ふわふわと温かい…水のような感覚に包まれた中で刹那は意識を浮上させた。とろりとぼやけた視界には柔らかな乳白色が覆い尽くしている。どこだか分からないながらもぼんやり見つめていると何かの息づく音が聞こえてきた。ふと見上げてみると瑞々しいピンク色をした唇が見える。数回瞬いたが、次第にはっきりとしてくる思考に…まるでマグマのような熱さが頬に上がってきた。
「!」
恐る恐るもう少し上まで視線を上らせると思った通りの色彩をした顔があった。
「〜〜〜ッ!」
大声を出してしまいそうになった寸でのところで慌てて口を紡ぐ。健やかな寝息を立てている彼女を起こしてはまずいと咄嗟に考えたからだ。
柔らかく白い肌にミルクティーブラウンの緩やかな曲線を描いた髪…緩やかな弧を描く眉にすっと通った鼻筋に伏せられた目元には長い睫毛が縁取られている。どこからどう見てもニールだ。ニールなのは分かったのだが…鼻が擦れそうなほどに近くにある顔に心臓が否応なく早打ちを始め、呼吸が苦しくなってしまう。けれど…だからと言って気持ち良さそうに眠る彼女を起こす気にもなれない。
「…ぅ…ん〜…」
「ッ!!」
どうしようかとぐるぐる考え込んでいるとうめき声が吐き出された。次いで閉じられていた目元がふるりと震える。じっと息を呑んで見つめていると、ゆるりとした動作で瞼が開かれた。
「…ぁ…」
「…せつなぁ…」
「ッ!」
まだ夢現なのだろう、舌っ足らずな甘い声で名前を呼ばれた。少し掠れた声が鼓膜を擽り、頬をかっと熱くする。
「んー…おはょ…」
「ぅ…んっ…」
のそりと掛け布の中から這い出してきた手が前髪を掻き上げてしまうと晒された額にちゅっと口付けられる。柔らかく温かな感触にぴくっと肩を跳ねさせると続け様に頬や目尻にも口付けられた。
「…ふふ…そんなにおどろかなくても…」
「ぁ…い、いや…その…」
くすくすと笑う彼女はころりと転がって刹那に覆いかぶさるような体勢になる。それとともに刹那が慌てて顔を背けるような素振りをした。
「ん?何か怒らせた?」
「ち…ちがぅ…」
「じゃあどうして顔をそっぽ向けるの?」
「それ…は…っ」
目を合わせようと顔を覗きこむと逆側へと向いてしまう刹那に、ニールはぷぅっと頬を膨らませた。何度か同じことを繰り返してしまい、拉致があかないと分かると体ごと軽く圧し掛かる。
「ッ!!」
「言わないとこのまま動かないぞー?」
「ひゃっ!」
「ほぉら…白状しちゃいな?」
「…うぅぅ〜…」
駄目押しとばかりに耳を舐めると大げさなくらい体を跳ねさせて呻きだした。じっと見つめる間にも顔が真っ赤に染まり、酷く言い難そうな様子である。その様が愛らしくて攻めの手を緩める事は出来なかった。ちゅっちゅっと肌を啄ばんでは擽るように舌先で突付く。その度に刹那の体が震え、小さく跳ね上がるのでニールも止められなくなってきた。
「せーつな〜?」
「ろ…」
「うん?」
「ロックオンがっ…」
「俺が?」
「は…っはだ、かっ…!」
顔を反らせながらも必死に言い募る刹那にニールはきょとりと瞬いた。優しくバスローブで包んでやった刹那に対して、ニール自身は何一つ身に纏っていない。正確には、ベッドにもぐりこむまで着ていたが、抱き込んだ刹那の体温を曖昧にしか感じ取れなくて脱いでしまったのだ。
どうやらそのことが刹那に恥じらいを与えているらしい。
「んー?恥ずかしがることないだろ?同じ女だし。」
「だっ、だけどっ…!」
「見慣れなくて恥ずかしい?」
「それ…も…あるっ…」
「も?」
恥らう刹那の表情をつぶさに観察する為に頭を撫でるついでに前髪も撫で上げている。その為に、リンゴのような頬も寄せられる眉も全て曝け出させていた。優しい声で問い詰めていくと言葉を詰まらせながらも白状してくれる。しかしまだあるらしい理由に首を傾げると涙に滲んだ瞳がちらりと見上げてきた。
「…ろっくおん…」
「…う、ん?」
その可愛い顔に思わず固まってしまっているとぽつりと名前を呼ばれて、詰まりながらも返事を返せた。そして先を促すように首を傾げると一度きゅっと唇を噛んでからそっと言葉を紡ぐ。
「…ろっくおん…だから…」
…だから恥ずかしい…と続くその言葉にのた打ち回りたい衝動が湧きあがる。さながらマグマの胎動音のような地響きが脳内に轟き、その想いを目の前の少女にどうぶつけてやろうかと指先がぴくぴくと跳ねた。彼女を驚かせてしまうだろうと思い、どうにか抑えたかった…が…
「?…ろっくおん?」
「っ…くぅぅぅぅぅぅ〜…」
少し舌っ足らずで、ほわりと浮いた声に呼ばれる名前で留めを刺されて、元より脆い堤防はあっけなく決壊してしまった。
「かぁわいぃな、ちっきしょぉ〜!」
「んぷっ!?」
耐えた衝動のままにぎゅうぎゅうと抱き締めてごろごろとのたうち回る。ぎしぎしとベッドが悲鳴を上げるが気を遣ってやれる余裕なんか一欠けらもなかった。
散々身悶えたニールは未だに開放してはくれず…飽きることなく顔中にキスを散らせている。擽ったくも温かな唇を甘受していたのだが、ふと触れ合う素足に気が付いた。裾の乱れたバスローブの隙間から露になっているだろう自分の足に、ニールの滑らかな肌が感じられる。
「っ!」
「ん?刹那?」
思わず強張ってしまった上に頬を赤く染め上げてしまい、不思議そうな顔を向けられた。何か言わなくては…とは思うものの、口が上手く動かない。何か言わなくてはと口をぱくぱくさせていると、ニールが気づいてくれた。
「?…あぁ、足同士が触れたのに驚いたの?」
「…〜〜〜…」
「恥ずかしがり屋さんだなぁ…刹那は。」
耳まで真っ赤にした刹那にニールは苦笑を浮かべた。ここまでもじもじされるともっと苛めたくなってしまう。にょきにょきと生えてくる悪魔の角と尻尾にどうしたものかと考え込んだ。
「…ろっく…おん…」
「…うん?」
どこに咬み付いてやろうか…と考えを巡らせ始めると刹那の腕がおずおずと巻き付いてきた。すぐ下に見える顔は真っ赤に染まったまま、瞳も潤んだままだ。
「…刹那?」
「…わけが…わからなくて…」
「うん?」
「こわかった…」
「…うん。」
「…でも………きもちよかった…」
ぽつりぽつりと話し始める刹那は初めての体験をどう感じたのか教えてくれた。酷く恥ずかしいだろう、茹で上がるんじゃないかと心配するほどに赤い頬へ安堵と喜びを込めて口づける。怖がらせただけでなくてよかった…と思いつつもっと口づけようとするとふと刹那が見上げてきた。
「…ろっくおん…」
「ん?」
「…その…迷惑じゃ…ないなら…」
「?うん?」
「…もっと…ねだっていいだろうか…?」
ニールの頭の中で何かが爆発した。それこそ顔中のパーツが飛び出るのではないかと思う程の大爆発。あまりに大きすぎて手まで震えてきた。
「せ、せ、せ、せつ、なぁ?」
「…ダメ…か?」
チワワのオネダリかと思うほど、潤んだ瞳がじっと上目遣いに見上げてくる。そんな瞳で拗ねたような声を出されては…却下など言い渡せるはずもなく…思わず喉を鳴らしていると首元に刹那が擦りよって来た。
「さっき…言ってた…」
「う…え??」
「一つに…繋がるって…」
「…う…ん…」
「もっと…近くに感じられる…って…」
「…ん…言った…な…」
「…俺も…感じたい…」
きゅっと回された腕に力を込めて抱きつかれると、優しい抱擁のはずなのに絞め上げられるかのような衝撃に見舞われた。
「俺…その内心臓発作起こすかも…」
「え?」
「や…なんもないです。」
「?」
うっかり呟いてしまった言葉に刹那が不思議そうな表情で見上げてくるが、綺麗なほほ笑みで無理矢理流させた。ひとつ深呼吸をして刹那と向き直る。
「…いいのか?刹那。」
「え?」
何を考えていたのか、がらっと雰囲気が変わってしまったというか…一気に真剣な面持ちになってしまったニールに刹那は射竦められる。じっと見つめる瞳を正面から見つめ返して、続けられる言葉をじっと待った。
「さっきよりも…うんと怖い思いするかもしれない。」
「………」
「痛い思いもするかもしれない。…それでもいいの?」
「……ん…」
「…途中で後戻りは…出来ない…いいの?」
「…うん…」
神妙な面持ちに真摯な声で尋ねる言葉に少女はこくりと頷く。戸惑う様子もなく…躊躇う風もない。ただただ…恥ずかしさだけを必死に耐えているようだ。
「まっさらな刹那を…」
「……」
「…汚すことになる…」
「…ろっくぉ…」
「それでも…いいの?」
怖がらせたいのか…やめると言わせたいのか…ニールの紡ぐ言葉はまるでやめさせようとしているとも取れるものだった。けれど、優しい声音とじっと見つめてくる真剣な眼差しが…すべての決定権を刹那に委ねている。是も非もすべて受け止めてくれる…そんな表情のニールに刹那はふわりと笑みを浮かべる。
「…大丈夫…」
「え?」
「ロックオンだから…怖くないし…平気…」
「…刹那…」
「だから…大丈夫…」
また恥ずかしい事を言われるし、頭の中が真っ白になるだろう…けれどそれはすべてニールが生み出す事だと思えば何も恐れることはない。
刹那の中の確固たる意志と気持ちが行動へと繋がり、そっとニールの唇に軽く口づけを与えられた。
「……参ったな…」
「…え?」
「お前さんにゃ…敵わないよ…」
「んっ…」
ずっと厳しい表情を浮かべていたニールの顔がふわりと笑みへと変わった。その変化にきょとりと瞬くと、お返しなのだろうか…ちゅっと唇を吸い上げられる。
「うんと優しくしてあげる。」
「……ん…」
離れがたそうに唇を解放したニールが、今度は額をつき合わせてきた。すぐ近くに煌めく碧の瞳を見つめているとそっと優しく囁く声が耳を擽る。ふわりと瞳を細めると小さく頷いて返した。
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