「お〜わったぁ〜!!!」
「みんなお疲れ様ー。」
カタカタカタ…と小さくなる音につれてミシンが動きを止めた。その瞬間クリスが天井目掛けて拳を突き出す。その叫びに便乗して静まり返っていた部屋がわっと活気付く。
「作り忘れとかはないよね?」
「不吉な事いいなさんな。」
「大丈夫ですよ、ちゃんと数揃ってますから。」
「出来も申し分ない。」
「そら良かった…」
「直線だけなのに結構面倒だったね〜」
「そりゃ、ちょっとでも波打てば縫い直しを命じられたからだって。」
「あー…うん…」
本日は金曜日とあってみんな徹夜覚悟で残って製作に打ち込んでいた。寝不足になったとて明日は学校が休みだから思う存分寝坊してやるという目論見だ。『応援』というキーワードからどこをどうまわって辿り着いたのか、衣装は新撰組になっていた。もちろん歴史上の人物に合わせて各々微妙に長さや着付け方が違ったりしているのだから凝り性にも困ったものだ。
「さて。無事に終わった事だし早く帰ろうよ。」
「えー?どうせならもうちょっと休んでからでいいじゃん。」
「だめだよ。天気予報では今日の夜くらいから豪雨になるって言ってたし。」
「うげ。マジかよ。」
朝のニュースを欠かさず見てくるアレルヤの言葉は正しいかもしれない。ちらりと窓の外を見てみると風が強くなってきているようだ。緑茂る木の葉が大きく揺れる枝へ必死にしがみ付いている。もうちょっとゆっくりしてだらっと帰るつもりだったネーナも駄々を捏ねようと言う気は起こらなかった。
「さすがに全員ここでお泊りってのはちょーっとなぁ…」
「…お泊りするなら嵐の夜じゃない方がいいな…」
「むしろこのままじゃお泊りじゃなくて遭難だよな。」
「学校で遭難ってどうよ…」
「ならば早く片付けてしまおう。」
さすがにティエリアもこれ以上荒れ狂う予感のする外を歩くのが嫌なのだろう、てきぱきと道具を直していく。強風で飛ばされた物にガラスが割られるかもしれないという危険から、全員で生徒会棟の雨戸を閉め切ってようやく外に出た。台風の直前のような生ぬるい風に煽られながらも校門まで行くといつも通り解散する。同じ寮の四人で歩き出した時刹那がふと気付いた。
「すまない、すぐに戻るから先に帰ってくれ。」
「お?何か忘れたのか?」
「あぁ。体操服を置いたままで帰り際に取りに行こうと思って忘れた。」
「なるほど。」
「一緒に行こうか?」
「大丈夫だ。」
ここのところ球技大会の練習と称して体育の授業がない日でも放課後や昼休憩を利用しているのでほぼ毎日体操服を使っていた。せっかくの土日に部屋干しででも洗濯したいと思うのは当然のことだろう。刹那の足の速さを考えればさほど時間が掛からずに戻るだろうとは思うが、一人は危ないと思って那由多が同行を申し出たが一言残すと颯爽と走っていってしまった。
「ま…刹那の足なら大丈夫だろうけど…」
「…そうだな…」
「………」
走っていく後姿をニールはじっと見つめていた。
* * * * *
「……あ…鍵…」
言い残した通り早く帰ろうと一目散に教室を目指したのだが、扉を開けようとしても開かない事に施錠されていると気付いた。先に職員室へ行くべきだったか…と小さくため息をついていると頭にぽん、と衝撃が下りてくる。
「ッ!」
「ほい、鍵」
「…ロックオン…」
「こうなると思ってさ〜」
振り返れば2−1と書かれた札をぶら下げた鍵を持ったロックオンがいた。きょとりと瞬いてる間に開錠して扉を開いてくれる。
「ほら、体操服取ってきて。さっさと帰ろうぜ?」
「…ん」
小走りに机まで駆けていき横にぶら下げた小さな袋を手に取ると、また小走りにこちらへ戻ってくる。その様子に笑みを浮かべると施錠を確認して二人で職員室へと向かい、鍵を返却した。さっさと帰るか、と玄関に向かうと目の前が真っ白になる。
「………」
「あっちゃ〜…遅かったな…」
地面を叩きつける大粒の雨が霧を生み出しているのだ。そっと屋根のない場所に手を伸ばすと一瞬で水か滴るほどの雨が腕に伝い落ちてくる。雨に打たれても風邪を引くような時期ではないが、さすがにこの叩きつけるような雨の中を行く勇気はない。と思った瞬間、横で屈伸をし始めた刹那にニールはぎょっとする。
「おまッまさかこの中突っ走る気か!?」
「別に雨に当たったところで死ぬわけではないし。」
「死にゃしないが!それでもダメ!!」
「?何故だ?」
「何故って!洗濯物増えるどころか、こんな雨じゃ教科書もノートもびしょ濡れで使えなくなるだろ!?」
「……それは考えていなかった…」
今にも走り出しそうな肩を押さえて説得すれば素直に聞き入れてくれた。頭の上に掲げていた鞄も下ろしてくれてほっとしてしまう。
「…けれど…どうするんだ?」
「んー…雨宿りしてくか。」
「校舎で?」
「や、校舎は警備員が閉めちまうから別のトコ。」
「……別…?」
どこかあるのかと首を傾げているとニールが手を取り歩き出してしまった。屋根伝いに歩いているのだが、跳ねる雨が足元に当たり靴の中がぐじゅぐじゅとしていく。すっかり靴下の色が変わり肌にぺたりとくっ付いている感触に眉をしかめていると中庭に出てきた。高等部側の建物だろうか?と思えば中庭をぐるりと囲う渡り廊下を更に進み、校舎へ入る扉が見えるところで横に曲がってしまった。その先にあった扉を見て屋根の横から上を見上げると生徒会棟の裏だった。
「………」
「ここなら設備は揃ってるし、鍵は俺らが所有してるから締め出されない。」
説明している間に鍵を開けて中へと入ってしまったニールを慌てて追いかける。すると裏口すぐ横にあるパネルを操作して屋内の灯りを灯した。
「ひとまず嵐が過ぎるまでここで避難してようぜ」
「…了解。」
* * * * *
「今ライルに電話してきた。」
「…電話まであるのか…」
「外部との唯一の通信手段ってやつ。で、那由多の事頼んでおいたから向こうは心配ないだろう。」
「あぁ、助かる。」
ぐずぐずに濡れた靴と靴下を脱いで裸足になった刹那は先に帰らせた那由多を心配していた。それに気付いてか否か、しばらく見当たらなかったニールが戻ってきて連絡をいれたのだと教えてくれる。これであとは己の心配だけで済んだ。
「ついでに風呂沸かしたから入るか?」
「…風呂?」
「そ。この棟はさ、もともと理事長が住み込みするのに作った建物で普通の一軒家と変わらないんだ。」
「それで…」
「だもんで自家発電で電気を貯蓄してあるだから停電の心配もないしな。食料も地下に行けば保存食があるだろ。」
「…すごいな…」
「まぁ変わり者らしいから、ここの理事長さん。」
からからと笑うニールに釣られて刹那も淡く笑みを浮かべる。まさかこんな事態になるとは思わなかったが、ニールがここを選んだ理由は分かった。
「ってわけで冷めない内に入ろうぜ?」
「……ロックオン。」
「うん?」
「…まさか一緒に入るとか?」
「もちろん。」
「はぁ!?」
よくよく見ればニールの腕には2人分のバスタオルやハンドタオル、着替える為のローブらしきものもあるらしい。思わずじりっと後ずさりしてしまう。
「一緒に入れば光熱費の節約になるし、湯も温かい内に浸かれるだろ?」
「…う…」
「ついでに言うならば刹那の裸が見たい。」
「!」
それが本音だろう!!…と突っ込みたいところだが、この棟が一応学校のものであり、公共のものであることを考えた結果、個人の都合で贅沢するわけにはいかない。何よりも会計の2人…いや…ティエリアが怖い。普段の生徒会でも人がいない場所は全て明かりは消していて、日が暮れてからトイレに行くのもお茶を沸かしに行くにも懐中電灯を持たされている。その徹底振りを思えば…緊急事態とはいえ無駄遣いに当たるのでは…と思わず背筋を震わせた。
「どうする?強要はしないけど?」
「………」
にっこり微笑む顔はどう見ても計画犯の笑みにしか見えない。けれどティエリアの方が後々面倒な予感がする…としばらくの葛藤の後、しぶしぶニールに近づいていく刹那だった。
* * * * *
始終上機嫌なニールとともに脱衣室に入ったわけだが、それほど広くないその部屋では服を脱ぐのにかなり戸惑った。ニールに背を向けてはいるものの、視線を感じるような気がしてならない。だもんで、ブラウスのボタンを全部外したところから手が進まないでいた。那由多と入る時はこんなに緊張も羞恥もないのに何故、とぐるぐる考え込み、けれどもう引き返す事は出来ない…と、葛藤を繰り返していると背後から体を沿わせる感覚にぴくりと肩を跳ねさせる。
「刹那ー?先入っちゃうぞ?」
「…入ればいいだろうっ…」
わざとなのだろう…耳に直接吹き込むようにして声を掛けてきた。布の隔たりがない分、彼女の匂いも体温も酷くはっきりと感じ取れて余計に緊張してしまう。ブラウスの合わせをぎゅっと掴み、離れるのを待っていると肩に顎を乗せられた。かと思えばスカートのファスナーを下ろしにかかられる。
「!」
「脱ぐの手伝おうか?」
「ぃぃいいいぃい!自分で!出来、る!」
「はいはい。」
ぶんぶんと首を振りながら訴えればくすくすと笑い声を残して離れていってくれた。ほっとしてガラス戸を開く音にちらりと振り返れば閉める直前の隙間からニールが顔を出している。
「………何だ?」
「先に入ったら刹那の裸がじっくり見れるなぁ〜、と思って。」
「………ッ!?」
「楽しみにしてるよ、せ・つ・な 」
「〜〜〜ッ!!!」
ちゅっと投げキスを残して扉が閉められた瞬間、刹那の顔からざぁっと血の気が引いてしまった。恥ずかしがらずにさっさと先に入っておけば湯船につかるなりして少しはニールの視線から逃れることが出来たのだ。しかし今頃後悔しても遅い。件のニールはすでに中へ入って掛け湯をしている。しばらく声にならない声で唸っていたが、腹を括りばさばさっと手早く脱いでしまうと勢いよく扉を開いた。
「あら、男前。」
「〜うる、さい!」
浴室に入ると濡れた前髪を掻き上げているニールが予想に違わずこちらを向いていた。けれどそれ以上に問題なのが、腰にハンドタオルを巻いている彼女に対して自分は扉を開いた手にタオルを握り締めた事でどこも隠さずに入ってしまったことだ。今更だとは思うがタオルを前身に当ててずりずりと壁伝いに横へ移動していく。
「ほら、そんな警戒してないで、こっちゃ来い。」
「………」
「掛け湯ついでに髪も洗っちまおうぜ。」
苦笑を浮かべて片手にシャンプーのボトルを掲げて見せる彼女に、刹那はじっと顔を窺いながらも近づいてくる。
「はい、目、閉じてー。」
「!」
「そのままいろよ?すぐに済ませてやるから。」
頭の上からシャワーを被せられ驚いているとすぐに指示が下りてくる。慌てて両手を宛がうとすぐにシャワーの湯が止まり、代わりに彼女の指が頭の上に降りてきた。頬に張り付いた髪を掬い上げていくとわしゃわしゃと軽い音が聞こえる。ついでに柔らかな甘い香りもするので今洗髪をされているのだと容易く予想が付いた。
マッサージをされているような心地よい時間を味わって泡を洗い流されると湯船へと招かれた。一軒家、としてはかなり豪邸の部類に入るこの建物の浴室は脱衣室にもう少しスペースを取ってもよかったのでは?と思うくらい広めの造りをしていて、浴槽も2人が入ってもまだまだ余裕があった。ニール曰く、ニホン文化を取り入れて湯船にゆったり浸るのを目的としているらしい。シャワーだけでさっと済ませてしまうような地域でいたが、これもなかなか気持ちいいのだと教えてくれた。
「?…それは?」
「入浴剤っつってさ。風呂を楽しむもんだって。」
浴槽に座り込んだところでニールが小さな袋を取り上げる。首を傾げていると中に入っていた粉がお湯に落とされた。すると湯がみるみる色付き、乳白色に近い桃色になっていく。足どころか胸元までもよく見えないくらいになると今度は丸い固形物を落とした。
「一度使ってみたいと思ってたんだが、部屋に備え付けられてる風呂ってそんなにデカクないだろ?だからちょうどいいな、って思ってさ。」
苦笑を浮かべながらざぶざぶと掻き回しているとシャンプーとは別の甘酸っぱい匂いがしてくる。すると湯船が泡だらけになってきた。
「泡風呂ってやつ。苺の香りつき。」
「…へぇ…」
「いい匂いするからって口に入れるなよ?」
「………」
「……入れるつもりだった?」
「………別に…」
大丈夫だろうとは思うが、と軽く注意をすれば刹那が固まってしまった。どうやら図星だったらしい…ふいっと背いた頬が赤く染まっている。くすくす笑いながらその赤い頬を擽るように指先で撫でてやった。するとますます赤くなるからやめられなくなる。…なるのだが…
「……刹那?」
「……なんだ?」
いつもならしつこく撫でる手は即座に叩き落されるのに今日は何もして来ない。ちょんちょんと突付いてみても眉間の皺を深くするだけに終わってしまった。これはどうしたことか…としばし思考を巡らせる。そういえば最近は露骨に抱きついても暴れなくなったなぁ…などと思い浮かべていると反らされていた瞳がちらりと見上げてくる。
「うん?」
「………」
「…言いたい事は言葉に出さないと分からないぞ?」
「………」
促してみたものの、言う気配が全くない。さてどうしたものか…と思っていると刹那が動きを見せた。
「…お?」
ざぶっと少し腰を浮かせたと思えばじりじりと寄って来るものだから、事の成り行きを見守っていると腕が伸びてきゅっと抱きついてきた。さっきまであれほど恥ずかしがっていたはずが…何が起こっているんだ!?とばかりに脳内大パニックを起こしているとすりすりと頬擦りまでしてくる。
「どう…した、ん…だ?」
「…ロックオンは不思議だ。」
「(俺にとっちゃ今のお前さんのが不思議だ。)」
心の中で盛大に突っ込みながら手は欲に逆らわず刹那の背中に回すと、少し強張った体はすぐに力を抜いて完全に預けてきてしまう。
「あんたに触られると気持ちいい…」
「…刹那…」
「…ん?…」
「誘ってる?」
「…は??」
恐る恐る聞いてみると思ったとおりの答えだった。訝しそうな表情になってしまった刹那に苦笑を浮かべて誤魔化すと首を傾げて再び顔を伏せてしまった。
「…ロックオン…」
「なんだ?」
「俺は…」
何か酷く言いにくい事を言おうとしているのか、それでも何とか言葉にして伝えたいのか、ますます強く抱きついて途切れ途切れに紡いでいく。それを急かす事のないように、背中をゆっくりと摩ってやった。
「俺は…好き…というのが…分からない…」
「…うん。」
どうやら、いつでもいい、と言っていた返事を自分なりに考えて結論を出したらしい。ぽつぽつと語られる言葉を聞き漏らさないようにと聴覚に集中していった。
「分からない…でも………」
「…でも?」
「こうして…くっついて…触られて…声を聞くのが…気持ちいい…」
「……う、ん。」
『気持ちいい』という部分がやけに艶っぽく聞こえてしまい思わず返事も上滑りになりかけてしまう。顔が見えてなくてよかった…と生唾を飲み込みながら腕が震えないようにと必死に崩れかけの理性を組みなおした。
「…これでは答えにならないか…?」
「う…んー…」
ニールとしては刹那から色よい返事をもらえたらもっといろんなこと…それこそ人には言えない、双子の片割れにさえ言えないような事をしたかったというのが本音だ。今までスキンシップと称してセクハラ紛いのことをやっていたのだが、最近は抑制が効きにくくなっている。欲望に歯止めを掛けるべく抱き締めるだけ…といったごくごく軽いタッチでしか触らなかった。そんな理由もあって一緒にお風呂、というのは理性と欲望の行き来するイベントでもあった。そんな時にこの『経過報告』。襲っていいものやら…かなり迷いどころだ。
「(これは…攻略の変更が必要かね…)」
触れられると気持ちいいというのは相手に委ね切っているからで…それは『体は確かにニールを求めている』ということだろう。けれどその予測を裏付ける心がまだ追いついていない。
ならば…とニールは考えを巡らせる。
「なぁ…刹那。それは俺がどんな風に触ってもいいってことにもなる?」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
←BACK
→NEXT
OO学園 TOP
TOP