、顔色が悪く見える。青ざめて…何かに怯えているようだ。
「…これを…俺が咬んで…俺の付けた痕にしろ…って?」
「…んっ…」
なんとなく読み取った刹那の『お願い』を確かめるように囁くとコクコクと頷いて返してきた。その必死な様子をしばし見つめてからちらりと視線を下ろす。
早々にコートへと体を包み込んだから分からなかったが…体のあちこちに針で引っ掻いたような赤い線が付いている。よくよく見ていけば胸の周りにも痣が付いていた。さらには…手首の握り締められたような痕…
「っふ…ぅぅ…っ…」
「…刹那…」
植えつけられた恐怖をフラッシュバックし、それらを塗りつぶしてほしいのだろう。
刹那の顔を見上げてニールはそっと囁きかけた。震えながら恐怖心と戦っていたのだろう、伏せた瞳がゆっくりと上がる。
「…ろっく…ぉ…」
「…ダメだ。」
「…っ…」
「咬むのは…ダメ。」
ゆっくりと告げられたニールの言葉に刹那は絶望を感じ取った。
「…ど…して…?」
「刹那…」
「…どぅし、て?…きたない、から?」
「違うよ…」
「…じゃぁ…どうして…?」
「咬みたくない。」
「…ゃだ…かんで…ろっくぉ…かん、でぇ…」
ぼろぼろと涙を零して泣きじゃくる刹那にニールは苦笑を浮かべた。しゃくり上げ始めた頭を撫でながら抱き込む様に改めて背中に腕を回すと、嫌だと言う代わりに首を横に振る。
「…うぅ〜…」
「刹那…聞いて?」
「ひっ…ぅぅ…」
「刹那。」
「ッ!」
「…ちゃんと俺の話、聞いて?」
傷つかない為にすべてを拒絶しようとし始める刹那に、ニールは強く名前を呼び付ける。びくりと肩が跳ねるが包み込む腕の力の弱さと、寄り添わせる体温にすぐ強張りを解いてくれた。いい子、と頭を撫でる代わりに頬を擦り寄せて優しく問いかければ小さく頷いてくれる。
「俺が、咬みたくない、って言ったのは…刹那が汚い、とか穢されたとか…そんなんじゃないよ?」
「………」
はっきりとした口調での否定から入ると、少しだけ考えて小さく頷き返事をしてくれた。信用はまた失っていないことに、ほっとしながらより深く抱き込む様に腕を回していく。
「そんな…酷い痕作られたってことはさ…目茶苦茶痛かったろ…?」
「……ん…」
問いかけてみれば耳を澄ませないと聞き取れないほどに小さな声で答える。それとともに、怖かった出来ごとを少しばかりであっても思い出させてしまった為…体をぶるりと震わせる刹那を、宥めるべく届く範囲で頭に口づけた。ちゅ…ちゅ…と甘い音を立てて繰り返していると震えが治まってくる。
「刹那がさ…こんなに怖い思いした痕にさ…同じ事して…同じ思いをさせたくないんだよ。」
「………?」
「俺は、刹那が怖い思いするのは嫌なの。」
言葉の意味を量り兼ねてそろりと瞳を上げてくる刹那の額に己の額を押し当てて、間近にその紅い瞳を見つめる。じっと強い意志を持って紡いだ言葉に、不安そうだった顔が僅かに緩みを見せた。
「…でも…これ…いゃ…」
「うん、俺もいや。」
拗ねたように見下ろした先には痣のある脇腹…他にも赤い線が出来、見るからに痛々しい。けれどそれよりも苛立ちの感情がふつふつと湧き上がる。
これらの痕を付けたのが、自分自身ならまだしも…他人…それも刹那を貶めようとした人物が刻んだものだ。
それが腹立たしくないわけがない。
刹那の言うとおり咬み付いて上書きするように『消して』しまいたいが…それではあの2人と同じ事をするようで…それはそれで腹立たしいのだ。
複雑な気持ちを抱えながらも、綺麗に塗りつぶしてしまえる方法を思い付き、そっと刹那の手を掬い上げる。
「…ロックオン…?」
「だから…」
「…ぁ…」
「俺のやり方で『消して』やる。」
いつもより幾分低い声音にどきりとしていると、取り上げられた手首に唇を押し付けられる。きょとりと見つめる間にも柔らかく温かい唇が触れた肌を啄ばんだ。
「んっ…!」
軽く歯を立てられてびくりと竦むとすぐにぬるりと舌が嬲って来た。ぞくぞくと震える背筋に覚えのある感覚が引きずり出されると、息を呑む間に床へと寝かされてしまう。
室内灯の逆光の中に…まるで野生獣のような鋭く光を宿した瞳が、獲物を嬲る様に見下ろしてくる。自然と荒くなる呼気を気づかれまいと、唇を噛むとぺろりと舌舐めずりをして顔を近づけてきた。
「…興奮する…?」
「…なに…が…?」
「ふふ…分かってるくせに…」
唇が触れ合いそうな位置で笑われるとその振動が空気によって伝わってくる。吐き出される熱い呼気にくらりと眩暈がしそうなほどに胸の中も頭の中も熱くなってきた。先ほどまでの悪寒が嘘のように…暑くてしかたない…
「ッ!?」
「腕、上げて?…これ、邪魔だからさ。」
脇の下から持ち上げる様に這わされた手はそのまま腕へと進んでいく。そのせいで万歳を強要され、素直に従うと、首回りと袖くらいしか残っていなかった体操服の残骸が取り除かれた。
頭を通り過ぎる布の輪に瞳を閉じていたが、ニールの手が肘を過ぎた辺りで止まってしまった。どうかしたのだろうか?…とそっと目を開けると、じっと見下ろす碧い瞳がある。
「……?…」
何か分からずに見上げているとすぅっと細められる瞳に背筋がぞくりと粟立つ…けれど恐怖心とも違う感覚に、戸惑いつつもじっとしていると、額に口づけを施される。
「そんな貌されると目茶苦茶にしちゃいたくなるでしょ?」
くすくすと笑いながら言われた言葉に頬が熱くなる。彼女の言葉から察するに自分は酷く厭らしい貌をしているらしい。心臓の音が聞こえそうなほどに激しく打ち鳴らされる中、刹那は一つ言葉を漏らした。
「ろっくおん、なら…しても、いい…」
むしろ『されたい』と願う自分の心に驚きながらも、ニールの反応を待ってみた。
「…お前さんって娘は…」
「…え…?」
「俺を煽る達人だよな?」
「う?…ん?」
がくーん…とでも音がしそうなくらいに項垂れたニールの旋毛を見つつ首を傾げる。頭を撫でてみたいが、服の残骸で半ば拘束されているような状態で、腕を動かす事は敵わなかった。
首元にかかるミルクティーブラウンの髪が肌を擽る。さわさわと撫でられるようで酷くもどかしい。体を捩ってみるとニールの碧い瞳がちらりと見上げてきた。
「…んッ…」
悪戯めいた光を宿したな、思った瞬間、鎖骨の辺りにちりりとした痛みが走る。『痛み』としてはあまりにむず痒く、甘い刺激をもたらす。しかも、唇が触れているのか、柔らかさと温かさも感じ取れ、肌に口づけられているのだと理解出来ると体の奥が痺れるような熱を持った。
「んぅ…んっ…んっ…」
ぺろりと舐められて…唇を押し当てられる…ちりっとした熱い疼きをもたらすと…その唇は這いあがり首を徘徊した。その擽ったい感触に首を反らせると…はぷっ…と軽く咬み付かれた。咬む…というには…歯が当たらないので表現が違ってくるが…一部の肌がニールの口に囲われ、熱い吐息と共にぬるりと滑る舌先が舐め回してきている。
喉を通る荒い呼気を舐め取られるようで酷く恥ずかしい。けれどそんな事を気にしている余裕がなくなって来た。
「ッは…ぁ…!」
吹きかけられる熱い呼気に、熱が移された様に躯が熱くなってくる。唇を噛み締めることすら出来ずに、吐き出されるままに息が唇を通り過ぎていった。
「ッん…っふ、ぅ…」
首に飽きたのか、また移動していく。鎖骨よりも右へ…左へ…肩の上…腕の付け根…脇の下…
「ッ!?やぁ!」
ソコまで移動した瞬間、頭が噴火しそうなほどの羞恥に煽られた。思わず上体を起こしかけたが、二の腕を捕らえられて難なく押さえ込まれてしまう。
「ひっ、あ、うぅ…〜っ…」
普段見られない肌にたっぷりと舌を這わされて、恥ずかしさのあまり体が震える。なんとか逃れようにも、身を捩れば捩っただけ唇が追いかけて…ちゅっ…ちゅっ…と口づけまでされてしまった。
「擽ったい?」
「んっ…ぅ…」
「んー…あぁ、恥ずかしいんだ?」
「っふ、うっ!」
かぁ…っと頬が赤くなる事をわざと聞いてくるニールにムカっとするにはするのだが…何を言う間もなく、再び舌が這わされてしまう。舌先で擽るように曖昧に撫でて二の腕まで上るとまた甘い痛みを施していった。
「…はぁ…ぅ…」
散々ソコばかり攻められていたが、ようやく唇が他の所へと移っていくと思わず躯から強張りが解ける。それでも肌を撫でる唇の動きに僅かに震えるのは止められなかった。
力の入らない腕を投げ出したままでいると、抑えつけていた手が離れて行ってしまう。押し付けられていた手のひらの熱が遠のくのに、少し淋しさを感じていると、離れた手は肩から背へと撫で下ろされていった。
「刹那ー?」
「…ん…ぅ…?」
「ちょいとだけ背を浮かせられる?」
「…?…ぅん…?」
首を傾げつつも少し仰け反る様に浮かせると目の前のニールの体と密着する。触れ合う感触に、己だけがほぼ裸に近いのだと気づき、また頭が熱くなった。そんなことを気にしている内にも、背を伝い下りた手がブラのホックを外してしまう。
「…ッ…!」
恭しくずらされた途端、胸に触れる外気にふるりと震える。思わず腕で隠そうとしたが、それよりもニールが顔を伏せる方が早かった。
「ふぁッ!」
唇が柔肌を啄ばむ…隠そうと動いた腕から肩紐を抜き去ってあっと言う間に脱がされてしまう。何も纏わない上体に、代わりとでもいうのか、ニールの手が這わされた。胸全体を押し上げるように登り詰める両手…感触を確かめるように揉み上げられて、恥ずかしさに首を振る。けれど離れる事を嫌う手は全体を包み込むと指先で固く実った先を弾かれた。
「あぅっ!」
たった一度だけ弾かれただけだというのに、全身をびりっと駆け巡る感覚に声を張り上げてしまった。甘い響きを持ったその声にますます顔が熱くなり、茹で上がりそうだ。
「ひゃっ…ぁんっ…」
「…かわいい声…」
もっと聞きたいというのか…ニールの指は両方の実を交互に弾き始める。ひくっ…ひくっ…と小さく飛び跳ねてしまう躯に、四肢まで犯す甘い疼きが何も考えられなくしていた。
谷間を掻き分ける様に晒された肌に唇が這いまわる。
「んッ!」
途端にチリリ…とした痛みで身が竦む。今までの疼きを伴う痛みではなく、火傷した痕をなぞられるような痛みだった。
「…あぁ…これ、な…」
刹那の反応にいち早く気付いたニールが目を眇める。唇が触れたのは胸の周りなのだが…そこに円の形に並んだ引っかき傷が出来ていた。そっと舌を伸ばして舐めるとまた刹那の小さい悲鳴が零れる。
「…ろっく…ぉ…」
「ん…ちょっとだけ…我慢。」
「?…ひっ、ん、う!!!」
ちろちろと舐める舌の動きにぼやりと霞む視界でニールを探しだす。けれど言葉を紡ぐよりも先にその部分を吸い上げられた。甘い疼きと熱い痛みが綯い交ぜになり四肢を駆け巡る。きゅっとニールの服を握り締めて耐え続けた。
「…ん…いい子。」
「っは…ぁ…」
ちゅ…と湿った音を立てて離れた唇が肌を擽りながら褒め言葉を零す。ふるり…と震える躯に再び唇が当てられると、また痛みが走った。
どれほど繰り返していただろう?右が終わったと思えば左も…と蹂躙し続けた唇からようやく解放される頃にはぐったりとしてしまっていた。
「…は…は…」
荒い呼吸を繰り返す刹那を見下ろしてニールは淡く笑みを浮かべた。胸の周りをぐるりと囲っていた引っ掻き痕が、己の付けた朱色の花弁へと変わったからだ。ぺろり…と舌で唇を舐めてまた顔を伏せる。今度は脇腹へ…
「ぁんっ!」
舌先でなぞるように這わせて肌の感触を楽しむ。眼下に見える咬み痕に胃が煮えくりかえる感覚を覚えて隠すように唇を押し付けた。ぴくっと跳ねる躯に瞳を眇めキツク吸い上げる。
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