舞台の上でニールは焦っていた。
演説など大層なものはしていない。なんたって今は生徒会メンバーを紹介しているだけなのだから。けれど彼女は今とても焦っている。
何故なら…
「………??」
今しがた大声で紹介した最後のメンバーが一向に入ってこない。
そう。刹那と那由多が。
入り口にスポットライトが当てられているので声は聞こえずとも出番だという事は分かるはずだ。なのに照らし出された黒いカーテンはちっとも揺れず、微動だにしない。
直前まで乗り気ではなかったとはいえ、あの2人が途中で放棄してしまうような性格ではないことは分かっている。でもカーテン一枚隔てただけの場所に自分の声が聞こえないわけでもない。何故なら他のメンバーはちゃんと名前を紹介してから出てきてくれたのだから。
ならば何故あの2人は来ない?
内心冷や汗をだらだらと流してはいるが、表情は至って余裕の笑み。けれど、少しずつざわめき始める会場内をどう収集しようかと脳内では思考をフル回転させていた。
「(俺自ら『恥ずかしがりやだなぁ…』なんて言って誤魔化しながら見に行く?それとも誰かに頼んで見に行ってもらうか?どっちが自然に見えるんだろう?いや…ってかあの2人が今何をしてるのか、その方が気になってきた…もしかして気分悪くなったとか?やっぱこんな大衆の前に出るなんていやになったんだとか…)」
もはや収集ではなく個人的な心配の方が勝ってきている。ちらりと横に視線を走らせると、そこには紹介し終わったメンバーが堂々と椅子に腰掛けていた。皆、ポーカーフェイスが得意というわけではないはずなのに、舞台上だからか、平静な表情をしている。けれど、口元が僅かに引き攣っていたり、膝の上で握り締めた拳を意味なくさすってみたりと内心を誤魔化しているのは分かった。その中でライルが視線だけをちらりとこちらに投げかけてくる。
「(どうにか誤魔化しの利く言い回しをしてくれたら見に行くけど?)」
「(誤魔化しっつってもな…どうやって『副会長』をお使いに出すよ?)」
「(そこんとこは何とか考えて。)」
「(うぉーい!)」
僅かな表情の動きと微かに揺れる目の動きで会話をしていると突然金属を叩きつける音が響く。その音の方向を探してみれば二階に当たる通路の左側…手すりの上を人影が走っていく様子が見えた。その人影に気付いただろう、生徒達が先ほどとは違うざわめきを立て始める。生徒会メンバーも驚きが隠せず、椅子から腰が浮いてしまったいた。
「…まさか…」
ニールが目を瞠っている内にもその人影は危なげなく手すりの上を疾走していく。金属の音がもう一つ増えたと思えば反対側の手すりの上にも人影が見えた。スポットライトしか灯されていない会場内では、人影の輪郭しか見えないのだが、ニールもライルも…生徒会メンバーは全てその正体を把握している。それもそのはず。ツンツンと撥ねる髪も身につけている服もよく見知っているのだから。
「(刹那と那由多!?)」
唖然と見上げる間にも、2人は手すりの両端から中央へと駆け寄っていく。中央へと差し掛かると同時に2つのシルエットは屈みこみ次の瞬間、宙へと身を躍らせた。
息を呑む音が会場内を満たしていく。
悲鳴すら上げられない緊張感の中、投げ出された体は丸くなったり体勢を捻ったりとして落下速度を弛めると二対の足が床を叩いた。息をつく暇もなく着地した2人はアクロバティックを披露する。互いに位置を入れ替えたり、側転、バック転に武術を加え、アクションムービーのワンシーンのような体裁きで花道を突き進む。舞台まで残り数歩の場所までくると、互いの背中を合わせてまるで鏡のようにぴったりと動きを合わせた側転と宙返りを入れて舞台の上へと降り立った。
ニールの左右にそれぞれ着地すると優雅に片手を広げてお辞儀をする。そしてゆったりと顔を上げてから僅かに広がる沈黙…それは体育館を揺るがすほどの拍手喝采によって終わりを告げた。
「…ロックオン?」
「どうかしたのか?」
あまりの展開に思考が着いて行けずびしりと固まったままのニール…両側から声を掛けられてようやく我に帰ることができたのだった。
* * * * *
「ちょっとそこ座んなさい。」
お披露目会を無事に終え、毎回恒例であると言う撮影会という名の生徒会プレゼンツを用意すべく一旦着替えの為に控え室に引き上げていた。その中でニールは律儀に床の上に正座をしてセイエイ姉妹を呼び止める。三人とも着替えは終わり、あとはヘアメイクをしてもらうだけの状態なので多少の時間は確保できるだろう。そんな時間の合間を縫ってニールは至極真剣な表情で2人を見つめた。その後ろへさり気無くライルも近づくと立ったままではあるがニールと同じ表情をする。
「「………」」
その2人の様子に刹那と那由多は顔を見合わせてニールに倣い目の前に正座をした。
「まず、盛大なアピールご苦労様。おかげで生徒の印象にはっきり残ることが出来るだろう。」
こくり、とライルの言葉に2人が頷くとニールの固い声が発せられる。
「…が。問題発生。」
「?何か失敗していたか?」
「いや、お披露目会は成功だよ。」
「むしろ大成功って感じよね。」
ハプティズム姉妹の準備が終わったらしくクリスが刹那のヘアメイクをするべく背後に回ってきた。アレルヤも手が空いたらしくクリスの手伝いをすべく那由多の後ろに回ってくる。そして会話にさり気無く加わってきた。
「…では?」
「それ以前の問題なの。」
ライルのメイクをするのに寄ってきたネーナも加わる。けれど何が問題なのか分からない二人は疑問符を浮かべるばかりだ。
「お前さんがたの身体能力の高さは聞いてたけど、2階から飛び降りれるなんか知らなかった。」
「…あぁ。言っていない。」
「だから私達は皆、寿命の縮む思いをした。こちらの気持ちをもう少し思い図ってもらいたいものだ。」
眉間にくっきりと皺を刻んだティエリアがライルの横に並び苛々とした口調で告げた。
「フェルトなんて今にも気絶しそうなくらい青褪めてたんだからね?」
刹那と那由多のヘアメイクを終わらせたクリスが目の前のニールの方へと移動するついでにそんな事を言ってきた。フェルトはというと舞台セッティングを担っているので着替えの必要も無いから今ここにはいない。ヨハンとミハエルも同様に舞台に残っているのでいなかった。ちなみにハレルヤは先ほどからむすっとした表情のまま黙り込んでいる。その表情をちらりと見て再びニールの顔を見た。
「盛大にアピールしろ、と言ったのは俺だし、間違いとか失敗ということはない。」
ならば何故ニールやライル、ティエリアはこんなに怒りを含んだ表情をしているのだろう?
僅かに困惑の色を滲ませ始めた那由多に対して、刹那は理由に行き着いたらしく、僅かに目を開いてから若干俯き加減になった。
「何が言いたいかわかった?」
刹那の変化に気付いた那由多が振り向くとアレルヤの困ったような笑顔が覗き込んでくる。それにこくりと小さく頷くと膝の上に乗せた手をぎゅっと握り締めた。
「…みんなに心配をかけた…」
その言葉に那由多もぴくりと反応を示した。どうやら那由多ににも伝わったらしい。
「「…ごめんなさい…」」
しょぼんとしたユニゾンが聞こえるとライルがしょうがない、といったため息を漏らす。それを聞いてニールの表情がようやく崩れた。
「よし、いい子。」
淡く笑みを浮かべて2人の頭を撫でてくれるニールに、ようやく張り詰めた空気が和らいでいった。
* * * * *
その後、ティエリア監修のもと、身体能力をステータス化する事を約束し収束した。また、ペナルティとして撮影会後に2人だけ別に撮影することとなっている。
ちなみにこの撮影会用に作った衣装は『戦乙女』だ。白いワンピースのような服の上に軽鎧を装着し、篭手や花をあしらったサークレットを着け、驚く事に模造武器もあった。弓矢、槍、杖、斧、短剣、長剣と種類は様々だが、各々のイメージに合っていて違和感がない。これもティエリアとネーナのデザインセンスの賜物だろう。
舞台の方もフェルト、ヨハン、ミハエルの仕事の結果、3D映像を駆使した遺跡の風景が出来上がっている。フェルトがハロを駆使していたのはこれだったのか、と刹那と那由多は呆気にとられたのだった。
どうポーズをつけていいか分からない2人にディランディ姉妹が主立って指示を出してくれる。細かな修正はティエリアが入れて、可笑しな具合に緊張しがちになる心をハプティズム姉妹が解してくれた。頼りっきりに申し訳ないと思えば、「素人なんだから仕方ない」と流され、至極和やかなムードと会場内には冷めることない熱が充満したまま無事に終了していった。
その日の成果が今目の前の壁に映し出されているのだが、写真の発注数からも生徒が2人を生徒会役員として認めてくれたも同然とみてもいいだろう。
「うぃーっス。」
「お、写真の確認か?」
発注数の多い順に並び替えて写り具合を見ていると部活から上がってきたディランディ姉妹が入ってきた。部屋の様子から何をしているか瞬時に察したらしく輪に加わってくる。その時さり気無くニールが刹那の後ろに回ってきて頭に顎を乗せるような形で圧し掛かってきた。
「………」
「今回の発注数はどんなもんよ?」
「えぇ、思った以上の数字ですよ。」
圧し掛かるだけかと思えば腰に腕も回されてどうしたものか…と思考を巡らせていればさらりと話を立ち上げてしまった。別に重いわけでもなく、嫌な気もしないので放っておく事にした。
「この調子でいけば中世貴族も夢じゃないね☆」
「え…本気でするつもりなのか?」
「まぁこの伸び具合ならビーズ・レース・コサージュなり買えそうだしな…」
「お、となると造形はお休みってことか?」
「「まさか。」」
おそらくヒラヒラのフリル全開なドレスなどだろうと予想をつけたハレルヤが、楽できるとばかりに笑っているとティエリアとネーナの声が綺麗に重なった。ティエリアにおいては多少バカを見る表情になっていなくもない。
「え?」
「まさか…って…中世貴族でしょ?どこか造形使うようなとこあるかな?」
「全身甲冑はイヤだって言ってたし…」
どこに造形技術を使うものがあるのか?と各々想像を働かせたが何一つ思い浮かばず首を傾げる面々に、呆れたと言わんばかりの態度でティエリアが振り返った。
「クラウンにコルセット、杖。これらは布のみでは到底無理だ。」
「え?杖??」
「モデルはエリザベス王女だもん。いるでしょー☆」
「………無しで考えろよ…」
「「却下。」」
ぴったりと重なった声にハレルヤは米神を押さえて机に突っ伏してしまった。「諦めるしかない。」ということだろう。
「まぁ…とりあえず。そういう凝ったもんは球技大会が終わるまではお休みって事で。」
「えぇ、わかってます。」
にこりと綺麗に微笑むティエリアとワクワクと楽しそうなネーナにまた修羅場を迎える予感をひしひしと感じる一同だった。
「そういえば…刹那と那由多は最近の調子はどうですか?」
「?…どうとは?」
「質問の意味が分かりかねる。」
突然ヨハンが話をふってきたので2人してことんと首を傾げた。
「あぁ、聞き方が曖昧でしたね。」
「それで?」
「転校してきてからそれほど時間も経っていないのに次々学校行事をこなしているでしょう?」
「あぁ。」
「精神的に疲れてないかなーってな?」
ヨハンのすぐ横で肘をついていたミハエルが会話に加わってきた。ついでに言うなら部屋にいるメンバーの視線が集まってきているように思う。
「特に疲れは感じていないのだが…那由多は?」
「いや。刹那と同じだが。」
「それならいいですよ。」
にこにこと微笑むヨハンに僅かな違和感を感じ取った刹那が首を傾げると、その顔に苦笑が浮かび隣のミハエルはどこか呆れたような表情を浮かべていた。
「そのね?」
「おめーら2人はよく無茶するからさ。」
「それ…は…」
「色々話してくれないからちょっと不安なんだよね。」
「聞いてもいいかこちらも迷うしな。」
「しかも全く表に出ねぇ。」
「いや…その…」
「もしかして必死に合わせてくれてるのかなーとか…」
「余計な神経使わせちゃってんのかなーって。」
「もっと…頼ってほしいな…」
「フェルトまで…」
「まぁ…なんだ。早い話。」
「もっと打ち解けてくれたらいいのに、みたいな。」
一通り言い終えたのか、一同揃って二人をじっと見詰めてくる。その重圧に耐え切れないのか、体勢が僅かに及び腰だ。
「ぜ…善処する…」
ぽつりと呟いた言葉にとりあえず納得してくれたのか、笑顔を返してもらった。
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